15.どの火音だ。
「あま……」
最近の日課は放課後に食堂でスイーツを食べながら仕事をすること。
火光に教えてもらった奥の座敷席でやっている。
座敷席もテーブル席もカウンターも立ち食いもあるし、どこに座るのかも自由なのでかなり居心地がいいことに気付いた。
昨日の夜、水月に調査を頼んでいた月火の金の動きがおかしい理由が分かったので今はそれの対応中だ。
火光にプレゼントを買う時に通帳記入をすると違和感に気付いた。
売り上げと社長分の金額が合わないと思えば、あの時から稜稀が少しずつ引き落としていた。
今回が初犯だが、これを見れば湖彗をそそのかしたのも稜稀の可能性がある。
水月はその件も含めて調査中らしい。
「鍵は付け替えたし……水神もおっけー……うん」
ここのところ独り言が増えた気がする。
呟かなければ何が良くて何が駄目なのか覚え切れない。
火光と水月も無理やり治したメンタルを自分で取り繕いながらも動けるようにはなったし先日は月火と火音とともに四人で墓参りにも行った。
水哉と紫月。それと全当主にも。
なんせ墓を管理していたのが稜稀だったので変な仕掛けが掛けられていないか確認しなければならなかった。
前に行った時は月火も手一杯だったので火音とともにさっさと帰ったが今回は駄目だと確認した。
その後、水月と火光が墓への道を変えて塀も高くしてくれたのでたぶん大丈夫だ。
月火がカタラーナを片手に仕事をしていると、突然睡魔に襲われた。
最近は一日一時間の健康睡眠しかしていなかったのでそのせいだろうか。
また火音に怒られると思い、パソコンを閉じてからカタラーナとダブルシューの皿とともに端に避けて机に突っ伏し眠り始めた。
またこの感覚だ。
温かい歌のような声。頭が茫然として気持ちが浮き立つ。
誰だと思い、必死に目を開けて見上げるといつかに見た事がある服を着た誰かだった。
目に細く柔らかい指が当てられ、されるがままに目を閉じる。
「あの方が来るまで……」
その言葉を聞きながらまた眠りに落ちた。
次、目を覚ますと目の前に水月と火光がいた。
隣には火音が仕事をしている。
「あ、起きた?」
「おはよ〜」
「……また!」
月火が顔を跳ね上げると三人が目を丸くした。
火音は月火の手を引くと自分の膝に寝転がらせる。
「まともに寝てないだろ」
「今寝ました」
「足りてない」
「そんなことはないです」
これを真顔で言われるのだから困る。
火音には眠気が伝わってくるのだ。
おかげでどれだけ寝ても眠い。
月火の眠気だと分かったのは最近だが、眠気が付きまとうようになったのは水哉が亡くなる前からだ。
絶対に無理をしている。
「そんなことより」
「何」
「……睨まないで下さい」
正直、火音に睨まれたら怖い。
月火が起き上がると火音は不貞腐れたような顔になった。
月火は気にせずメモ帳を出すとあの人が着ていた服を描く。
「これ、この服どこかで……」
「……さぁ?」
火音も覚えていない。
月火は水月と火光にも見せる。
「……代継だっけ、継代だっけ、月火の前世の妹が着てたやつじゃないの」
「代継ですね」
確かに言われてみればそうだ。
真っ白な腕より長い袖に大きなフード、金の刺繍が入っており顔は見えない五サイズぐらい間違えたのではと思うほど大きなローブ。
現代に似合わない異世界のような服装。
「あぁ……」
「なんかなってたけど」
「なんかって何?」
火音の曖昧な言葉に水月が眉を寄せると月火が仕事を始めながら説明し始めた。
「……胡散臭い奴だね」
「事実ですよ?」
「いや信用してないわけじゃないけど。もし僕らが知らない暒夏側なら気を付けないと。それか新しい敵側とか」
「……警戒しておきます」
後で監視カメラの確認をしておこう。
どうせ今日一日の確認もしなければならないのでそのついでに。
四人が黙って仕事をしていると玄智から連絡が来た。
「……あ、明後日退院できるらしいです」
「誰?」
「玄智さん」
傷口がえぐられて特に重傷だったのが玄智なので皆が安堵する。
既に炎夏と結月と凪担には知らせたようだ。
「……僕のところ連絡くるかな」
「来ないと思います。火光先生と火音先生にも伝えといて、と」
「僕は?」
「ほとんど関係ないでしょう……」
何故二人揃って嫉妬を丸出しにするのか。
月火が呆れながら了解と返すとまた仕事を始めた。
その数日後、月火が退院して見学の玄智とともに話しながら一年生の訓練相手になっていると八条と火音がやってきた。
「月火、あれ誰? 最近よく見るけど……」
「火音先生のお師匠様」
月火がふざけながら谷影の長巻を掴み、腹を蹴り飛ばすと玄智はそれと同時に叫んだ。
「火音先生って孤高の一匹狼じゃなかったの!?」
「懐かしい呼び名持ってきますね。孤高ですけど結構集まってたりしますよ」
月火はしゃがむと地面にピラミッド型の図を書いた。
上から海麗、二番目に火音、三番目に月火、四番目に火光と水月。四番より上はほぼ一緒にいるので孤高ではあるかもしれないが一匹狼ではない。
火音は案外寂しがり屋だ。
月火が玄智としゃがんでそう言っていると火音が上にのしかかってきた。
「なんですか」
「八条さんが話があるって」
「分かりました」
