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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
143/201

42.圧倒的に血が足りていない。

 火音が襲撃され、月火と海麗が生死をさまよった数日後。



 すっかり元気になった海麗は今朝抜糸したはずの火音の様子を見に行く。




 一声かけてからカーテンを開けると火音は座ったまま月火を膝に座らせ、月火はまんじゅうを食べていた。



「元気そうだね〜」

「元気そうですよ〜」

「一番元気なのは八条さんですけどね」


 火音もなかなかではないだろうか。




 ここ数日間、月火は元気がなかったが火音の退院が決まったことで安心したようだ。


 毎日三食分の病院食を作っては届けていたのでその前後は少し楽しそうにしていた。





「そうそう。水月って彼女いるんだね。この前囲まれたまま女の子と腕組んでたよ」

「この忙しい時に遊び呆けてるんですか。あの人ヤバいですよ」

「……ふーん?」



 よく分かっていなさそうな海麗はキョトン顔で首を傾げながら適当に流した。


「まぁ仕事はしてるんでいいですけど」



 そう言ってまんじゅうを頬張った月火がぶつくさ文句を言っていると当の本人がやってきた。



「……イチャつくねぇ。それを傍観する海麗も海麗だけど」


 何人かの人影が見えたと思えば水月だけでなく火光や谷影、桃倉と洋樹もやってきた。



 火音は生徒に見られる前に名残惜しいまま月火を離す。

 花束を渡すなら時間をくれ。見舞いなどいらない。





「まぁまぁ。いいじゃないですか」

「いいけど」

「何が?」



 いつも通り分からない二人の会話に皆の声が揃い、しかし二人は説明もしないまま別の会話を始めた。




 月火は三本目のパックジュースを飲み干し、四本目に入る。


「めっちゃ飲むね」

「火音さんの血の海見ました? あれの輸血で使われた血、全部私ですよ?」



 他人の血は妖力が練り込むように入っているそうで、月火以外の血を入れようとしたら触れてもいないのに嫌がったらしい。



 案の定、無意識に圧迫止血していた月火の血が大量に採られた。


 元々同じ血液型、どの血液型からも輸血が可能な血液型なので月火の血は誰でもよかった。よかったはずなのに。




「私に他人の血が入ると火音さんが料理を食べられないことが判明しまして。自分で自分を染めるという不思議な体験をしましたとさ」


 月火は四本目を飲み干すと五本目を開けた。

 圧倒的に血が足りていない。




 今晩はレバニラ炒め、ほうれん草としじみの味噌汁、わかめご飯で決まりだ。



 ちなみに今飲んでいるジュースも貧血解消野菜なんちゃらや貧血解消果物なんちゃらというものが多い。

 と言うかそれしかない。






 妖輩にとって体力に影響を及ぼす貧血は天敵だ。

 月火は確かに体力は多いが結月のような無限の体力はないのでこれが最低限だ。


 これ以上落とすことは出来ない。





「まぁ火音さんが必要ならいくらでも出しますけど」

「結局最後は惚気なのね」

「惚気られる人がいるだけいいでしょう。取っかえ引っ変えする人や一匹狼よりは」

「どうかな〜?」




 だいたい依存されて束縛されてこちらが病んで別れる。



 水月は月火のジュースを一本貰うとベッド傍の椅子に座り、あぐらをかいた。



「月火がいいなら口出ししないけど依存したら駄目だよ。本当にフラれるから。……神々は依存体質が多いからねぇ」




 水月は弟妹に依存し、何をするにしても弟妹を理由にする。

 火光は依存はしないが依存させやすく、自分もその依存で満たされているので依存の一種だ。


 月火は依存はしていないが現在して、されかけている最中なのでいい距離でい続けなければならない。




 水月は勝手に貰ったジュースの箱を握り潰すとごみ箱に投げる。



湖彗(こすい)も稜稀もお祖母様もその前の代も依存で堕ちたんだから」

「水月酔ってる?」

「酔えるまで飲めないよ」

「変だよ」



 火光の遠回しの黙れという言葉に水月は口を噤むとそのまま弧を描いた。




