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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
119/201

18.この二人の顎はどうなってんだ。

「少な……これだけ?」

「高等部は皆来てるし上々なんじゃない?」

「どうでもいいです。弱い奴から死ぬだけなので」


 朝礼台の上に座って足を組んだ月火は下に立っている炎夏と玄智を見下ろした。




 今日は中高大学部の妖輩コース生なら誰でも三年に一度受けられたら奇跡の水月サマ講座が受けられる日だ。


 全員には伝わっているがどうせ怠けや危機管理の低さが出たのだろう。

 やる気のない奴にまで気にかけている余裕はない。



 せっかく水月にも時間を割いてもらったがこれでは意味なかったか。




「……三、二、一……十時」

「只今より夏季強化訓練合同試合を行う!」


 炎夏の張り詰めた大きな声に空気が締まり、皆の顔つきが変わった。

 妖輩者が全員この顔ならいいのだが。



「夏休み明けの文化体育祭後、全校対抗強化練習試合を行います。今日はその第一訓練とでも思っておきなさい。十二月二十五日! その命が惜しいのなら、大切な人を守りたいのなら、全てに全力で打ち込み己を磨き高めなさい。自信も結果も努力がなければありませんので」

「はいっ!」



 全員の掛け声が揃い、各自教えて貰いたい三年生や教師の元に行った。


 凪担は火音、結月と玄智は火光、炎夏と氷麗と戯画(きが)は水月、残りの二年の二人と洋樹(ようき)は海麗、谷影と桃倉は月火のところだ。



 月火の訓練は夜中に海麗に見てもらったり水月に見てもらったりなので昼間は教える側に回る。




「ここに来たということは武器ですよね」

「はい」

「あぇっと……俺は妖心術を教えて貰いたくて」

「いいですけど。水月兄さんのところじゃなかったんですね」




 桃倉の妖心術を引き出したのは水月なのでてっきりそっちに行くかと思ったが。

 月火が谷影に鞘のついた長巻を投げながら自分は白黒魅刀を持った。


「本物……」

「鞘は取りませんよ。さすがに危険なので」

「堂々と抜きながら言われても」


 癖で抜いていた月火はハッとするとすぐにしまった。




 桃倉は苦笑しながら頭を掻きむしる。



「す、水月さんとは……説明がちょっと……いまいち……」

「あの人の説明って擬音しかないですよね」

「あぁ、分かりますよ、とても。実力は確かなんですけど性格と説明に難アリです」



 桃倉は安心したように胸を撫で下ろすと上のジャージを脱いで腰にくくり付けた。



 谷影は最近ようやく定まっていたオリジナルの型で構える。


「お願いします」

「今日中に私から一本取れたら回らない寿司に連れて行ってあげましょう。奢りです」

「うすっ!」


 気迫のある二人の返事の次の瞬間には谷影が背後に回り、桃倉が真正面に拳を振っていた。


 火音から伝わってくる状況で後輩には怯えられていると言う認識だったが、怖いという感情がありながらも立ち向かってくるその威勢の良さは完璧だ。



 ただただ


「遅い」


 まだ鍛え途中なので仕方がないが月火なら二度どころか四度刀を振れる。


 月火が白黒魅刀を四度振ると二人が同じ方に吹っ飛ばされた。


 飛ばされた先で頭をぶつけ、二人して鼻血を出した。



「大丈夫ですか」

「問題ありません」

「大丈夫っす!」


 真っ直ぐに月火を見た二人は一瞬視線を通わせると今度は息を合わせ、同時に襲いかかった。








「いやぁ今年の一年は粒ぞろいだねぇ。いいねぇ成長だねぇ」


 そう嬉しそうに言った水月はしゃがんで足を抱えている炎夏と玄智を見下ろす。



 結月は最近スポーツで話が合うようになってきた氷麗と復習をし、凪担は谷影と桃倉に鼠と猫並に追いかけ回されている。


