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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
145/201

44.ゼリーの理由は綾奈に聞け。

 あと数日で体育祭という日の朝、火音が目を覚ますと月火から不安が伝わってきた。



 最近は水月と火光と炎夏がリビングにいるので自室で眠っている。

 海麗は火音の不機嫌を感じ取り帰っていき、水虎は水明を引きずりながら何度も謝って帰っていった。


 絶対に兄より弟の方が出来ている。




 先日の話し合いで炎夏も婚約を解消することに決まったそうで、美虹は両親によって地方に飛ばされ一人暮らしすることになったそうだ。



 火音には関係ないので詳しい経緯は聞いたが忘れた。



 火音が起きて着替えてからリビングに行くと月火が椅子に座り、スマホで澪菜とやり取りをしていた。



「おはよう。どうした」

「おはようございます。澪菜さんが学校に行きたくないそうで……」


 去年の玄智のいじめ後、澪菜はクラスや部活の子から仲間外れにされて笑いものにされているらしい。


 部活では結月が庇ってくれているが、月火と同い歳の先輩に気に入られていることがさらに事を悪くし、先日、ついに寮にまでいたずらに来たそうだ。



 今日はノートと教科書をトイレに捨てられて課題が出来ていない事とセーラー服のスカートをカッターで裂かれたことが重なり、今は用意はしたものの行きたくない、と。



「いじめか……。担任は何やってんだか」

「二年の妖輩……。確か(かしわ)だったはずです」

「それじゃ仕方ない。一日二日休んだとしても問題ないだろ」


 もし不登校になったとしても、三年生で勉強は教えられるしそのまま中高等部卒業試験だけ終わらせてもいい。


 もし無理でももう一年あるのだから気長に待つ方が本人のストレスも少ないだろう。



 火音が月火の頭を撫でながら二人のやり取りを眺めていると水月が目を覚ました。

 何も言わずじっと見てくるので無視しておく。



 澪菜は玄智には言えていないようで、結月に言うにも玄智に伝わるのが怖くて月火に相談したらしい。


 兄に心配をかけたくないのはいいがストレスで胃に穴を開けないように気を付けてほしい。

 いきなり倒れられる方が心配するし心臓に悪い。




 月火は澪菜に逃げてもいいと諭すと今度チョコレートのシフォンケーキを作って持っていくと言って会話を終えた。


「……今度引っ掛けてみますか」

「月火が無理しない程度で」

「餓鬼のいじめ程度なら大丈夫ですよ。澪菜さんが困っているのは私としても嫌ですし」


 月火は何故か澪菜を気に入っている。

 本人でも理由は分からないが、たぶん泣き叫ばず礼儀正しい子供だからだろう。

 同級生の妹と言うのもあるが、たぶん前者の方が強い気がする。




「さて……火音さん、朝練あるんでしょう」

「あー面倒くさ……」


 陸上部は体育祭で対抗リレーをやるため、皆が気合いを入れているはずだ。

 教師がそんなことを言っていいのか。




 月火は苦笑いを零しながらふと視線に気付いた。


 水月が起きていたのは知っているが喋りもせずずっとこちらを見つめて何をしているのだろうか。


 意味が分からない。




 月火は火音に朝食を渡すと自分も向かいで食べ始めた。



 話題は専らイラスト関係で、最近ハマっている塗り方や好きな絵師、見付けた色の組み合わせや構図等、内容は様々だが専門用語のオンパレードなので傍から聞いてはつまらないだろう。


