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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
131/201

30.世はまさに機械時代。

「ねぇ火音。月火とはどこまで進んだ?」

「何が?」


 昼食後、素振りをしていた火音は汗を拭いながら首を傾げた。

 火光はチューペットの空の容器をかじりながらしゃがんで腕を膝に乗せる。



「色々と。……キスとか」

「全然」

「えぇ? あんだけイチャつくくせに?」


 本人達にその気はない。


 火音がまた素振りを始めると谷影と凪担も横に座った。



「してそうな雰囲気はありますね」

「凄く仲良いですしね」

「月火に筒抜けだってこと忘れるなよ?」


 聞いて理解するには無意識に考えているし、答えるのにも微かに考えているのだ。

 火音が耳を傾けるほどよく伝わる。



「いいよ別に。どうせ月火にも聞くことだし」


 聞くのか。

 せめて火音だけにしてあげてほしい。


 もう十八歳だがまだまだ思春期女子だ。

 兄に言いたくない、というか兄だからこそ知られたくないこともあろうに。



「先生ってデリカシーないですよね」


 凪担のその一言に火光は唖然とし、咥えていた容器を落とした。

 凪担は目を丸くする。


「な、何……」

「帰るよ」


 火光は容器を拾うとふらふらとおぼつかない足取りで帰って行った。



 凪担は慌てた様子で火音を見下ろす。


「なにかしちゃった……?」

「無意識か。可哀想に」


 月火でなくとも、火光にとって自分の生徒というものは可愛いものだ。

 その生徒にデリカシーがないと無垢な顔で言われれば、相当辛いだろう。


 火光は生徒が大好きな教師の鏡なので、生徒の無意識な言葉でも精神は病むと思う。

 依存しやすい火光だからこその地雷だ。



「食べ終わったらさっさとやるぞ。……いや訓練はしないから」


 二人の怯えた顔を見るとさすがに心が痛む。

 二人ともパンとおにぎりだったのが救いか、昼ご飯は食べ終われた。


「二人で戦え。その後に苦手克服メニューを組む」





 結局、夕方までやってしまった。

 今日は三時頃に終わる予定だったが熱中しすぎた。


 日暮れだが時間的には七時だ。



「お疲れ様です」

「あ、月火。おかえり」


 着物姿の月火はまだ頑張っている三人に声をかけた。


「ただいま。……二人とも、手は大丈夫ですか」


 月火はガーゼや包帯を出すと二人の手を拭い、薬を塗ったりガーゼを貼ったり、包帯を巻いたり。


「火音さんも厳しいですからねぇ。夕食は私の寮で食べましょう。……火光兄さんはなんか凹んでるらしいです」



 一応火音の思考は伝わってきたが、それでもよく分かっていない。

 火音は興味のないことは、本当に何も見ないし聞かないので月火も把握出来る部分には限りがある。



 一応水月から火光が凹んでいるという連絡は来たが詳細は聞いていない。

 聞こうという意欲は湧かなかった。



「俺は食堂で……」

「ねぇ火音さん。生徒と一緒に食べたいですよねぇ?」

「浮かれてんな。月火が食べたいなら」


 月火は火音を見上げてにこりと笑うと谷影の手首で包帯を縛った。


「さ、行きましょう」

「でも……」

「いいんですって。なんなら一年生と三年生も呼びましょうか?」

「そっちの方が良くないか。絶対妬まれる」


 それもそうだ。


 月火は軽く頷くと火音に皆への連絡を頼んだ。




 寮に戻った四人は先にちゃぶ台や椅子を並べ、月火は夕食の準備を始めた。


 ちなみに火音と月火の古い方の液タブはリビングに置いてある。

 先日、新しいものが二人分届いたのでアトリエの方を変え、リビングに古い方を置いたのだ。



 水月がいつも座る一人用ソファの後ろ側。


 火音のソファがある左側の角は棚が置いてあったのだが、細い棚を二個退かし、水月にあげた。


 右が月火、左が火音だ。




 今、火音はそれの向かいに座って絵を描いている。


 やってきた海麗が後ろから興味津々で眺めているが、火音は気付いていなさそうだ。

 絵に集中している時は基本、無心で何も考えていないので月火が思ったとて気付かない。



 月火が下準備が終わったので先に着物から着替えようとキッチンから出た時、耳の真横でインターホンが鳴った。


 月火が肩を震わせ驚いたので火音も我に返る。

 振り返った瞬間に海麗がいたのでこっちも驚き、二人で二度驚いた。



「な……いつから……」

「……三十分ぐらい前?」

「うっそ……」


 火音が胸を押えながら月火の方を見ると月火はインターホンに対応していた。



