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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
120/201

19.妖輩のテンションは分からない。

「気持ち悪い……」


 焼肉の翌日、朝帰りだった大人組のうち無事に帰ってきたのは火音だけだった。




 度数が六十までしかなかったようで、火光の暴走時に水月も飲まされ、海麗は何とか火音が止めたが成人してから初めて病院を出た初酒。

 思ったよりも弱く、と言うか水月よりも弱い酒の少量で酔って潰れたらしい。




 朝方に月火がとりあえず四人分の朝食を作っていると火音と朝飛(あさと)が火光と水月、少し酔いが覚めて歩けるには歩けた海麗を連れて帰ってきた。



 火音は店では酒も不快だと感じたのかあまり楽しそうではない。



「一般人に妖力はないんですけどねぇ……」

「それも人の想いがどうのこうのだろ。祖先が一体も怪異になってないのは神々ぐらいだし」


 火神も水神も二件以上の報告例が出ている。


 祖先の怪異が子孫を思ってその想いが妖力のようになっていてもおかしくはない。




 火音は皆が寝たことを確認すると月火の手を引いて膝に座らせた。


「……栄養補給」

「栄養じゃないです」

「エネルギーだから同類」


 いや違うだろう。




 月火が火音の頭を撫でると火音の腕に篭もる力が少し強くなった。


 手を重ね、明らかに酔っている火音を落ち着かせる。


「……酔ってる婚約者は警戒しろって言われなかったか?」

「言われてないです」

「大事なところが抜けてるな」



 本当に月火を守りたいならそういう場面こそ警戒するよう教えなければ。


 火音は小さく笑うと月火を離した。




 月火が立ち上がった時、ふと考えてまた座らせる。

 月火は目を丸くして火音を見下ろすが気にせず床から足を離し、火音に完全に座るような状態にした。



「なんですか」

「痩せた?」

「……そんなことはないと思います」



 少し考えた月火が自分の袖をめくって腕を見せると掻きむしったあとが見えた気がした。

 火音はハッとして袖を二の腕まで上げる。



「蕁麻疹?」

「アレルギーじゃないです」

「過労だろ。働きすぎ。他の症状は?」


 と言われても。




 月火は頭を捻ると思い付くものを上げていく。


「……耳鳴りとか……頭痛とか……食欲減退とか……? 胃痛……倦怠感……」

「分かった。今日は休みな」

「え?」

「本当に倒れる前に休め。他人が、特に月火が目の前で倒れるのは寿命が縮む」



 海麗が倒れた時、唯一傍にいたのは一緒に修行をしていた火音だ。

 五年前に月火が負けた時も一番近くで見ていた。

 先日も海麗に迫られた時にいきなり倒れられた。




 これでまた月火にまで倒れられたら何故近くにいながら助けられないのかと自分を責めて壊してしまう気がする。


 月火に心配は掛けたくないし今、この状態で楽しいと思えている自分も変わりたくない。




 火音が月火の腕を掴んで真剣に見つめると月火は何かを思い出し、小さく頷いた。



 火音の背に腕を回すと抱き合う。


「……助かりました」

「戻った?」

「たぶん」



 最近、無性に腹が立ったり感情、特に怒りの起伏が大きかったのはストレスで月火の我慢の限界が来ていたからだろう。

 本人が気付けず、ずっと心配だけしていた火音も分かっていなかった。



 これでは駄目だ。

 もっと月火のことを知らなければ。



「……ごめん」

「謝らないで下さい。気付かせてくれましたから」


 月火が小さく冷えた温かみのある手で火音の背を撫でると、息が詰まるほどに抱き締められていた腕の力が緩んだ。




「今日は休んで。訓練も書類仕事も会議も禁止。家事も必要最低限の手抜き、俺も手伝えるところはやるから」

「ありがとうございます」



 久しぶりで二人で朝食を取った後、月火は何ヶ月ぶりかにソファに寝転がった。


