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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
130/201

29.「頑張れ純日本人」

 十七日、今日は月火がお出かけするので火音は一人だ。


「昼は弁当ですし夜には帰ってくるので……。大丈夫ですよね」

「臨機応変に連絡する」

「連絡されても困る」


 月火は少し呆れるとマスカラを塗る。

 まつ毛が白いので白マスカラだ。


「一日ぐらい食べなくても死なないって」

「それは連絡して下さい」


 ややこしい。


 ソファに寝転がって絵を描いている火音が月火を睨むとすぐに負けてタブレットに戻った。


「それこそ臨機応変にですよ」

「日本語って難しい」

「頑張れ純日本人」



 純日本人と言うが、どこかの代では外人の血は入っていそうだ。

 本物の純日本人ならこんなに美形になることはないと思う。

 それか突然変異。


「人の顔をなんだと思ってんだ」

「人の顔」


 何の会話だろうか。



 月火が着物に着替えた後も無意味な会話を続けているとインターホンが鳴った。

 こんな朝っぱらから来るのはあれ等しかいない。


「どうぞ」



 まだ七時にもなっていないが日は高く昇り、開けられた窓を覆うカーテンが大きくなびいている。


「おはよ〜」

「おはよう」

「おはよう」


 珍しく海麗もいたが、前の二人は見慣れた兄者ダブルだ。


 月火と火音は海麗にだけ返すと火音は絵を描き、月火は髪を編み始める。



「月火、どっか行くの?」

「出かけます」

「どこ?」

「食事会です」


 何をどれだけ聞いてきても火光は来れない。

 今日は女子会なのだ。


 まぁ火音には筒抜けだが。



 火音は顔を上げると絵を保存し、いつもの棚に置いた。

 月火グループ開発のタブレット無線充電器だ。


 月火グループ製品のスマホならタブレット無線充電器でも充電出来る。


 カバー付きでも充電出来るので重宝している。

 磁気と電力と充電パッドでなんやららしい。開発部に丸投げしたので月火もよく分かっておらず、気になるなら水月に聞けと言われた。


 興味無いので聞いていない。



 タブレットの側面にペンもくっつけると髪を適当に整える。


「その髪本当に便利だね」

「寝癖つきやすいけどな」

「手櫛で直るじゃん」

「直らない時もある」


 髪の毛に型が付くとアイロンじゃないと戻らない。

 色々と厄介な髪の毛だ。


 火音は指を組んで上に伸ばすと火光を見下ろした。


「また晦に怒られるぞ」

「……まだ大丈夫だよ」

「身代わりにはなれないからな」


 ならない、ならまだ頼みようがあるがなれない、ならもう無理だ。


 火光は立ち上がるとジャージを整え、パソコンを持った。


「行ってきまーす」

「あいつ……」


 絶対に火音を身代わりにする気だったのだろう。


 火音は溜め息を吐くと鞄を持って無言で寮を出て行った。




 職員室に行くと珍しく晦がいなかった。

 いつも知紗は仕事をして綾奈はあくびをしている時間帯だ。


「おはようございます。……火光、晦は?」

「しーらない。早く来て損した」

「サボり魔め」


 昨日の夜に仕事を終わらせて暇な火光がスマホをいじっていると晦姉妹がやってきた。



 綾奈はいつも以上に眠たそうで、妹の方は必死で目を開けている。が、二人とも椅子に座った途端机に突っ伏して眠り始めた。


「……なんかあったの?」

「仕事かなんかだろ」



 火音はパソコンを閉じると手早く荷物をまとめて職員室を出た。




 校庭に出ると既に谷影と凪担が走っており、二人で競争していた。

 月火の言う通り練習熱心な二人だが、凪担はともかく谷影はまだ高一。あまり筋力をつけすぎては身長が止まるだろう。


 谷影は百七十始めなのでまだ伸びてもおかしくない。

 止まってもおかしくはないが。



「谷影、凪担! 基礎練すんぞ」

「あ、先生おはようございます。……月火さんは?」

「会食。今日は俺一人」


