27.「迷った」
皆がいるはずの路地裏に差し掛かった時、突然火音についていた黒葉が飛び出して路地裏に走っていった。
「黒葉!?」
「月火、声が大きい」
火音は塞がれた月火はハッとすると口を塞いだ。
火音に荷物を渡すと慌てて追いかけて行く。
火音は紙袋に腕を通すと裏路地の端でうずくまっている火光を見下ろした。
「……食べ過ぎ?」
「月火にブロックされた……」
「スタ連するからだろ」
「月火どこ行ったの?」
水月が心配そうに奥を見ると火音は目を閉じて月火の視界を辿ってみる。
「……確実に迷うな」
「え?」
「黒葉が飛び出してどっかに行ったから追い掛けてる」
月火本人は迷うことなど考えていないだろう。
黒葉も我武者羅に走っているが、ただ逃げたのではなく確かな目的がある。
何がしたいのだ。
火音が目を瞑って視ていると月火が黒葉を見失った。
酷くご立腹だが迷ったことに気付いたのか、辺りを見回す。
「あーあ……」
「どうしたの」
「迷った」
「月火が?」
それ以外に誰がいるのか。
火音が連絡しようとスマホを出した時、炎夏の連れていた白葉と分身達も合体しながら奥に入っていった。
いったい何が起きているのか。
火音が奥に歩きながら脳内で月火を呼ぶと呑気な返事が来た。
白葉と分身達もそちらに行ったと伝えれば幾多の疑問と可能性の仮説が伝わってくる。
頭の回転が早すぎやしないだろうか。
火音が何度も曲がりながら奥に進んで行くと途中で桃倉と洋樹が話しかけてきた。
「なぁ先生、どこ行くの?」
「ほんとにこっちであってるの? ヤクザも来ない暗さだけど」
「たぶんあってるだろ」
火音の適当な言葉に二人は顔を見合わせて騒ぎ始め、谷影に拳骨を落とされた。
火音が徐々に進んでいくと月火とはち合わせた。
火音が記憶の通りに進んでいる思考を読み返して戻ってきたらしい。
「九尾は?」
「向こうです」
歩き始めた月火について行き、奥に進むにつれ皆が駆け足になり始めた。
挙句月火と火音は全力疾走で二体の元へ行く。
全力疾走から急ブレーキで止まり、中に続く道を見れば行き止まりのところで二体が怪異のなりかけを貪っていた。
「犬……」
「猫だろ」
『猫よ』
『猫ね』
毛が長いので犬かと思えば猫だった。
火音に不可解な目で見下ろされた月火は僅かに首をすくめながら顔を逸らす。
「犬とか猫って好きじゃないんですよね……。狐は慣れたんですけど……」
「珍しい」
そんなことはどうでもいい。
月火と火音が近付くと限りなく死骸に近い怪異が微かに動いた。
「よく怪異になれたな……」
『これ、普通の怪異じゃないわ。味はまぁ……許容範囲内ね』
「だから走り出したんですか」
月火は呆れると死骸の傍にしゃがみ、両手を胸の前に出した。
目を閉じて集中すると徐々に小さな試験管が出てきた。
今九尾が食べた分の力で作れる最大限の試験管だ。
月火が軽く叩いて強度を確認していると遅れてやってきた水月と火光が手元を覗き込んだ。
「試験管?」
「神通力か。便利だね、それ」
「そうでもありませんよ。全ての構造を理解してないと作れないので」
たとえば今の試験管。
長さ、深さ、色や形などは当然。
それに加えてガラスの厚みや強度、底の角度や入口の直径などミリ単位で想像しないと思ったものは出来ない。
そう何度も練習出来ることでもないのでこれに関しては苦戦中だ。
「つまりその場即興で弓矢を作り出した紫月は……」
「相当弓矢が好きだったんでしょうね」
紫月は戦いに関しては右に出るものはいなかった。
菊地に負けた理由も悪阻や子供のことを気にしてだろう。
そんな戦闘狂の紫月が弓矢を知らないわけがない。
長さや重さは覚えていなくても感覚で作り上げることは容易だろう。
「さすが初代。……白葉、やって下さい」
いくら月火でも死骸に触るのは躊躇う。
月火が白葉に差し出すと白葉は十歳ほどの子供に変わり、試験管を受け取った。
異様に固い管の蓋を開けると猫の死骸を指でいじる。
黒葉も人間の姿に変わり、二人が指で死骸をいじる間、月火はそれを眺める。
試しに妖力の濃い部分を探してみると何となく分かった。