月火は火音の手を借りて立ち上がるとバレないようにピラミッドを足で消した。
「ちょっと俺の体質について話しとこうと思って。火音は知ってるから。教えてないのに」
「学園一の情報通と一緒にいますから」
「誰ですかそれ」
月火が火音を見上げると眉を上げ、顔を逸らされた。
月火は情報通などではない。
ただ、上から全てを把握しているだけだ。
月火は玄智を待たせると三人で人気のない木のそばに行った。
海麗はいつも通りサングラスだ。
「俺が義足だってことは分かってるよね」
「はい」
「これね、妖心術の類なんだよ」
「え?」
物を形にする妖心術、紫月の神通力のようなものだろうか。
神通力と妖心術は違うのでよく分からない。
月火が首を傾げると海麗は右足の裾を引っ張って足首を見せた。
鳥籠のような鉄の板の格子で作られ、中は空洞だ。
「生まれつきね。ほら、開発部に赤城っているでしょ? 先輩だから作ってもらったんだよ」
「あの人……凄いですよねぇ……」
「分かる? 初めて共感された」
月火の最近は付けていないが、夏休み前までは妖力が不安定だったので赤城兄が作った吸収具を付けていた。
あれは便利だ。
「……え、妖心術なんじゃ?」
「あ、違う違う。義足は妖心術じゃないよ。うーん……なんて言えば……」
「義足本体は赤城の開発だけど、本体は八条さんの術で自在に動くようになってる。八条さんは身に付いてるものなら自由自在ってこと」
それは便利だ。
火音の説明によると八条の妖力は少し特殊で、体の一部や身に触れて一定時間経ったものには妖力が宿り、自在に動かせるようになるらしい。
「火音さんの天敵じゃないですか」
火音は人が触れた後の妖力を拒絶するはずだ。
月火が破顔すると火音は顔を緩く振った。
海麗は説明を受けていないのか首を傾げる。
「八条さんの場合は離れた瞬間に妖力が全部吸収される」
なので火音は八条の義足には触れられない。が、八条が一ミリでも離れた瞬間に妖力が八条の体に帰るのでその義足は誰も触れていない、妖力の篭っていない物になる。
「もちろん他人が触った後なら無理だけど」
「つまり八条さんの物に誰も触らなければ火音さんとの相性は……?……へぇ……。その一定時間というのは?」
「さぁね」
物の大きさや密度、温度や場所、その時の気分にもよるのかもしれないがなんせバラバラなのだ。
同じ本でも、持った瞬間に染まる時もあれば読み終わっても染まらなかった時がある。
「……火音さん、ちょっと」
月火と火音は八条を放置して木の裏に回り、月火のあくまでの予測を火音に伝えた。
八条の妖力は物を染めやすいのかもしれない。
火音の体質は透明で染められやすい。八条の体質は色があって染めやすい。
火音は形はあれど透明で、月火が色を付けている状態だ。
易々と染められる八条にいつ染め替えられてもおかしくない。
八条は触れないと染められない。
学生の頃は火音が触れるのを嫌がったため染まっていなかったのかもしれないが、月火の色は少し強い氷麗の色に負けるほど弱い色だ。
八条がすぐに染めれても納得はいく。
「別に火音さんがいいなら大丈夫ですけど、私もそういう知識はあるので」
「変なこと考えるな。変わったらまた染めてもらうから」
火音が月火の頬を包むと月火は薄く微笑んだ。
ふと視線を感じ、見上げると炎夏と海麗が枝にしゃがんでスマホを構えていた。
炎夏は気付くと器用に枝と倉庫を使って校内の窓に飛び込んだ。
「あの子運動神経いいねー?」
「何やってるんですか」
「弟子の成長記録を撮ってる……かな!」
本当に十三年間で人が変わってしまったのだろうか。
十三年前までは火音が誰と関わろうと我関せずだったはずだ。
海麗は飛び降りたかと思えば枝に足を掛け、真っ逆さまになってぶら下がった。
「……本当に火音さんの師匠ですか?」
「違うかもしれない……」
「十三年間、病院に監禁状態だったんだよ? 外に出れたのなんていつぶりかな。出れても屋上か中庭だったし。外の庭はねー、芝生だから駄目だって言われてた。中庭はレンガで整備されてたね。でも人が多すぎて嫌だったからさ」
「傷口に触りますよ」
海麗は一回転しながら飛び降りると少し胸を押えた。
火音が心配する前にケロッとする。
「ちょっとテンションが上がってるだけだよ」
「ならいいんですけど」
火音も表情が増えたものだ。
十三年前、海麗が倒れた時に焦った表情を見た事があるがそれ以降のお見舞いもそれ以前の訓練も笑いも泣きも嫌がりもしなかったのに。
やはり婚約者の影響が大きいのだろうか。
火光の愚痴によれば毎晩密談をしていたらしいのでそこで仏頂面が取れたのかもしれない。
「……二人っていつから付き合ってたの?」
「付き合ってはなかったです。段階飛ばして婚約だったので」
「うっそ……!? あの火音が……!? 月火って何者……?」
どの火音だ。
火音が呆れ混じりの目で海麗を睨んでいると海麗はにこりと笑った。
「話すようになったのも高等部になってからですし。婚約したのが……一年半後?」
「二年の夏だったからな」
「じゃあそれも含めて火音の色々と変わった身の回りの事情を教えてもらおうかな」
海麗のサングラスの奥から初めて見えた赤く鋭い目に刺されたまま二人は頷いた。