 月火の驚きで驚いたので少し不思議な感覚だった。


「こわ……。月火、風呂入ってくる」

「行ってらっしゃい」


 火音は着替えを持つと脱衣場に入り、月火は到着した一、三年を中に招き入れた。



「なんで着物?」

「帰ってきたばかりなんです。どうぞ」


 皆に飲み物を入れてから自分は部屋で着替える。

 もちろんジャージだ。


 今日は気分を変えて上下が白基調で黒と濃い青のラインの入ったジャージにしてみた。


 少し首の詰まっているのでファスナーを開けて折り返しておく。

 中に半袖の黒ティーシャツは着ているので大丈夫だ。



「珍しい白だ」


 月火がリビングに戻るとリビングでくつろいでいた三年生が声を揃えた。


 谷影は正座をしてスマホをいじり、桃倉と洋樹は液タブに興味津々だ。



 玄智が寮のルールを一通り説明してくれたらしいのでソファやクッションには触っていない。



 この寮のルール。

 左のソファやクッションには触るの禁止。

 リビングから見た右手前の椅子には座るの禁止。

 キッチンには立ち入り禁止。

 火音の部屋には立ち入り禁止。

 リビング、ダイニング、キッチン以外での飲み物は基本禁止、飲むならタンブラーか水筒で。



 ざっとこんなものだが、遊びに来ただけなら気を付けることは椅子とソファぐらいか。


 やってきた人には誰かが説明してくれているので助かる。



「神々先輩って毎日火音先生の弁当作ってんの? 大変じゃない?」

「料理とかお菓子作りは好きなので苦ではありませんね。任務なら事前に作っておきますし最悪の場合は冷凍保存があるので」


 ちなみに月火が海外に飛んだ際に作ったあの栄養バー。

 未だ冷凍庫に健在している。


 火音が時々解凍して食べているらしいが、なんせ食べられなかった期間が長かったので予想の倍ほど余ってしまったのだ。


 予想通りなら今頃無くなっていたと言うのに。




 思い出したら氷麗への怒りが湧いてきたが、その時ちょうど火音が風呂から出てきた。

 桃倉と洋樹は大きく手を振る。


「お前ら任務明けだろ。元気すぎ」

「元気だけが取り柄なんで!」

「簡単な任務だったし」

「甲斐性なしよりマシですよ」


 月火が火音にタンブラーを渡すと火音はそれを受け取った。

 夏場は常にタンブラーでアイス珈琲だ。



 月火は火音の向かいに座り、机に肘を突いて足を組む。


「谷影、崩していいですよ?」

「俺はずっとこれですよ」

「椅子以外で座る時は常に正座だもんな」


 体育館で座る時も、プライベートで座る時も、椅子がなければ常に正座だ。


 ちなみに寮内でも正座らしい。


「月火が敬語なのと同じじゃない? 癖だって」

「違うと思いますけど」


 炎夏と寝転んでゲームをする玄智の適当な言葉に月火は呆れると時間を見てまた働き始めた。




 賑やかな夕食後、火音はアトリエで遮音イヤホンを付けて液タブにペンを滑らせる。


 パソコンにデータを入れ、向こうの液タブと同期しているので両方で同じ絵が同じ進行速度で描けるのだ。

 便利。



 昼間の会食、月火は双葉姉妹と老舗料亭でフルコースを堪能していた。


 そこで話したことは今後の方針。



 姉妹の片割れである妖心達が無理やりまとめられて菊地(きくづち)に乗っ取られている今、菊地を処刑すれば五つ子も消える。


 幼い、理解もし得ないような幼さの時に五人が言われた通りに命じたせいで六人はほぼ不老不死のようなことになっている。


 妖心を乗っ取った時から姿は変わらず、殺されても妖心が無事な限りは生き続ける。



 菊地が精神世界に逃げるわけだ。

 傷一つでもついてしまえば消えるかもしれないのだから気楽に走ることも出来ないだろう。


 だからこそ九狐(くこ)の子達に火音と月火の共鳴のきっかけを作らせた。



 九狐の中で、妖力を持っているのは数人で、それも微弱な、おまけ程度の妖力しかないのを菊地が強制的に妖力を流して体が壊れる寸前の妖力を渡していた。


 唯一まともな妖力を持っていたのが晦姉妹のいとこである朱寧(あかね)だが、朱寧も妖輩コースではなく教師コースだったため体術はそこまで高くはない。



 あの中で最も体術が優れているのは二人を共鳴させた張本人の悠羽(ゆう)だ。

 見た目は十歳ほどなのに年齢は十四歳と言う。


 火音に刺されたあの少女も二人相手によく持ち堪えられた。




 有能な子供たちを活用し、菊地は自分の安全を確保しようとした。

 今は精神世界よりも安全な封の部屋にいるが、あれも稜稀なら破れるだろう。


 菊地を殺せば五つ子が死ぬということは御三家に知れ渡った。

 稜稀も暒夏も常識としているだろう。


 その逆も然り、菊地を支えているのは五つの妖心だ。

