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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
109/201

8.「人生字を識るが憂患の始め」

「……なるほどね?」


 火音から稜稀の本音を聞いた水月と火光は膝を抱えて納得した。



 確かに月火がこんな性格になったのは稜稀の厳しい教育のせいだ。

 謝りたいと言ってもおかしくない。



「……二人は何を困ってたの?」

「何に謝るのか……」

「母さんの後悔だよ。聞くだけ聞いてあげて?」


 理由はないので言われるだけ言われてこいと言われ、部屋を追い出された月火は重い足を進めた。




「月火に無視されたことなんてあったかなぁ」

「水月大泣きしてたじゃん」


 火光に呆れた目を向けられた水月は記憶を掘り返す。


 月火に無視されたならかなりショックを受けたはずだ。

 どこかに記憶の欠片が転がっていると思うがどこか。




 水月が悩んでいると火光に溜め息を吐かれた。


「まさかあれを忘れるとはね」

「えぇ!?」

「もういいよ。どうせ思い出せないでしょ」


 水月は兄妹の中で一番記憶力が悪い。

 繰り返し唱えて覚えるしか方法がないので、たった一日の、それも十歳の頃のことなど覚えていないだろう。




 火光が背を叩くと水月は口を尖らせ、不満そうな顔をした。

 何も言い返してこないので今も思い出そうとしているのだろうが絶対無理だ。



「酷い……」

「事実だし。……やっぱ泣き顔が似合うよ」

「馬鹿にしてる? 喧嘩は買うよ?」

「粉砕骨折はしたくない」


 火光がそっぽ向いて全く興味を示さない火音の後ろに隠れると火音が火光を見下ろした。




 水月と火光が軽口を叩き、火音が月火の思考を読もうとしていると本人が帰ってきた。



 少し目が潤み、目元に力が入っている。

 やはり神々は涙脆いのだろうか。



 そんなことを考えると月火は一度瞬き、いつもの無表情に戻った。



「月火、何話したの?」

「えぇと……火音さんに聞いたのと同じ説明です。それともう口出しはしない、と……」


 よくわかっていなさそうな月火を見上げ、水月は苦笑した。



 虐待された子が虐待を当たり前と思っているのと同じだろう。

 月火の場合は虐待ではないが厳しすぎる教育に疑問を感じていない。同類だ。



「……まぁ母さんが改心してないなら火音は確実に正座だね」

「そのくらいの区別はついてるけどな」

「上手いこと猫かぶるよねぇ」



 稜稀が苛立っている時は触らぬ神に祟りなし精神で、上機嫌な時には酒を交わし、普段は付かず離れずの関係。

 一番人に好かれるタイプだが、ストレスが大きく頼れる人が極端に少ない。



 火音の場合は先入観と噂の一人歩きのせいでギャップを感じられぬよう取り繕っている。

 月火は他人に対してギャップや意外な一面を見たとして驚くが表には出さず、口にも出さないので火音もさらけ出しやすいのだろう。


 月火に対してまで取り繕っているなら確実にストレスで胃に穴が開き、三十までに過労死する。




 火光はしみじみ思うと火音の肩を軽く叩いた。


「早死しないでね」

「は?」

「何言ってんの火光」

「変なものでも食べました?」


 三人から総攻撃を受けた火光は不貞腐れた顔をして膝を抱えた。

 水月を睨むと眉を寄せて訝しまれる。




 その場に沈黙が流れていると水月に連絡が来た。


「……母さん帰るって。満足したみたい」

「そうなんですか?」

「月火の体調も悪いみたいだし……さ、火光行くよ」

「僕もぉ!?」


 水月に手を引かれた火光はぼやきながらもおとなしくついて行った。




 火音は月火を横抱きにするとベッドに寝転がせる。


「抱っこする必要ありましたか」

「やりたかったから。軽いな」

「どうも」





