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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
139/201

38.何事にも慣れが一番の特効薬。

 ガンッと心配になる音が鳴り、審判の炎夏が右手を上げた。


「敗者、月火」

「なんで負けの名を! 勝ちを呼べ!」

「いい気味だ」


 壁の傍で横たわって頭を抱えた月火は怒鳴り、久しぶりに月火に勝てた水月は火光とハイタッチをして大喜びする。



 月火は最近、瑛斗の教育と仕事でまともに近接戦をやっていなかったので鈍ってしまった。

 武器に慣れすぎては駄目だ。


 月火は立ち上がると髪をまとめた。

 暑いのでジャージを脱いで床に脱ぎ捨てる。



「あ、スイッチ入った」

「炎夏が煽るからー! 次凪担の番だったのに……」

「僕は終わった後でも全然……」


 その後の一戦は水月が手も足も出ないまま月火が勝ち、倒れた水月は凹んで起き上がらない。



 勝てないからこその先ほどの喜びだが、妹に負けると思っている以上に凹むものだ。

 これが火音なら当たり前と受け流せるのだが。



「……もう! 凪担、やるよ!」

「あ、はい!」


 こちらもスイッチが入った。



 水月は構えると凪担とともに手合わせを始めた。




「……もう無理かもしれない……」


 二連敗した水月は倒れて膝を抱え、うじうじと凹む。

 月火は結月に受け身の方法を教えている。


 色々な体勢の状態でステージ上から突き飛ばしてマットの上だが常に背中で受けて転がれるように練習中だ。



「結月もよくやるよね。あんな痛いこと続けてさ……」

「月火! 水月が凹んだんだけど!?」

「知りませんよ」

「皆に迷惑がかかるかもしれない」


 火光がそう言うと月火は結月を蹴り落としながら腕を組み、口元に手を当てた。



 ふといつかの時に声で盛り上がったことを思い出す。



「……頑張れ水月お兄ちゃん」


 試しに出してみればステージに上がってきていた結月が驚いて自分で落ち、それでも受け身を取った。


 炎夏と玄智は大爆笑、凪担は唖然としている。



「もう一回」

「水月お兄ちゃん、頑張って!」


 月火が満面の笑みでそう言うと水月が起き上がった。


「可愛い!」

「知ってます」



 知っていなければこんな声は出していない。

 たかが声一つでよくもまあこんな馬鹿面が晒せるものだ。

 我が兄ながら呆れと恥で溜め息が出る。




 月火が結月の受け身の癖を教えながら自分も練習していると休み時間になり、火音と晦が生徒を連れて入ってきた。


 火音は担任職を持ったので中等部の体育の受け持ちはなくなったようで、今は高等部と大学部の行き来だけとなっているらしく、火神の仕事も教職の変な仕事も回ってこなくなったので今が一番楽だと言っていた。




