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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
106/201

5.自重は時に自覚よりも大切な命綱になる。

「で、谷影(たにかげ)が押しかけてきたと」


 今は七月も半ばの暑くなってきた季節。

 授業後、そのまま体育館で訓練を付けていると元教師の谷影がやってきた。


 何故入れるのかと聞けば今度から復帰するらしい。



 今、谷影後輩は提出物を出しに行っており月火と火光と火音の三人だ。

 他の三年は後輩と凪担(なぎにな)を引きずって校庭を走っている。



 月火も走りから戻ってきたばかりなので火音に事情説明を聞いたばかりだ。


「兄さんの可愛い息子が悪魔にいじめられないか見張りに来たんだよ! お前ら! 手足を出してみろ、社会的に死ぬからな!」

「その前に本体殺したら問題なさそう?」

「な、脅迫だぞ! 兄さん、録音!」



 馬鹿だなと眺めていると噂の甥っ子が帰ってきた。

 二人の後ろ姿を見て鬱陶しそうな顔をしている。


「先輩に絡まないでもらえますか」

「よぉ瑛斗(あきと)! 元気にしてたか!? いじめられてないか!?」

「大きくなったなぁ!」



 谷影後輩は耳を赤くしたままジャージの前を閉めると二人を掴んで体育館の外に放り出した。


「迷惑かけないで下さい。鬱陶しい」



 そう吐き捨てた谷影後輩は扉を閉めると無表情ながら清々しそうな雰囲気をまとって戻ってきた。


「思春期だね」

「いや、あの人たち嫌いなんです。父親の金にすがって威張って問題を起こして迷惑かけるただのクズ」

「すっごい分かるよ」


 神々兄妹は真っ先に浮かんだ元家族をかき消すように何度も頷いた。



 あれは確か、新しいバイトに入ったが結局続かず辞職したはずだ。

 今頃新しい家族の世話で全員不眠だろう。いい気味だ。




 三人に共感された谷影は小さく首を傾げながらも訓練を始めた。


 もうすぐ夏休みだ。

 夏休みには月火の特別講習があるのでそれに向けて鍛えておかなければ。


 自分に合わせてやってもらえるならより高いレベルの講習を受けたい。




 谷影が嬉々として訓練をしているとふと先日の火音の話を思い出した。

 火音と月火が婚約しているという話。


 一時間素振りをしたので休憩がてらその話を聞く。





「婚約? してますよ?」


 そう言って火音とお揃いの婚約指輪がはまった左手を見せられた。


「去年の夏からですけど」

「いつから交際してたんですか?」

「付き合ってはなかったです。私の寮に居候として火音先生がいてそのまま本家で」


 まさかの零日婚約。




 谷影がタオルに顔を埋めて顔を引きつらせていると火音がやってきた。


「先生、零日って本当ですか」

「うん。付き合ってはなかった」

「居候と家主でしたし」


 月火が順に指をさすと火音が後ろから腕を回した。



 そう言えば進級当初からこの二人の距離は近かった気がする。

 手を繋いだり仲良さげに話すことがなく、常に無表情で時々笑う程度だったのでただの特級同士仲のいい友人程度の認識だったがまさか婚約しているとは。




 そう言えば一時期、月火と同い歳の姉がいる火音ファンの同級生が集まって泣いていた気がする。

 男子もそうだ。


 まさかあの頃だろうか。



「……先生が潔癖って本当ですか」

「似て非なるものですが私以外の料理は食べませんよ。水筒とかコップも他人が使ったものは洗っても使えません」

「……もしかして弁当も」


 昼の時間になると妙に機嫌が良くなるのは気のせいではなかった。

 絶対愛妻家だ。



「……あれ、同居……婚約……」

「あくまでも生徒と教師なのをお忘れなく」

「あ……はい」



 そうだ。まだ未成年と成人。



「未成年と……せい、じん……。……法的にアウトでは……?」

「親の了承があれば大丈夫ですよ。あとは付き合うだけならセーフです」

「へぇ……」


 月火と話していると法律に詳しくなりそうだ。





 谷影が休憩を終えて月火と手合わせをしていると外に走りに行っていた瀕死の一、二、三年生が帰ってきた。

