31.「そんなの誰が奢るかに決まってるじゃん」
「おはよ〜」
昨日はここに泊まった火光と玄智が起きてくると、二人とも机の上に置いてあるものを見て目を丸くした。
「テレビ!?」
「兄さんが持って帰ってきたんです」
「ノリで狙ったら当たっちゃった。欲しかったらあげるよ。僕使わないし」
おはようと言うが昼の一時前だ。
水月は朝から遊びに行き、昼前に帰ってきた。テレビを持って。
ショッピングモールのゲーセンに行ったのだが、そこで穴に棒を刺して紙を倒す式のクレーンゲームで取れた。
あれは機械率のゲームで、滅多に取れないように設定されているはずなので無理だと笑いながらやったら取れた。
他にゲーム機や漫画やお菓子の詰め合わせもあったがどれも興味がなく、テレビなら誰かが欲しがるかもしれないと思って狙った。
「まさか取れるとはねー。驚いたよ、びっくりびっくり」
「反応雑すぎない?」
「取った時に出尽くした」
火光は呆れると玄智を見下ろした。
「いる?」
「いらない。買い換えたばっかりだし」
「澪菜にでも」
「澪菜も持ってる」
火光も映画が趣味なので持っている。
テレビ本体はいらない。
火光が眉を寄せ、イヤホンを付けている炎夏に声を掛けると隣に座っていた月火が炎夏の肩を叩いた。
炎夏はイヤホンを外した後、月火を見てから火光を見る。
「何?」
「アニメ好きなんでしょ。声優好きなんでしょ」
「顔ウザイ。テレビは持ってるし」
「最初のは余計じゃない?」
水月が煽っていると思われる時と同じ顔をしていた。
何故月火のように無表情で聞けないのか。
これが無表情なのも心配になるが。
「神々兄妹って煽り癖あるよね」
「月火だけの間違いじゃない?」
「全員だろ」
炎夏の言葉に二人は顔を見合わせると月火を見た。
「そんなことある?」
「そんなことしかないです」
月火は小さくゆっくりと頷くとふと顔を上げた。
寝ていたらしい火音が起きた。
朝から朝食も食べずにアトリエに篭もり、昼食は声をかけても気付かなかったので邪魔をしないよう水月と炎夏と三人で食べた。
ちなみに一年は昨日のうちに谷影に引きずられて帰り、結月も朝練だからと夜中に帰った。
火音は少し茫然としてから自分の状況を理解し、また突っ伏した。
珈琲を頼まれた月火は立ち上がるとインスタントでアイス珈琲を淹れる。
ドリッパーが乾いていなかったのだ。
水月と火光からも注文が来たので三人分。月火は飲み終わった後だし残りの二人に関しては飲めないので無視された。
水月と火光の分には氷を入れ、火音の分は冷蔵庫で冷やしていた水で割り、完成だ。
ちょうど火音がやってきた。
「おはよう先生。こんな時間なのは珍しいね」
「いつの間にか寝落ちてた」
「疲れが溜まってるんじゃない?」
「そんなことはない」
その自信はどこから来るのか。
月火は三人に珈琲を渡すとクッションを火音に渡した。
火音は机に置くとそれに頬を付ける。
「今夜夏祭りがあるらしいけど」
「今日だったの? お盆終わってるでしょ」
「お盆は関係ないでしょ。結月ちゃんの実家は毎年三十一日らしいよ」
「なんで知ってんの……」
床に座った火光がソファに寝転がって足を振っている水月を見上げると、水月は軽く眉を上げた。
無表情で見下ろしたあと、何も言わずににこりと笑う。
火光は水月の胸ぐらを掴むと凄みのある笑みで圧をかけた。
「僕の生徒に手出さないでね?」
「未成年には出さないよー」
「成人したら出すんですね」
「まぁ気が向いたら?」
火光が水月を揺らしている間に炎夏と玄智は夏祭りを調べる。
「……学園でやるの?」
「嘘だろ」
「だってほら。……月火、そうなの?」
「そうだったかもしれませんねぇ」
視線をどこかに飛ばしながら茶目っ気を含んだ返事をしたが、二人があまりにも鋭い目で見てきたのでさすがに折れた。
「そうですよ。あーあ、つまんな」
「炎夏、行こう」
「行くって言ってもすぐそこと言うかここと言うか」
炎夏は頷きながらスマホをいじっている月火を見上げた。
「月火も行くだろ」
「どうでしょう。人多そうですし」
実際、行きたくないというのが本音だ。
絶対に絡まれるので、それなら寮で休んでいたい。
月火が適当にはぐらかすと二人が火音の方を見た。見なくても思考は伝わってくる。
頬をクッションに付け、瞬きもせずに月火を見つめてくる。
「……浴衣はありませんよ」
「浴衣はあるよ」
火光は酔った水月を離すと一度部屋に戻り、紙袋を持って戻ってきた。