「ここでは」
「そうなの? じゃあここで」
確認されても何も言えないがある程度ズレていてもたぶん大丈夫だ。
白葉は月火が指さした部分の傷口を開いて押すと血液を採取した。
「人体実験じゃなかったのね」
「動物の怪異が増えるのなら喜んで!」
「黙りなさい黒葉。勘違いされますよ」
白葉は試験管に異様に固いゴムの蓋を閉めると周りの血を着物の袖で拭ってから月火に渡した。
月火は受け取ると黒葉に渡す。
黒葉は受け取ると白葉に渡そうとしたがその前に狐になって分身してしまった。
「どうするのこれ?」
「隠して学園に帰って下さい。保健室にいる綾奈さんか……晦姉妹の誰かに渡してから消えて戻ってくるんですよ」
「一人で帰るの?」
「近くに娘天がいるから送らせるよ」
水月がスマホを取り出したので月火は頼み、黒葉は試験管を握り締めた。
火音の素晴らしい記憶力で裏路地から出ると、近くまで来てくれた朝飛の車を探す。
「……あった」
「どこですか」
「ほら。今日は四人乗りだね」
補佐の車は貸出制で、朝飛の四人乗りは自分で買った車だ。
水月のためなら壊れてもいいらしいので愛車ではないのかもしれない。
いつもの七人乗りは貸出制となっている。
「学園までお願いします。結構重要なので給料上乗せします」
「ラッキー。ありがとうございます」
「頼みましたよ」
月火は黒葉に念押しをすると不安になりながら見送った。
白葉の方が外には慣れているが臆病なので、もし途中で小さなトラブルでも起きると確実に逃げる。
黒葉は短気でかなり攻撃的だが何も知らない人を襲うことはないので黒葉に頼んだ。
「……月火、行きたい店があるんだけど」
「いいですよ」
玄智の言葉でショッピングは再開し、また歩き始めた。
どこに行くのかと思えば先日も行ったあのドリンク屋だ。
シェイクやスムージーの上に生クリームとスイーツが盛られている。
「わぁ美味しそう」
「欲しい人〜」
月火と火光と凪担、吹っ切れた谷影含む一年が手を挙げたので玄智は種類を聞いて七つ注文した。
月火はふと火音を見上げる。
「火音さんって甘党じゃありませんよね」
「どちらかと言えば辛党」
そもそも進んで何かを食べることがなかったので自分でもよく分かっていない。
お菓子も人生で二、三度食べたことがあるかないか。
たぶんケーキは月火が作った時に初めて食べた。
「面白い人生ですね」
「面倒臭いけど」
皆がスイーツ乗せドリンクに目を輝かせ、食べながら歩き始めた。
「谷影って甘党?」
「その日の気分」
「甘党じゃない気分の日なんてあんのかよ」
洋樹に睨まれた谷影は眉を寄せる。
「普段は辛党」
「あ、確かに唐辛子なんちゃらって食ってるよな!?」
「うるさ……辛党なんだから食うだろ」
「あんたって甘いもの似合わないわね」
「あぁ?」
前で聞き耳を立てている月火は小さく笑った。
今年の一年は面白い。
月火がストローを咥えると火音に名を呼ばれた。
咥えたまま見上げると写真を撮られる。
「ちょっと」
「火音、送って」
「僕にも」
「私の人権!」
月火はむくれ、炎夏と玄智がからかってくるので結月と凪担の方に逃げた。
「愛されてるね」
「疲れますよ」
「月火さんの周りって似た人多いよね」
苦笑しながらそう零した凪担の言葉に少し考える。
間違いなく火光と水月は言わずもがな似ている。
海麗や晦姉妹も同じく躊躇いなく愛情表現するので同じか。そう考えると玄智もかもしれない。
火音と炎夏は似ているし谷影も似ている。
結月と一年二人、それと多くの人は正常の範囲内で似ているか。
「確かに部類分けは出来ますね」
「なんか変わった人が多いよね」
「ちょっと独特な人が多い」
言うのはいいし事実だが向こうで聞き耳を立てたせいでダメージをくらってる大人二人は大丈夫だろうか。
一人は全く興味がないのか月火の思考だけを読んでいるのかそっぽ向いて我関せずの態度だ。
「なんにせよ愛されてるよね〜」
「愛情からくる独特さなんだろうね」
二人の言葉に月火は目を丸くした後、少し得意げに微笑んだ。




