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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
124/201

23.やはり月火の記憶力はバケモノだ。

 稜稀は離婚する前から少しずつ動いていた。


 元々貧乏育ちだった湖彗(こすい)をそそのかして金を下ろさせ、自分もそれに加わって少しずつ下ろす。

 湖彗を脅して全てを擦りつければ完了だ。



 あの事件で一つ、まだ解決していないところがあった。


 湖彗は水月の銀行カードを取れなかったが稜稀なら別だ。

 あの屋敷は移動に数十分かかるのは当たり前。


 たとえ水月が居間や自室にいても食事に行かせた後に自分は家事をするふりをして鞄からくすねたら、稜稀には警戒心のない水月は疑わないだろう。

 買い出しついでに引き落とし、あとは湖彗に持たせて隙が出来た時に返す。



 たとえ鞄を漁っているところを見つかったとしても整理していただのお土産を入れていただの誤魔化せる。




 それなら月火の貯金も神々の貯金も下ろせるし、火光はアプリで管理していると言っていたので手を出さなくても違和感はない。




 金を少しずつ集めた後に体育祭の場で人材を集める。

 月火をまだ諦めきれていない暒夏、月火に付きまとって心酔していた珀藍(はくあ)、月火たちを妬んでいた離窮(りきゅう)、火音から月火を奪おうとしていた時空(ときあ)


 時空はその年の夏には帰ってきていたはずなので体育祭にいてもおかしくはない。




 一菜(かずな)は珀藍経由で聞いたのか、火音を望みすぎて情報をかき集めたか。

 どちらにせよ一昨年の体育祭以降から怪異を集めていたのなら相当な数になっているはずだ。



 後で年間グラフを見て計算しなければ。







 教室の教卓に座り、小さな文字や矢印の詰め込まれた黒板を眺めて何か見えてこないか考える。



 今日は面倒臭いのでジャージだ。


 あぐらをかいて頬杖を突き、頭の中で時期が分かったから何が分かると考えていると火音と海麗と今朝退院した水月がやってきた。



 火音はこめかみを押えている。


「月火……」

「うっわこれ一人で書いたの?」



 火音の小さな声をかき消して海麗が窓から身を乗り出すと目の下にくまを浮かべた月火が振り返った。

 目が死んでいる。



「……あ、すみません」

「痛い……」


 月火は教卓を下りると廊下にしゃがみこんで頭を抱える火音に駆け寄った。



 月火のキャパと火音のキャパは違うのだ。


 月火はまだ大丈夫でも火音はキャパオーバーを起こして頭痛と冷や汗が止まらない。




 三人が慌てて火音を心配していると炎夏と水明がやってきた。


「あ、月火」

「どうしたんですか」


 炎夏と水明が駆け寄ってくると火音は顔を腕に埋めた。



 冷や汗は止まったが、まだ頭は痛いし耳鳴りもする。


「共鳴も難しいんですね……」

「火音先生のキャパ超えるって何やったんだよ……」

「あれです」




 月火が黒板を指さすと皆が中に入って黒板を見て目を見開く。

 先に見ていた海麗は真剣に見つめて楽しそうだ。



 黒板には時系列が書き出され、この時点でこうだからこの可能性が高い、この時点ではこうだがここではこうなので間にどうのこうの、と気が遠くなるようなことがびっしり書かれている。