 玄智と手合わせしていた月火は皆が入ってきたことに気付くと玄智の蹴りを流して軸の足を払い転ばせる。


「うげっ……!」

「結月より受け身が下手なのでは」

「そんなことない!」


 玄智は顔をはね上げるともう一戦お願いした。


 しかし月火は休憩だと言って飲み物を取りに行く。


 玄智も飲み物を飲んでいると凪担が走ってきた。


「玄智君! さっきやってた二段蹴りってどうやるの!?」

「二段蹴り……あぁ、回し蹴りみたいなやつ?」

「そう!」


 玄智は動きを説明して自分が受けになり、凪担の練習相手になる。

 それを見た月火は火光と話してサボっている炎夏を呼んで相手をしてもらう。


 水月は結月に伝授中だ。



 月火が炎夏をボロクソに負かし、炎夏が拗ねて玄智を負かしに行ったので結局一人になってしまった。

 今日は体術の練習を重点的にやりたかったのだが、相手がいないとどうしようもない。


 月火は水を飲むと軽く溜め息を吐いて壁や窓を使った移動術を確かめる。



 初等部の頃にどんな状況でも逃げられるように訓練したので基礎は固まっている。

 あとは臨機応変に対応して判断と反射神経で動くだけだ。



 月火は壁沿いの肋木(ろくぼく)からステージ上に飛び乗った。

 これだけの距離を飛び降りて着地しても音が鳴らないのだから昔から慣れていることがよく分かる。






 思ったが、たぶん玄智の身長が伸びないのは筋力のつけすぎだ。


 火光もそうだが、元々筋肉質な火神がさらに筋力を付けようとすると通常の倍はつく。

 玄智の場合、今から運動をやめて毎日食べて寝てを過ごせば太る前に伸びるだろう。


 本人の気にしすぎだが、継続されたダイエットと顔に対するコンプレックスやストレスもあるかもしれない。

 加えて任務による怪我で成長よりも回復に栄養がいく。


 玄智は妖輩だからこそ身長が伸びず、そのストレスでさらに負荷がかかる。



 上層部も月火の自由になったし、いっそのこと神々社にやったように新しい制度を作り、古い制度を捨てる開拓を進めようか。


 妖輩なら年に一ヶ月の休暇、会社で言う有給。

 補佐なら普通に有給。以下同文。


 と言う感じで休みを定期的に取らせれば少しはストレスも減るのではないだろうか。

 少なくとも休みは入るが人では圧倒的に不足するだろう。



 万年人手不足の妖輩者はおちおち休んでいる暇もない。


 それか各級一人ずつを休みにしてその分を次休みの予定の者に回し、それを繰り返して一気に重なった任務の疲れを長期で癒すか。




 どう考えても今の状況では動けない。


 麗蘭が降りたことを郊外御法度にしたのは暒夏達に情報を掴ませず、弱みがなくなったと思せるためにだ。

 生徒や教師の中に情報屋がいれば何をどう隠して動いても全て筒抜けになる。隠しても意味ないが。


 稜稀が子供と旦那を騙して盗んだ大金をどこかに流すつもりなのか、人間の生活費にするのかは知らないが、生活費にするならアジトぐらいすぐに分かりそうだ。

 人体実験を行っているのだから本拠点は持っているだろう。


 そう考えると火神の子供達や朱寧(あかね)も学園に移した方が安全か。



 内側が整ったので今度は外側を固めなければ。

 まだまだやることは山積みだ。







 月火はステージにあぐらをかいて頬杖を突いた状態のまま軽く息を吐くと堂々と蹴り落とそうとしてくる炎夏を睨み上げた。


「なにか?」

「蹴り落としてやろうと思って」

「最近性格が悪化しましたね」

「それは初めて言われた。ただのいたずらだって」



 知っている。小心者の炎夏がたとえ暒夏側に回ったとして、水明か水虎に泣きながら話しているだろう。


 炎夏は水月と並ぶほどに小心者だ。

 ただ、泣かないように躾られて勉強するよう動かされているだけ。



 子供は所詮、大人の操り人形、餓鬼の玩具と同義だ。



「月火こそ性格悪化してんだろ」

「そんなことはないですよ。事実です」

「事実でそれを言うあたり末期か」



 月火が減らず口を叩く炎夏の頬をつねっていると瑛斗(あきと)がやってきた。


「神々先輩、お願いしてもいいですか」

「いいですよー」

「そう言えばあの尾行術、火音先生にも通用するんですね」


 当たり前だ。

 月火がスカウトや任務で極めた極意の塊なので秘伝の術となっている。


「他人に教えないで下さいよ」

「火音先生には伝わってますよね」

「あの方尾行するには目立ちすぎますからねぇ……」


 月火は身長とメイクでブスにも男にもなれるが火音は無理なので、伝わってはいるだろうが出来ないと思う。


 なんにせよ秘密は守ってくれる人なので問題はない。


「今日は体術メインです」

「お願いします」


 体術メイン、と言うが月火がなまっていることを痛感した直後で動きたいだけだ。


 学生の現役なのに他人にも合わせる。

 先に自分の基礎を固めるのが先だろうに、先走りすぎたか。



 今度海麗に人への教え方と並行して自分の訓練を行う方法を聞いておこう。

 と言うか。



 月火は一度引くと動きを止めた。

 瑛斗も反射的に止まる。


「私って瑛斗から見てどういう存在ですか」

「どうっ……? せ、先輩とか……?」


 いまいち意図が伝わっていない気がする。



 二人は互いに首を傾げるとまた殴り蹴り始めた。




「月火って不思議だよね」

「今更?」


 火光の呟きに一緒にいた結月は目を丸くした。

 火光は苦笑する。




 月火が不思議なのは周知の事実だったが、声を出したのは何気に初めてかもしれない。



 二人が深く同意しながら月火を眺めていると火音がやってきた。



「結月、水月が呼んでたけど」

「火音先生、月火ちゃんの思考ってどうなってるの?」

「え、俺にも理解出来ない」


 いきなり聞かれた火音は素でそう答えた。

 普段よりも相手の声が頭で反響し、それが響いてきた月火は谷影を蹴り飛ばすとこちらを見た。


 何の用だと聞かれたので知らないと答えれば戦いを続ける。



「便利だね」

「先生と月火ちゃんって前世から繋がってるんでしょ? いいなぁ、運命の人って感じ!」

「結月ってロマンチストだよね」

「その歳でそんなこと考えてるって大丈夫かよ」


 火音に見下ろされた結月は少し驚く。


「火音先生信じてないの!? 月火ちゃんと一緒だったのに!?」

「一緒って言っても別人だろ。記憶もないし……」



 そんなファンタチックな思考に浸る暇があるなら仕事をする。



「現実的な考え方だね。子供の発想力潰してるよ」

「もう子供の歳ではないだろ……」

「まぁ餓鬼は嫌いだけど」



 水月ほどではないが月火よりは餓鬼は嫌いだ。

 こちらの都合を考えず、一つ気に入らないことがあれば泣きわめいて周囲に迷惑をかける。


 まだ羽賀(はが)姉弟や月火のような子供ならいい。

 今の水月が子供化すれば絶対に離れると思う。



 火光は子供に付き合う忍耐力は持ち合わせていない。


「酷い言いようですねぇ」

「月火、月火も嫌いでしょ?」

「私は泣き声が嫌いなだけです。最近は慣れてきましたよ」



 火光は泣き声はなんとも思わない。

 あの行動が嫌いだ。



「何の話?」


 結月が来ないので自らやってきた水月は火光を覗くと話の要約を聞き、顔をしかめた。



「聞かなきゃ良かった」

「神々兄妹って子供嫌いだよね。なんで?」

「声が苦手」

「行動が嫌い」

「生理的に無理」



 たぶん穢れを知らない純粋無垢だからこそ嫌なのだ。

 純粋なものは穢れた大人とは付き合ってはいけない。



「極論すぎるだろ」

「だってそうじゃん」

「部分的に関わるとは方法はあるだろ」

「火音だって嫌いでしょ?」


 子供が来た時、皆がヘラヘラ笑って遊ぶか顔をしかめる時、火音は一人でスマホをいじっていたりどこかを眺めていたりすることが多い。



 水月にそう言われた火音は首を振って否定する。


「嫌いじゃない。好きでもない」

「存在をシャットダウンしてますからね」

「その能力教えて」


 何故歳下の弟妹が好きなくせに子供は嫌いなのか。


 もしかすると兄妹の中では水月が一番子供っぽいらしいのでそのせいかもしれない。

 月火と同じ慣れが大切だ。



 何事にも慣れが一番の特効薬。

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