「イチャつくのもいいけど兄さん達にも構ってね」

「……時間があったら」


 ないと思うけど。






 内心で付け足すと火音が吹き出した。



 傷が痛むのか面白いからなのか、腹部を押さえながら右手を口元に当てて笑いを堪えている。


「そんなに面白かったですか」

「いや……あまりにもストレートすぎて……!」

「ストレートも何も僕らには伝わってないんだよ」



 水月は呆れると火音を興味深そうに見ている海麗を見た。



「海麗はもう大丈夫なの?」

「うん。いきなり動いたから不整脈起こしただけだって。薬で抑えてから今は正常だよ」

「よかった」



 月火は火音の背をさすり、火音は傷口を押える。痛い。




 月火が心配し、火音が息を整えていると一年の好奇と興味の視線に気付いた。



「……何?」

「火音先生って……笑うんだなって……」

「人間だからな」

「普段滅多に笑わないけどね。月火だけだよ、この仏頂面を取れるのは」



 火音は火光に頬をつつかれている月火を眺めると、作り笑顔か素の笑顔か分からない満面の笑みを浮かべた。



「他人はつまんないから」

「こっちの方が酔ってるかもしれません」

「入院中だけどな」



 火音と月火は乾いた笑みを浮かべると置いてけぼりを食らっている一年を見た。




「火音先生は裏表が激しいですよ」

「……よく……わか、りました……」

「分かるなよ」









 その日の夜。


 火音の曲がらぬ意思と言うか頑固な意思と言うか、強い希望で夜のうちに退院することになった。



 火光は任務に駆り出され、水月はいつも通りどこかに消えた。


 炎夏は凪担と海麗の寮を行き来しており、美虹(みれい)との追いかけっこは続いているようだ。



 つまり寮では二人きり、と。


 今は模様替え中だ。



 毎年、何かの転機があるとこうして買い換えるそうで、今回は学園と上層部を取り込んだという事で心機一転らしい。


 火音が予定よりも早く帰ってきたので少してこずったが、棚やラグ、机も全て捨てた。

 火音のクッションだけが残っている状態。


 明日も休みなので今日は徹夜になるかもしれないらしい。





 真っ白なふわふわカーペットを敷き、モダン風な家具を置いていく。


「この液タブ、どこに置きますか?」

「……いらない気がする」

「火音さんがいいなら捨てますけど」

「八条さんにあげたら?」


 確かにずっとタブレット描きだった。



 火音に連絡を頼むと廊下に避難させておき、棚を配置しておく。




 同じ配置では面白みもやる気も起きないので色々と変えてみる。

 手伝いは白葉と馬鹿力の黒葉だ。



 二体が分身するのも疲れるそうで、今日と明日は休憩期間にした。

 火音の事件があった直後なので被害が出る可能性が低い。


 悩んで先に延ばし、二体の疲労が溜まるのに襲われる危険性が高まるぐらいならさっさと決断をした方がいい。




「主様、ここでいいの?」

「うーん……。使いにくいですかねぇ」

「向こうの方がいいんじゃない?」



 三人が相談している間、火音は海麗と文でやり取りをする。




 大きさや画質、色や形などを確認した後、渡すことになった。



 月火に伝え、火音はソファで絵を描き始める。

 もう疲れた。明日は寮でゆっくりしよう。












 翌朝、目を覚ますと寮は全く別の部屋になっていた。


 昨日の夜の記憶が朧気だ。

 何がどうなったかは分からないが何故か別のソファに寝ているということは模様替えは終わったのだろう。




 火音は起き上がると頭を雑にかきむしる。



「どうしたの火音」

「……記憶が飛んだ……」


 何故かいる火光と、何故かルービックキューブをやっている海麗は目を瞬くと顔を見合せた。




「月火! 火音の記憶が飛んだ!」

「脳震盪を起こしているんですから多少の混乱があってもおかしくありませんよ」


 月火は珈琲を淹れると火音に渡した。

 火音はそれを少しずつ飲みながら寮を見回す。




 白とグレーで統一されており、ソファは濃いグレーで火音のお気に入りクッションと同じ生地のカバーが付けられている。


