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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
134/201

33.「ふーん」

 夏祭りの後半、色々とあって人が減った中で月火、火音、結月、澪菜が歩いていると突然、月火の腕が掴まれた。


 火音が月火を抱き寄せ振り返り、結月も澪菜の手を引いて少し離れる。


「……何か御用ですか」

「げ、月火……久しぶり……」

「……知らない人です。行きましょう」


 月火は手首を拭うように擦ると踵を返した。


 後ろから何度も呼んで追いかけてくるのでさすがに足を止める。



「鬱陶しいのですが」

「そんなこと言わないでよ。俺、月火が婚約したって聞いて慌ててさ……」

「一年前の話ですよ」

「うん。……もっと早く来たかったんだ! でも、仕事とか忙しくて……」


 もういいから早く本題を話してくれないか。

 ないなら話し掛けるな。



 月火が少し苛立っていると火音が月火の肩を抱く手に力を入れた。


「月火、誰?」

「元彼です。……まぁ付き合ってないようなものでしたけど」

「ふーん」


 ふーん、と興味のなさそうな返事をしているが肩に置かれた手に爪が刺さるほどの力が入った。


 火音も裏はヤンデレっぽいところがあるので嫉妬すると大変なことになるかもしれない。



 月火は今も未来も婚約者は火音一人だと言い聞かせる。



「……用がないならもういいですか」

「……月火、俺たちやり直せ……」

「無理です。婚約してるんで」


 婚約を知って来たのに復縁願い。

 これほど矛盾した動機に、はい分かりましたと言う人はいないだろう。


 いるとすれば相当おかしい。



 月火は真顔で首を横に振ると周囲から小さな笑い声が聞こえた。


「……俺、考えたんだ。皆のために戦って傷だらけになったのに……。俺の事も守って……」

「そうですよ。皆を守って負った傷を貴方は弱いくせに醜いと言って別れたでしょう」


 月火の手や足や胴。顔以外の体は傷だらけだ。



 顔は庇うことが多いのでほとんど傷はない。


 彼はその傷を、弱いから付いた。傷は弱さの証。気持ち悪いと言って一方的に別れを告げられ、月火達のあってなかったような関係は完全になくなった。


 月火はそれに悔いを感じていないし別にどうでもいいと思っている。



 今、その過去があったからこそ男にも騙されず神々当主として生きているのだ。


 男は騙す生き物という事を教えてくれたことには感謝している。


「次期神々当主の彼氏と胸を張れたのが楽しかったんでしょう。でも残念ですが、今の婚約者は火音さんなので。日本は一夫一妻制ですからそういう事は出来ないんですよね。……出来たとしても貴方とは縁はありませんけど」