 火音が嬉しそうに月火の頬を撫でる。



「炎夏さんに休む連絡だけしときます」

「うん。今日は俺も休む」

「最近は大慌てでしたからねぇ……」


 月火がクッションを胸の下に敷き、片手でスマホをいじりながら足を振っていると麗蘭から連絡が来た。


 カレンダーを見て予定を無理やり空けられることを確認すると了承する。




「十七日に出掛けてきます」

「行ってらっしゃい」


 今日は九日。

 お盆にもなっていない。


 月火はネットを見ながらふと火音を見上げた。



「今年の夏祭りは?」

「月火がいいなら行きたい」



 そう言えば火音の髪を初めて編んだのも夏祭りの日だった。

 皆のヘアセットを終えた後に稜稀に怒られたと思い返しているとまた傷心が出てきた。





 腕に顔を埋め、頭に被せられた自分よりも大きな温かい手にすがりつく。



 何故稜稀は向こうに行ってしまったのか。

 あれほど神々に生まれたことを誇りに思い、神々という名に恥じぬよう神のような、仏のような人を目指していたのに。



 月火が当主になってしまったからか。

 もう稜稀を頼らなくなったからか。

 稜稀から当主と社長という立場を取ってしまった月火を恨んでいるのか。


 それなら何故、自分の育ての親である水哉を殺してしまったのだろう。



 暴走ばかり起こしていた水月と火光を牽制しては叱り、正しい道へ導いてくれた水哉に恨みなどなかったはずだ。


 月火への嫌がらせのつもりか。




 考えれば考えるほど分からなくなる。


 稜稀が何を望み、何を思って向こう側になってしまったのか、月火は稜稀を何も知らない。


 母を、先代当主を避けてしまった。


 これは己の弱きから逃げた自分への償いか。

 これを越えれば幸福があるのか。



 自らの手で祖父を殺した母。

 月火が神々当主として殺さなければならない。


 戦闘中であれど、封をしたあとであれど、秘密裏に処刑を行うのは神々当主の務めだ。


 母だからと、育ててもらったからと逃げ甘えることは許されない。



 願うなら、最後に稜稀の本当の思いを受け止められるような、そんな心を持っていたい。






 いつの間にか眠っていたらしい。


 夕暮れで、火音と海麗がテーブルで絵を描いていると伝わってくる。



 月火が乾燥した目を開けると何故か谷影が見えた。


 薄く目を開け、夢の中かとまた目を閉じ、いつも通り目を開けた。




「なんで谷影が!?」

「月火がさん無しって結月以来じゃない? すっごーい」

「そうなんですか」




 後ろのソファで仕事をしている火光にそう言われ、火光を見るため振り返ると同時に月火が火音の後ろに逃げた。



 担任と先輩がまさかこんな関係だったとは驚いだが確かに火音は月火にだけは雰囲気が変わる。

 実は婚約者ですと言われてもおかしくはない。



「桃倉もですよ」

「なんか区切りってあるの?」

「自分より弱い奴。なんで谷影が」

「火音に勉強教わりに来た」


 いや本当に真面目すぎる。

 何か企んでいないか。




 月火が眉を寄せてじっと見ていると火音が月火を見上げた。



「疑心暗鬼になってる」

「……失礼」

「谷影、やり直し」

「えっ……」



 真正面に飛んできたノートを真剣白刃取りの勢いで挟み止め、中を開くと全て消されていた。

 これで二度目だ。

 その前に一度、消されていないが全てバツになっている。



「何が……」

「……社会は苦手ですか」

「記憶力が悪くて」

「いやお前の場合はそこじゃない」


 問題文を読まないせいでこちらが求めている解答と全く別のことを言ってくるのだ。

 記号で答えろと言っているのだから記号で答えろ。


 たとえ名称であっていたとしても火音は容認する気はない。




「どうにも反射的に書く癖があって」

「火音と一緒だね」

「俺は意識的に治した」


 幼い頃に時間制限を付けられて問題文を飛ばして答えるようになった結果、読まないという癖がついたのだ。