 洋樹は妖力を練る練習だ。




 月火は朝礼台にあぐらをかき、火音の肩に持たれている。


「あれは反則ですよ……」

「まぁまぁ」



 今回は一本取られた。


 桃倉が目の前でスマホのフラッシュライトを焚き、その瞬間に谷影に蹴られて桃倉に殴られたのだ。




 時間が過ぎた最終戦だったこともあり、間近で見ていた月火とサングラスの隙間から見えた海麗の目がやられその試合は幕を閉じた。



 月火は拗ねたまま、大喜びしている谷影と桃倉を睨むと私情を出しすぎては駄目だと感情を切り替える。




「はぁ……。……集合!」


 月火が声を掛けるとバラけていた皆が集まってきた。



「今日、師範から一本取れた人」


 そう言うと谷影と桃倉が勢いよく手を挙げた。



 炎夏と玄智も小さく手を挙げようとして諦める。


「二人はなんなんですか」

「時間と同時に相討ちになった直後に一発入れたけど時間過ぎたからなしになった。成績を盾にされて反抗出来ないって」

「へぇ!? それじゃあ谷影と桃倉の勝ちもなしですよ!」

「はぁ!? 勝ったじゃん! 寿司!」

「一戦の中でしたよ」


 なーんて。




 月火は煽る表情を消すと火光と水月を睨んだ。



「兄さん達って案外ずる賢いんですね。すごーい」

「嫌われた……?」

「嫌われたかも……」

「そんなことないですよぅ? 負けを認めず頑張る気持ちは大事ですもの」


 月火が薄く微笑むと水月と火光は炎夏と玄智の元に座って土下座をした。


 月火は知らんぷりをして足を振る。




「ごめん! 前に負けたから! 二連続だと不名誉すぎると思って!」

「ごめんね!? 久しぶりに負けたからついプライドが邪魔して!」

「結果は?」

「二人の勝ちです!」


 鬼気迫る勢いでこう言ってくる姿を見るに、二人も寝不足でテンションがおかしくなっているのだろう。


 これからは夜中に稽古を頼むのはやめよう。




 月火は小さく溜め息を吐くとガッツポーズをする二人を見下ろして薄く微笑んだ。


 火音と一緒に夕食を食べたかったが諦めよう。



「今日は皆で好きなものを食べに行きましょう。私の奢りです」

「いぇーい!」

「よっしゃ!」

「私達までいいんですか?」



 月火が頷くと生徒は大喜びし、火音は少しつまらなさそうに口を尖らせた。


「火音さんの分は作っていきます」

「じゃあ火音が軽く食べた後に大人は飲みに行こう! 火音は酒なら大丈夫なんでしょ。海麗もちょっとなら飲めるんでしょ? 飲めなくてもいいよ。水月も飲めないし」



 疲れを癒すと張り切る火光は水月、海麗、火音の首根っこを掴むと高笑いしながら校内に入っていった。




 生徒は生徒で外食に行くことになったが、残念なことに二年生三人は辞退してしまった。

 未だ氷麗が怖いらしい。



「そう言えば水月兄さんから一本取れた人は?」




 月火が聞くと玄智は一瞬手を挙げようとしたが誤魔化すようにポケットに手を入れた。


 凪担は首を傾げる。



「玄智君取れてたよ?」

「僕は……ちょっと……」

「澪菜さんのためなら澪菜さんも連れて行けばいいでしょう。百人までなら同じ数です」


 それはおかしい。




 髪を解く月火を真顔で見ると笑って圧を掛けられた。


「まぁ体育祭までですから。後ろめたさがあるならまだまだ頑張って下さいねぇ〜」


 月火は緩く手を振ると寮に帰った。




 ここからは残った生徒のじゃんけん大会だ。


「最初はグー、じゃんけんぽい、ね?」

「インジャン、ハスだろ」

「グーチージャスだろ」

「何よそれ!? 田舎者〜!」

「お前だって千葉だろ!」



 洋樹と桃倉の喧嘩に三年は呆気を取られ、谷影は無視して普通のジャンケンを始めた。


「最初はグー、じゃんけんほい」

「やった〜!」

「あ、勝った……」

「勝っちゃった……」




 玄智は拳を突き上げ、知らぬ間に勝っていた凪担と氷麗は少し視線を通わせた。