 炎夏と水月はすぐにギブアップした。




「……結局何が分かったの?」

「そこが悩みどころなんですよね」


 離婚前から動いていたというのは分かったし体育祭前後に人を集めていたというのも分かったが、だからなんだとなる。


 始動時も集結時も決定したわけではないし決定したとしてだから何人いると分かるわけでもない。

 せめて人数だけでも絞りたいが。




「月火、火音先生が限界」

「あっ……」


 すっかり忘れていた。


 月火が駆け寄ると火音は頭を抱えて微熱になっていた。

 これはやばい。



「ちょっと……帰りましょう……?」


 月火が焦っていると炎夏が意外そうな声を出した。



「お前も慌てんのな」

「分かってるなら助けて下さいよ」



 火音がキャパオーバーしたのなど初めてだ。




 月火もなったことがないため対処方法が分からないし考えるにもその間に重症化してしまう。



 月火が睨むと炎夏は軽く眉を上げる。



「座って休ませとけば大丈夫だろ。俺はそれで治る」



 要領の悪い炎夏にキャパオーバーなど常時起こることだ。

 慣れたので糖分補給をしながら続けることが多いが、ミスが十個以上になれば放心して十分ほど休憩する。


「月火、考えちゃ駄目だよ」

「どうやって?」



 月火が首を傾げると同時に炎夏が手刀で峰打ちをして月火を気絶させた。


 ジャージの上を脱いで畳んでから顔の下に敷く。



「いっけめーん」

「馬鹿にしてる?」

「褒められたんだよ」



 炎夏はムスッとすると自分の机に座って黒板を眺めた。



 何も見ていない状態でこれらについて考え、整理する前に次が流れてくるのだ。

 キャパオーバーを起こしても不思議ではない。



「共鳴も大変だね。まさか火音がキャパオーバーになるとは……」

「月火様の頭ってどうなってるんですかね」



 いくら黒板に書いていたとはいえ火音をキャパオーバーにするのは無理だろう。

 一体何をどう考えたらあの火音をキャパオーバーにさせることが出来るのか。




「学生でここまで推理するのも相当ですけど」


 普通、一昨年に言われた言葉の詳細など覚えていないだろう。

 やはり月火の記憶力はバケモノだ。





 それから十分ほどすると火音が顔を上げた。


「頭痛い……」

「キャパオーバーは初めて?」

「……そもそもそんな考えることがないし」


 全て感覚で生きているのだ。

 ここまで考える必要があることなど滅多にない。



「まぁ……火音らしいね」

「馬鹿にしてる?」

「なんで皆喧嘩腰なの?」


 水月が何か言えば喧嘩売ってるだの馬鹿にしてるだのいつも煽りに取られる。




 水月が眉を寄せて水明を見下ろすと少し呆れられた。



「顔ですよ」

「顔に文句言われても」


 いや、顔と言うか表情だ。

 少し馬鹿にしたような表情に感じられる。


「やっぱ兄妹か」


 常に言葉で煽る月火と、常に煽る表情の水月と、常に行動で煽る火光。

 煽り兄妹だ。




頭痛(あたまいた)……」


 火音が月火の席に座ったままこめかみを押えていると月火が起きた。

 瞬間に今まで考えてきた思考が一気に流れ込んでくる。

 これぐらいならまだ大丈夫だが。



「……火音さん、夕方まで寝といてくれますか」

「またなんか考える気か」


 火音が月火を鋭い目で見ると月火は立ち上がりながらにこりと笑った。


「十年間の怪異出現グラフを計算します」



 十年間を計算し、プラス二年間と半年を計算し、怪異の出現率がどれだけ下がったか考える。

 それを三から特級まで、四回分だ。






 火音が寮で強制的に眠らされた後、月火は職員室で火光の席を借りて計算する。



 日本の年間死者数は毎年百万人以上。


 これは年々増えているのでそこも計算に入れなければならない。


 百万のうち約五十万が怪異になっているとする。

 それとその年にあった出来事で死者がどれだけ出たか、それが何級の怪異を生む事件かを調べる。




 火光治療の時間になれば誰かが声を掛けに来るらしいのでそれまで没頭する。