 稜稀が来た数日後、今日は海に行く日だ。

 娘天兄の朝飛(あさと)の運転で向かう。



 車移動に関して、火音は嫌そうな思考だけ浮かんだが普通に了承していた。

 酔い止めを飲めばなんとかなるらしい。


 月火は全身に日焼け止めを塗ったが私服を脱ぐつもりはないのでほぼ無駄だったと思いながら景色を眺める。

 いつの頃か任務で来た海だ。



 月火が眺めていると凪担(なぎにな)がこちらを向いた。


 この車には朝飛、水月、火光、凪担、月火、火音が乗り、娘天弟の沙紗(ささ)の運転する車には炎夏、結月、玄智が乗っている。



 朝飛は大型車免許を持っており、月火もバスを借りることは可能なのでバスで行けばいいと言ったが火光に散財癖を自覚しろと言われたので諦めた。


 散財ではなく必要出費だが、後で炎夏から言われたのは「沙紗がついていく口実」だったらしい。

 ついてくる口実を作ったのはいいが別の車になった。



 水月が火光と月火と一緒に乗るとごね、火光が凪担を心配し、火音が月火の救いを求めたのでこう別れた。

 月火はなるがままだ。




「着きましたよ」

「ねむーい……」

「溺れないでよ」


 水月はあくびをしながら車を降りた。

 火光に背中を叩かれ、意識を確かにする。



 月火が沙紗組と合流して浜辺に行くと浜辺は数人ほど人はいたが十人もいない穴場だった。


「じゃあ荷物置こうか」

「どこに?」

「別荘。……あ、言い忘れてたけど泊まりだよ」


 してやったりとでも言うような笑顔で振り返った水月に腹が立ち、背中を蹴り飛ばした。

 どうやら月火以外全員知っていたらしい。


 月火が知ると確実に反対するのでそれを懸念したのだろう。



 月火が溜め息を吐くと凪担と玄智に手を引かれて中に入った。

 中には整ったキッチンやリビング、ダイニング、シャワールームが二室とトイレ、小部屋が五室。



「部屋数足りなくない……?」


 凪担の小さな呟きに水月は指を立てた。


「娘天兄弟は帰るから大丈夫だよ。二人は一人部屋ね」

「火音さんと凪担さんで決定ですね」

「ぼ、僕ですか……?」

「あのハイテンションについていけるなら二人部屋でもいいですよ?」


 玄智に振り回されながらも大喜びしている炎夏と結月を指すと凪担はゆっくりと首を横に振った。




 元々落ち着いた性格なのでハイテンションすぎると疲れるようだ。

 玄智もそれなりに配慮しているようだがまだ足りない。


 どんなに振り回されても楽しそうには楽しそうなので問題はないだろう。

 疲れると言うだけだ。



「まぁ一泊だけなら……」

「二泊ね」

「……水月さんちょっと」


 真顔になった月火は水月を引きずって個室に入って行った。

 静まり返った中、水月の叫び声が聞こえてきて凪担が肩を震わせる。



「な、何が……」

「人生字を識るは憂患の始め」

「じっ……え?」


 炎夏の言葉に凪担が首を傾げると火光が後ろから顔を出した。


「知らない方が身のためって事だよ。よく知ってるね」

「……なんで知ってんだろ」

「勉強したからでしょ」



 玄智に頬をつつかれた炎夏が嫌がっていると月火と水月が出てきた。


 火光は水月を慰め、月火は皆と部屋場所を決め始めた。



 部屋の場所が決まったあと、皆で浜辺に出た。

 ちなみに結月と凪担以外は全員、全身ラッシュガードだ。

 それとジャージカップルが一組。


「あれ〜、水着は?」

「嫌です」

「撮る意味ないじゃん。いやあるけど」

「意味が無いなら撮らないで下さい」



 水月への誕生日プレゼントは月火の撮影許可。

 海に来たのは火音の我儘だと言う建前で連れてこられた。


 ちなみに火音は嫌々だが、月火の浜辺姿と聞いて食い付いた。本人が行くと言ったことだ。




 水月は月火の周りをぐるぐると周り、目を見つめる。


「……撮る意味ないなら誕プレ別でいいよね?」

「最低」