「次やるよ! 最初はグー、じゃんけん……何?」



 玄智の勢いに押されかけた二人は手を顔の横にあげて首を横に振った。


「いや、どんなものがあるか分かんないし……玄智君のオススメで!」

「わ、私も迷ってるので……イチオシに任せます」

「本当? やった〜! じゃあ、焼肉ジャー!」


 ジャーは全国の大手チェーン店だ。

 チェーン店だが。



「高いだろ!」

「何人いると思ってるのさ……?」

「月火なら大丈夫だって。谷影君、月火の連絡先知ってるよね? 距離を縮めるいい機会! 連絡頼んだ!」


 そう言って逃げて行った玄智を追いかける振りをして炎夏と結月も帰って行った。



 凪担と氷麗を見れば凪担は顔面を真っ青にし、氷麗は知らないと逃げて行く。



「……俺がやっと来ます。追加しただけで連絡してませんし」

「ありがとう……」




 凪担がお礼を言いながら待っていると谷影は眉を寄せた。


 凪担は少し首を傾げる。



「ど、どうしたの……?」

「既読無視」

「……もしかしたら炎夏君たちに怒ってるのかも」



 谷影が洋樹と桃倉を止め、返信を待っていると十分ほどしてから三年から謝罪の連絡とともに月火から返信が来た。



「読みが当たりましたね」

「よくある事だから……」

「あるんですか……」



 時間は七時。

 高校生の補導は二十三時なので七時半に着くとして、三時間あれば十分だろう。


「全部計算されてますね……」

「月火さんはそういう人だから。じゃあ七時にね」



 小さく手を振って去っていく凪担に頭を下げると焼肉だと騒ぐ二人を放置して一度寮に戻った。



 今が六時。

 たぶん帰ってきてから風呂やら明日の用意をする気力はないと思うので先に手早く済ませておく。


 風呂もシャワーだけで済ませ、髪を乾かすといい時間になった。



 集合場所を聞いていなかったと思えば月火から全員に通達してくれているようで、学園の正門に集合らしい。


 必要最低限な荷物だけ持って七時五分前に正門に行くと月火が既に立っていた。



「……真面目ですね。遅れるよりはいいか」

「奢ってもらうのに遅れたら申し訳ないので」

「本当にあいつらの甥っ子君ですか……!」




 月火が感動していると炎夏と玄智とともに大人組も出てきた。



 全員が私服に着替え、それでも大人組と三年生三人は長袖だ。

 月火はスカートとタイツ。




「一応近くの店にいるけどなんかあったら呼んでね。火音と水月が行くから」

「飲ませないでね?」

「自分は潰れる前提か」

「明日も仕事だと言うことはお忘れなきよう」


 月火は火光に釘を刺すと皆を車に押し込んだ。



 沙紗(ささ)が十人乗りのワゴン車を買ったそうで、それで連れて行ってくれるらしい。

 大人組はもちろん朝飛(あさと)だ。



「大型ワゴンって初めてかも〜。中ってこうなってんのね。あ、お願いしまーす」

「お前人に頼む時ぐらいちゃんとしろよ。お願いします!」

「頼むから車内で喧嘩すんな……!」


 谷影は色々と苦労が多そうだ。

 もしかしたらそう言う体質なのかもしれない。




 月火が助手席で仕事をして後ろで八人が盛り上がっていると、月火に電話がかかってきた。



 皆が三年生に言われて口を塞ぐと月火は電話に出る。



「神々です」

『月火さん、こんな時間にすみません』

「何かありましたか」

『実は先方のイラストレーターが辞退を申し出てきて……。もう二日もないんです……!』


 イラストレーター関係ならどうにでもなる。

 火音に頼んで躊躇うようなら月火が自ら描けばいい。

 なんなら写真でもいいのだ。



「切ってもらって構いません。それはこちらで手配するので抜きのまま進めてください。最後は私がカバー出来るので」

『わ、分かりました……! 失礼します!』

「お疲れ様です」




 月火は電話を切ると火音に連絡した。


