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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
123/201

22.あっちで悲鳴、こっちで絶叫、向こうで叫びこっちで怒鳴り。

 火光がネガティブ思考を発揮しかけている時、扉が勢いよく開くと同時に知衣の滅多に聞けない怒声が聞こえてきた。




「水月! いい加減にしろ!」

「火光! 生きてる!?」

「死んでるよ。精神病患者じゃないんだから病室抜け出さないで」




 知衣に本気で背を蹴られて中に入れられた水月は地面に手を突くと背をさすった。


「いてて……。……強くない?」

「もう一発?」

「やめて」


 起き上がった水月は月火の方に行くと目にも止まらぬ早さで月火を気絶させた。



 普段は避ける遅さだが疲れて目が追い付いていない証拠だ。


「抱っこしといて」

「いきなりすぎる」




 月火を横抱きにした火音と水月が寄ってくると九尾たちは姿を消した。


「答えは決まった?」

「死ねば楽かと」

「おっけー麻酔なしの神通力ね」

「それは冗談抜きでやめてほしい」



 火光が顔面真っ青のままそう言うと水月は小さく笑ってベッド座った。



「やらないよ。でも月火はあれより痛かったんだって。体が痙攣したって」

「痛みで……?」

「それ以外ないよ」


 火音も立ち上がったがすぐに崩れ落ちていた。

 紫月は我慢していたがそもそも気絶だけだったので痛みは少なかったのだろう。



「首の骨が折れてたんだと。肋骨も折れて内蔵も何個か潰れてた可能性はある」

「うっ……そ……」

「月火ならやりかねないだろうな」


 月火はバケモノだ。



 しかしそのバケモノのような力を自分ではなく人のために使い、それを使ってでも救えないものには命をかけて手を伸ばす。



 その手に誰が何度救われたことか。




「惚気?」

「お前がそう思うなら」

「つまんない返しすんなし……」


 顔をしかめた火光は舌打ちをすると動かない自分の腕を見下ろした。



 本当に、重りが付いているようで気持ち悪い。



「……火音はどうだったの」

「全員から切り落として義手を勧められた。それか妖輩引退か」

「ひどっ……!」

「まぁ最強だって言われてた時だったし引退しろって言ってきたのは知衣だけだったけど。知衣も最後には義手を勧めてきた」




 別にどうも思っていない。



 動かない腕をつけていても邪魔なだけだし壊死する可能性があるなら切り落とした方が細菌感染や合併症にかかるリスクは減る。

 医者としては正しい判断だ。



「結局は月火の神通力で治ったけど」

「痛かった?」

「最初は感覚がないから分からなかったけど最後は地獄だった。……全面から溶けた鉄かけられながら錆びたナイフで切り裂かれて細いワイヤーでちぎろうとしてくる、みたいな」



 火光が小さく息を吸って絶句していると綾奈が遠い目をした。


「触るのを嫌がってたけどあの時ばっかりは押さえ付けないと他に怪我するかもしれなかったからな」


 あの時はまさに阿鼻叫喚だった。



 あっちで悲鳴、こっちで絶叫、向こうで叫びこっちで怒鳴り。


 何人も暴れて、暴れていたせいで麻酔も出来なかった。



 何人かが看護婦達を殴って蹴ってしまったのでその後の手当も忙しかった。



「……何歳よ」

「二十歳」

「想像したくない……」



 痛みに強い火音が二十歳の時に暴れる痛さ。

 火光は耐えられる気がしない。



 麻酔なしの神通力ならいっそ切り落とした方がいい。

 神通力で治すなら麻酔は必須だ。



「て言うか部分麻酔っていうの? 腕だけ麻酔したら?」

「もし失敗したら一生恨まれますよ」




 目を覚ました月火は火音を見上げている体勢と現状を理解すると溜め息を吐いて下ろしてもらう。

 首を押さえると火光のベッドに座って足を組んだ。



「もしこれが海麗さんなら判断を委ねることは出来るんですけど。義手を自在に操ることは出来ないでしょう。四肢が一つでも欠けると二十五日に死ぬ可能性が高まるんですよ。特級が五体も来ると言うのに」