「今日は夏祭りだからね」
「先生知ってたの?」
「知ってたというか」
火光は高等部の教員だが、それ以外は結構高い地位にいたりいなかったり。
月火が当主、水月が補佐なら火光は補佐の補佐か、裏の仕事をこなす役割だ。
そのためこう言う行事は一通り知っている。
「知ってるけど忘れてるだけ」
「一番駄目なやつ」
「……どうしたの月火」
冷ややかな目で見てくる月火を見ると火音が通訳してくれた。
こちらも同じような目だ。
「月火の部屋に入ったの……?」
「んなわけないじゃん。晦連れてった」
「いつもは逃げてるくせに」
「任務終わりに拾ってそのまま」
火光の任務帰宅中に晦も拾ったのでこれは好機、そのまま本家に行って火光は男子陣の浴衣を、晦は月火の浴衣を持ってきてもらった。
月火は火音の空になったタンブラーを受け取るとカウンターに置く。
「確認来たので知ってますけどね」
「あの目は何?」
「先生に不名誉な噂が立たないための予防ですけど?」
さすが月火。
火光が考えないところまで全て考えられた会話だ。
「そうなってくると結月の浴衣が必要なんじゃないの?」
「もう買ったよ。この前買いに行ったもん」
酔いが治った水月が起き上がると皆がそちらを見た。
言わない方がいいことまで言ってしまったことを絶賛後悔中だ。
「……水月」
「ぐるし……」
「お前マジで一回絞めるぞ」
「もう……絞めてる……!」
火光に腕で首を絞められた水月が火光の腕を叩いて暴れていると月火の拳骨が頭に降ってきた。
火光は頭を抱え、水月は殴られないよう一人用ソファに避難する。
「嫉妬で人を殺さないで下さい、ヤンデレ君」
「ヤンデレだから仕方ない」
月火の後ろに座っている生徒二人の顔を見てみろ。
ドン引きして普段なら有り得ない顔をしている。
火光はヤンデレと言うより依存気質なので仕方がないのかもしれないが、それでも自分の私利私欲や利己的思考で他人の人間関係を縛ってはならない。
それが教師ならば尚更だ。
「……痛い」
「謝罪は?」
「すみませんでした」
火光が頭を抱えてしゃがみこむと月火は笑ったまま笑顔の水月を睨んだ。
「私利私欲は出しませんけど警察には突き出しますからね」
「だからなんにもないってば!?」
「あと二年ですよ」
「僕をなんだと思ってるのさ……」
不服そうな水月は不貞腐れた顔のまま足を抱えた。
火光は頭をさすりながら部屋に戻るとビニール袋を持って戻ってきた。
炎夏と玄智が興味を示したので二人の間に座り、それを出した。
「パズルだ」
「皆の分買ってきた。やらなかったら僕がやる」
火光の趣味は映画と時計だが、パズル系も大好きだ。
ジグソーパズルだけではなくルービックキューブや知恵の輪、イラストロジック、クロスワードやテトリスも。
子供っぽいと思われたくないので誰にも言ったことはないがこの際どうでもいい。
無性にジグソーパズルがやりたかったのだ。
「炎夏が前に見てたアニメ。二百ピースね」
「二百ピースってどんぐらい?」
「二時間程度で出来るやつ」
炎夏と玄智は二百ピース、月火と火音と水月は三百ピース、火光は千ピースだ。
五千もあったが十二面ルービックキューブを買ってきたので千にした。
「枠組みも買ってきた」
「やる気だね」
「楽しいじゃん」
炎夏、玄智、火音は机で、残りの三人はダンボールを敷いた床でやる。
二時間した頃に玄智が完成し、三十分後に炎夏も完成した。
一時半から始め、三時半に玄智が完成。四時に炎夏が完成。
五時半には月火が完成した。
「……早くない」
「簡単でした」
「終わり」
火音も完成し、水月も六時頃には完成した。
火光は一人で淡々とはめている。
月火は窓を開けて換気しながらノリを塗って固め、フレームをはめてから三人分は壁に飾った。
炎夏と玄智は持ち帰るらしい。
「……何気にパズルって初めてやったかも」
「やってるところ想像つきませんしね」
月火は火音の髪を編み、火音はされるがままになる。
娯楽系はやったことがないので新鮮だった。
炎夏と玄智は向かいで髪を巻いている。
「火光の生体って未知だよな」
「言い方はあれだけど内面は全然見えないよね」
二人とも置き鏡に向かいながら静かに話すので見ていて面白い。
確かに火光は分かったり分からなかったり、実は知りませんでしたということが多い。
今だってあの常に五月蝿い火光が一言も話さずパズルをはめている姿は初めてだ。
本当に、この男は謎だ。
好物は甘いもの。誕生日は三月一日。
