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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
105/201

4.予防は大切。

 その日、学園は常日頃から騒がしいにも関わらず一層騒がしく五月蝿かった。


 今日は体育館で水月講座がある日だ。




 麗蘭や麗凪が直談判し続けてもなお確保できない人材で、最近は聖人のような微笑みの写真が裏で流通して、高身長ハイスペックイケメンをキャッチコピーにファンクラブが成長している。



 学園も上層部も喉から手が出るほどに欲している水月が無料で訓練をするとなればたとえ妖輩でなくともその顔を拝みに見に行きたくはなるだろう。

 三日間あるうちの、今日は初日。



「いやぁ人気ですねぇ」

「待って入れない……」


 月火と火光に庇われてきた水月は冷めた表情で体育館の前に群がる生徒を見下ろした。




 火光は肩を竦めると水月を呼んで道を囲む柵を飛び越えた。


「僕が教師でよかったね」


 火光は首に下がっている名札の紐から鍵を外して指にかけ、水月に見せた。



 本来なら滅多に開けない扉だが、今日のために火光が鍵を借りておいたのだ。

 晦に怪しまれたが火音を身代わりに置いてきた。




 扉を開けると水月だけを中に入れ、二人はそれぞれの持ち場に帰る。

 火光は仕事、月火は谷影(たにかげ)後輩の稽古だ。




 校庭に行くと谷影が陸上部に混じって走っていた。


「いやぁ健気、健気。純粋ですねぇ」

「何目線?」



 月火は火音に軽く手を振ると谷影に声をかけた。


 全力で三週走らせてから一週歩かせる。

 その間に棒を二本持ってきた。


「お疲れ様です。じゃあ体育館行きますよ」

「体育館ですか?」

「柔道場でもいいですけど。畳なので摩擦で血まみれになりますよ? あ、もちろん校庭でも」

「た、体育館で……」


 何をする気だ。



 谷影が少し怯えながらついて行くと月火は柵に乗って人の頭とドアの間から中に滑り込んだ。



 吃驚(びっくり)