 特級妖輩が片腕がないと言うだけで休むことは許されない。

 たとえ瀕死の状態でも求められるのは死ぬまで戦う。それだけだ。




 火光は言ってしまえば特級の中では最弱になる。

 その火光にハンデがついてしまえば未だ守る癖が抜け切っていない水月や火音の気が散るだろう。


 守りたいものも守れなくなってしまう。




「ですから麻酔をして治す神通力を奨めたんです、け、ど」



 月火が炎夏を見ると炎夏は静かに顔を逸らした。



「火光に戦う意思がないなら意味ないだろ」

「戦う意思はなくても守る意思はあるでしょう。教師に人生を捧げてるんですから」




 たとえ特級相手に戦わなくとも炎夏、玄智、凪担、結月を守る気はあるだろう。

 月火は守られる気がないので省くとして、四人はまだ弱い。

 戦闘中に瀕死になってもおかしくないのだ。




 それを火光が易々と許可するはずがない。


 たとえ元生徒であろうと血の繋がらない母親であろうと、自分の可愛い生徒に危害を加えたらただで済ます気はない。



「でしょう」

「まぁ……そうだね。生徒が戦ってるのに僕だけ休むのも嫌だし。……でもどうやって……」


 月火の妖力はない。

 白葉と黒葉もやる気はないだろう。



 他に狐を従えるとものと言えば。


「……水月……?」

「せいかーい」

「水月兄さんが私に妖力を回して神通力を使う。そうすれば万事解決です」


 一つ気になることはあるがそれは今晩にでも調べよう。



 水月はベッドに寝転がり、ぶら下がった足を振る。



「火光が言ったんだよ。何がどうなっても僕がお兄ちゃんだって。お兄ちゃんなら弟妹のために命をかけるのは当然でしょ?」

「当然ではないと思う。……ないよね?」


 月火を見ると小さく頷いた。



「火光は月火のためになら命をかけるだろ。それと一緒」

「あ、それは当然だわ」

「私の同意!」



 月火が噛み付くように突っ込むと水月はケラケラと笑った。


「まぁいいじゃん。腕は治るってことで」

「では明日の夕方にでも」

「昼間じゃないの?」

「昼間は医者が忙しいでしょう」


 綾奈と知衣が何度も頷いた。

 水月はハッとして納得する。



「じゃあ六時にここで」

「はい」









 皆と別れたあと、月火は寮の自室で白葉と黒葉を出す。



「二人とも、聞くことにだけ答えなさい」


 何故火光と水月が襲われた段階で月火に知らせなかったのか。

 楽しい時間を邪魔したくなかったというわけでもあるまい。


 月火はさして楽しくはなかった。


 仕事もある中でもう興味の尽きた人間と関わらなければならないのだ。

 月火はそんな事をしている暇はないが悪評が広がると困るので付き合っているだけ。


 そんな状態の中、何故黙っていたのか。



『……それは……』



 火光と水月の意思だ。

 月火が遊びに出掛けていると知っていたからこそ、本人達が治療された後でいいと思っていた。


 分身からそれを聞いた二体はそのまま、治療が終わったあとに言った。




 白葉と黒葉が小さくそう紡ぎながら伝え、何も言ってこない月火を小さく見上げると二人は思わず後ずさった。



「なんのために一体ずつ付けていると? 貴方たちがそこまで馬鹿だとは思いませんでした」





 誰がなんと思おうと、事が起きたその時に月火が対応するためだ。



 発見の遅れた水哉の二の舞にならないように、相手を好き勝手にさせないために足跡を見つけるためでもある。



 それを当人たちが望んだからの一言で片付けられてはただの骨折り損になる。



 今回、結月が必死で晦を呼んでくれたから火光は助かった。

 だがもしも、犯人が目当ての結月をも瀕死にした後に立ち去ったら。

 誰も助けを呼べず二人とも死んでいたかもしれない。



 水月も奇跡的に自分で止血出来たからいいものの気絶している間にまた流血していたら失血死していてもおかしくない状態だった。




 今回が二人だったのでまだ助かったが、これがもし凪担と玄智だったら。

 耐性のない凪担とまだ完治はしていない玄智だったら今よりも事態は深刻になる。


 それを防ぐためにわざわざ二人を小さくして皆に渡したのだ。

 ただ終わった後に声をかける為と思われては困る。それでは無意味に等しい。




 襲われた時点で月火が駆けつければ、月火が身代わりになることも出来るかもしれないし犯人を封することも出来るだろう。

 最低限の被害で抑えるために二人に最重要事項を頼んだのだ。



 しかしその結果がまさかこれとは。


「失望しました。まだ外に慣れていない三体目の代わりに貴方たちを使ったというのに」




 妖心は主に尽くすものだ。

 その主が失望すれば妖心にとっては耐え難い苦痛となるだろう。


 しかし知ったことではない。

 月火の意思を分かっていながら火光たちを優先した二体の落ち度だ。



 月火は黙り込んで何も言わなくなった二人を無理やり消すとリビングに戻った。




「月火、大丈夫?」

「最悪です。もう……!」


 火音は苛立った様子でパソコンに手を伸ばした月火の手を引き、ソファに座らせた。



「なんですか」

「なんか可哀想だと思って」

「はぁ?」


 怖い。

 対応を間違えただろうか。




 火音が少し眉尻を下げると月火が目を丸くしてふいっと顔を逸らした。



「月火?」

「……可哀想なんて初めて言われました」


 いつも心配の言葉や応援の言葉ばかりだったので可哀想は初めて言われた。




「可哀想だろ。実母が関係してる事件で兄が死にかけるって」



 水月も火光も犯人の顔を思い出せないと言っていた。

 結月は部屋に閉じ込められていたのでそもそも見ていないらしい。



 たぶん稜稀の妖術だ。

 稜稀の妖心は煙々羅。全てを煙のように操るため、幻想を見せることも事実をかき消すことも出来る。




 月火は長く大きな溜め息を吐くと火音に寄りかかった。


 ちなみに海麗は自分の寮を持ったため今はいない。

 最近は昼間に会うだけだ。



「いつから……」


 動いていたのかと疑問を零しかけた時、ふと顔を上げた。


 真正面に向けた顔を少し上に向ける火音の顔が思ったよりも近く、一瞬思考が停止する。



「どうした?」

「近くないですか」

「そう?」


 距離感がおかしい。



 そう伝わってきた火音は仕方なく離れると代わりに月火を抱く腕に力を込めた。


「一昨年の体育祭の時に……」




 一昨年の体育祭。

 暒夏が婚約した直後だ。



 火音が何故かどこかに行った後に暒夏に、父親がいなくなったなら考え直してほしいと言われた。

 父親が反対し、母が許可したならもう大丈夫のはずだと。



 あの体育祭には稜稀も来ていた。

 退学処分になった珀藍(はくあ)もあの日なら入れる。



 翌年の体育祭前には時空(ときあ)の妖力が後天的だと言うことが判明したはずだ。

 時空は元々妖心が作れるほどには妖力はあったが、それでも黒葉が後天的と言うのだから後天的なのだろう。


 離窮(りきゅう)と再会したのは体育祭前だが、その後のイノシシ戦ではすぐに負けていたのでまだ入れる前だとすれば。




「……湖彗(こすい)に連絡します」


 離婚する前の稜稀の行動を探らなければ。

Happy Birthday 凪担

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