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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
125/201

24.「二の次」

 静かに目を覚ますと腕に痺れが残っていた。


 意識が朦朧として、呼吸が深くなってくると同時に酸素マスクが外された。



 心配そうな晦が覗き込んでくる。


「火光先生、大丈夫ですか……?」

「……痺れてる」


 ずっと寝ていたせいで光が眩しい。


「……電気消そ」

「え? 分かりました……」


 外は夕暮れ。

 三日目の七時だ。


 晦が電気を消すと西日が火光の端正な顔立ちを照らした。



 綾奈に内線で起きた事を報告し、水月と月火と火音と生徒達にも起きた事を伝える。


 すると五分もしないうちに水月がやってきた。

 安心したのか入口で立ち止まると生徒達と綾奈から背を押され、無理やり中に入れられる。


「先生おはよう! もう七時だけど!」

「うるさっ……声抑えろって」

「あ、ごめん」


 炎夏に睨まれた玄智は口を塞ぎ、結月は大泣きしながら火光に飛び付いた。


 火光は元気な左腕で頭を撫でる。


「腕は大丈夫なの?」

「痺れてるけど感覚はあるよ」

「本当……!? 良かった……!」


 皆が再度安心すると炎夏は天井を見上げた。


「暗くない?」

「火光先生が消せって……」

「眩しいんだもん」

「寝起きだからだろ。点けるぞ」


 強制的に電気をつけられた火光は顔をしかめると目を手で覆った。


 水月が小さく笑ってベッド座る。


「水月、月火は?」

「朝から会議。火音と海麗に補佐の仕事取られちゃった。火光が寝た翌日から朝から晩まで毎日会議してるよ」


 一菜の持っている怪異の数が四百五十六体、一体が七体なので計算すると、三千百九十二体の怪異を従えている事が月火の鬼の計算力で判明し、もし二十五日に全てをぶつけられたら東京が壊滅すると大騒ぎなのだ。


