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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
114/201

13.「頑張れ、月火」

幸陽(こうよう)、月火ですが」

「どうぞ」




 緊急会議が行われた二日後、一命を取り留めた幸陽が目覚めたと聞いて駆け付けたのが今。



 月火が顔を出すと中には水明もいた。


 軽く会釈をすると場所を譲ってくれる。



「お久しぶりです月火様」

「……お久しぶりです。……すみません、私の人選ミスでこんなことに」

「未来なんて誰にも予想出来ませんから。両親も月火様に非はないと言っています」




 一応、治療費は月火が自腹で負担している。

 せめてもの償いだが暒夏と幸陽をくっ付けたのは月火だ。金程度で償い切れるとは思っていない。



「暒夏さんは……向こう……に行ったん、ですよね……」

「これ以上一般人の幸陽に迷惑をかけるのは妖輩者側としても望ましくありません。幸陽がいいのであれば婚約破棄をした後にこちらで匿うことも出来ます。匿う場合は不自由ない生活を約束します」



 月火がそう言うと幸陽は膝を抱え、腕に顔を埋めた。





 初めて会った時、月火を介さずとも優しく明るく楽しい人で、謙虚で一般人の幸陽にも平等に接してくれる常識のある人だと思って婚約を決めた。

 それがまさか犯罪者になってしまうとは。




「……私は暒夏さんが好きでした。……月火様を一番に思っていて、私はその次でもいいと思っていたけど……」



 頭に触れた小さな手の方を見上げれば、月火が悲痛な表情で自責の念を持ちながら幸陽を見下ろしていた。



 温かく、いじめられていた幸陽を助けてくれた時と同じ優しい目だ。



「……別れます。別れて、月火様の役に立てるなら…………!」

「賢明な判断だと思いますよ」

「……水明さんにも良くしてもらったのにすみません」

「いえ、我々も幸陽さんと敵対する気はありませんでしたから」


 その優しい笑顔に幸陽が涙を流すと月火が抱き締めてくれた。





 婚約破棄に関しては水明が手続きをしてくれるそうなので月火は身を引く。

 次は美虹(みれい)のお見舞いだ。


 連日続けて行っているので最近は鬱陶しく思われていないか不安だが、いつも通り菓子折りと花束を持って病室に行く。




 比較的軽傷で、昨日のうちに集合部屋に移ったらしい。



 月火が中に入り、声を掛けようとすると看護婦に肩を叩かれた。



「今、男の子が入ってるんです」

「白髪の子ですか」

「そうそう。青い目の」


 炎夏が来たようだ。



 仲睦まじいカップルの邪魔をする気はないので月火が病室の外で待ち、凪担(なぎにな)に連絡すると先に準備運動を始めて月火が来るまでは永遠に走っておくと言われた。




 この後は中高大総合の妖輩訓練がある。


 玄智は治療中で、今は凪担と結月に指揮を任せている。



 火光は教師側の強化中、火音は学園に所属していない妖輩者の強化を、水月は上層部で引っ張りだこになっているようだ。


 生徒は月火に任された。



 初等部は羽賀姉弟が炎夏とともにやってくれるらしいので丸投げだ。

 いつになっても子供には慣れない。




 月火が片手でパソコンを持って仕事をしていると炎夏が出てきた。



「……なんでいんの」

「お見舞いです。邪魔したら悪いと思って。さすがにしつこいですかね」

「いや、そんなことはないと思う。大喜びで写真撮ってたし」


 窓がない廊下側なので映えないと嘆いていたが綺麗だと笑っていた。




 少し安心した月火が声をかけて中に入ると美虹が笑って手を振った。



「昨日ぶりです」

「何度もすみません」

「いえいえ! 私のために時間を割いてくれてありがとうございます。治療費まで負担してもらってその上両親にまで……」



 これでも月火が出来る最低限だ。


 本当は現金だけではなく、菓子折りなどもつけた方がいいのだろうが母の方にアレルギーがあるらしいので諦めた。


 社員の娘が稜稀のせいでこんな目にあったのだ。

 相応の配慮はしたい。



「本当にありがとうございます」

「当然の事ですから。……あまり長居して傷に触ると大変なのでこれで失礼しますね」