 他の学年は全員いるのに対して二年は一人だけだ。氷麗(つらら)先輩。



「お疲れ様です」

「あっつ……! 水……!」


 月火はそれぞれに全く違う水筒を置くと取っかえ引っ変え自分の水筒を求める姿を見て小さく笑った。


 やはり怖い。





 回復した皆は道場に移動した。

 谷影は顔面蒼白だ。


 普通に動いていたら大丈夫だが、転ぶよりも早く動かなければならないので足の裏が燃えるかもしれない。



「そこの赤い部分はビニールなのでそこで素振りをして下さい」

「ほっ……そ……!?」

「体幹を鍛えるトレーニングですよ」


 片方に倒れたら確実に壁に頭をぶつける。

 反対に倒れたら畳でずる剥けだ。


 谷影は震える足を叱咤すると気合を入れて素振りを始めた。







 その日の夜、月火は火音をダイニングに呼んだ。


「何?」

「わ、渡しそびれてたので……」


 月火はそう言うと二個重なった箱をぎこちなく前に出した。

 もう半年も経ったので何のプレゼントとは言えない。



 月火が渡すと火音は目を瞬かせた。


「……じゃあ俺も渡す。今年は四つかなと思ってたけど」



 火音は月火をソファに座らせると紙袋を持ってきた。


「遅れたけど誕生日おめでとう」

「……なんかもう……負けた気がします」

「え?」


 せっかく月火から言い出したのにこうなったら月火の負けだ。




 月火は長い溜め息を吐くと火音にプレゼントを渡した。


「お…………おやすみなさい!」


 月火は顔を赤くしながら紙袋を持つと部屋に戻って行った。




 火音は小さく笑いながらソファに寝転がってプレゼントの包装を破く。


 あの可愛い月火を他人に晒したくはないが軟禁もしたくないので迷いどころだ。

 月火に嫌な思いはさせたくないが月火はめっぽう美人だ。虫が付かない方がおかしい。


 暒夏もなにか動いているし近頃は珀藍(はくあ)の目撃情報も出てきている。




 先日から実兄の緋紗寧(ひさね)と連絡を取っており、今は赤の他人という認識で、誰お前精神で対応したら大丈夫だということに気付いたので何かあれば頼れると思う。



 一応月火にも気を付けろとは言ってあるが本人が気を付けたとして防げているなら事件事故など起きないのでなるべく目を離さないようにしている。


 紫月(しづき)がいなくなった今、一番頼れるのは月火だ。

 月火がいなくなれば妖輩界に混乱が起こる。


 それを防ぎ、自分の幸福のためにも火音が頑張らなければ。




 二つの包装を破き、両方眺めてから大きい方を手に取り、やっぱり小さい方から開けようと持ち替えた。



 小さい方は綺麗なクリスタルガラスのコップで、側面の底の方が濃い青に、上の縁から薄水色のラメが入った線が降りている。

 ステンドグラスのようだ。




 火音はプレゼントと箱を持って机に移動するともう一つの大きい方も開けた。

 かなり大きいがなんだろうか。


 中を覗くと火音が愛用しているスニーカーの海外モデル、しかも期間限定のリメイク版だった。

 確か数量限定で送料も馬鹿にならないので諦めたのを、月火の出国前に話したのだ。


 まさかそれを覚えて買ってくれたというのか。

 神すぎる。



 サイズもちょうどいいし火音が常に明るい色を好むと知っているからこそだろう。白に赤と黒のラインが入った種類だ。


 一番人気は黒と青と金のモデルだったのでもしかするとまだ残っていたのかもしれない。



 火音が眺めているとふと違和感を覚えた。

 かかと側のデザインが違う気がする。



 首を傾げて先に箱を片付け、スマホで調べるとやはり少し違った。


 気になったので必死に調べる。


「……え、マジ?」




 可能性としては特注か今は伝説と言われた過去モデル。

 だが特注では期間が合わないし過去モデルも紐のデザインが違う。


 月火が贋物に騙されるとも思えないし何より向こうで火音が混乱しているのを笑っている。


 どういう事だ。




 どれだけ考えても分からないのでコップをキッチンに置き、靴を玄関に置いてから月火の部屋を訪ねた。


「はーい」

「答え合わせ」

「どうぞ」