趣味は映画、時計、パズル、その他の可能性も有。職は教師。
苦手なもの、不明。特技、不明。夢、不明。血液型、不明。性格、ほぼ多重人格。人間関係、不明。好きな動物やスポーツ、不明。
火音達を秘密主義と言うが、火光の方が秘密主義っぽい。
火音や月火は言っても意味がないので言わないだけ。
火光はそんなことを考えずにただ誤魔化し隠し続ける。
火音達よりよっぽど秘密主義だ。
「変な奴」
「え、おかしい?」
真顔の火音にそう言われた玄智は破顔すると炎夏を見た。
炎夏にも月火にも水月にも確認を取って火音を見上げる。
「どゆこと?」
「玄智に言ったんじゃない」
「不思議な人ですよねぇ」
月火が最後に火音の横髪を手櫛で整えると立ち上がった。
「兄さん、準備して下さい」
「僕行かない」
「は?」
わざわざ晦を巻き込んでまで浴衣を取りに行ったのに行かないと。
なるほど。
「やっぱり与えすぎは毒ですね」
「え、ちょ……」
「さ、準備して下さい」
月火はバラけているピースを箱に入れると台と箱を持って部屋に戻った。
後ろから火光が叫んでくるが無視だ。
壊されなかっただけ有難いと思え。
晦が三着と、帯は四本持ってきてくれたので適当に組み合わせてさっさと着替える。
着物や袴より浴衣を着る方が苦手だ。
浴衣というか、帯を結ぶのが苦手。
大きなリボンを作って後ろに回し、おかしなところがないかを確認すると火音と同じように髪を編んだ。
火光のパズルは壊したら嫌なので先に額縁をはめてから棚の中に入れておく。
部屋の外に出ると皆も着替えた後だった。
水月は紺色に紅い梅の花、火光は白にヤグルマギクの青い花、火音はグレーに葉と風の模様、炎夏は淡い紫にシオンの花、玄智はくすんだ青に白のライラック。
月火は黒に橙と赤のキンセンカ。
「さてと」
「やりますか」
三年三人は椅子に座って向かい合うと片手を出した。
大人は首を傾げ、本人たちは至極真剣だ。
突然のじゃんけんの後、一人勝ちした玄智がゲームを指定する。
「トランプでスピード! 僕シードね」
「ずる。……じゃあ最下位が飲食系な」
「二位がゲーム……。二位の方が不利では」
「じゃあ逆で」
月火はトランプをくむと二十七枚を炎夏に渡した。
お互いルールを確認する。
「同時出しなしの五枚な」
「同数重ねなしで手持ちもなしですよ」
「ジョーカーは階段だけで」
「出せるものは強制。よし」
二人はルールを確認した後、手札を五枚めくってお互い並べ変えたり変えなかったり。
お互い、山場から出した一枚のカードを玄智の声とともにめくると素早くカードを出し始めた。
スピードはその名の通り速さを競うトランプゲームだ。
お互い二十七枚ずつ分け、手持ちに出せる枚数は五枚。
山場から掛け声と同時にカードを出し、そのカードの数字に並ぶ数を出していく。
上でも下でもいいが、一つ飛ばしや同じ数を同時出しは出来ない。
動体視力と反射神経、決断力や対応力が求められる、本気になるとなかなかハードなゲームとなっている。
「あ、勝ったね」
月火の残り手札は一枚、炎夏は並ばないカードが二枚。
玄智の掛け声で月火は上がり、炎夏は机に突っ伏す。
「今回は勝てると思ったんだけどなー……」
「ジョーカー残すからだよ。あの時使ってりゃ勝てたのに」
「五月蝿いなぁ」
炎夏は口を尖らせて玄智と場所を代わり、玄智は帯に忍ばせていたタスキで袖を縛った。
「今年こそは」
「勝てるといいですねぇ」
接戦の後、引き分けになったのでもう一試合して月火が勝った。
「わーい!」
「なんで!? ズルしてる!?」
「速さですよ!」
月火は両手を振り上げて大喜びし、玄智と炎夏はズルの証拠を掴もうと捨て場のカードあさる。
当然そんなことはしていないのであるはずもなく。
「……寮に戻って持ってこなくちゃ」
「時間もちょうどいいですし行きましょうか」
気付けば六時半を過ぎている。
月火は籠巾着に財布やスマホ、その他諸々を入れると皆とともに寮を出た。
「三人ともなんの勝負してたの?」
「そんなの誰が奢るかに決まってるじゃん」
「自分で買えよ」
「会計の時に面倒臭いの!」
玄智は少しシワになってしまった袖を払うと先に寮に戻って財布に金を足した。
校内は上履きなので下駄は持って降りなければならない。
皆のところに戻ると既に凪担と結月と澪菜はやってきており、炎夏も後ろからやってきた。
「じゃあレッツゴー!」
Happy Birthday 結月