 昨日、新聞やテレビに情報を流して騒ぎにならない方法で発表してもらったので一般人は怯えてはいるが炎上はしていない。


 マスコミや記者が学園の外を囲っていると言うだけだ。

 六メートルの壁を越えられるなら来てみろ。不法侵入で通報してやる。


「水月、悪い顔してる」

「……痛みはなかった? ずっと痙攣してたけど」

「痙攣してたの……?……痛みはなかったけど……まぁいいよ。なかった」

「何その……まぁいいや」


 両方が諦めては話にならない。



 皆から呆れた目で見られた二人が棚も窓も何もない方の壁を見つめていると扉が開いた。


「兄さん!」

「月火!」

「あ、案外元気そうですね。良かった」


 そう言って静かに扉が閉められたので叫ぶと呆れ顔の火音が月火の奥から手を伸ばして扉を開けた。


 月火は笑いながら入ってくる。


「嬉しそうだねぇ」

「会議が終わったので」

「……僕は?」

「二の次」


 ショック。


 火光が凹んでいると海麗もやってきた。


「火光く〜ん」

「海麗、会議お疲れ様」

「ありがとう。腕は大丈夫? ずっと痙攣してたよ」

「やっぱり?」


 月火が全身痙攣したのも間違いではないのだろう。


 火光が冷や汗を流すと腕の痺れが切れて感覚が戻ってきた。


「あ治った」


 手を挙げて何度か握って開いてを繰り返すが特に違和感はない。


 まだ肘と手首がピリピリするが気にならない程度だ。



 すると結月が火光に抱き着いた。


 大泣きして首が締まる。


「ゆづ、き……! 死ぬ……!」

「結月、今度こそ死にますよ」


 月火が肩を叩くと結月はハッとしてすぐに離れた。



 ずっと負い目を感じて最近は部活を休んで訓練に打ち込んでいたそうだ。

 守ったのは火光の意思だというのに真面目だ。


「それともう一つご報告が」

「何?」


 月火が指を立てて結月を見ると結月は凪担を手招きした。

 まさか。


「婚約?」

「違う!」

「本当に頭お花畑だね」

「シリアルキラーよりいいでしょ」


 火光は椅子のようになったベッドにもたれ掛かると首を傾げた。

 本当に検討がつかない。


「実は……」

「色恋?」


 晦と月火の両方から殴られた火光は頭を抱え、おとなしく黙って二人を見上げた。


「……二級に上がりました。それだけです。色恋じゃなくてすみませんね」

「本当!? いつ!?」

「お、一昨日です……」


 拗ねて顔を逸らした結月は玄智の隣に行き、結月の代わりに凪担がそう答えた。


 目を輝かせるとまた月火と晦に殴られる。


「痛い! 何!?」

「謝罪は?」

「度が過ぎますよ」

「ごめんね。つい癖で」


 癖で他人の恋愛をからかうな。




 月火が睨むと火光は身を縮めながら両手を合わせて結月に謝った。

 ついでに凪担にも。


「二級……そっか……!」

「嬉しそうですね」

「そりゃね!? 成長した証でしょ? だって転校してきた結月はさ?」



 結月は転校してきた当初、運動神経は良かったものの妖心術に関してはちんぷんかんぷんで妖心術どころか妖力すら動かせずにいた。


 月火と火光の妖力講座で妖力を理解し、結局は水月の感覚講座で会得した。




 凪担は両親の怪異を祓った途端に妖力がほとんどなくなり、回復に苦労したのだ。

 体術は月火が教えていたため妖力回復は時間の問題だったが、その間に皆が妖心術の知識を詰め込めたのでちょうど良かったのかもしれない。





「いやぁ成長だねぇ!」

「自分の腕より嬉しそうですね」

「そんなのどうでもいいよ」


 月火と水月の苦労を返せ。



 水月が月火に妖力を渡すと水月は妖力不足で倒れたのだ。


 月火も体調の悪い中キャパオーバーを起こした火音と一緒に看病したというのに。




「怒涛の数日間だったからな」

「……僕そんな時に寝てたの?」

「火光が寝なかったらもっと大変なことになってたと思う」


 全員が痛みにもがく火光を抑えるのに必死になっていただろう。




 火光に手がかからなかったおかげで月火は丸一日会議を数日間続けることが出来たのだ。



「ずっと痙攣してましたけどね。動画見ます?」

「撮ったの? 見たくない」


 自分の寝ている姿を見て喜ぶほどナルシストではない。

 火光が顔を歪めて拒否すると月火は残念そうにスマホを下ろした。



「何はともあれまずは一段落着いたということで。私は寝ます」

「え? あ、う、うん……?」


 月火がおぼつかない足で立ち上がると火音が支えてくれた。


 大きくあくびをしながら火音とともに出ていく。



「……ここ数日間は徹夜だったみたいだよ」




 火光が眠る前日は水神で神通力のことを調べ、寝た日には怪異の計算と怪しい人物を洗い、その次の日には躑躅(つつじ)湖彗(こすい)とコンタクトを取り誰がいつから関わり始めたかをほぼ確定まで推測。