 だが話している二人が楽しいので問題ない。





 それから少しして二人が食べ終わると火光も起きた。


 いつもの床の雑魚寝から起き上がると何もせずに二人を眺めている水月に声をかける。


「なにやってんの」

「月火の顔色が悪い気がする」

「……そう?」

「連日の疲れが溜まってるんだから当たり前だろ」


 火音はタンブラーの珈琲を飲み干すと鞄を持ってそのまま出て行った。




 月火は自分の用意もすると二人に声をかける。


「キッチンに朝食はあるので好きに食べて下さいね」

「もう行くの?」

「寄りたいところがあるので」


 月火は自分の前のスカートを紙袋に入れると靴を履き、いつもより三十分早くに寮を出た。




 澪菜の寮に行くと少し怯えた様子で澪菜が出てきた。


「あ、の……学校……」

「連れて行くわけじゃありませんよ。スカートが破られたんでしょう。何枚か持っているのでサイズが合うかわかりませんけど」


 月火が紙袋を見せると澪菜は安心した様子で胸を撫で下ろし、月火を寮に入れた。



 月火はスカートを出すと澪菜に渡す。



 月火のスカートは毎回、丈はいいのにウエストだけゆるゆるなのでむしを自分で縫い足す。


 澪菜は一番奥で止めて上を折ったら丈は大丈夫そうだ。


「もう一つ小さいのもあるんですけど古いので色褪せてるんですよね。……これは比較的短い間しか履いていなかったので大丈夫だと思うんですが……」

「これでも大丈夫です。ありがとうございます」


 月火はにこりと笑うと紙袋を鞄に入れ、長居するのもあれなのでさっさとお暇した。



 本当はウエストの大きさに合わせてむしを付ける予定だったのでかなり早く出たのだが、なんせジャストだったので五分で済んでしまった。





 仕方がないので教室に鞄を置き、必需品を持ってから陸上部が見えた校庭に降りた。



 月火が降りると火音が小さく手を振った。

 振り返し、駆け足で傍による。



「早かったな」

「思ったよりも早く済んだので遊びに来ました」


 月火が駆け寄ると火音は月火の手を引き、自分の前に立たせた。


 面倒臭い部活の中で唯一の癒しが出来た。




「最近、辛辣になってきていますよ」

「……なんか言ったっけ」


 割と本気で焦った火音が月火を覗き込むと、月火は首を緩く振って否定した。




 月火にではない。

 月火の周りを囲む他人、主に水月や火光に対してだ。


 内心でだが、月火に対する接し方について罵詈雑言吐き散らしていることがたまにある。



「……本人たちに言ってないならいいや」

「火音さん……」

「月火が休めてないのは事実だろ。もし過労で倒れたらあの二人絶対追い出す」



 火音は少し困ったように眉尻を下げる月火の頭を撫でると薄く微笑んだ。


「だから無理しないで」

「……はい……」




 それから二人が話し、そろそろ月火が戻るという時間になってからジャージ姿の澪菜が飛び出してきた。


「月火ちゃん!」

「澪菜さん? どうし……」

「兄様が! 全然息出来てなくて!」






 月火は目を見開くと焦りと混乱で火音を見上げた。


 火音も驚いているが月火よりかは冷静だ。



「澪菜、玄智は?」

「寮で……ベッドで寝てて……! 電話しても出なかったからまた寝坊かと思って……!」



 いつもの寝坊かと思い、寮に行くと案の定まだ寝ていたらしい。


 布団をめくり、玄智を揺すると体が妙に熱く、呼吸音も変な音が鳴っていた。

 明らかに熱があったので心配していると起き上がり、息苦しそうにもがき始めたらしい。


 それでわけが分からないまま月火の元へ、と。



「澪菜、保健室か職員室に行って綾奈呼んでから寮に戻れ。月火は原因調べて」


 火音は部活が終わるまで離れられない。



 月火は何度も頷くと澪菜の手を引いて走って行った。



 澪菜は月火と別れた後、教師の声掛けを無視して全力疾走で保健室に向かう。


 しかしそこに綾奈の姿なはく、職員室に行くと妹と話していた。




「し、失礼します……! 綾奈せん……」



 綾奈がこちらを向いた時、視界が誰かで遮られた。

 見上げると何故か柏が立っている。




 何故中等部の柏がここにいるのだ。

 澪菜が唖然としていると柏は鬱陶しそうに顔をしかめた。



「火神さん、ここは遊びに来るところじゃありません。それに何、今日は制服よ? なんでジャージなの?」

「あ、あの……今日……は……休み、で……」

