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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
121/201

20.自己肯定感を高く、ナルシストよりもナルシストらしく。

 今日は八月十二日。


 夏休みの真っ只中、最近詰め込まれていた訓練も今日は休みだ。




「谷影〜! なんか遊びに行こうぜ」

「無理。自主練ある」

「えぇ!? 昨日の夜もやってたじゃん!」


 ジャージ姿の谷影に飛び付くと顔面を突っぱねられた。

 相変わらずつれない奴だ。




 最近は朝に自主練、昼に訓練か補習、夜に自主練をしているらしいのでまともに遊べていない。


「敵って神々先輩と水神先輩の家族なんでしょ? 何とかなるんじゃ……」




 片腕に抱き着きながら歩き、無意識に小さく呟くと谷影が足を止めた。



 しまったと思って見上げると谷影が鋭く冷たい目で見下ろしていた。

 背筋に悪寒が走り、その一秒が一時間か、それよりも長く感じられた。



 しかし谷影は怒るでもキレるでも、同義語か。

 怒るでも呆れるでもなく、薄く微笑んだ。




「今日だけな」

「え……。……えっうっそマジ!? 怒んねーの!?」

「神々先輩も同じこと言ってた。とりあえず離せ。暑いし五月蝿い」


 振り払われた桃倉は大喜びすると自分も寮に帰って部屋着から外着に着替えた。




 寮から出ると谷影は既に着替えて出てきており、スマホをいじっている。


「レッツゴー!」

「うるさっ……」



 谷影が耳を塞いで歩いていると洋樹(ようき)にも出くわす。


「何あんたら、出掛けんの?」

「谷影が今日だけって付き合ってくれるんだよ!」

「まじ? じゃあ私も行く。ゲーセンハシゴするわよ」


 オタクが。





 二人は洋樹の約一時間かかる準備を待つと改めて歩き出した。



「にしてもよく谷影が許可したわね。何時間食い下がったの?」

「五分」

「明日の天気は槍ね!」

「なんでだよ。せめて怪異だろ」


 いやそういう問題ではなくないか。





 桃倉が妖輩の会話に置いてけぼりを食らっていると曲がる寸前で月火と出くわした。




 内側を歩いていた洋樹が後ずさり、転びそうになった時に月火が腰に手を回して抱き留める。


「大丈夫ですか」

「お……王子様……!」

「同性ですけど」




 洋樹の体勢を整えると月火は離れ、スカートを払った。



「お出かけですか」

「あ、自主練休みます」

「たまには息抜きが必要ですよ。月一程度で出掛けたら体もなまりませんし」



 任務が入ったら丸一日休んでも特別欠席扱いになるのでその間に遊ぶのもおすすめだと言うと桃倉が話に割り込んだ。



「じゃあ一週間連続で特別欠席になっても大丈夫?」

「任務の確認が取れたらですけどね」


 任務で動いているなら働いている証拠なので問題ないが、任務と偽って遊び歩いているなら体がなまって苦労するのは自分だ。




「働いた分だけ遊んで下さい」

「やっぱ優しいっすね!」

「猫かぶってるとか言ってたくせに」

「手のひらを返すのは人間の本能ですよ。実際猫は被ってますから。それでは」


 月火は緩く手を振りながら三人を通り過ぎた。



 桃倉は真顔で谷影を見上げる。


「馬鹿にされた?」

「火光先生とか水月さんにも言ってた。謳い文句の一種だろ」

「あの先輩って分かんねーところあるよなぁ」



 今度こそ三人で学園を出て電車に乗る。



 目指すはオタクの聖地、秋葉原だ。

 洋樹はアニメオタクだし桃倉もゲーム大好きなので谷影はあくまでも付き添い人。



 電車で約二時間かけて秋葉原まで行き、洋樹と桃倉に振り回される。

 谷影は荷物持ち。



「……あ、お昼にしましょ」

「もうそんな時間? 谷影、何食べたい?」

「なんでもいいから帰りたい……」

「あんたってつくづく陰キャよね」


 陰キャで悪いことはないだろう。



 初等部を卒業するまでずっと学園に引き篭って勉強か筋トレだったのだ。

 こういう場所に慣れていなくても仕方がない。


 馬鹿にするならこの虚弱体質をやれ。




 谷影が洋樹を睨むと突然洋樹が立ち止まった。


「どったの?」

「あれ、火音先生じゃない?」

「え?」


 洋樹が呆然とした様子で小さく指をさすと黒マスクの火音がスマホをいじりながら歩いていた。

 隣には明らかに成人している女性も一緒だ。



「う……わき……!?」

「火音先生って愛妻家だろ。絶対違う」

「じゃあ何!? 姉!? 妹!?」

「ちょ、声でか……!」


 桃倉は洋樹の口を塞ぎ、火音の様子を伺うが気付かれてはなさそうだ。



 女性は腕に抱き着き、火音は慣れた様子で喋っている。




「先輩に……連絡……」

「馬鹿! あんなに仲良さそうなのに私達が亀裂入れたらどうするのよ!」

「だって先輩が可哀想じゃん!」

「五月蝿い。行くぞ」



 谷影はいつもより幾分か険しい目付きで二人の手を引くと一定の距離を保って備考を始めた。




 月火に尾行する時は最初相手を見つけた距離から付かず離れずの距離で移動しろと習った。

 特にレベルが上の相手は気配の察知が上手いのでコソコソと移動していたら気付かれて巻かれるかもしれないらしい。



 見つけた時点で相手が気付いていないなら一メートルでも五十メートルでも同じ間隔を保つ。

 歳の差や移動手段に差がない場合はだいたい同じ速度なのだから一方的に離されることはない。

 相手が止まった時に止まり、なるべく不自然のないよう店の列に並んだり横断歩道で止まったりして歩き続ければ基本は気付かれないらしい。