 その次の日は双葉姉妹が集めた資料に目を通して相手の犯行理由を推測し、四徹明けのまま最終会議に臨んだ。



「待って本当に学生?」

「君の立派な生徒だよ」

「それウザイ」


 水月は口を尖らせると海麗を見上げた。


「会議の結果教えて」

「うん」




 今回の議題としては相手の怪異の持ち数とその対処法。


 対処法としては具体案は出なかったが、稜稀を叩けば何とかなると言う結論に至った。


 その稜稀を叩くためにある人物に協力を頼まなければならないが月火と火音が内側で会話して分からなかった。



「それと、怪異が現れる時間についても問題になってたけどなんにも情報がないから保留になった」

「すっごい記憶力」


 今のを資料なしで言おうと思えばかなり真剣に覚える必要があっただろう。

 さすが火音の師匠。




 火光が炎夏に見習えと言うと舌打ちして罵倒された。

 生徒の罵倒は案外傷付くものである。



「……協力人物って誰だろ」

「聞いてみようか」


 水月が月火に連絡するとすぐに既読が付いた。



「安定の既読無視」

「通常運転だね」

「悲しすぎるだろ……」

「可哀想……」


 炎夏と玄智に哀れな目で見られた水月は遠い目をした。




 火音も基本は無視なので当然送っても返ってこなかった。


 皆が二人に連絡すると晦と結月と凪担にだけ返信が来た。

 綾奈は来ない。



「……たぶん面識ないって」

「私も」

「僕も」

「名前聞いて」



 晦が名前を教えてと言うと忘れたから火音に聞けと言われた。

 火音に聞けば確定していないから教えられない、と。



「秘密主義だね」

「秘密主義というかただの暴論」




 玄智の言葉を否定した海麗は火音のスマホに電話をかけた。


『……はい』

「火音、名前教えて」

『面識ないですよ』

「どうでもいい」

『……不確定なので』

「不確定なら会議に出ないでしょ。逃げるな」


 顔は笑っているのに声が低い。


 水月タイプだ。



『……月火、言っていいの』

『もういいです。どうせすぐに来るんですから。寝させろ』



 月火のその言葉の後、数十秒だけ音声が切られたがすぐに戻った。


緋紗寧(ひさね)です』

「誰?」

「火音の実兄」


 火光が顔をしかめながらそう言うと海麗は何も言わずに電話を切った。

 火音の無言切りはここから来ているのか。




「そんな重要なの?」

「……妖心なんだっけ」


 皆が悩んでいると、話を聞いていなかった凪担は炎夏から説明を受けて合点した。


「あぁ、天狗でした。四月の時に烏は蛇を食べるって……九尾と……」

「……烏天狗か。そりゃ相性抜群だね」

「神でしょ。いやー便利便利!」



 稜稀の煙々羅とは相性抜群どころか完全に有利に立てる。


 煙々羅は煙、烏天狗は風。

 煙々羅の煙を烏天狗が吹き消せば稜稀の妖心術も敵ではない。




 水月と火光は顔を見合わせると同時にベッドを殴った。



「意味ないじゃん! 風なら月火が出来るし! 問題は妖力量と体術でしょーが!」

「あんなん結月の妖心で、十分だっつーの! 月火のアホ!」


 四徹で馬鹿になってしまった。




 二人が憤慨しているとよく分かっていない皆が視線を通わせた。


 この中で綾奈以外は稜稀の妖心を知らない。



「もう……! どうすんのさ……」


 水月が横に倒れ、火光があぐらをかいたまま前に倒れると海麗は小さく首を傾げた。



「火音の兄ってこの学園にいないの?」

「全員が火神の子だって思ってたから実の家族とは血の繋がりだけ。兄は独学。母親は妖輩じゃない。……父親が怪異なんだって」

「……ま?」


 海麗が目を微かに見開くと火光は小さく頷いた。




 この話は聞きたくない。


 ただでさえ幼い頃に火音と離れ離れになって家族としては接せられなくなっていたのに今度は血の繋がりもないと言う。


 それに加え、今は水哉が亡くなって稜稀も離れてしまった。


 家族の絆とは存外脆く儚いものだ。




「……何考えてんだろ」









 抜糸のため翌日まで入院になった火光の元に、今日も皆がやってきた。


 月火は昨日、化粧で隠していたのかと分かるほどに顔色がよく機嫌の良さそうな顔でベッドに座った。



「……月火、火音の実兄に頼んだとしても風なら月火も使えるでしょ」

「なんの事ですか?」

「だって稜稀の対抗策で実兄使うって……」