「休み? 体調が悪いわけでもないのに? あーあ、嫌だわ。貴方、いくら元御三家だからってサボっても許されると思ってるの?」



 澪菜はいつも通り嫌味を言ってくる柏の嫌味を聞き流し、しかしいつになっても退かない柏に対してついに堪忍袋の緒を切らした。


「退いてよ! 兄様が危険なの! 給料と名誉のために教師してるあんたが邪魔しないでくれる!?」


 澪菜が叫ぶようにそう言うと柏が眉を吊り上げた。





 頬を叩かれた澪菜が負けじと睨んでいると職員室にいた火光が助けてくれる。



「中等部教師は出てけよ。生徒叩くとか神経疑うわ」

「なっ……火神の落ちこぼれが……!」

「無名のお前が……」

「火光先生! ここで喧嘩しないで下さい!」


 晦の制止で火光は首をすくめ、柏を中に押し込み澪菜を見下ろす。


「玄智がどうしたの」

「兄様が酷い熱で……。ほとんど息が出来てないの。火音先生が綾奈先生を連れて寮に行ってって……! 今は月火ちゃんが寮にいて……」

「綾奈、急患」



 綾奈はマスクを付けながら立ち上がると荷物を持った。


「炎夏の様子も見てきてくれる?」

「炎夏? 分かった……」



 綾奈は澪菜とともに駆け足で寮に向かうと先に玄智の寮に向かった。



 澪菜が躊躇なく中に入ったので綾奈も気にせず中に入る。


「月火」


 綾奈が声をかけるとマスクを付け、玄智の口を覗いていた月火が振り返った。


「綾奈さん。急性扁桃炎で気道が塞がってるみたいです。一応加湿器と、水は無理やり飲ませましたが錠剤は無理ですね。液体でやっとです」

「いい助手になる」


 いや助手ではない。




 月火は綾奈が診察している間に澪菜に結月へ連絡を頼み、自分は抗生物質のシロップを用意する。


「……熱はいつから?」


 綾奈が聞くと玄智は喋れないのか指を三本立てた。


「三日でこれならもうピークになったか……。たぶんこれ以上腫れることはないな。月火、薬の用意が終わったら炎夏の様子も見てきてくれ。火光に頼まれた」

「分かりました……?」



 月火は不思議そうに首を傾げたが綾奈も詳しくは知らないが、たぶん玄智の熱と関連しているのだろう。


 月火に舌圧子(ぜつあつし)やライト、薬一式を持たせると見送った。




 綾奈に頼まれた月火は二つ隣の炎夏の部屋に行く。


 インターホンを鳴らしても出てこなかったのでノックをしてからドアノブを引くと鍵は開いていた。



 無防備だと思いながら中に入ると炎夏の咳き込む声が聞こえる。


「お邪魔しますよ」




 声の聞こえた自室の方に行くと、グッズと参考書で溢れかえった部屋にベッドで炎夏がうずくまっていた。


「げっ……か……?」

「火光先生に頼まれたので往診です」




 月火は加湿器を用意する間に換気を行い、部屋の湿度を上げてから水を少しずつ飲ませた。


「口開けてください」

「医者?」

「医療コース大学卒業試験は卒業しているので」

「頼もし……」


 どうでもいいので口を開けろ。



 月火は炎夏の頬を片手で挟むと口を開けさせ、喉の奥を見た。


 咳と呼吸の異音でまさかとは思ったが予想は当たった。



「扁桃炎ですね。玄智さんとお揃いですよ」

「……伝染(うつ)ったかも……」

「症状が出たのはいつ頃からですか」



 咳が出始めたのが一昨日、熱が出たのが昨日の夜。


 三日前に体調を崩した玄智の寮に家事を手伝いに行き、感染したくないのでさっさと退散した。



 絶対にあの時だ。マスクを付けていればよかった。



 炎夏の後悔を聞いて月火は呆れると何かを指折り数え始めた。



「……今のうちに薬を飲んでおきましょう。玄智さんは重症化して呼吸困難に陥っているので」

「え」

「綾奈さんがいるので大丈夫ですよ。錠剤でも大丈夫ですね? 粉とゼリーもありますけど」

「子供扱いすんな」


 いや、大人でも丸呑み出来なかったり錠剤が大きいと言う人がいる。

 粉薬は子供のためのものではない。




 月火が力説すると、興味無さそうに流された。


「いくら粉薬でもせめてオブラートだろ。なんでゼリーなんだよ」

「苦いからじゃないですか。良薬口に苦しって」

「オブラートなら味も感じないだろ!」


 そんなこと言われても。

 ゼリーの理由は綾奈に聞け。




 月火は肩をすくめると体重を聞き、三日分の薬を出すとその日は特別遅刻のまま登校した。

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