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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
144/201

43.癒しと怠惰を等号で結んでは人間は腐る一方だ。

 ある日の休日。



 火光はカウンター越しにクレープを焼く月火を眺める。



 月火はいつもより大きなフライパンで慣れたようにクレープを焼いている最中。


 冷蔵庫には泡立てた生クリームが入っており、海麗はフルーツを買いに行っている。


 火音はアトリエで絵描きだ。




「上手いねぇ」

「慣れですよ慣れ。前の寮には専用の機械があったんですけど引っ越す時に捨てまして」

「断捨離だね。……僕も……断捨離しないと……」


 火光はカウンターに突っ伏すと大きく溜め息を吐いた。




 自室のあの惨状をどうにかしなければならない。


 何故散らかってしまうのだろうか。

 いや原因は分かっている。出したものをそこら辺に置き、それを繰り返してしまう。


 そのせいで物がごった返すのだ。



 定期的に片付けたらいいのだが、それをサボるので汚れてしまう。


 やはりサボり癖は直さなければ。




「……月火、どうやって片付けたらいいの?」

「全部捨てればいいと思います」

「それじゃ元も子もないでしょ!」



 火光が噛み付くように叫ぶと月火はケラケラと笑った。

 本当にからかうのが好きだ、この子は。



「でも断捨離は重要ですよ。どうせ買ったものをそこら辺に置いているのでしょう。古いものを捨てて片付ける場所を空けないと」


 月火がクレープをひっくり返していたパレットナイフを緩く振りながらそう言うと火光は小さく頷いた。




「……今度掃除しに来てよ。お小遣い出すから」

「それは小遣いではなく給料ですね。時給九百円でいいですよ」

「……はいはい」


 火光は呆れるとクレープの続きを見た。



「火音さん呼んできてください」

「伝わらないの?」

「集中してると伝わらないんですよ。意識しないと分かりませんから。……たまに分かりますけど」



 火光は頷くとアトリエに行った。



 その間に月火は生クリームを軽く立て直し、帰ってきた海麗が買ってきたフルーツを切る。






 少しすると火音と火光が戻ってきた。



「……で、重ねていくの」

「普通のクレープでいいだろ」

「駄目なんだよ。なんでだろうね」


 そこを分かってもらわないと。


 火音は小さく溜め息を吐くとキッチンに回り、入口側から月火の手元を眺める。




「クレープ敷いて……生クリームと……フルーツを乗せて……また生クリームと……クレープを乗せて……の繰り返しです」


 月火は回転台をクルクルと回しながら慣れたようにクリームを塗っていく。




 それを何十回か繰り返すと綺麗なミルクレープが出来た。


「コーティングは?」

「なしで」

「じゃあ完成です」



 月火は皿にそれを移すと、切り分けた火光のものにだけ粉糖振るう。

 海麗の血糖値と火音の好み関係で甘さは控えめなので、火光には物足りないだろう。




 皆にクレープを渡して、余った生クリームを見て少し考える。





 先に珈琲を淹れると余った生クリームといちごでアイスを作り始めた。




 アイスメーカーに入れ、冷凍庫に突っ込むと自分もミルクレープを食べ始める。



 海麗は楽しそうにミルクレープを頬張り、火音は無表情で無心のままミルクレープを食べている。


 火光は言わずもがな、子供のように喜んでいる。




「ミルクレープって久しぶりに食べたよ。子供の頃以来」

「月火は頼んだらなんでも作ってくれるよ」

「材料費ぐらい負担してやれよ」

「……火音ってさ」


 毎月食費と光熱費払ってるよねと言いかけた時、火光のスマホに電話がかかってきた。




「誰だろ……」


 火光が応答すると声を掛ける前にかかってきた。


『火光!? 月火の寮だろ、行っていい!?』

「え?」

「いいですよ! ちょうどミルクレープが出来たので!」

『じゃあ食べに行く!』