 火光が段々小さくなる声でそう言うと月火は呆れた。



 そんなこと月火も百も承知だ。


「んなことで頼むわけがないでしょう」


 月火が望んでいるのは月火や洋樹(ようき)のような底なしの妖力を持つ人材だ。


 月火、火音、洋樹、緋紗寧。

 この四人を合わせて稜稀の妖力と対抗する。




 最悪、緋紗寧さえ生きていればあとの三人が怪異戦で妖力が尽きたとしても稜稀には対抗出来る。

 緋紗寧はただの妖力タンクだ。




「……まさか私がそんなことにまで気付けないアホだと思ってたんですか?」

「……そんなことないよカクニンカクニン」


 火光がなるべく自然を装って顔を逸らし、水月に語り掛けると水月もゆっくりと頷いた。




 月火は二人を睨んだ後舌打ちする。


「こんなに信用されてないとは驚きです。あーあ、残念!」

「ごめんって! 四徹明けだって言ったから……」

「四徹ぐらいで馬鹿になるほど腐ってないんですけどぉ!?」

「落ち着け。ここ病院だから」


 火音が思わず立ち上がった月火の口を塞ぐと月火はへの字口のまま黙った。




 火光と水月は深々と頭を下げる。



「失礼致しました」


 二人の揃った謝罪に月火は息を吐くと火音を見上げた。



「馬鹿だったんですか」

「普段よりは馬鹿になってた」

「残念。やっぱり睡眠ですよ。時間と質は大事」


 悪夢障害を患った月火だからこそさらに分かる事だ。



 月火がしみじみと頷くと火光と水月が目を丸くした。





 炎夏と玄智は離れて小さく笑う。


「火音には怒んないの!?」

「理不尽だよ!」

「はぁ? 一時間も一緒にいなかった人と丸一日一緒にいた人は言葉の重みが違うでしょう。馬鹿言わないで下さい」



 どや顔で見下ろしてくる火音を今すぐ殴りたい衝動を抑え、深く長い息を吐いて怒りを抑える。



「……クソが」

「さ、訓練行きますよ〜」


 月火は水月の呟きをよそに火音の手を引くと三年生を連れて扉に向かった。



 出ていく前、向かおうとしていた水月に一声かける。


「口の悪い人は教育に悪いので〜」




 バタンと閉じられた扉の奥からは水月の叫び声が聞こえ、月火はそれを無視して歩き始めた。





 炎夏と玄智は月火を覗き込んで一方的に肩を組む。


「本人の前では素直にならないねぇ?」

「一番喜んでたくせに」

「五月蝿いですね」

「照れた? 耳赤いよ?」




 月火はポケットに入れていた手を出すと二人のがら空きの横腹に指を滑らせた。


 玄智は大笑いし、炎夏は逃げて凪担を盾にする。




「お前ら、せめて下に行ってからやれ」


 ここはまだ病院内だ。


 火音が見下ろすと五人は小声で返事をし、炎夏が凪担の手を、玄智が結月の手を引きながら階段を降りていった。








 火音は海麗とともにゆっくり降りる。



「火光君、心臓の動きは大丈夫なの?」

「今は正常みたいです。月火がどさくさに紛れて治した可能性もありますけど」


 全身麻酔にさせたのは心臓の痛みから逃れるためかもしれない。


 そのため、普通の全身麻酔では付けない体外式ペースメーカーが常時付けられていた。



 皆は心臓にも傷があるから念の為だという嘘に騙されていたが思考の片隅にはずっと、腕よりも重い心配があった。



「内臓に関する治療は四月に自分の破裂した内臓を治した以来だったんでしょうね。ずっと落ち着かない様子でした」

「案外ブラコンだったりする?」

「家族を心配するのは当たり前だと思いますよ」



 心臓に関する治療は月火もよく分からないと言っていた。


 あの怪我が激痛なのか麻痺なのか。



 本人の意識がない以上、麻痺の場合はペースメーカーで強制的に動かさなければならない。

 それでもペースメーカーは動かすのではなく、動きを助けるためのものなので心臓が完全に麻痺して動かなくなれば死んでしまう。




 仕事の合間に行ってはずっと心配そうに眺めていた。

 水月よりも結月よりも晦よりも心配していたのは月火だ。



 予定より起きるのが遅かったせいで昨日など滅多にないミスを連発していたし、貧血だと偽って化粧をしてまで顔面蒼白を隠していた。


 遅れながらも元気に起きた今、一番安心して喜んでいるのは月火だ。

 あれだけ笑顔でもおかしくない。




「優しいねぇ」

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