 月火が実践で極めたマル秘テクニックで、炎夏にも火音にも言っていないと、笑いながら教えてくれた。



 二人の思考はお互いに筒抜けらしいが同居しているのだ。

 昼寝の時間や仕事に集中している時間帯などはある程度把握しているだろう。


 策士の火音ならやりかねない。




 谷影は人を裏切る行為が大嫌いだ。


 一度は信用しろと言ったくせに信用すれば馬鹿だと嗤われる。

 そうして友達をなくした。



 祖父が社長だからと言って金や地位に目が眩んだ奴は、谷影に擦り寄ってきては金がないなら用はないと言って好きなだけ殴って蹴って暴言を吐き捨ててから去っていく。


 ただ歩いていただけで威張ってるだの祖父の権力だの陰口を叩かれ続けていた。




 そんな時にまだ学生だった月火が神々当主として君臨し、ただの平凡な会社だった神々社を日本の誇る大手会社へと育て、自らの会社を立ち上げるや開業一年目で日本の経済のトップに立つという偉業を成し遂げたのだ。


 谷影に向かう蔑みの目は全てが月火へと向き、それでも屈しず周囲の期待を斜め上に裏切る月火が憧れだった。




 中等部一年ではまだ寝込むことが多く、名前どころか顔すら覚えてもらえなかったが高等部で、マンツーマンで教えてもらえるようにまでなったのだ。


 記憶力がいいと褒められたのは初めてだった。

 練習熱心や上達が早いと褒められたのも初めてで、休んでも怒られなかったのも初めてだ。




 中等部の頃、よく女神様や聖女のようだと聞こえてきた。

 確かに頭はいいし顔もいいが、ただ外側に騙されているだけできっと谷影と同じように机にかじりついているのだろうと思っていた。


 それでも本人の努力だと尊敬出来た。




 しかし高等部に入り、初めて話した月火は案外大雑把で本当に世界を動かしている最重要人物かと疑うほどに陽気で、常にふらふらと歩いているような、どちらかと言えば不真面目そうな。




 すぐに腹を立てるし兄には辛辣だし真顔で怖いことを言う。



 けれどその強さは本物で、たった二、三回合わせただけで谷影の得手不得手を見抜いて不得手の克服方法を教えてくれたのだ。

 教えたのは月火だと言うのに谷影の努力の証だと言ってくれる。


 皆が聖女と讃える理由がよく分かった。

 それと同時に、何故周囲の期待に答え続けられるのかと疑問も。




 前に聞いた事がある。

 今の立場が嫌になったことはないのか、逃げたいとは思わないのか。


 月火は驚いた様子で、それでも薄く微笑んだままもちろんあると肯定した。



 どの人間も苦労は嫌いだし楽して生きていけるならそちらを選ぶだろう。

 月火も水月と稜稀に任せたまま学生の間は遊び呆ける事も出来た。



 しかしそれをしなかったのは自分の責任感に聞かれたのだ。


 自分が弱いせいで皆が死にかけたのにお前だけのうのうと生きていていいのかと。

 親のスネにかじり続けて生きていていいのかと。


 答えは一つだけで、その後は三日間眠らない日も当たり前だったらしい。




 朝は勉強、昼は運動、夜は仕事で真夜中は任務、眠らぬまま朝を迎えて図書館に通ったり火光に勉強を教えてもらったり。


 それの繰り返しで毎日を過ごしていくうちに自分の責任感よりも周囲の期待がプレッシャーとなり、今でも新商品を発売する時はどんな反応をされるか怖いらしい。




 社員が何ヶ月もかけてやってくれたプレゼンを月火の手で駄目にしてしまったらどうしよう。

 有能な社員に月火のダサい企画をやらせていたらどうしようと考える。




 しかしそれの返事をくれるのは会社のファンの子達で、新商品発売には交通整備が入るほど列が出来たり、ハイブランドでも一目見ようと皆が集まってくる。




 妖輩も同じだと言われた。



 周りの世界を知らず、知っているのは自分よりも強い先輩だけ。

 そんな状態で任務に駆り出された時は本当に自分で良かったのか、もしかしたら捨て駒かもしれないと不安になる。



 しかしうじうじ悩んでいるうちにも一般人に被害は出る。

 それなら捨て駒でもいいから、もっと上の妖輩が到着するまでは粘ろうと闇雲に頑張ればいい。


 自分では敵わないと判断したなら守りを優先させればいいし、そう言う場合はこちらの実力と相手のレベルの計算を間違えて妖輩の生きた命までもを危険に晒した上層部が悪いと思い込む。



 どれだけ自分が弱いと思っていても本当に弱いなら任務には出されない。

 もし負けたなら、それは采配した上層部のミスだと思い込め。


 自己肯定感を高く、ナルシストよりもナルシストらしく。

 その命で誇り高く戦えばいい。





 それを教えてくれた月火を裏切るような人間は、たとえ月火の親であれどファンであれど婚約者であれど許す気はない。



 たぶん誰かに言えば恋だの片想いだの騒ぎ立てるだろうが、決してそんなものではない。

 たとえそうだとしてもそれは全て憧れから来たものだ。


 谷影は恋とは認めない。





「谷影、どったの? さっきから黙り込んで」

「無視しないでよ」

「なんにも聞いてなかった」



 今は火音の尾行に集中しなければ。




 谷影が意識を切り替えると突然洋樹に服を掴まれた。


 思わず仰け反り、転びそうになるのをなんとか耐える。



「なん……!」


 なんだと聞きかけ振り返った時、洋樹が谷影の後ろに逃げた。





 見れば、明らかに裏の社会のリーダー的な存在の男がいきなり拳を振るってきた。

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