「谷影さん、早く」

「そんな身体能力ないです」

「人の荒波に揉まれなさい」


 そんな適当な。



 谷影はなるべく端の、人の波がないところを通って中に入った。



 月火はどこからか出した飴を舐めている。


「裸足で体育館を八周。五分以内」

「あ、はい」



 何も疑問を持たず、持っても黙って言われるがまま動いてくれる。

 いい手駒だ。




 月火が無意識に黒い笑みを浮かべていると頬をつつかれた。

 見上げると片手にパソコンを持った火光がいる。


「悪い顔してたよ」

「失礼。……仕事はどうしたんですか?」

「晦の怒りが収まるまでここでやろうと思って。邪魔はしないよ」


 未だ晦を怖がっている。

 いったい何年の付き合いになるのか。




 月火は呆れるとステージに移動する火光を見送って時間を見た。

 もうすぐ五分経つが二百メートルトラックの十週目に入ろうとしている。



 無理をしている様子もなく、体力は十分なようだ。

 さすが妖輩の家系と言ったところか、呼吸の使い方や走るフォームは一般人に比べてかなり整っている。




 月火は五分になった瞬間に谷影に声をかけ、一週歩かせてから呼び戻した。

 急に止まると体に負荷がかかる。


「体力は十分ですね。あとは筋力ですが……その体型的に問題なさそうですし。まぁ見た目だけなら後でしごきます」



 月火は棒を一本持つと谷影に渡す。


「まずは扱いに慣れましょう」




 手の甲に棒を立て、バランスを取る。三十分経過。

 棒を壁に立て掛けて、斜めった棒に片手を突いて五分キープ。一時間半経過。

 棒を真下に突き立てて並べられたマットを飛び越える。三十分経過。

 二枚並べられたマットを、飛んだ状態で棒を突いて飛び越える。一時間経過。



「上出来です」

「じょ、上出来……なんですか……」

「普通は一週間かかっても出来ませんよ〜?」


 谷影は床に手を突き、月火は棒を二本手に持つ。



「あ、神々先輩! 棒って借りれますか?」

「私の私物なので大丈夫ですけど」

「い、一本借りても……」


 練習熱心なのはいいことだ。

 月火は頷くと棒を返した。



 折ってもただの棒なので問題はない。


 谷影と別れた後、外に迎えに来ていた火音とともに部屋に帰る。

 すっかり人気がなくなり、校庭も無人だった。






 翌日は体育後にそのまま体育館に残り、ファンが群がる前に扉を閉めた。

 昨日は前に寄りすぎて、そのまま閉めると確実に何人かの顔面が変形しかねなかったので無理だったのだ。

 予防は大切。



「では昨日の復習から。覚えてますか?」

「はい」


 体育で散々走らされた後なので体力作りやら準備運動はもういい。


 谷影は頷くと昨日やった事を全てやってのけた。




 思わぬ早さに呆気を取られる。


「は……早い……ですね……」

「先輩の動きが分かりやすかったのでそれを真似て」


 いや確かに分かりやすくしたが。

 したが、見て出来ました偉いでしょう、では教師の意味はない気がする。


 もしや凪担と同類か。




 谷影に呼ばれてハッとした月火はただの天才だと落ち着かせ、軽く頷いた。


「では実践です。まだ誰もいませんし広く使いましょう」

「よろしくお願いします」


 いい目だ。

 怯えず、怠けず、真っ直ぐ見据えられるその目が、復習と練習の積み重ねが必須になる妖輩には必要になってくる。




 月火は笑って頷くと谷影に型を教えた。



 月火は長物に関しては自分のオリジナルの型を作り、それを少し応用して使っているので月火も正しい型というのは知らない。

 そもそもあるかも分からない。



 ずっと日本刀に気が取られ、まさか薙刀を使うようになるとは夢にしか思わなかった。夢で見た時練習しておけばよかった。




 月火の場合、たぶん実践では使わないのでただ出来たらいいな、程度の認識だ。

 そこまで本気でやっているわけではない。が、谷影がここまでやってくれるなら月火も向かい合わなければ。




 月火が基礎を教えていると体育館の扉が開いて水月とその弟子たちが入ってきた。

 桃倉(ももくら)洋樹(ようき)が小さく手を振る。


「頑張ってんな、谷影!」

「マンツーマンなんていいわねぇ!」

「五月蝿い……」


 鬱陶しそうにするが楽しそうだ。

 普段は塩対応、転校する時になって号泣するタイプかと推測していると三年生も遅れてやってきた。




「あ、月火〜。おつカロリ〜」

「おつかれ」

「お疲れ様です」


 月火は軽く手を振ると一人真剣に型を覚えている谷影を見下ろした。


 同じポーズで固まり、どこか気は抜けていないかを確認している。




