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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
138/201

37.さすが視力零点六の男。

「夏休み終わった〜!」


 相も変わらず元気な桃倉は拳を上に突き上げ、担任の前でそう叫んだ。



 両隣には鬱陶しそうな顔をしたクラスメイト(もとい)親友が二名。

 向かいには担任で実はプロイラストレーターの火音先生。



 訓練漬けでまともに遊ぶ暇もなかった夏休みが終わり、今日は始業式だ。


「いつから親友になったのよ。谷影だけでしょ」

「俺も親友とは思ってない。ただのクラスメイトだろ」

「なんでプロイラストレーターなんだよ。趣味で描いてるだけだろ」



 三人から総スカンを受けた桃倉は破顔し叫びまくる。




「一緒に秋葉原行ったじゃん! お泊まり会したじゃん! 先生は先輩の会社の広告描いてんでしょ!?」

「ただ行っただけでしょーが!」

「お前が勝手に来たんだろ!」

「描いただけでプロにはならないだろ」



 一人冷静な火音は三人の賑やかな喧嘩を聞きながらこの後の予定を確認する。




「秋葉原行っただけで親友なら毎日一緒に訓練してるあんたと水神先輩はどうなんのよ!?」

「毎日じゃねーよ!? てか訓練の回数なら圧倒的に谷影と神々先輩の方が多いだろ! 神々先輩は谷影のこと下の名前で呼び捨てだぜ!?」

「嘘!? あんたいつの間にそんな距離縮めてたの?」



 二人がからかってくる中、谷影はそんなことを気にする暇もなく火音の殺気じみた視線に震える。

 下手なことを言ったら確実に殺されるヤツ。



「お、俺は弱いから呼び捨てにされてるだけ……桃倉もそうだろ。兄貴とややこしいから名前呼びになっただけで……」

「あんた兄貴いんの!?」

「マジ!? 何歳!? 紹介して!」

「なんで親友でもないやつに紹介しなきゃなんねぇんだよ」


 谷影が桃倉を睨むと桃倉は絶句して頬を押えた。



「だって一緒に秋葉原行ったし! 尾行もしたし! 窮地も乗り越えたじゃ……」

「お前ら尾行してたのか?」

「あ」


 桃倉の失言で三人は顔を真っ青にした。




 火音は教室で一人大笑いしている月火から、神崎に言い寄られていた日に尾けられていたぞと伝わってきた。


 何故知っているのかと聞けば月火もヤンキーに付き合いながらついてきていたらしい。

 神崎に気を取られて全く気付いていなかった。



「ははぁん……じゃあ絡まれた時、俺と月火が近くにいたのは仕組まれた事ってことか」

「え、っと……そ、の……よ……洋樹が言い出したことです!」

「洋樹が尾行するって言った!」

「はぁ!? 谷影でしょうが!」


 洋樹の叫び声を後ろに教室の窓から二人で廊下に飛び出すと一瞬で火音に捕まえられた。

 桃倉は固まったが谷影は月火に教わった方法で火音と自分の体をひねって緩んだ隙に逃げる。


「すげぇ谷影! 火音先生から逃げた!」

「月火の教えか」

「そうです」

「さすが月火」


 一年生を一ヶ月でここまで育てるとは。

 将来は社長を誰かに譲って教師になった方がいいのではないだろうか。


 どっちにしろ上層部長と園長を継いだならこの学園に残るのは決定か。



「先生って愛妻家ですよね」

「うん」

「浮気とかしませんよね」

「死にたくないし」



 月火に殺されるなら本望だが兄達に殺されるのは嫌だ。


 それに死ぬぐらいなら月火といたいし月火以外の人間は大方どうでもいい。

 浮気をするにも相手がいないのでやる気もないし出来る気もしない。


 そもそもこの顔面のせいで人生で相手に困ったことがない。

 まぁそれを思わないのが火音なのだが。



 街で歩きながら彼女欲しいとでも呟いておけば確実に囲まれるし街を歩いているだけで逆ナンは当たり前。

 顔写真とともに彼女募集中とでも呟けば返信は殺到するだろうし出会い系など登録する以前の問題。


 そんな顔面を持ち合わせていても火音は他人に興味はない。

 女も男も子供も大人も全員月火以下だ。


 この世に月火以上の人間がいるとは思えない。



 顔、性格、体型、人望、家柄、富、地位、名声、人脈、声、口調、妖力、運動、勉強、仕事。

 どれをとっても完璧な人間が月火以外にいてたまるか。


 顔面国宝、性格美人、脅威のモデル体型、全員が頼れる人望、妖輩のトップに立つ家柄、一生遊んで暮らせる富、日本の経済を動かす地位、傷一つない名声、海外社長と友人になるほどの人脈、歌姫をも負ける声、全員に敬意を示す口調、底を知らない妖力、プロ顔負けの運動神経、IQ二百を超えそうな頭脳、世界最先端を進む企業。