「何から何までありがとうございました」





 月火は軽く腰を折ってから次は集中治療室にいる玄智のところに向かった。



 集中治療室でも面会は出来るのでこちらも毎日行っている。



 月火が看護婦に声を掛けてから中に入ると玄智が手を振った。


「おっは〜」

「おはようございます。体調はどうですか」

「明日には普通の病室に移れるんだって。傷の痛みも引いてきたよ」

「よかった」



 月火が花瓶の花を替えてからお菓子を棚に置くと玄智が目を輝かせた後、合掌した。



「そうだ。今度、澪菜にお菓子作ってあげてくれない? かなり凹んでるみたいだから……」

「今晩にでも持って行っておきます」


 玄智はその早さに苦笑しながらお礼を言った。



 月火が無意識に小さな溜め息を吐くと玄智は眉尻を下げる。


「……月火、無理してない?」

「大丈夫です」

「僕より月火の方が心配。水月さんとか先生とかでもカバーしきれてないんでしょ」

「大丈夫ですよ。当主ですから」


 いくら当主と言えど疲れないわけではない。




 祖父は意識不明の重体、母の裏切り、休む暇なく舞い込んでくる仕事、事情も知らず指される後ろ指。



 自分と同い歳とは思えないほど立派で、同じ当主としてはとても頼りになるがその分無理も多いだろう。



 玄智は月火の冷え切った、微かに震えている手を握った。


 温かさが吸い込まれていく。



「火音先生にでも、結月でもいいじゃん。ちょっとは愚痴ってストレス発散してね。僕も早く治って手伝うからさ」

「……はい」

「頑張れ、月火」




 俯いた月火が頷いていると炎夏が扉を開けた。

 二人がそちらを見ると静かに閉められる。



「炎夏!? いっ……!」

「大丈夫ですか」

「大声出すとちょっとね……」


 月火が傷口を押さえる玄智を支えると玄智は浅く早い呼吸で痛みを抑えた。


 入ってきた炎夏は玄智の頭を雑に撫でる。



「何すんのさ」

「座ったら余計に小さいと思って。月火に抜かされたんだろ」

「ひどーい!」


 身長は玄智も気にしているのだ。



 月火は高等部に入った途端、平均身長になってしまったし最近はそれを超えたと言う。

 玄智は百五十弱程度なのでまだ追いつけない。



「これでも伸びてるんだよー?」


 玄智が棚の一番上を開けて鏡を見ながら髪を整えていると炎夏は少し安心したように微笑んだ。


「顔面野郎め」

「あ、このお菓子ちょうだい」

「やだー! ごめんって!」

「叫ぶと傷に触りますよ」


 月火が落ち着かせていると炎夏は小さく笑った。



 月火と炎夏と入れ替わりで結月もやってきて、二人はそそくさと退出する。



「さてと、やりますか」

「月火、水哉様は?」

「容態は安定しないみたいです。……もう歳ですしいつ山が来てもおかしくない、と」


 月火がそう言うと炎夏は暗い顔をした。




 月火は頭を殴ると怒鳴って追いかけて来る炎夏とともに校庭に降りる。




 校庭に行くと、妙に人数が少なかった。

 氷麗と洋樹(ようき)以外の女子がいない。


 結月は玄智のところとして、大学部には二人いるはずだ。

 大学部の男は月火を見るや駆け寄ってくる。


 どうやら状況を理解していないらしい。

 馬鹿が。




「おーい口に出てんぞ」

「あ、失礼」


 炎夏に横腹をつつかれた月火は小さく咳払いをすると駆け寄ってきた大学生を無視して朝礼台に置かれた棒を持った。

 炎夏には木刀を渡す。




「集合!」


 中等部五人、高等部一年三人、二年二人、三年三人プラス一人、大学部四人、サボり魔七人。

 まぁこちらが動いたのについてこなかったのは向こうなのでこちらに非はない。

 死んだとして弔うだけ無駄だ。怪異になったらその時に祓ってやればいい。



「……凪担さん、中等部の様子はどうでしたか」

「体力があんまりないみたいでかなり差があったよ」

「成長期前の子が多いからだろ。三年いないし。俺が別でやっとく」


 頼りになる。




 月火は中等部を炎夏に引き渡すと残った高等部八人を見た。



「……名前は?」

戯画(きが)です」


 唯一分からなかった高等部二年の名前を聞いてからそれぞれの名前を確認した。


 谷影(たにかげ)、洋樹、桃倉(ももくら)、氷麗、戯画、凪担、今やってきた結月。




