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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
113/201

12.一度の経験は無限の知識にも勝る。

「かあ……さま……?」


 特級怪異の上に乗った珀藍(はくあ)と暒夏の隣に現れた着物姿の女性。


 月火とよく似た容姿に上質な血塗れた着物。


 珍しく髪は下ろされており、その目は冷たく月火を見下ろしている。


「二人とも、戻りましょう」

「はーい」

「じゃあね、皆。……あ、大切な人の確認ぐらいはしときなよ」


 暒夏のその言葉と同時に、三人と乗っていた特級怪異は姿を消した。



 校庭にうじゃうじゃと湧いた怪異は月火の無意識の妖神術によって瞬く間に祓われ、辺りは静まり返った。


 上から水月と火光が飛び降りてくる。


「当主、指示を」

「……月火」


 火光が鋭い声で呼んだ時、澪菜の叫ぶような声が聞こえてきた。


「月火ちゃん! 兄様が! 助けて!」






 澪菜に連れられ玄智の寮に戻ると寮の中で玄智が倒れていた。

 澪菜が止血だけやったようで、胸からの出血は止まっている。


 炎夏が玄智に駆け寄り、駆けつけた医療係によって担架に乗せられた。




 それを見た瞬間、何かが切れた。

 切れて、落ちて、崩れ、なくなった。



「水月、上層部長に連絡を。緊急会議を行います。水神は当主を水明に変えなさい。澪菜を玄智が回復するまで一時的な当主に指名します。補佐は炎夏でいいでしょう。炎夏、幸陽(こうよう)美虹(みれい)の安否確認を。水虎は水哉の確認を」

「はい」


 全員の返事の後、月火は寮を出ると五階の医療棟に火音と海麗(かいり)とともに向かう。

 最近、裏の病院と繋がって妖輩専属病院も合併されたので知衣も仕事がしやすくなったと喜んでいた。




 病棟に入り、中にいた綾奈に声をかける。


「綾奈、重症患者が数名運ばれてくる可能性があります。準備を」

「はい」



 手当は綾奈に任せておけば大丈夫だ。

 次は双葉姉妹の立場を移動させて会議を行う。


 その前に全員の安否を確認か。




 月火が頭痛を堪えながら下に戻ると水月がやってきた。


「水神と火神の当主変更は終わりました。幸陽は頭部と胸部に重傷、美虹は腹部に重傷でしたが意識があり自分で友人を頼って手当をしていたようです。医療の友人にも確認が取れました。水哉に関しては連絡が取れないので娘天兄弟を向かわせています」

「……分かりました」


 水哉に関しては犯人と一緒に暮らしていたのだ。

 連絡が取れないなら二つの最悪の可能性を覚悟しなければ。




 月火が少し目を伏せると今度は火光がやってきた。


「当主、双葉が揃いました」

「すぐに向かいます」



 月火が会議室に向かえば会議室内は大混乱を起こしていた。



 静かに座っている双葉姉妹と混乱中の教師。それを沈めようとする立派な補佐コース生たち。



「何故教員がいるのですか」

「聞きつけてきたのでしょう」

「邪魔です」


 せめているなら静かに黙って座っておけ。

 騒ぎ立てて変な噂が立っては元も子もない。


 月火がそう言うと火光は教師を追い払い、水月が補佐を務める。



「火音、月火の婚約者なら水月の手腕を見といた方がいい」


 八条(はちじょう)にそう言われた火音は小さく頷くと扉付近に立って神々当主に注目した。



 月火は窓から怒鳴ってくる谷影を睨む。


「黙れ。文句を言うならお前が解決しろ。無理ならでしゃばってくるな」

「いいさ、俺がやってやる!」

「なら二十五日までに事の当事者三名を私の目の前に連れてこい」


 月火がそう言うと谷影兄弟は意気込みながら離れていった。


 何日に死ぬか賭けでもしたら盛り上がりそうだ。



 火音に睨まれた月火は思考を入れ替えると会議を始めた。


「只今より緊急会議を始めます。まず、先ほど起こったことに関して連絡はいっていますか」


 全員が頷いたのを確認し、月火は情報整理を始める。



 現在分かっている関係者は水神暒夏、犬鳴珀藍、神々稜稀。

 加えて怪異の血を入れられた者は火神時空(ときあ)、犬鳴一菜(かずな)離窮(りきゅう)友雅(ゆうが)

