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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
14/201

14 イノシシ

「この刀って妖力あり?」


 動き出した猪型の怪異になぎ払われた九尾の白葉(はくよう)が消えると月火の妖力が激増した。


 火音は黒刀の妖楼紫刀(ようろうのしとう)を握って太刀の紅揚秘刀太(こうようひとうた)の刀身を撫でる月火に問う。


 本当にこの刀達が好きなようだ。

 滅多に見せない、と言うか見たことのない顔をしている。


「ありますよ。妖刀ですし」


 神々を守るために振るわれた妖楼紫刀。

 罪人を処すために振るわれた紅揚秘刀太。

 子に教えるために使用された白黒魅刀(はっこくみとう)


 どれも一度は人を殺め、何体もの怪異を祓ってきた刀だ。

 たぶんそこの怪異よりも強く濃い恨みが籠っている。


「この刀に想い続けると手に馴染むそうです。妖楼紫刀は刀身が伸び、紅揚秘刀太は軽くなり、白黒魅刀は刃が返る。たぶん嘘ですけどね」


 曾祖母から聞かされた話だが本人の想いが強いだけで技量的な問題だと月火は思っている。

 ただ、妖刀なので本当に嘘なのかどうかは分からない。


 月火がやる気の満ちた満面の笑みで火音を見上げると無関心な返事をされた。


「まぁ切れたらなんでもいい」

「適当ですねぇ」

「合わせる」

「了解」


 月火は紅揚秘刀太を握ると地面を強く蹴った。


妖刀術(ようとうじゅつ) 貮舞刀狐(にぶとうこん)