 月火はそう言うと踵を返した。


 火音も月火について行き、指を絡めて手を繋ぐ。



「前に言ってた初キスの相手?」

「月火ちゃんって経験済みなの?」

「あんなん事故ですよ。ノーカンです」


 ちなみに躑躅(つつじ)とのキスもノーカンにしていいならノーカンにしたい。

 と言うか、やったという事実ごと消し去ってしまいたい。



「……せっかくいい気分だったのに……」

「なんか食べよう。二人も」

「……りんご飴の得玉」



 月火はりんご飴を小さくかじりながら早足で寮に戻った。


 結月と澪菜とはエレベーターで別れ、美虹(みれい)に見つからないよう警戒しながら寮に入る。


「はぁ……」

「お疲れ様」

「やっぱり舞い上がったら駄目ですね。不運が漬け込んでくる」



 月火が中に入ると炎夏が意気消沈し、玄智と水月、それと何故かいる火光に慰められていた。

 打ち上げではなかったのか。


「打ち上げはねー、強制的に飲まされるらしいからやめた」

「いつかの花見の時に晒すものは全て晒したでしょう」


 月火はそう言いながらりんご飴を小皿に置き、部屋でさっさと着替えた。



 暑いのを我慢して中に半袖ティーシャツを着てから上に手首まであるジャージを着た。

 足の裾はかかとで踏む程度だ。



 髪を解いてからリビングに戻ると炎夏がスマホを見て撃沈している。


 月火も楽しい気分ではないので特に声をかけず、りんご飴をかじりながら絵を描く。が、玄智の聞けと言う圧に負けてペンを置いた。



「どうしたんですか」

「それがねー!」



 少し苛立った様子の玄智の説明によると、とりあえず美虹の束縛が酷いらしい。




 月火以外の女子と会話は当然禁止。

 連絡は休み時間毎。返信は三分以内。

 週末はデート必須。昼食は毎日一緒。

 スマホにはGPS。友達と遊びに行くのは禁止。

 毎晩三時間以上の電話。美虹以外の手料理禁止。

 美虹があげたプレゼントは毎日付ける。

 SNSでの性別不明と関わるのは禁止。

 ゲームでネット通信も禁止。

 女子と関わりのあるものは一切禁止。

 男子もクラスメイトと担任以外は関わり禁止。

 任務で女補佐官が付かないよう……


「月火に頼んでおくこと」

「愛されてますね」

「もう疲れた……」



 炎夏は寝転がって重い溜め息を吐き、玄智は炎夏の頭を撫でた。



「なんで月火と関わるのはいいんだろ」

「親は私の会社の社員なので」


 火光の小さな呟きに月火は足を組んで頬杖を突き、にやりと笑った。


「月火、どうにか出来ないの?」

「他人の恋愛に踏み込む気はありません。ましてや重役社員の娘だなんて」



 怒って辞められたら月火の会社に損害が出る。

 それで終わればギリ許容範囲。悪評が立てば最悪。


 私利私欲には権力は使わないと決めている。



「向こうから愛想尽かされるようにクズ男でも演じればいいのでは」

「炎夏の評判が死ぬじゃん! 真面目に考えてよ」


 生憎、月火は気分爽快だったところを地に叩き落とされているので今、とてもかなり非常に苛立っている。


 火音が触らぬ神に祟りなし精神で何もせずに放心状態になるほど。



「……先生、月火どうしたの?」

「元彼に復縁迫られてた」

「あっ……」


 最悪なタイミングで怒ってしまった。



 玄智が口を塞ぐと、机に頬杖を突いて笑っていた月火が薄く目を開けた。

 玄智は息を飲んで火光の後ろに逃げる。


「月火、お腹空いた」

「何か作りましょう」



 火音は祭りで何も食べていない。

 月火は珈琲を淹れた後に軽く野菜炒めを作り始めた。



 ご飯を炊いている間に休憩していると、スマホをいじっていた火音が顔をしかめる。



「……大丈夫なんですか」

「最悪消す」

「面倒な立場を引き受けましたね」

「俺から言ったけどな」


 二人のよく分からない会話に皆は首を傾げるが二人とも何も説明しないので各々推測する。

 推測出来るようなヒントもないが。



「……出来ましたよ」

「食べる」


 火音は起き上がるとスマホをいじりながら椅子に座った。

 画面を消すとソファに投げる。


「雑」

「どうせ壊れないし」

「壊れても問題ないの間違いでしょう」

「水没か炭化しない限りは」


 スマホは丸焦げになると本体は溶ける。

 中の貴金属はどうなるか分からないが、SDカードとSIMカードは間違いなく溶けるだろう。


「と言うかスマホが溶けるってどういう状況ですか。……火事でも持って逃げるでしょう」

「怪異かな」

「スマホ持ってなくないですか」



 基本、任務中は武器以外持たない。

 眼鏡や無線トランシーバは例外として、スマホや携帯などの高価品は持たない。