 その一つでも欠けると消えてしまう。



 学園長や上層部長といった重要な役割を担うのは全て双葉の姉妹で、その姉妹が突然いなくなれば妖輩界は混乱に陥るだろう。

 月火はそれを懸念した。


 なので事が終わるであろう今年末まで五つ子姉妹を匿うか、仕事の引き継ぎ後の九月中に消すか迷っていた。



 しかし今日、六人で腹を割って話したところ、麗蘭と麗咲(りさ)の本音で体育祭までは生きたいという要望が出た。

 火音と月火の演舞が見たいらしい。


 月火も迷い、考え抜いた結果、仕事は引き継いで役目は終わるが殺しはしない、という結論に至ったらしい。



 今、稜稀と月火の親子間ではどちらが早く、より重要な弱点を潰すかの勝負が知らぬ間に繰り広げられている。

 そのため、今までとは設備や環境が大きく変わる可能性がある。


 そこで月火に求められるのは臨機応変に対応する頭の柔らかさだが、さすが月火グループの若き社長。世界に名を轟かせた神童。


 誰も思いつかないような奇想天外な案で着々と解決しているようだ。



 月火は大穴を、水月が地味に困る弱点を埋めていっているので稜稀も手を出しずらいのか、ここのところ目撃情報は出ていない。



 ただ、向こうには時空(ときあ)がいる可能性が高い。

 時空は姿を消せるし、それが数秒間だけのものなのか、どこにでも移動出来るのか、場所に制限はないのか、不確かすぎて対策のしようがないので今は時空の関係者に連絡を取って調べている最中だ。



 一番疲れると水月が愚痴っていた。









 絵を描き終わった火音がリビングに戻ると、皆がちゃぶ台のなくなったリビングに円になって寝転がり、スマホゲームで盛り上がっていた。


 いつの間にか水月と火光もやってきて、月火と海麗以外全員ゲームをしている。


 海麗は読書、月火は仕事中だ。


「学生っぽい」

「火音さん、描き終わりましたか」

「完成した」


 火音は椅子に座るとスマホで月火に見せた。

 海麗が気配もなく近付いてきたので画面を消す。


「見せてよ」

「自分で描いてください」

「ちぇ〜。……月火、見せて」

「嫌われたくないので嫌です」



 海麗は口を尖らせながら月火の隣に座ると三人で話し始めた。


 ゲーム組が騒がしいのでアトリエに移動する。



「画材の宝庫だ……!」

「海麗さんも絵が好きなんですか」

「火音に絵を教えたのは俺だから。病院でもずっと描いてたし」


 まさかそこでも師匠だったとは。


 月火が目を丸くすると火音は椅子に座り、月火と海麗は床に座った。

 白いラグが敷かれている。


「俺は抽象画が多いから……。火音とは全く別ジャンルだね」

「八条さんは日本画とか抽象画とかが多いですよね」

「うーん、昔はそうだったけど病院で描くわけにもいかないしさ? 今はスマホかタブレットで描いてるよ」


 世はまさに機械時代。


 こう言うネットやスマホで使えるイラストが重宝されるのだ。



「火音さんは昔からデジタル派なんですよね?」


 火音の場合は初等部二年から模写で描き始め、初等部四年で海麗から古くなったスマホを譲り受けてイラスト専用のスマホに回し、中等部二年で液タブとパソコンを買った。


 機械に弱いというわけではないので特に困ることもなく、そこからあとはデジタル一本でやってきた。



「月火は?」


 月火の場合は出来たら困らない程度で始めた結果、本気になって美術部にも貸し出されるようになった。

 小三の頃から描き始め、小四で特賞や金賞をかっさらい始め、中一の頃には板タブとパソコンを買い、高等部一年で火音に液タブを買ってもらった。


 こう考えると短い人生だ。



「話が壮大になりすぎてるけど。やっぱり初等部ぐらいから描き始めるよね」

「好奇心があった時期ですね」

「火音さんは今もありますよね?」



 火音に買ってもらった繋がりで思い出したが、月火が液タブを手に入れた理由は火音が好奇心に負けて月火を物で釣った事が始まりだ。


 何故釣る必要があったのかは忘れたが、確か物凄く腹を立てて煽った気がする。

 なんだったか。



「音響だろ。音響と偽られた歌手」

「あ、そうだ。歌ったんでした。……黒歴史!」

「歌ったの?」


 よく分かっていない海麗が首を傾げると火音がスマホを操作して動画を流し始めた。


 月火は赤い耳を手で押えながら慌て、火音は動画を止めると海麗に送った。



「……酷い」

「他人にとっては幸福な思い出だから」

「私にとっては黒歴史です!」




 こっちもこっちで盛り上がり、その日は後日クレームが来るほど盛り上がって終わった。

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