 意気揚々とした月火の返事と怒涛の勢いの炎夏の言葉で通話は切られ、月火は立ち上がるとキッチンに移動した。



 炎夏が前に飲み、好んでいたジャスミンのアイスティーを淹れる。


 出している間にミルクレープを切り、月火がいた場所に用意しているとインターホンの直後に扉が開いて入ってきた後、鍵とチェーンが閉められた。



 火光と海麗は顔を見合わせ、火音は立ち上がると月火とともに炎夏を出迎える。




「ようこそ」

「お……お邪魔します……」

「どうぞ。お茶も入ってますよ」




 炎夏は立ち上がるとフラフラと中に入り、リビングを見て目を瞬いた。



「結構変わったな」

「大変でしたよ。白葉と黒葉も疲れ果てています」

「火音先生が気絶したんだっけ。大丈夫ですか」

「気絶したんだ……?」


 初耳の火音が月火を見下ろすと深く頷かれた。



 ソファに座った途端糸が切れたように眠ったというか気絶した。


 模様替えでソファを変えた直後だったので三人で慌てていたが白葉が問題なしと判断したので放置した。


 案の定記憶は飛んだが許容範囲内だろう。


 吐かなかっただけマシだ。




「ゆる……」

「死ぬ以外無傷ですよ。あはは」


 炎夏は据わった目のまま笑う月火を呆れるとミルクレープを一口食べた。




 正面から月火、左前から火光、左横から海麗にじっと見つめられ、二口目を食べようとした後に手を下ろす。


「な、何……?」

「美味しいですか」

「うん……」

「火音さんが人生で初めてミルクレープを食べた日です」


 だからなんだ。

 食べなければ死ぬ食事すら食べていなかったのだから、食べなくても死なないミルクレープを食べたことがなくても不思議ではないだろう。





「また追いかけられたんですか」

「玄智の寮にいたんだけど……」



 玄智と炎夏で補習を受けに行っている間、寮は澪菜一人だけだった。

 その間に美虹(みれい)が押し入り、澪菜は玄智の自室に閉じ篭っていた。


 危害はなかったものの玄智を見た瞬間に大泣きし、キレた炎夏が美虹を連れて寮を出てからいつも通り追いかけっこの始まりだ。




「あの電話番号って誰の?」


 火光の素朴な疑問に炎夏はスマホを出した。


 いつものものよりかなり性能もを落ちて安い機種だ。



「美虹以外の連絡先全部消されたから覚えてる火光と月火と玄智だけ入れた。SiMなしでほぼ使いものにならない」


 束縛彼女の暗黙のルールか。




 月火は頬杖を突くとそのスマホを借りて裏表を見る。


 画面はひび割れ、カメラレンズもかなり傷が入っている。

 一体どういう使い方をすればここまでボロボロになるのか。



「使いにくいでしょうに」

「うん……苦肉の策」


 月火は自分のスマホを持つと水月に電話をかけた。


「もしもし兄さん」

『なーにー?』

「余ってるスマホってあります? なるべくSiM入がいいんですけど……」

『あるよー。帰り途中だから帰ったら選んでね』



 さすがに申し訳ない。


 炎夏が眉尻を下げると月火は圧のある笑みをかけた。


「黙って甘えておきなさい」




 炎夏が小さく頷きかけた時、インターホンが鳴り響いた。


 連続で何度も鳴り、火音が立って音を切る。



「五月蝿い……」

「水月兄さんが帰ってくるなら追い払ってくれるでしょう」


 どう頑張っても一般人が妖輩に体術で勝ることはない。


 水月なら反射神経で翻弄してから帰ってくるだろう。




 炎夏がミルクレープを食べ、水明に今の状況を説明するため火光にスマホを借りてメールをしていると月火に連絡が来た。


「あ、鍵……」


 忘れていた。


 月火は覗き窓から美虹がいないことを確認すると鍵とチェーンを外し、水月を入れてからまた鍵とチェーンを掛けた。



「何があったのかと思ったらそう言うことね」


 珍しくスーツ姿の水月はジャケットを脱ぐと自室に投げ入れ、ネクタイを緩めながら中に入った。



「美味しそうなの食べてる」

「食べますか?」

「食べる」


 水月は模様替えされた寮を見ながらソファに寝転がり、長い息を吐いた。




 疲れた。

 もうしばらくあの人とは付き合いたくない。