 二人が交差するように刀を振るい、怪異の奥に着地すると刀身を見下ろした。

 水に近い血が付いている。


 実体化しかけている証拠だ。


 完全に実体化してしまうと人前では処理出来なくなってしまうので面倒になる。


 前に火光達が学園内に連れてきた一級相当のヘドロ怪異はほとんど実体化しており、後片付けが大変そうだった。


「面倒臭くなってきたんですが」

「初めての刀だろ」

「言っても普通の太刀と変わりませんし」


 先程の意気揚々とした、一日千秋のような顔は嘘だったのだろうか。

 あれが嘘ならたいした演技力だ。自社の広告に出た方がいい。


「実体化する前に片付けろ。当主だろ」

「お飾りですよ」

「お前が飾りなら全員付属品」


 月火は当主として十二分な器量がある。


 言われたことはなんでも出来る、好奇心旺盛、無駄に器用で無駄に顔がいい。

 どこに行って家督を継ぎましたと言っても恥ずかしくない人材だ。


 誰に飾りと言われたのか。


 火音は本気で面倒臭がる月火を見下ろすと構えていた刀を下ろした。


「九尾出しとけ。気分悪いだろ」

「さっき神通力使ったんですけどね」

「回復させとけって言ったのどこの誰だよ」

「どこの誰でしょう」


 月火は白葉と黒葉(こくよう)を出すと少し楽そうな顔をした。


 この食生活が始まった頃もそうだが自分の読心術には驚くことが多い。

 便利だが無視は出来ないので変にお節介だと言われることもある。


 別にいいが火光にまで噂が広がるとからかわれるのだ。

 火光にからかわれると傷付けられた上えぐられるので少々鬱陶しく思う。


 その点これは素直に話を聞いて文句も言わないのでいい操り人形だ。

 これを火光か水月の前で言ったら確実に殺される。


「九尾で縛れないんだろ。挟むしかねぇぞ」


 先程の斬撃、妖力が一番強い急所を狙ったのに微かにかわされた。

 大きさの割に素早いようだ。


「左右で挟んだとして上下に逃げられたら厄介ですよ」


 水族館の壁から半円をかくようにして人々が集まっている。

 どの角度でも確実に一般人に当たる配置だ。


「頭を使え。お前の九尾は何体だ」

「あぁ……師匠にでもしようかな」

「やめろ?」


 そんな軽口を叩いてから下ろしていた刀を再度構えた。


 九尾の尾が九本に変わり、耳が少し大きくなった。

 目が釣り上がり、目尻に青い隈取のようなものが浮かぶ。


 九尾二体を本来の姿に戻す、戻せるとはどれだけ妖力が有り余っているのか。


 これは周囲が裏で化け物やら怪異と呼ぶのも分かる。


「噂も信じてみるものだな」

「は?」

「構えろ」


 いきなり不可解なことを言った火音を奇妙な目で見てから刀を構えた。

 今度は月火が合わせる番だ。


 白葉と黒葉にも合わせるように言い、火音の動きを見て左右対称の動きを心掛ける。


『妖刀術 紅揚秘刀太』


 妖楼紫刀の刀身が太刀ほどに伸び、怪異は逃げる場がないまま体に十字の斬撃を喰らった。


 続けて月火が一メートルほどある足の下に滑り込み、怪異の急所となる最も妖力の強く濃い部分を切り裂いた。


 人間に心臓や脳が存在するように怪異には弱点が存在する。

 それがこの妖力が最も強い場所だ。

 全ての供給源となる怪異の源。


 生ぬるい水のような血液のようなものが顔にかかり、激痛が走った。


 どうやらこれもただれるらしい。ミミズのような黒い何かが出てこないだけマシか。


 月火が下がると黒葉がまだ立ち上がろうとする怪異を喰らい、白葉が神通力で顔を治してくれた。


「お前の妖心って肉食か……」

「狐って鼠食べるんですよ」


 まだ少し目の奥に違和感があるが痛みはないので大丈夫だろう。


 月火が白葉を撫でると嬉しそうに尾を振った。

 後で子供が群がりそうだ。


「喰ったらどうなる?」

「浄化してそのまま黒葉の力になります。……あ、妖力じゃありませんよ。私が喰らうわけじゃありませんし」

「妖力じゃない力ってなんだよ」


 完全に妖力だと思ってこれ以上増えても意味がないと思っていた火音が月火を見下ろすと月火は少し眉を寄せたまま首を傾げた。


「なんか、神的な力です」

「は?」


 黒葉がそれを粗方喰らうと白葉も食べ始めた。


 もう大丈夫と判断したのか水月と火光が駆け寄ってくる。


「月火! 大丈夫!?」

「はい。もう治りましたよ」

「良かった。……見えてるよね? 後遺症とかないよね?」

「大丈夫ですって」

「後で知衣(ちい)に検査してもらおう」


 心配し続ける水月と検査を手配する火光を止めていると全てを喰らい尽くして満足そうな黒葉と白葉が戻ってきた。


 玄智と炎夏は顔を引きつらせている。


 二体を撫でると二体とも大きく尾を振ってまたいつもの姿へ戻った。

 すると警官の足元をすり抜けてきた子供がふわふわの尻尾に飛び付いた。


「ふわふわ〜!」


 幸いにも飛び付いたのが白葉だったので黒葉は逃げるように姿を消すだけで済んだ。

 これが黒葉だったら振り払われていてもおかしくない。


 黒葉はかなり短気なのだ。


 混乱している白葉に大丈夫と言い聞かせていると他の子供もやって来た。


 残念な事に月火と火光と水月は幼い子供があまり好きではない──水月に関しては嫌い──ので少し距離を取る。


 親が迎えに来ている子もいるが放置の子もいるので玄智と炎夏が面倒を見ている。


 火音は我関せずでずっと妖楼紫刀を見ている。


 月火は補佐の子が持っていてくれた鞘を受け取る。

 何故か中等部の子なので聞いたら三級、つまり離窮(りきゅう)の補佐の見学で来た手伝いを続けていたらしい。


 見学に行けるのは最低限の技量のある子なのでいても邪魔にはならなかったのだろう。


 そう言えば炎夏に説明していていたのもこの子だった気がする。


「私、月火様に憧れて入ったんです! 私は妖輩じゃないので補佐ですが……情報と教師も取って頑張ってるんです! いつか月火様みたいなかっこいい女性になれるように頑張ります!」


 これは赤城(あかぎ)妹タイプかもしれない。


 純粋で悪いことはほとんどないので素直にお礼を言って鞘に紅揚秘刀太を戻す。


 火音にも妖楼紫刀の鞘を渡した時、今までの特級を遥かに凌駕するほど大きな妖力の揺れを感じた。


 見れば狐の面を付けた幼い少女が観衆に紛れて立っている。


「人間……」

「特級以上ですよ」

「どっち側?」

「分かりません」


 皆が警戒しているとまだ十歳ほどの少女は合掌して刀を出すと月火の首目掛けてその刃を振りかざした。

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