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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
110/201

9.と、言うことで。

 今朝、最近の日課と化している澪菜の寮へ、何気なしに訪れるとこめかみに大きなガーゼを貼った澪菜が出てきた。


 玄智を見上げ、大粒の涙を流す。



「澪菜!? どうしたのその傷!?」


 先日二級に上がり、確かに任務量は増えたが最近は夏休み休暇を満喫していたはずだ。


 澪菜は玄智に抱き着くと嗚咽を殺して玄智を抱き締める。




 とりあえず寮前だと目立つので中に入り、話を聞いた。



 昨日、荷物が足りない事に気付いて屋敷に取りに帰った。

 しかし澪菜の部屋のいくつかの私物がなくなっており、まさかと思って両親の家に行くと運悪く湖彗(こすい)が出てきた。


 両親や智明(ちあき)だと迎えてくれて隠しながら部屋に向かわせてくれるのだが、智里や湖彗、祖父だと蹴られたり殴られたりする。



 寝不足で気が立っていた湖彗は澪菜を見るやいなやインターホンのある階段上の扉から澪菜を蹴り飛ばし、受身は取ったものの高さで感覚が狂ってこめかみに怪我をしてしまった。


 おまけに智明に生ゴミや沸かし途中のお湯をかけられ、火傷はしなかったもののこんな有様になってしまった。




「なっ……なんで言ってくれなかったの!? 僕でも月火でも行ったのに!」

「ごめんなさい……昨日は水月さんと用事だって張り切ってたから……」

「謝らないで。澪菜が悪いわけじゃない」



 玄智は澪菜の頭を撫でるとハッとして乱雑に置かれた鞄を漁った。




 不思議そうに首を傾げている澪菜に真っ白な箱を見せる。


 しかしさすが火光と甘党代表者を争うほど甘党の澪菜。

 箱だけですぐに分かった。


「ケーキ! 四号ってことは……一人で食べていいの!?」

「僕にも一口ちょうだいね!?」



 何度も頷いた澪菜と机を挟んで向かい合い、箱からケーキを出した。


「チョコレートケーキ!?」

「ザッハトルテだよ。チョコレートケーキにチョコレートが挟んであってチョコレートでコーティングされてチョコクリームが乗ってるの」

「チョコレート!」


 澪菜は目を輝かせるとフォークを持って大きく合掌し、元気な声でいただきますと言ってケーキの生クリームが乗ったところをすくった。


 差し出された玄智はそれを食べ、今度作り方を聞くと決めた。




 澪菜はものの二十分か、二十分もかかっていないほどでそれを食べ終わった。


「ごちそうさまでした!」

「美味しかったねぇ」

「月火ちゃんにお礼言っとく!」


 そうだ、それを忘れていた。



 玄智が合点すると澪菜も合点して首を傾げた。


「澪菜って波の訓練受けてるでしょ?」

「波? プールの? うん」

「結月に教えてあげてほしいんだって。荷物は取れなかったんでしょ? 今度取ってくるからその間にでも」






 と、言うことで。


「ずいぶん変わりましたねぇ」


 何気に元火神家、今は隆宗の姓で朗氏(ほがらし)だった気がする。

 朗氏家に来たのは初めてだ。



 火神屋敷の純和風建築とは打って変わり、現代風なモダンな家となっている。


「お、お願いね……」

「……まぁなるようになれですよ」




 正直、御三家から零落した朗氏家には前ほど月火の権力は通用しない。



 多少は押さえつけられるが前のように立場移動を命じたり内側に口出しをするのは無理だ。


 ちなみに先々代当主の緋火(あかび)と元妻の和桜(なぎさ)は離婚した。

 火音の一件で冷え切っていた仲が悪い意味で話すことが多くなり、緋火がどうだと言わんばかりに押し付けてきた署名捺印済の離婚届を和桜はその日のうちに役所に出したらしい。