 この月火より優れていると自信があるものは今すぐ出てこい。

 そいつの短所を見つけて叩き落とす。





 そう言おうとしたが引かれたくないので別のことを言っておく。


「月火を超える超人なら気になるけど」

「火音先生の師匠は?」

「あの人は……ちょっとおかしいから……」


 そう言えば今日から初等部の授業に入るはずだ。

 職員室は違うが寮付近で会うかもしれない。



 谷影兄弟も復帰したはずだ。

 甥は極度に嫌がっていたが、高等部のほとんどは体育なので顔を合わせるのも一週間に一回程度。

 我慢するだろう。







 その時、朝礼始まりのチャイムが鳴った。

 四人は中に戻ると挨拶をしてから仕切り直す。



「えぇと……報告事項としては全校対抗強化練習試合、全強練て略しらしいけど。練習試合のリーダー投票が今日の放課後まで。それと放課後からはグループわけが始まるから投票と署名を忘れないように。……そんなもんか」

「五人のリーダーなのよね? 火音先生知ってる?」

「知るわけないだろ。まだ決まってないし」

「えぇ!? まだなの?」

「今日の放課後までって言われたばっかじゃん……」


 桃倉は呆れた目で洋樹を見たが、洋樹は不貞腐れたように黙り込んだ。





 少し早いが教室を出て体育館に向かう。

 昨日のうちに麗蘭は園長を終え、今日からこう言った催しは月火が一切を仕切るはずだ。


 少々楽しみでもある。




 体育館に行く途中、ずっと黙っていた桃倉がいきなり話し始めた。



「思ったんだけどさぁ。火音先生ってなんで教師やってんの? 子供好き?」

「……なんでやってんだろ。たぶん衣食住を確保するため」


 あながち間違ってはいない。



 海麗の代わりにと思って教師になった。

 火光が好きで火光にくっつくためと偽っていたが実際は海麗への思いが強い。


 だが海麗は帰ってきて教師になった。

 火光への執着もなくなった。



 今の一番は月火が寮に住んでいるからと言う理由。

 月火の手料理以外は食べられないので月火と住むために教師を続けている。


 なので月火が卒業したら辞めるつもりだ。


 火音は火光や晦のように教職に人生を捧げているわけではない。

 衣食住遊休知美健安保が揃っているここだからいるだけで、寮が封鎖されるなら火音がいる意味はなくなる。


 教職でいいのは寮と月火がいるだけだ。



「冷めてんなぁ……」

「冷めてるわね……」

「冷めてるな……」


 一年生三人の呟きを無視して開いているか分からない体育館の扉を押すと、意外にも開いていた。



 ステージには三年生が並んで足を振っている。



 途端に月火以外の三年が拍手した。


「すごーい! ぴったり!」

「やっぱ意思疎通の頂点だな」

「なんで分かったの?」

「こんな正確に分かるんだね」


 一体何をしていたというのか。



 月火は火音に小さく手を振ると火音が来る前のダイジェストを伝えた。




 伝わってきた火音は呆れながら中に入り、体育館シューズ──綺麗な外靴──に履き替える。


 体育館シューズも上履きも同じだ。

 外靴も一緒だったが、月火が誕プレで世界に一つだけの靴をくれたのでそれを愛用している。


 ちなみに任務に行く時は前の靴だ。

 重宝しすぎだと言われたが、これが当たり前だと思っている。

 世界一の靴メーカーの社長がデザインした世界に一つだけの靴を傷付くかもしれない任務に履いていくわけがない。



「火音、遅刻」

「一分だろ、許せ。今度ケーキ作るから。月火が」

「何故私が」

「許す」


 おい。



 月火は喜びながら一年を連れて行く火光を睨むとステージから降りた。



 それから数分もすると初等部から大学部の全校生徒が集まってきた。


 ステージであぐらをかいて頬杖を突いていると特別に園長寮を貸している双葉姉妹が入ってくる。

 何も聞いていないが五人増えたところで関係ない。



「月火、怖がられてる」

「あ、海麗さん見っけ。炎夏さん、呼んできてください」

「人使い荒……」


 ほとんど関わりがないのに何故炎夏が。




 月火に言われた炎夏は口を尖らせながらステージを飛び降りた。



 月火は立ち上がると一度舞台袖にはける。


 忙し過ぎて挨拶を考える暇もなかったが、体育祭の生徒代表の挨拶も毎回即興なのでなんとかなるだろう。

 今年も振り付けを考えなければ。