 何が楽しくて男二人でレストランで会食をした後にホテルで夜を明かさなければならないのか。



 仕事の話ははぐらかされ、常に雑談ばかり。

 内容も内容だったので不快でしかなかった。





「兄さん、珈琲は?」

「いる」


 水月は起き上がると自室に戻ってスーツからジャージに着替え、髪をかきむしった。

 全体的に嫌悪感と言うか不快感が抜けない。




 ガラスの戸棚を開けるとスマホを三種類持って部屋を出た。


 リビングに戻ると火光が移動していたので火光の席に座り、スマホを机に置くと椅子にもたれて仰け反る。



「大丈夫ですか」

「うーん……無駄な時間を過ごした気がする。……気じゃない、絶対無駄」


 水月は愚痴を零しながらミルクレープを食べ、珈琲を飲んだ。



 水月が炎夏のスマホ事情を聞き、スマホの特徴を説明していると水明と水虎も到着した。



「炎夏!」

「すみません。忙しいのに」

「いや、最近はあんまり忙しくないから……」



 月火が周りくどかった仕事の回りを一新して、今では仕事量が半分まで減っている。

 月火は中の事情を整えるのは当たり前だと言っていたが二人がどれほど助かったことか。


 今では円滑に混乱することなく進んでいる。




「まさかここまで化けるとはね……。やっぱり水樹(みずき)は焦り過ぎたんだよ。炎夏に任せておけばよかったのに……」

「今のうちに解消させた方がいいですよね……」


 水明と水虎がよく似た顔で同じ表情のまま悩んでいる間に、炎夏は水月から貰ったスマホに月火に見せてもらい連絡先を登録した。



 火音はソファに座ってスマホをいじり、後ろに立っている月火の手をずっと握っている。


 月火は月火で仕事をしながらも握り返しているのでよく似ているカップルだと思う。



「……向こうの親も含めて話し合いかな。お互いの利益が均等になるように条件を付けたのにこれじゃあ炎夏にストレスがかかるだけだ」


 水明の言葉に炎夏と水虎は同意するとそれぞれ準備を始めた。



 ご両親に連絡すると週末話し合うことになった。










 その日の夜、皆が泊まることになったので火音は自室に戻る。


 せっかくゆっくりしようと思ったのに来客が多すぎて一切気が休まらなかった。



 火音が言えることではないが、水月も火光も遠慮の欠片もないし、水明も帰りたがっていた水虎だけでも帰してやればいいのに。


 炎夏は寮から出られないし海麗も一日だけなので仕方がないにはないのだろうが、それにしても他の人は月火に甘えすぎだと思う。


 月火は優しいし聖女のようで、確かに寮も広いし過ごしやすいが、ここは月火の寮だ。

 いくら優しいからと言って、それに漬け込んで休みの日まで気を張らせるのは如何なものか。



 火音だって常にベッタリなわけではない。


 お互いの自室にいたりアトリエとリビングで別々だったり、月火に一人の時間が出来るよう配慮はしているつもりだ。



 つもりだとしても、お互いにその環境で不満がないのだからそれでいいだろうに。

 他人は本来月火のプライベートがあるはずの時間に土足で踏み入り、好きなだけ荒らして何も言わず帰っていく。


 一番苦労の多い月火が一番休めていない。

 理不尽なところだ。




 一番の苦労人はプライベートですら他人の面倒を見て休息を与えられない。

 何故分からないのだろうか。


 大切な妹だと言うならくっつき続けるだけでなく体調やメンタル面も考えて程よい距離感で過ごしていたらいいのに。




 あれでは月火が過労で倒れてしまう。


 月火は癒しや娯楽の場であっても依存や怠惰の場ではない。

 癒しと怠惰を等号で結んでは人間は腐る一方だ。



 それを言えない月火も月火なのだが、月火は幼い頃から無意識に作り上げてきた仮面を何重にも被り、誰が見ても違和感がないように取り繕うので必死になり自分の体調面など考えていないのだろう。


 それが月火なので、月火がこうでなければ大人達が怠けることもなかったのだが、それでももう少し自分の体調を考えてほしい。



 火音は深く長い溜め息を吐くとクッションに顔を埋めて眠り始めた。

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