 それを聞いた火光は笑い転げ、火音はさすが神々派の娘と関心していた。



 和桜は神々派閥のそこそこいい所の出の一人娘だ。

 両親は既にいなかったが従兄が地位を引き継いでいたはず。



 火神と神々を取り持つために嫁入りしたが、こんなことになっては溜まったものではないだろう。




 月火が賢明な判断だと思いながらインターホンを押すとまた湖彗が出てきた。

 目の下は真っ黒で顔色も悪く、頬骨がはっきりと分かるほどやつれている。


「げっ……か……」

「お邪魔しますよ〜」


 月火が湖彗を壁に蹴りつけ、土足のまま中に入ると智里と緋火が出てきた。


「ふ、不法侵入よ……!」

「餓鬼のために父親見つけてやったんだから文句言うな」

「よくも火音をそそのかしてくれたな、この女狐が!」


 緋火の言葉に階段を上がっていた月火が足を止めた。



 玄智は顔を引きつらせ、掠れた薄い小声で月火の名を呼ぶ。




 静かな怒りで冷気を放った月火は振り返ると玄智に澪菜の荷物を取ってくるよう言い付けた。



 月火は智里を湖彗の方に突き飛ばすと緋火の胸ぐらを掴む。


「目先の欲に眩んで誘拐したのはお前だろ。何がそそのかしただ? 言われてまずい事実を作った次号児と。自分の罪を他人になすりつけんな」


 月火が緋火を壁に追い詰めると緋火は腰を抜かして座り込んだ。


 顔面横の壁を蹴る。



「お前は犯罪者だろ? 他人にもの言える立場か? シワのない脳みそ回転させて考えろ」


 そう言って離れると赤子の泣き声が聞こえてきた。

 家中に響き渡り、頭が痛くなってくる。



 何故子供の泣き声が嫌いなのだろうか。

 大抵は二度三度もあれば慣れるものなのだがこれはいつになっても慣れない。



 月火が顔をしかめて餓鬼のいる方に足を向けた時、頭にダンボールを乗せた玄智が降りてきた。

 よく見てみれば乗せているようで数センチ浮いている。二時間かけてやったヘアセットだ。崩れたら発狂するだろう。



「お待たせしました」

「それだけですか?」

「うん。後はいらないらしいから」


 両手サイズのダンボール二つだけだ。




 玄智は月火に荷物を任せると赤ちゃんのいる部屋を探し始めた。


 この家も間取りを把握出来ていたわけではなかったが今日で出来た。



 赤ちゃんは火里と隆宗によって必死にあやされているが二人が慌てているだけで全く泣き止んでいない。


 玄智は呆れると呆然としている隆宗から赤ちゃんを取り上げ、抱っこして揺すり落ち着かせた。



 これでも五つ下の泣き虫妹を持っている兄だ。

 子供のあやし方は覚えている。


「……月火、ビニール袋鳴らして」


 そう言われた月火は無言でキッチンからビニール袋を拝借してガシャガシャと鳴らした。



 次第にぐずりが収まり、すやすやと眠り始める。


「さすが女子」

「喧嘩売ってる?」

「売ってあげましょうか」

「買わないよ」





 荷物を持って電車で学園に帰り、玄智は澪菜の寮に置きに行き、月火は澪菜本人と結月がいるはずのプールに入った。



 プールサイドは水浸しなので一瞬躊躇ったが、そう言えば掃除用のビニールシューズカバーがあると思い、それをはめる。

 これをはめるなら靴を脱いだ意味がなかった。




「調子はどうですか」


 月火が上がってきた澪菜に声をかけると向かいにいた結月から返答が来た。


「絶好調だよ! 波って面白いね!」

「意欲的ですねぇ」



 月火が頷いていると火音がやってきた。

 水浸しなのを見てから靴下を脱いで入ってくる。


「おかえり」

「ただいま。何故火音さんが?」

「入ってくの見つけたから。激怒してたけどどうした?」

「色々あったんです」



 月火が脳内であったことのダイジェストを流すと火音は真顔のまま静かに頷いた。


 女子二人は首を傾げているがこれに関しては知らなくてもいい。




「……なんの練習?」

「今日は離岸流の対処法!……です」

「成長しましたねぇ」


 月火が澪菜を撫でると澪菜は嬉しそうに笑った。



 前の走って火音に飛び付いていた姿が嘘のようだ。

 一ヶ月ちょっとの教育だったが初めに叩き潰したおかげでおとなしく全てを取り込んでくれた。