 炎夏と結月は部活、玄智と水月と火光は仕事、桃倉と洋樹はそれぞれ任務。

 今日は二人と火音だけだ。


 二年の氷麗は海麗と炎夏に教えてもらっているようなので今日は休みだ。



「基礎練とウォーミングアップは終わってます」

「真面目〜。何時からやってんだよ」

「俺は六時から部屋でやってました」

「僕は五時半すぎに目が覚めちゃって……」


 朝から学園の外を走って一周してきたらしい。

 元気すぎる。



「……まぁいい。やるぞ」



 火音は木刀を持つと軽く振って手に馴染ませた。

 二本の指でも落ちないところはあるのでそこを探すのだ。


 日によって違ったり傷口があったりなかったりなので毎回確認している。

 たまに格好付けていると言われるが火音とて不必要ならやらない。



「お願いします」

「どっからでもこい」


 二人は視線を通わせると火音に襲いかかった。


 長巻と薙刀で間合いが広く、二人ともかなりの速度で振ってくるので当たったら地獄だ。

 月火はどうやって避けているのか。

 今度聞いておこう。



 火音は意地汚く足、その中でも脛ばかり狙ってくる二人のうち、薙刀を踏み付けるとその上に乗っかり、谷影の手を木刀で殴った。


 火音の体重で薙刀を落とした凪担は反射的に回し蹴りをした。が、火音が木刀を立てると踵の骨が直撃。


「いでっ……!」



 凪担は足を引っ込めるとうずくまった。


 靴の踵の切れ目があったせいで余計に痛い。

 谷影も両手が痛いのか、両手を胸の前で握ってうずくまっている。



「痛みに弱いな。道場……は使われてるかな」


 剣道部か柔道部か空手部に使われているかもしれないが端は空いているだろう。

 二人しかいないので端っこでも問題ない。



 火音は倉庫の中から竹刀を取り出すと足場の上に乗って上の棚も探る。

 確かロープがあったはずだ。




「うわ!? 先生大丈夫ですか!?」

「すすいだ方がいいんじゃ……」


 倉庫から出た火音は目をこすりながら外に出た。


 普段、埃など滅多に関わらない生活をしているので知らなかったが埃アレルギーなのかもしれない。



 谷影に言われて蛇口で目を洗った火音はタオルで顔を拭く。

 前髪まで濡れた。最悪だ。


「……行くか」



 邪魔なので髪をかきあげ、道場に向かう。

 視線が多いのはいつもの事だ。



紅路(もみじ)、端っこ借りるぞ」

「……誰?」

「あぁ?」

「……あ! あぁ火音先生!?……髪下ろした方がいいですよ」



 柔道着を着た紅路は破顔すると頬を朱に染めながら手と首を大きく振った。

 柔道部の男女何人かが目眩を起こして倒れる。



「忘れてた……」


 最近は周りが慣れて何も反応しなかったので忘れていた。

 人並み以上どころかどこぞのハリウッド男優よりも顔がいいと言われているのだからこうなっても仕方がない。


 火音が盛大な溜め息を吐くと頭を軽く振って髪を軽く整えた。


 もうぐちゃぐちゃなので諦めてかきあげる。



「谷影、握れ」


 火音は谷影に長巻を渡すとロープで縛った。


「えぇ!?」

「これで手合わせな。次、凪担」


 凪担にも薙刀を渡すとロープの反対側で結んだ。


 二人ともロープで繋がり、それぞれ武器を縛り付けられている状態だ。



「で、俺は竹刀」

「負けるんですけど」

「勝ち負けじゃない。痛みに耐える訓練だ。二人が泣くまで続ける」


 泣いたまま続けると親に訴えられる可能性があるので泣くまでだ。

 体罰で訴えられたくはない。



「今泣いたらやめてくれますか」

「いいけど」


 火音が谷影にスマホを向けると谷影は眉を寄せた。


「お願いします」

「僕は!?」

「お好きにどうぞ」



 二人は距離や範囲が縛られるやりにくさを感じながら、竹刀の痛みに耐える。

 本気で痛くなってきた時、凪担がしゃがみこんで引っ張られた谷影は勢いよく前に倒れた。


 受け身が取れず、肩をぶつける。

 痛い。



「休憩」


 火音は竹刀を捨てるように置くと凪担のロープを解いた。

 谷影のロープも解き、火音は座り込んだ。


「痛い……」