 水月がスマホに入っている自作の高性能電卓アプリを貸してくれたのであとはルーズリーフに数を書き込むだけだ。




 前述の通りに十年間の毎年の死者数と怪異の数の平均を取り、それから一昨年、去年、今年の半年間の平均を取って、年間の怪異が三年前以前からどれだけ減ったかを割り出す。


 そこから何級が何体祓ったかを計算し、今度は妖輩が祓った分と暒夏達が取り込んだ可能性のある分を計算する。



 一昨年の初秋頃からなのでそこも計算に入れなければ。


 その数が出たあとは、稜稀の妖力量でどれほど吸収出来るか。

 炎夏の今年の実技テストの成績を参考に考えていると肩を叩かれた。



 見上げると顔を引きつらせた水月が月火を見下ろしている。


「……全部やったの……?」

「そうですけど」


 頼る人などいないのだから当たり前だ。




 月火は机から落ちた分のルーズリーフを拾い上げると全て向きを揃えてファイルに閉じた。


 文庫ほどの厚さで収まった。

 ラッキー。



「あ、スマホありがとうございました。本当に機械には強いんですね」

「……機械にはね」


 今朝の煽りの表情を気にしているのだ。



 水月が少し顔を逸らすと月火は首を傾げた。


「……まぁいいです。行きましょう」

「うん」



 二人が五階に行くと火光の集中治療室には既に綾奈と知紗がいた。

 火光は本を読み、二人に気付くと起き上がった。



「やほ〜。玄智の時は毎日お見舞いに行ったんでしょ?」

「晦先生との時間を邪魔したら悪いと思って」

「どうぞ邪魔して。邪魔じゃないから」


 火光が何故かいる晦を睨むと睨み返された。

 微かに首をすくめ、すぐに視線を逸らす。



「こわ」

「退院した後は丸一日絞られるでしょうね」

「やだ……」


 月火は椅子に座るとファイルを膝に置いた。



「昨日の夜、水神家に行ってきました」

「何しに?」

「神通力の事で気になることがあったんです。分かったことで言えば、神通力で使われる力は妖力ではありませんでした」

「……え……!?」



 正確には妖力を別の力に転換されたもので、妙に妖力を使うのはそのせいだった。

 転換させる時に妖力を更に凝縮するため、例えば十あるうちの五程神通力を使いたいなら十の妖力を使わなければならない。

 そういうものだった。




「私の妖心って怪異を喰うんですよね」


 白葉や黒葉は実体化して処理に困る怪異や、凪担の特級怪異を喰っては妖力とは少し違う力に変換していた。

 妖力を馬鹿のように使って作り出す力はそれだ。


 言ってしまえば妖力は人間の力。

 神通力は狐の力。




「……それがどうしたの」

「つまりですよ? 私が任務に出て怪異を白葉や黒葉に喰わせたら」

「神通力に制限がなくなるわけか」



 当然、使われる側の制限はあるが使う側の制限はなくなるわけだ。


 怪異を喰うのに使う妖力は妖心を出す妖力だけだが、妖心を出す程度なら苦ではない。


 今までよりも遥かに多くの神通力を使えるはずだ。




「……と言ってもあくまでも理論上なんですけど」


 月火が足を伸ばし、遅れてやってきた体調の悪そうな火音に手を伸ばすとすぐに掴んでくれた。

 両腕が首に回され、疲れを癒す。



「そもそも今の私は任務に行く時間もありませんし、黒葉に至っては動物しか食べないんです」




 人間の怪異が圧倒的に多い怪異を白葉にだけ喰わせたとしても神通力を無限に使えるほどの量とは程遠い。


 それにその力は蓄えられないのだろう。

 もし出来るならとうの昔に神通力用と妖力が違うことに気付いて両方を貯めているに決まっている。



「美食家も困ったものです」

「いいじゃん。月火の料理しか食べない火音と同類だよ。不可抗力」

「……違うと思いますけど。それじゃあやりましょうか」



 綾奈と知紗の時間を取るのも嫌なので月火は立ち上がり、火光は寝転がった。



 酸素マスクを付けられてから僅かに感覚のある肘の内側に点滴を打ち、そのまますぐに意識を手放した。

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