 離窮に関してはたぶん相手側だろう。時空も潜入としてこちらに来ていた可能性が高い。


 一菜は珀藍に逆らえない様子だったので無理やり入れられたか、妖力がなかったので自ら入れたか不明だ。



 人体実験なのでもしかすると行方不明者や新たに血を入れられた者が出てくる可能性が高い。

 その場合は情報を聞き出さなければ。



「それから……」

「月火様、水神の資料を」

「あぁ」


 月火は水虎から資料を受け取ると紙をまとめて持ち、勢いよくめくり始めた。

 明らかに一般人では見えないが、月火はめくられた途中に手を入れると見事にその資料を当てる。


「……動き始めたのは一昨年の秋頃ですね。出現した怪異を捕獲して使っている可能性が高いです」

「それは誰かの妖心術ですか」

「誰かを捕える妖心術を持っているのは私が知る限りでは水神炎夏一人だけです」


 月火の知る限り。それは資料を全て覚えている月火にとって、資料そのものだ。

 月火が知らないなら資料も知らない。


 麗凪の問いに返された月火の答えによって、扉付近に立っていた炎夏に注目が集まった。

 炎夏は平然とした様子で首を横に振る。


 やましいことがなければ焦る必要はない。


「何も知りません」

「去年の秋以降、貧血になりませんでしたか」

「うーん……」


 残念ながらあまり覚えていない。


 炎夏が悩んでいると美虹(みれい)がやってきた。

 まだ傷は塞がっていないはずだ。痛みもあるだろう。


 月火が水月に指示を出して座らせると少し息を吐いた。



「あの、炎夏様は去年の年始に倒れられたんです。低血糖か貧血か分かりませんがそれから時々ふらついていて」

「ふらついてるっけ」

「ついてます」


 何故自分の事なのに分かっていないのだ。



 月火は呆れるとホワイトボードに書き出した。


 炎夏の血で妖心術がコピーされた可能性がある、と。


「コピー?」

「一菜は元々妖力を持っていません。炎夏さんの血が入ったとて受け入れる一方でしょう」


 となれば一菜は敵側の可能性が高い。


 連絡が取れるのは時空だけか。


「今のところはこれしか分かりませんね」

「ひとまずは生徒の教育が最優先だ。二十五日に備える必要がある」


 麗蘭の言葉に月火は頷くとペンを置いた。



 月火が机に手を突いて考えていると八条が小さく挙手をした。


「ちょっといい?」

「なんですか?」

「話戻るけどさ。炎夏君? の妖心術はどんな感じなの?」


 妖心術というより今回は妖心だ。


 炎夏の場合、七体が他人の一体とカウントされるので二体出せば十四体となる。

 炎夏が一番早くに覚えた九九は七の段だ。


「つまり妖心で陣を組めば見付けた特級も七体までは確実に使えるってことね」

「七体までじゃなくても無限に取り込めますよ。妖力があればの話ですけど」


 誰だこれは。


 炎夏が火音に説明を求めると驚いている水虎に聞けと言われたので説明を聞く。



 水虎と炎夏が後ろを向いて何かを話している間、海麗は少し考える。


「……つまり稜稀を叩けば問題は解決するわけか。その二人は妖力も体術も下の下なんでしょ?」

「その稜稀を叩けたらいいんですけど」


 稜稀は妖心術抜きにしても体術は群を抜いている。

 それプラス頭の良い暒夏と後ろに回って操れる珀藍、怪異を自由自在に出来る一菜、もし時空が向こう側なら姿を転々とされるので面倒だ。


 時空に関しては火音が抑えられるし離窮はたぶん最弱なので問題はないかもしれない。



 稜稀の妖力を全て一菜に回したとして、月火が妖心術ありで敵うとは思えない。

 十二月後半なら、ギリギリ海麗が回復した頃なのでもしかしたら相手に出来るかもしれないが十四の頃から動けていないとなれば実力が分からない。


 下手に希望にすがって妖輩界を揺らす気はないので月火が死ぬ気で這い上がった方が現実的か。



「……大丈夫なの? 親でしょ」

「犯罪者なので。親と思いません」

「強いねぇ。お兄ちゃん達のことも考えてあげなよ」

「……善処します」


 そんなことよりも今は目の前の問題だ。


 水月と火光に重荷は背負わせたくない。

 月火か、八条がなんとも思わないなら八条がやった方があとが楽だ。


「僕らは……と言うか御三家は全員、情を持ちすぎないよう育てられてるから大丈夫だよ。そもそも親として過ごした時間が少ないからね」


 ほとんど神々当主と次期当主の補佐としての時間だったので犯罪者となった以上、ケジメは付ける。

 水月も火光も優先すべきは現当主でたった一人の妹である月火だ。


「御三家って冷たい人多いよね。……僕も変わらないか」

「そんなことはどうでもいい。月火、決まった?」

「ある程度」