「月火が悪いんだよ〜?」

「なんかカップルみたいになってますけど水月さん。貴方の妹ですよね」


 月火に絡む水月に手刀を落とした火光が冷ややかな声でそう言うと水月は膨れっ面になった。




 そもそも、月火は結月に押されてビキニを買ったが手術跡が異常に多いのでたとえ水着を着るとしてもビキニを着る気は無い。

 着るとしてもラッシュガード必須だ。


 月火が拒否し続けていると水月が火音を見上げた。


「……フィアンセの水着姿見たくない?」

「水月ってセクハラにならないの?」

「ならないね」


 なんせこの顔だ。

 だいたいこういう事を言えば顔で流されてくれるので逆に喜ばれる。

 と言うより流される子にしか言わない。



「最低だ」

「あはは」


 目が据わったまま笑っていると結月が飛んできた。

 結月は手術跡はおろか、傷もほとんどないのでオフショルダーの水着だ。


 髪に合わせて淡いワインレッド色の生地に白のフリルが使われている。



「月火ちゃん! 着替えるよ!」

「嫌です」

「えぇ? せっかく買ったのに」

「かなり痛々しいので」


 月火が腹を押さえると結月は指を鳴らし、月火は抗う暇なく連れて行かれた。





 火光に最低だのゲスだの罵詈雑言を言われている水月はスマホを準備する。


「なんでそんなに月火の写真撮りたがるのさ。来年撮れるじゃん」

「今の月火は今しか撮れないよ?」

「……水月」


 両肩に手を置かれた水月が首を傾げると火光の拳骨が降ってきた。

 あまりの痛さに頭を抱え、絶句する。



「な……」

「月火を可愛がるのはいいけどメンヘラにならないで? 正直かなり気持ち悪い」

「……すみません」

「僕にはいいけど月火が思春期女子だってこと忘れるなよ」



 水月が何度も頷いていると髪を結い上げ、ビキニに水色のラッシュガードを着た月火が結月に引っ張られて出てきた。

 珍しく素足で、と言うか素足を見たのは初めてだ。



 かなり恥ずかしそうに俯いて玄智と炎夏のところに連れて行かれる。


「かわい〜! やっぱりスタイルいいね」

「恥ずかしいのですが……」

「いいじゃん。ほら」



 炎夏に後ろを指さされ、振り返ると頭を押さえている水月と火光と火音が月火を見つめて何かを話していた。

 火音から伝わってくるのは可愛いや綺麗と言った余計に羞恥心を掻き立てられるようなものばかり。



 月火が顔と首を真っ赤にして俯いていると炎夏と玄智にからかうような視線を向けられた。



「なんですか……」

「なぁんにも」

「泳ごう!」

「おー!」


 凪担が見当たらないと思い、浜辺を見回していると崖のそばで砂浜をいじっていた。


 もしかすると今まで飛び回っていたせいで海に入る機会がなかったのかもしれない。




 月火が結月に引っ張られながら凪担に気をやっていると大人陣が見に行ってくれた。


「月火ちゃん! 沖まで泳ごう!」

「うぇ!?」


 結月に引っ張られて水に入った月火は、手を引かれてそのまま泳ぎ出した。



 泳いで戻ってきた月火は水に濡れて目にかかった前髪をかきあげた。

 結月が少し遅れて戻ってくる。


「やっぱり波があると違うね」

「プールに流れはありませんからね」



 ちなみに学園の温水プール、波付きだ。

 スイッチの切り替えで様々な波の形が作れて、救出や海底にいる怪異を祓う時に困らないようになっている。



 初等部五、六年でやるので結月は知らなかったらしい。

 いつも電気のスイッチの隣に変なスイッチがあるのは知っていたが触らぬ神に祟りなし精神で何もいじらなかったようだ。

 それが正しい。


「ふーん……じゃあもうひと勝負!」

「えぇ!?」




 浮き輪に乗って波に揺られる玄智と炎夏、大人陣と話す凪担を横目にまた海に飛び込んだ。

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