 二日と言うと厳しいかもと言われたが本人はやる気なので任せておこう。



「……あ、そうか。玄智さん、ジャーに行きたがってる理由はパフェの食べ放題ですか」

「バレた?」

「なんで焼肉行ってまで甘いものを!」

「いーじゃん美味しいじゃん! ねぇ天忠(てんちゅう)!?」


 月火が予め分かっていたことで会話を振ると後ろがまた盛り上がった。


 冷めた空気は冷ました奴が盛り上げなければ。





 焼肉屋に着くと開口一番にサインを求められた。


 火音が考えてくれたサインを慣れた手付きで書くと今度こそ席に案内してもらう。


 九人なので一番大きな大部屋だ。



「食べ放題飲み放題を高校生九人分と夏季限定パフェ食べ放題を……」


 玄智と氷麗と谷影と洋樹が手を挙げたので四人分頼んだ。

 谷影が挙げたのは意外だ。



「今日は甘党の気分です」

「気分で変わるんですか」

「変わります」

「玄智さんは生まれた時からの甘党ですよね」



 皆で盛り上がっているうちに塩カルビやわトンビ、ネクタイやウルテを焼いた。


 焼けたものから種類ごとにさらに乗せる。




「僕らも焼くから月火も食べたら?」

「私猫舌なんです」

「さすがに冷めてるだろ」


 玄智と炎夏と結月にトングを取られたのでお言葉に甘えて食べ始めた。


 ウルテは牛の中で最も固い部分だ。



「かたっ……!」

「顎疲れますねこれ」

「これぐらいが好きだったりします」


 凪担は苦戦し、月火と谷影はひょいひょいと食べる。

 この二人の顎はどうなってんだ。




「……あぁこれ切れ込み入ってないからですよ。結月、ハサミ取ってください」

「はいどうぞ」



 月火は生用トングでまだ焼いていないウルテにハサミで切れ込みを入れ、切れ込みありとなしで分けて焼いた。


 流されに流され結局は月火が焼き始める。




 炎夏と桃倉が白米大食い勝負をし、桃倉が惨敗した。


「月火ってまだ食べれる?」

「余ったらなんでも食べますよ」

「じゃあ追加しよ」


 シャトーブリアン二人前とイチボとトモサンカクを三人前ずつ。

 谷影の希望でカメノコとナカニク、月火の希望で中落ち、氷麗の希望でセンマイも一人前ずつ頼んだ。



 ついでに網も交換してもらう。


「……こんなに食べれるんですか」

「月火の胃袋は無限だから大丈夫だよ〜。炎夏、三枚焼いて!」

「三枚だけ?」

「ちゃんと食べるよ。冷めるからさ」



 炎夏と月火が慣れた手つきで焼き、焼くと食べるを同時並行で行う。


「月火ちゃん、やるから食べて食べて」

「お願いします」




 月火は結月にトングを渡すと少し固まった後に白米の中を注文した。



 これには炎夏も破顔したが注文してもらう。


 大か中か迷ったがたぶん玄智がパフェを残すのでその時のために中にした。




 月火はペロリと食べ終わると空になった食器を重ねて下げてもらう。



「……お腹いっぱい」

「無理しないで下さい」

「炎夏、チョコといちごのパフェ一つずつ」

「お前なぁ……」



 月火が肉を食べている間に四人はパフェを食べ始めた。


 月火が肉を全て食べ終わると同時に氷麗も二個目のパフェを完食し、洋樹は三つ目、谷影と玄智は四つ目に突入する。



「食べ放題っていいですね。だいたいは元取れないのでやらないんですけど」

「月火がいたら三倍は取れるよ」

「他人が取っても意味ないでしょう」




 月火がお茶を飲んでいると玄智はパフェが半分残った状態で静かに手を合わせた。

 炎夏の手刀が落ち、頭を抱える。



「いいじゃないですか。残して満足なら奢る側も満足です」


 月火はパフェを受け取ると新しいスプーンを貰って食べ始める。





 谷影は五つ目を頼み、本日のMVPは谷影に決まった。

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