 制限を付ける親は大抵馬鹿なので記号を名称で答えても合ってると言われていた。

 その結果がこれだ。



「なるほど……」


 確かに父からは素早く何を聞かれても反射的に答えられるようにしておけと言われた。



 母はもっと大切なことがあると勉強は程々にと言われたが母が寝た後は椅子に縛りつけられていた。

 なので昼間は母のそばで昼寝、夜は勉強だったので完全に昼夜逆転生活だった気がする。



「何、社長の家系ってそんな虐待どうやらなの?」

「私はされてませんよ」

「俺もされてないよ」

「俺は社長家系じゃない」




 ずっと絵を描いていた海麗が口を挟むと谷影は首を傾げた。




「八条さんって……あぁ製菓会社か。火音先生はされてたんですか」

「いや学園生活だったし」

「あれがなかったらこんな性格にはなってないよ」


 人を性格悪いみたいに。




 火音が横目で火光を睨むと、火光が火音の奥の斜め上を指さした。

 見上げると月火が呆れた目で火音を見下ろしている。



「……そんなに悪い?」

「悪いと言うより善悪が無さすぎて人の性格とは違う気がします」

「どういう事だ……」


 月火の思考が読めてなお分からない。




 火音が悩んでいると谷影が月火を見上げた。



「誕生日は?」

「急ですねぇ。……クリスマスですよ」

「火音先生と同じなんですよね。八条さんは?」

「海麗でいいよ。俺は閏年だから二月二十九日」


 珍しい。

 閏年の人は初めて会ったかもしれない。




 月火が驚いていると火音が納得したように頷いた。



「だから毎年毎年プレゼントが欲しいって強請(ねだ)ってきたんですか」

「強請ってないよー!」

「強請ってました」


 毎年二十八日か二十九日になるとプレゼントは、と聞いてなければ買いに連れ出されていた。

 授業を休んでまで。



 海麗は頬杖を突いて目線を逸らし、月火は火音の肩を軽く叩いた。


 皆に背を向けて小声で話す。




「本当に火音さんの師匠ですか」

「行事になるとこうなるけど普段は本当に冷静な人だったんだよ。仕事の時の水月みたいな。月火の常時みたいな」

「その冷静なところ見えたことないんですけど。火音さんの思い出フィルターでは」





 火音は記憶を探って確かに冷静沈着で憧れていた海麗を思い出す。


 絶対にこの十三年間で変わったのだ。




 火音は思い出すと月火を見た。

 伝わったはずだ。



 月火は口を尖らせ、まだ信じられないのか少し首を傾げた。



「……まぁ緊急時に役立つ事を願います」

「帰国して浮き立ってるだろうから。しばらくすれば元に戻るから」

「もし戻ったらそっちを信じるようにします」



 二人は顔を見合わせて頷くとまた姿勢を戻した。

 海麗が何やってんだと言わんばかりの目で見てくるが無視だ無視。




「まぁ人は変わるものだから」

「火音さんが言うと説得力あります」


 たぶん、ここ二、三年間で一番変わったのは火音だ。

 月火も多少なりとも変わったが火音ほどではない。



「谷影、担任と先輩がイチャついてるの見てどう思う?」

「え……どうとは……ギャップとか……?」

「つまんな」

「え……?」




 ノートを見つめて全く何も聞いていないし見ていなかった谷影が混乱していると火光の頭に手刀が落ちた。

 見上げると帰ってきた水月が呆れた様子でこめかみを引きつらせている。



「火音への嫉妬を生徒にぶつけないで」

「いったーい! 何すんの!? 水月だって嫌でしょ!」

「嫌だけど! 生徒にぶつけたのを怒ってるの!」

「……ごめんね」



 桃倉と洋樹も炎夏と玄智もそうだが仲のいい二人のテンションにはついていけない。


 もしや火音と月火もそうなのだろうか。



 谷影が火光の謝罪に小さく頷きながら火音と月火に視線を飛ばすと二人は静かに絵を描き始めていた。




 妖輩のテンションは分からない。

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