 通りでいつもと夢見が違うわけだ。





「脳震盪……」

「大丈夫ですか」

「……うん」


 火音は珈琲を飲み干すとタンブラーを月火に渡し、また寝転がると火光達に背を向けてスマホをいじり始めた。



「本当に変わったねぇ」

「八条さんほどではないです」

「そんな変わってないけどね」

「強さはそのままでしたね」


 特級を室内で、しかも建物に損傷を出さないまま一人で倒すなど海麗しか出来ない。


 心臓病がなければ今頃、火音は最強とは呼ばれていないだろう。






 海麗がいれば月火との縁もなかったか。皮肉なものだ。



 海麗が在国したままで、火音が二位として戦っていれば月火の戦闘ペアは必然的に海麗になっていた。

 そうなれば月火と火音の関わりは火光だけ。


 火光だけとなれば共鳴はどうなっても現れなかっただろう。




「上手く出来てんなぁ……」

「世の中そんなものですよ」




 二人は首を傾げたが月火は何も言わず、そのままソファの後ろに立った。

 火音は起き上がってから火光を見下ろす。


「水月は?」

「帰ってきてないね」

「八時……」


 火音が呆れていると電話がかかってきた。



「はい」

『あ、火音? 時間ある?』

「ない」

『月火と……』


 火音は水月からの電話を途中で切ると火光に頼めと連絡しておく。


 しかし返信が来る前にまたかかってきた。



「なんだよ……」

『いきなり切らないでよー! ひどー……』

「切るぞ」

『待って! 火音って中学教師の免許持ってたよね』




 教師コースでは中等部から自分の取りたい学校と教科の志望を書き込み、在学中から順に試験を受けていく。


 火音は中等部からのコース加入だったが、小中高校の国語、数学、理科の教員免許は持っている。

 大学教授は麗蘭からの直談判で引き受けた。給料を吊り上げて。



「持ってるけど」

『実は家庭教師が必要でね〜? 中学生の子なんだけど……』

「晦に頼め。子供好きだろ」

『男の子なんだよ。ほら、思春期じゃん? 火光も月火も子供嫌いだし僕は馬鹿だし……』


 そんなことはないが子供が嫌いなので言い訳しているだけだろう。


 火音は盛大な溜め息を吐くとルービックキューブを揃えて静かに喜んでいる海麗に視線をやった。



「……晦並に子供好きで男で頭がいいなら誰でもいいんだろ」

『え? う、うん…………?』

「声かけとく」


 火音は通話を切ると月火を見上げた。

 少し呆れた様子だが許してくれそうだ。




「八条さん、中学生の家庭教師やりませんか」

「中学生?」

「男の子らしいです」

「やるやる。中学の勉強なら簡単だし」


 海麗は弾むように頷くと火光と教職について盛り上がり始めた。




 この二人は本当に気が合う。

 火音より話が進みそうだ。





「ネガティブになってますね」

「……甘いものが食べたい気がする……?」

「疑問形……」


 月火は火音の頭に手を置くと髪を梳き始めた。



 今ある甘いものと言えば飴かナッツ類だ。

 ケーキでもクッキーでもなんでも作れるよう材料はあるがなんせ時間がかかる。


 火音に関しては時間をかけないと食べれないのだが。




「あ、月火! ミルクレープ作れる!?」

「作れますけど」

「何それ」


 どこかで誰かが言っていた気がするが調べたことがないので知らない。



 火音が首を傾げると火光が目を丸くした。



「知らないの!? 人生損してる!」

「いや……」


 知らないのだから損はしていないと思う。




 火音が眉を寄せていると月火は苦笑いを零した。


「ケーキ屋に行きませんもんねぇ」


 ケーキ屋にはだいたい置いてあるが、そもそも食べられないのだから行く意味はない。

 知らなくても仕方がないだろう。


 たぶんタルトの種類やパイもよく分かっていないと思う。



「作りましょう」

「やったね」




 月火はキッチンに行くとクレープ生地を作り、少し寝かせてから薄く焼き始めた。

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