蚯蚓(みみず)脹れしてますよ」

「うぅ……」


 凪担は蚯蚓脹れと切り傷やまめ、擦り傷などで血塗れになった手の甲を見下ろす。


「……月火さんもこんなことしてるんですか」

「してない」

「してないんですか!?」

「してない。月火の場合は全部実戦で鍛えられてるから」



 月火が初めて任務に出たのは小三の頃。


 いくら先取りの訓練をしていたとしても痛みの訓練は中等部からだ。

 神々兄妹はそれを受ける前に任務に出始めたため、初めは嫌がっていたが徐々に抵抗しなくなった。


 そうならない強さと耐性を持ったからだ。

 月火はどれだけ傷付こうと無理やり戦い続け、火光はたとえ腕を失っても異常な耐性を持ち、水月はすぐに気絶するが起きる方法を知っている。


 要は根性、耐性、技術が優れている人材。

 普通の人間には出来ない技だ。



「今度粉砕骨折しながら戦った話でも聞かせてもらえ」

「粉砕骨折……言ってましたね」

「粉砕骨折ってあの骨が砕けるやつだよね?」


 谷影と凪担が話し、火音が時計を見ると十二時に差し掛かっていた。


「早いけど昼食にするか。弁当は?」

「あります」


 二人が頷いたので火音は立ち上がると道場を出た。



「どこで食べるんですか?」

「外」

「いつも外ですよね」

「どこでもいいだろ。学食行きたきゃ学食行け」


 谷影は凪担と顔を見合わせると緩く首を振った。



 三人で円を作り、昼食を食べる。


「神々先輩の手作りですか」

「それしか食えないからな」

「月火さんの料理って美味しいですよね。谷影君、食べたことある?」


 凪担が谷影に月火の料理を力説していると火音が食べ終わった。


「全部月火に伝わってると思え」

「……今度食べさせてもらうといいよ」

「あ、はい……」



 谷影は躊躇ったように小さく頷くと少し火音を見上げた。

 無表情だが満更でもなさそうだ。


 愛妻家がにじみ出ている。



「食べるの遅いな」

「火音先生が早すぎるんですよ。まだ五分しか経ってませんよ?」

「神々先輩も五分ぐらいで食べますよね。それと同じですか」

「同じというか……」


 水月も火光もやろうと思えば出来る。

 中等部一年の頃に無理やり食わされる時期があるのだ。


 火音は論破で終わったが。


 それでなくとも御三家では早く食べることを教えられる。

 数日間に及ぶ戦いの間に、傷の回復と体力を回復させるため栄養食は供給されるのだが、それを口に詰め込まれるのだ。



 火音はだいたい吐き出して終わる。



「……御三家ってそんな英才教育なんですか」

「英才教育というより強制に近い。……この時期に教えてもらえてることに感謝しとけ」

「自画自賛?」


 聞こえてきた声に真上を見上げると火光がチューペットを丸々一本咥えて火音を見下ろしていた。



 珍しく髪を上げ、瞼が微かに腫れている。


「美形が勿体ないよ」

「何が」

「目どうしたの?」

「たぶん埃のせい」


 火音が初めから説明すると火光は凪担と火音の間に座り、微かに首を傾げた。


「埃アレルギーだったの?」

「知らん。今度検査しないと……。面倒臭い」


 どうせ埃とは無縁の人生なのだ。

 今回はたまたま被っただけで、これからはないかもしれない。


 火音がそんなことを考えると月火から、今回のようなことがあった時のために目薬は貰えと伝わってきた。



 火音は軽く息を吐くと綾奈に連絡を入れた。

 知衣に予約しろと言われたので今度市販の薬を買うと返信し、スマホを鞄に突っ込む。


「面倒くさ」

「大雑把だね」

「人生感覚で生きときゃなんとかなるって」



 火音は立ち上がると軽く足を伸ばした。


 その間、火光は空になったプラの容器を噛み続ける。

 噛みすぎて色々とちぎれて穴が開き始めた。


「ねぇ火音。月火とはどこまで進んだ?」

「何が?」


 素振りをしていた火音は汗を拭いながら首を傾げた。

 火光はしゃがんで腕を膝に乗せる。



「色々と。……キスとか」

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