 邪魔どうこうではなく、壊れたら単に嫌なので持たない。



「まぁ間接的に邪魔になるわな」

「あれって間接的なんですかね」


 スマホに気を取られて集中出来ない。

 スマホ自体に害があるわけではない、スマホが邪魔という認識で害が出来るのだから間接的だろう。


 それとも物体と物体に対する思いが原因になる場合は直接的になるのだろうか。



 二人が議論している間、リビングに放置の四人はそれが終わるまで黙って傍観する。





 結論、その時その場で関係があれば全て直接的ということになった。


「……で、炎夏さんの恋愛相談でしたっけ」

「うん……」

「私に相談するより水明さんに言った方が早いでしょう。言いにくいならそれっぽい噂を流して向こうから心配させます」


 火音との雑談で気分のよくなった月火がそう言うと寝転がった炎夏は目を閉じて眉を寄せた。


「心配掛けたくない……」

「私はそのままいて心労で倒れる方が心配しますけど。逃げるのも匿うのも限界がありますが、追いかけるのに限界はありませんよ」



 それでストーカーにでもなったら最悪だ。


 ストーカー経験者としては予防線は張った方がいい。



 炎夏がゆっくりとスマホに手を伸ばしているといきなり画面が点き、瞬く間に通知が十件を超える。


「グループ?」

「いや、美虹」

「打つの早いですね。フリックかな」


 そんなことはどうでもいい。




 月火は起き上がった炎夏のスマホを後ろから覗き込む、反対からは玄智が覗き込む。


 今どこにいるのかという問の後、何時からどこで何をしていたかを永遠に問い、既読が付くと返事しろと言い続けてくる。


「……重いね」

「借りても?」



 炎夏は少し首を傾げながら月火にスマホを貸した。


 月火は玄智と吐いた嘘の確認をしながら素早く文字を打っていく。



 一応、偽装している間にスマホの時間は見ていたのでそこから火音の体内時計を頼りに逆算し、過去の口調を見ながら返信した。


 美虹が読んでいる間に同じことを要求し、ついでに夏祭りは誰と回っていたのか、浴衣や髪飾りの事も聞き、最近話せない理由を聞き続ける。


 少しすると未読になった。


「はい終わり」

「すご……!」

「もっと厄介な方はいっぱいいますよ」


 月火は自分のスマホを持つといつも通りソファに座った火音の後ろに立つ。


 火音は髪を解き、跳ねないように手で押えながら水虎に連絡した。



 二人とも暒夏の事でてんてこ舞いのはずだが、少しの間なら火音と月火で抱え込めるので甥の相談に乗ってやれと添えておく。

 後は水虎がどう動くかだ。火音には関係ない。



「あ、水虎様から……」

「わぁ電話」


 水明からかかってきた電話に月火は少し驚きながらも対応する。スピーカーで。


「もしもし」

『こんばんは月火さん。夏祭りお疲れ様です』

「問題なく進んでくれたので大丈夫ですよ」

『何かあったんですね。触れないでおきます』



 明らかに月火の声が低くなったので話題を本題に移した。

 火音から学んだ、触らぬ神に祟りなし精神だ。



『炎夏の方には水虎から連絡が行くと思います』

「目の前で嬉しそうに笑ってますよ」

『水虎に取られた気分です』



 床に伏せており、炎夏の教育にはほとんど関われなかったせいか、すっかり水虎に懐いてしまった。

 親よりも水虎が好きなのは当然だが少し寂しい。


 水虎も水虎で、水明は大変だからと建前を作って炎夏を取ってしまう。

 水明の入る隙間を作ってくれないので先日衝突したばかりだ。



『あぁ……弟がよく出来すぎてます……』

「弟自慢は聞き飽きました」

『じゃ……』

「甥っ子自慢もです」



 水明とは仕事のやり取りのため、電話やメールの回数が多いのだが、その度に自慢を聞かされる。

 初めはいいのだが、なんせ小一時間も聞き続けていると疲れるのだ。


 最終的にはうんともすんとも言わず、別の仕事をしながら聞き流すことが多い。



「本題に行ってください」

『つれませんねぇ。水月様なら弟妹自慢で返してくるんですけど。まぁ甥っ子のピンチなら最優先事項ですしね』



 今、無理やり炎夏と美虹を引き剥がすと美虹が暒夏側に行き、実験台にされる可能性がある。

 月火の社員の娘ならそれは阻止したいが、聞いただけでも嫌気の指す執着依存っぷりだ。

 素直に引いてもらう方が難しい。





 そこから三時間、月火と水明は常人には想像もつかないような状況や道を防ぐ方法を話し合いながら、二人の関係を終わらせる方法をまとめた。

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