 まずは麗蘭の言っている通り学生の教育と重軽傷者の回復を最優先。

 同時並行で三人の消息について調査、見つけ次第、封を行う。


 新たに動きがあればその都度動き、定期的な会議を開き、生徒たちには噂を流して警戒させるが公には発表せず無駄な不安は煽らない。


 保護者には伝えて家に帰らせる、帰りたいと言うならその通りに。

 ただし近場に妖輩者を置いて警戒させる。


 それより後は向こうの動きを見ながら後々の会議で決めなければ、今は情報が少なすぎて下手な動きは出来ない。



「……大丈夫そうですか」


 月火が火音の方を見ると火音は少し視線を逸らした後、口を開いた。


「今までの被害者は間接的に関わりのあるものだ。そこの防衛はどうする?」

「今、被害に遭ったのは三人と不明が一人。被害に遭う可能性は既に遭った物も含めて十五人。関係のあるものの無差別で今回は初回として強い関係を持つ者たちが狙われたのなら人数は跳ね上がります」


 月火の中では最低限の捨て駒は必要だと思っている。


 重傷者は麻痺にさえ耐えれば神通力でも治せる。

 死者を出さないための案。


「監禁?」

「入ってこられたら全滅ですよ」

「サラッと怖いこと言うようになったね……」


 海麗は無表情の火音を覗き込むと口で弧を描いた。



 常に笑っているのは海麗の特徴だ。


 どんなに冷静でも笑い続ける。それだけの強さと余裕があるから。



「……私の妖心を小さく細かくして一人ずつに付けます。瀕死を報せるには十分でしょう」

「あぁ、それはいいな」

「そんなに出来るの?」

「月火は妖心を最低限でも三体は出せますから」


 海麗は目を丸くすると月火を見た。

 途端に机の向かいに白と黒の狐が出てくる。


「白狐と黒狐だ」

「火音と同じネーミングセンスなんだ」

「え、そうなの? センスないね」

「自虐ネタですか」


 月火は雑談を始めようとする三人を黙らせると集中して黒葉と白葉を小さく細かく、それぞれ七体ずつに分けた。


「一体足りなくない」

「私は妖心がいるので」


 八条が指さして火音を見ると火音は首を緩く振った。


 月火は金色の九尾を出す。


「……黒葉、白葉」

『これ、どういう状態?』

『気持ち悪いわ。自分の顔がいっぱい』


 本体らしき二体が他の二体の顔を蹴っていると、さすが分身。お互い蹴り合いを始めたので引き剥がす。


『なんなのよこれ! 嫌!』

『むぅ……』


 黒葉が威嚇し合い、白葉本体が黒葉本体の後ろに隠れると月火は呆れて溜め息を吐いた。


 二体の首根っこを掴んで机の外に放り投げるといつもの成人女性ではなく、六歳か七歳ほどの幼い子供の姿に変わった。

 狐姿だと月火と火音しか意思疎通が出来ないので人間の方がいい。


「ちっさ」

「妖力が足りませんねぇ。まぁいいです。二人とも、説明するので黙って聞きなさい」


 そう言うと二人は唇を結んで頷いた。


 麗蘭より幼いのに麗蘭よりしっかりしている。



 月火が先ほどから今の今まであったことを説明すると二人は小さく頷いた。


「で、貴方たちの分身には関係者に一人一体ずつ付けます。白葉は火音さんに、黒葉は炎夏さんに付きなさい」

「俺か」

「なんで俺?」

「二人して同じこと言わないで下さい」


 火音と炎夏が同時に疑問を口にしたので黙らせ、とりあえず水月、火光、水明、水虎、澪菜、美虹にランダムで黒葉分身と白葉分身を投げた。


 澪菜に玄智の文を渡し、結月と凪担には月火が渡すことにした。幸陽は病院に搬送されたので近いうちに話に行かなければ。



 狐に戻った九尾達はそれぞれの仮主の元に行くと差し出された手に乗った。


「……麗蘭、しばらくは働いてもらいますよ」

「問題ない。千年以上やってきたことだ」

「頼もしい」


 一度の経験は無限の知識にも勝る。

 それが千年も続けばどうだ。



 月火は資料を手早くまとめると水月に渡して残りの黒葉を二体と白葉一体を掴み、三体を見た。


「……白葉、個々とは繋がってるんですね?」

『えぇ。主様も、火音は分からないけど……感覚さえ分かれば出来るはずよ』

「まぁどれだけ離れていても会話は出来ますから。頼みましたよ」

『えぇ』


 火音に乗った白葉が小さく頷くと月火は少し感覚を探る。


「あ分かった」


 月火より先に火音が出来てしまった。

 さすが全てを感覚でやる男。


「月火もネーミングセンスないよな。……その持ち方どうにかしてやれ」

「そんなことはないでしょう」


 月火は海麗にジェスチャーで両手を出させるとそこに狐を三体置いた。


「じゃあ解散!」

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