「じゃあ続きをお願いしますね」

「はい!」

「お願いします!」


 澪菜と結月はゴーグルを付けてプールに飛び込むとまた練習を始めた。



 傍では水しぶきでずぶ濡れになるので二階の観客席に座って二人で見学する。



 今日、火音は部活の自主練を見ていただけなのでいてもいなくても自由だ。月火がいるなら月火といる方が全面的に得なのでこちらにいる。




「……そう言えば来週末に緋紗寧(ひさね)が来るらしい」

「そうなんですか?」


 緋紗寧は火音の実兄だ。

 春の怪異暴走以来音沙汰なかったがどうしたのだろうか。



「ただの様子見」

「火音さんのメンタル的には大丈夫そうですか?」

「誰だこいつ精神で接したら大丈夫ってことが分かった」

「だ……え……?」



 意味が分からず、戸惑った声を出す。

 火音の思考も誰だこいつ精神としかないので本当に分からない。



 月火が戸惑いながらも少し安心していると優しく抱き着かれた。


「なんかあった時は頼んだ」

「頼まれた」



 月火も火音を放置する気はない。


 思考的に連絡は取り合っている可能性が高いので不安はないがメール上と面と向かって話すのはまた別の感覚なので心配は拭えない。




 月火が火音の背をさすると少し体の力を抜いた。


 火音もまだ不安なのだろう。

 それを大丈夫だと言い聞かせ、会うことを了承した。


「……落ち着きましたか」

「ちょっと」

「ちょっと?」

「ちょっと」



 ちょっと何なのだ。


 月火が眉を寄せると火音は立ち上がって体を伸ばした。


「暑い……」

「この季節ですからね」

「今年の帰省はいつから?」

「まだ未定です」



 まだ七月後半だ。

 いつも行く三日、四日前に決めるのでこんなに早く決まっているはずがない。



 月火が首を横に振った時、水月から電話がかかってきた。


『もしもし月火?……火光五月蝿い』

『だって嫌なんだもん!』

「なんですかいきなり」



 いつもより真剣な声の水月と火光の怒声が聞こえ、話が進まない。


『だから今から聞くから……』

『それは月火の話でしょ!? 僕は関係ないじゃん!』

『関係なくはないでしょ! 兄弟だよ!? おに……』

「五月蝿い! 用件があるなら早く言え!」



 月火が怒鳴ると水月と火光が黙った。

 黙る暇があるなら早く言ってほしいのだが。



 月火は通話を切ると溜め息を吐いた。


 火音に頭を撫でられ、ちょっと落ち着く。

 最近は妙に苛立ちやすくなっている。何故だろうか。




 月火が火音に腕を回すと少し驚いた火音は月火を少し強めに抱き締めた。


 火音が月火に抱き着いたり膝に座らせることはよくあるが月火から来たのは初めてかもしれない。

 どうしたのだろうか。



 火音が背をさすってやると月火が長く息を吐いた。


「どうしたのでしょう」

「無理が集ったとか」

「体調は崩しますけど……苛立つことはなかったです」


 稜稀が口を出さないと断言したことで気に緩みが出たのかもしれない。

 元々気が強く、喧嘩っ早い性格なのを隠してきたので、周囲が見境なく土足で入り込んできても黙って許していた。


 心が広いわけではなく我慢強いだけだ。




「無理しすぎないように」

「助けて下さいね」

「助けられろよ」



 月火は小さく笑うと水月からの連絡を見た。



 眉を寄せ、珍しくすぐに返している。

 覗き込むと知らない名前が目に付いた。二人ともカタカナで表記している。


「ハヤジ?」

「いとこです。……養子ですけどね」

「男?」

「女です」


 神々(みわ)快弐(はやじ)。今年、二十三歳になるはず、もうなったのだろうか。

 水月の一つ下の年だ。




 火光は快弐よりも伯父を嫌っている。

 実子には優しい人だが養子や血の繋がらない子には遠回しに嫌味や実子との差を突き付けてくるので嫌なのだろう。


 自分の子供が養子だと言うことを忘れない方がいい。




「……今年は危ないか」

成人の皆さん、おめでとうございます。

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