 相変わらず色のない部屋に入れられ、真っ黒なベッドに座った。月火は黒いキャスター付きの椅子に座る。


 下には黒いラグが敷かれ、天井には黒いランプシェードが吊るされ、暖かいオレンジの光が部屋を照らす。




「答えは?」

「その前にお誕生日おめでとうございます。プレゼントもありがとうございます」


 火音が月火にあげたのは赤い雫型のピアスと月火が好きそうな青と銀の指輪だ。

 既にはめてくれている。




 火音はふと考え、月火の手を引いて膝に座らせた。


 月火は目を丸くして、ようやく落ち着いてきていた心臓が飛び跳ねる。



「真っ赤」

「からかわないで下さい」

「いいじゃん。可愛い」

「もう……」


 拗ねる姿も天使のようだ。




 火音は月火を抱き着くと必死で理性を押えた。

 十八になるまでは我慢すると決めている。



 月火は首を傾げているが火音も言う気はないので同じように首を傾げて笑って誤魔化した。


「で、答えは?」

「私が社長に頼んで特注で作ってもらいました」

「……普通の特注でいいだろ」

「ちょっとややこしくてですねぇ」


 月火は火音好みにカスタムしたかったので、古いモデルと最新モデルを組み合わせたデザインで頼もうと思ったのだが、古いモデルのデザインと最新モデルの形が合わなかったのだ。



 月火の独断で火音をガッカリさせたくなかったので社長に問い合せたところ、ちょうどロシアにいたので、ロシアのカフェで相談して社長直々に考案してくれることになった。


 紐も中敷も全てデザインを考えてくれて、あのデザインになったのだ。




「つまり社長が作った世界に一つだけの靴なんですよ」

「……高そ」


 もちろん払えない額ではなかった。と言うか月火の貯金からして痛い額など滅多にないのでそのまま払おうとした。が、それは止められ、今度の靴のデザインは月火が考えて、と言われた。


 つまりはお互いに靴を作りあって交換したということだ。




 月火は望んだものが手に入ったし社長は資産が増えるしでウィンウィンの取引になった。


「すげぇなぁ」

「まぁ水月兄さんの誕プレよりマシですよ。ねぇ兄さん!?」


 月火が突然扉の方を見ると奥に影が出来ていることに気付いた。




 月火が立ち上がって扉を開けると帰ったはずの水月と火光が立っている。


「何か御用でしょうか?」

「怖いよ……?」


 凄みのある笑顔で迫られた二人はすぐ後ろにあった自室に逃げ帰り、月火は棚からビニールテープを出すと扉の前十センチ程の高さに貼り付けた。



 つまずいたらラッキー、転んだら上々、ぶつかったらパーフェクトだ。


 ふんす、と鼻を鳴らした月火は扉を閉めるとベッドに座った。




 火音が膝に寝転がり、頭を撫でる。


「水月の前の誕生日も凄かったもんな。廃番になった世界最高のマウスだっけ」

「そうです。……こうなったら火光兄さんが拗ねるなぁ」


 火光の趣味は時計と映画と言っていたはずだ。


 時々、月火のアカウントにハリウッドスターからメールが来るのでその伝手でサインでも頼もうか。

 いや、好きな映画が分からないので下手なことは出来ない。


 月火は時計には詳しくないので軽く調べてまた廃番のものを掘り起こすか。



 月火が顔を押えて考えていると火音が月火の手を顔から下ろした。


 その手を仰向けになった自分の額に乗せる。



「一日中月火といるのが一番だと思うけど」

「うーん……私の抵抗感がなしよりのありというか」


 この歳になって兄に誕プレで兄妹デートは流石に嫌だ。不名誉な噂どころではない。


 いっその事、水月と三年も誘って皆で海にでも行こうか。



 月火がそう考えると火音が合掌した。


「それだ。海行こう。月火の……あ、いやこれは駄目だ」


 これを言ったら絶対変な目で見られる。

 自重は時に自覚よりも大切な命綱になる。



 火音が首を振ると月火は呆れた顔をした。

 どうやら遅かったらしい。


「……今度聞いておきます」

「うん」



 そうして二人の半年遅れた誕生日プレゼント交換は終わった。

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