 これは成長が早そうだ。いやもう十分早いのだが。


「月火、どの辺まで使う?」

「端でいいですよ。狭くなったら道場に行くので」

「摩擦……」


 まだ怯えているらしい。



 月火は体を強ばらせた谷影の肩に手を置くと苦笑した。


「釘の中でも走れるようになりましょうね」


 谷影は息を飲み、月火に言われるがまま体育館の隅で練習を始めた。







「なぁ!? やっぱあの先輩怖いって!」


 七月に差し掛かったある日の放課後、桃倉は空の紙パックを握り潰して机を強く叩いた。


 今は昼休憩で神々先輩の話をしている最中だ。


「私は優しそうに見えたわよ? あんたが怖がってるだけじゃないの?」

「優しかったら釘の中で走れなんて言わねーだろ!」

「そのぐらい痛みに強くなれってことでしょうが!」


 普段と変わらず桃倉と洋樹が睨み合い、昼飯そっちのけで言い合いを始めた。


 二人ともパンとおにぎりだが谷影は弁当だ。

 初等部から一人寮で料理を勉強していたので家事は苦手ではない。



 喧嘩する二人を横目に仕事をしながら弁当を食べる担任に目を向けた。


「先生はどう思いますか? 神々先輩のこと」

「どういう視点で?」

「どういう……性格面とか……?」


 問いに問いで返されたので少し戸惑いながら答えると二人も口を閉じて火音を見た。



「性格面なぁ。……とにかく真面目で優しい」

「ほーらやっぱり優しいのよ! あんな聖母みたいな人が怖いわけないわ!」

「猫かぶってんだよ! 先生騙されてる!」



 桃倉にそう言われた火音は弁当を片付けると軽く首を傾げた。

 顔がいいだけあって品がある。


「洋樹の方に一票。あいつ粉砕骨折したまま戦ったことあるし」 

「ふっ……!? バケモン!」

「バケモンだけど骨折、せめて捻挫のまま走れる程度には痛みに耐性つけとけ」


 そう言うと火音は仕事を始めた。




 一気に興ざめした二人は静かに昼飯を食べ始める。


「でもめっちゃ頭いいらしいわよ。兄妹揃ってらしいけど。……谷影、あんた初等部からいたんでしょ? なんか知らないの? 武勇伝とか」

「武勇伝しか知らない」

「例えば?」



 例えば、テストは毎回一位とか

 高等部二年で大学部卒業試験を突破したとか

 最年少で一級になったとか

 最年少で特級になったとか

 史上初の全コースを突破したとか。


 それと最年少で神々当主になったとか

 十四歳で社長になったとか

 バレンタインのお菓子は毎年売り払ってるとか

 クリスマスも売り払ってるとか。



 ついでに言えば特級を一人で祓ったとか

 暴走癖のある園長を一人で牽制しているとか

 十七歳で婚約したとか

 どこの学校でも伝説になってるとか

 部活に引っ張りだこで絶対好成績を収めるとか残すとか。




「存在自体バケモンみたいな人なんだよ」

「十七歳で婚約って有り得ないでしょ。法律的にどうなんのよ」

「結婚出来んだから婚約も出来るだろ」

「相手が成人だった場合どうなんのよ」


 二人が問答を繰り返している間、谷影は無表情で仕事をしている火音を見た。




 先日、神々先輩の寮に入っていくのを見たが仲がいいのだろうか。


 中等部にも情報は回ってくるが高等部ほど知れ渡っているわけではなく、一部のファンが囁いて知らせる程度だったのでよく知らない。


「先生、どれが本当ですか?」

「全部事実」

「うっそ! 婚約も!?」


 洋樹が唖然とした様子で聞くと火音は頷いて左手を見せた。


「相手俺だから」






「ねぇ……なんか叫び声聞こえなかった……?」


 凪担の呟きに向かいで弁当を食べていた月火は首を傾げた。


 隣の席では炎夏と玄智が食べ、結月と火光は食堂に行った。


「叫び声ですか」



 確かに火音から五月蝿い鬱陶しいという思考は伝わってきたがそれだろうか。

 月火には聞こえなかった。


 月火が首を傾げると凪担はハッとして首を横に振った。


「やっぱりなんでもない!」

「それより作りたいものは決まりましたか」

「うーん……やっぱりお弁当は作れるようになりたいから卵焼きとかその辺からかな」


 今度の週末、月火の寮で凪担に料理を教える約束をしている。

 今はそのメニュー決めだ。



「卵焼き……あ、では朝から弁当を作ってその後訓練しましょうか。兄さんも空いてるって言ってましたし。任務が入らない限りは」


 最後の一文は大切。



 月火がそう言うと凪担は大きく頷いた。


 玄智と炎夏も話に乗っかって来たので結局皆の弁当を作ることになり、その日の賑やかな昼食は終わった。

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