「よし、じゃあ妖心術、武器、騙し討ちでもなんでもありで私対七人です。どこからでも掛かってきなさい」


 月火が背を向けて歩きながらそう言うと真っ先に凪担と結月が全く違う方向から襲ってきた。



 左右全く違う方向の受け身を取るにはかなり隙だらけになるのでその間に何かをやろうとしたのだろう。

 だがそれはあくまでも全身で両方の受身を取った時。


 左右で別の動きをしながら流せば問題ない。




「まぁ取る意味もないんですけど」


 月火が殴りかかってきた凪担の腕と、蹴ろうとしてきた結月の足を掴んで凪担の脇腹を蹴り、その勢いで一回転して結月の足を払うと二人とも攻撃姿勢から受け身を取った。




「今ぐらいでいちいち受身を取っていては永遠に受け側ですよ。……ねぇ谷影さん?」


 月火が死角から棒を振るってきた谷影の棒を素手でキャッチし、振り返ると谷影はへの字口のまま頷いた。



「素直ですねぇ」

「あ、やってるやってる」



 その声に月火が見下ろすと海麗(かいり)が歩いてきた。


 ジャージにいつものサングラスで緩く手を振る。


「こんにちは」

「こんにちは。……初めましての子が多いね。まぁいいや。月火、怪我を治せるって本当?」




 一人でトントン拍子のまま会話を進める海麗に突然話を振られた月火は戸惑いながらも頷いた。



 このトントン拍子の話し方にはなかなか慣れない。

 いつ話を振られるのか分からないので身構えてしまうのだ。



「僕の治してほしいんだけど」

「無理です。無理やり治したら麻痺します」

「その麻痺を治したら?」

「激痛です」



 経験した火音によれば内蔵をえぐられる方がマシらしい。

 その激痛を治したら神経が壊死し、それすら治そうとすればたぶん妖力に負けて患部が大変なことになるだろう。



 そうなるまで試したことはないが白葉が言うのだからたぶん本当。



「……こわ」

「怖いならおとなしくしといて下さい」

「見学はいい?」

「見学と口出しだけなら」


 ついでに口出しの許可も貰えた。

 ラッキー。




 海麗は少し離れたところで一対七の対戦を見て感心する。


 月火は言わずもがな、凪担と言う少年は入って半年と聞いたが火音の型が染み付いているし結月と言う女子も柔軟性を活かして有り得ない角度から技を仕掛けている。



 それと谷影少年も見事に長巻を使いこなしているし洋樹少女も底なしの妖力量、桃倉も一発一発が見て分かるほどに重たい。



 だがやはり一番はそれをまとめて受けてもひょうひょうとしている月火か。

 一度も反撃はしていないが全ての技を流し、相手にも自分にも負荷がないよう気を付けている。


 それに伴い相手も学習し、先ほどの技の欠点を補っている。

 さすが火音と火光の生徒。




 海麗が感心していると大学生達がやってきた。


「なぁ、あんた誰?」

「君らはやらないの?」

「月火ちゃん見に来ただけだしなー。それに俺ら一級だし? そこらの凡人とはわけが違うっていうかー」




 馬鹿と話すのは時間の無駄なので無視して歩き出すと肩を掴まれた。



「無視すんなよ」

「触んな」

「あーあ、お前火音と同類? あいつも顔と権力で生きてきたのに火神じゃなかったんだろ? おまけに月火ちゃんに手出すとかマジありえねー」


 火神ではなかったとはどういうことだ。




 海麗が眉を寄せたまま歩き出すと後ろから大学生が飛ばされてきた。


 振り返ると火音が大学生を全員蹴り飛ばして、頬に飛んだ血を拭っている。



「火音、教師になってからはおとなしくなったって聞いたけど」

「聞いただけで事実はこうですから」


 少し暗い顔をしている火音は前に倒れた大学生を踏んで越えると月火の方に近付いた。


 火音に気付いた月火は一旦勝負を止めると火音の方に向かう。




「どうしましたか」



 火音から告げられたその言葉に儚い希望が崩れ落ち、必死に保っていたテンションがどん底に突き落とされた。




 俯き、歯を食いしばる。


「……分かりました」

「水月と火光は一緒にいるけど」

「一緒に……行ってください……」

「うん」




 火光は月火とともに歩き、水哉の病室に向かった。

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