「体育祭……」

「衣装は考えてあるよ!」

「早くないですか」

「それほどでも」


 褒めてない。褒めてないが、衣装に合わせて振り付けられるので褒めておこう。

 人を褒められるほど上の立場ではないが。






 チャイムが鳴ると体育館が静まり返り、月火は袖幕からステージに出た。



 一瞬ざわめいたが、月火が郊外御法度で麗蘭が辞めたこと、月火が神々の長として上層部と学園をまとめたことを伝えるとどこからか消しゴムが飛んできた。


 何故持っているのだろうか。

 妖輩ではないが顔の真正面に投げられるのはいい才能だ。


 野球部かソフトボール部に入った方がいい。

 それとも部員だろうか。




 月火は消しゴムをキャッチすると袖にいる玄智の方に投げてから話を続けた。



「まぁそんなこともあり、これから園長という概念はなくなります。校長先生がいない学校みたいなものです。どうぞお気楽に」


 羽目を外しすぎたら処分は下されるがここでは言わない。

 園長がいなくなった程度で羽目を外して処分になるものはいたら迷惑だ。




 それと、と続けて飛んできたシャーペンを歩きながら避け、全校対抗強化練習試合のお知らせをする。



 立候補は今日の放課後まで、投票は今日の放課後から三日後の放課後まで。

 そのあとはチームわけが始まる。



 友人をリーダーに上げたいなら投票は忘れずに。

 チームリーダーに選ばれた人の紹介は貼っておくのでよく吟味してチームに入ること。




「そんな感じです。……挨拶のタイミングがありませんでしたね。皆さん、部活や訓練や課題漬けの夏休みが終わり、授業が始まります。この時期の放課後は比較的楽だと言われているので放課後を楽しみに頑張りましょう」




 結局はこの笑顔で収めるのだから同級生ながら恐ろしい。



 玄智は反対の袖にいる炎夏に視線をやり、二人で肩をすくめると幕袖にはけた月火を見た。



「当たってない?」

「大丈夫ですよ。掃除が大変でしょうけど」

「本人にやらせたらいいでしょ。炎夏が分かったみたいだし」


 さすが視力六点零の男。


 アフリカに行っても苦労はしないだろう。




「声に出てるよ。視力より先に言語の問題でしょ」

「それより先に金銭面でしょうね」


 分かっているなら何故言った。





 玄智は呆れるとステージから降りて教師達が並んでいるところに行った。

 今は晦が話している。




「お疲れ様。めっちゃ物投げられてたね」


 火光は月火に小さく手を振ると、向こうの袖から生徒の後ろを回ってきた残りの三人も呼んだ。


 残念な事に大学部のいたずらで三年生の場所は空いていないので三年生だけ特等席だ。



 結月と凪担は全てのものを避けていた月火が凄いと絶賛しているが、とうの月火はスマホで仕事の確認を始める。



 最近は空き時間があれば仕事、なくても無理やり開けて仕事なので見ているこっちが疲れる。


 火音が定期的に休ませているらしいがそれでも前よりやつれた。



「……月火、無理しないでよ」

「あと少しで終わるので大丈夫です」


 火光が火音を見ると頷かれた。

 火音が頷くなら大丈夫だ。






 夏休み中から入った海麗と復帰した谷影兄弟の紹介を終え、始業式は幕を下ろしかけた。

 幕を下ろす直前、月火はステージに上がって晦からマイクを借りる。



大利(たいり)倫和(ともかず)さん、投げたもの取りに来てくださいね〜。では解散!」


 月火はステージから飛び降りて火光にマイクを渡すと玄智から消しゴムを受け取った。


 どさくさに紛れて出て行こうとする大利の頭にそれを当てる。


「取りに来て下さいね、大利さん?」




 周りから非難と笑いの目が集まり、大利は歯を食いしばって顔を赤くしながら取りに来た。


 全てかき集めるとごみ箱に捨てたが掃除はしたので何も言わない。



「クソがっ……!」

「ちょっと火光先生、殴りかかろうとするのはやめてください」

「してないけどね」


 いや明らかにしていただろう。

 一歩踏み出すと同時に拳を握れば確定だ。



 月火は晦を呼ぶと牽制を頼んだ。

 三年はこの後、水月と勝負するため体育館に居残りだ。




 一人制服の月火は晦に見張りを頼み、トイレで着替えを始めた。

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