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妖神学園  作者: 織優幸灔
三年生
102/201

1.頑張れ神絵師。

「もう疲れた〜!」



 特級怪異の暴走から夜が明け、今は電車の中だ。





 麗蘭が過去の恩を掘り返して貸切にさせろと頼んだら食い下がることなく了承してくれた。

 どうやら妖輩の大移動を見てあらかじめ準備していてくれたらしい。優しすぎる。





 玄智は足を放り出し、向かいの火光は足を踏む。


 結月は壁にもたれ掛かり、凪担(なぎにな)は火光に寄りかかっている。


 炎夏は水虎と水明と水月と座り、月火は火音と二人席で眠って肩にもたれている。

 火音も月火の方に寄り添い、仲睦まじく眠っている最中だ。



 ほとんどの生徒も眠り、起きているのは火光と玄智、水月と水明だけになっている。


「玄智は眠くないの?」

「知ってる? 生活リズムの乱れって肌荒れの原因なんだよ」

「ストレスもね」


 玄智は膨れっ面になると水月の膝に寝転がっている、というより水月によって寝転ばされた炎夏を見た。


「寝てたら可愛いのにさ」

「起きてても可愛いでしょ」

「そう?」


 火光と水明は頷き、水月と玄智は傾げる。

 可愛さはかけらもないと思うが水明は親馬鹿として、火光にはどう映っているのだろうか。

 親馬鹿らなぬ担任馬鹿か。



 玄智が足を組んで頬杖を突き、スマホをいじっていると火光の後ろにいた月火が目を覚ました。

 同時に火音も目を覚ます。


「……どの駅ですか」

「立川過ぎたあたり」


 まだ一時間程あるのか。





 月火は溜め息を吐くと肘掛に頬杖を突き、水明を眺める。


「……月火、どうしたの」

「……なんですか……?」


 水月に声をかけられて振り返った水明は少し首を傾げた。



「いや……なんでもないです」

「火音、通訳」

「いつになっても老けない」



 こう通訳はしたが事実だ。

 人によっては水虎の方が老けて見えるかもしれない。


 水虎は三十半ばで水神兄弟では末っ子だがその多忙さで疲労が見える。

 水明は水虎から仕事を引き継ぎ、弟をなんとか休ませようと炎夏と躍起になっている。



 当主が変わってまともに仕事は出来ているが暒夏が短気になったそうで、その苦労がかかっているらしい。

 いつも兄にも遠慮なしの炎夏が押さえ付けているので大事にはなっていないがこれでは婚約者の幸陽(こうよう)にまで被害が出るかもしれないと懸念していた。



 水明は四十初めだがまだ若い。

 妙に水月と似ているのでそれも相まっているのかもしれない。



 水明が居心地の悪そうに顔を逸らすのを眺めていると、火音に頬をつつかれた。



「……お腹空いた」


 小さく零せば火音も頷く。




 火音はまたあくびをすると月火の膝に寝転がった。


 月火は火音の頭に手を置き、髪を梳く。


「……仲良いですね」

「本当に。ところ構わずイチャつくし」

「火音も丸くなりましたよねぇ」


 水月と火光が頷き、玄智が寝落ちかけていると突然、数人のアラームが同時に鳴り響いた。



 もう六時半だ。

 学生は起きる時間。


「この時間になるとこうなりますよね」

「面白いね〜」



 皆が起き、苛立った様子でアラームを止めてまた眠り始めた。

 月火があくびをしていると白葉が出てきた。


 少し小さく、尾が一本しかない。


「どうしましたか」

『黒葉が邪魔で眠れないの』

「そんなに狭いんですか」

『お気に入りの場所取られたのよ!』


 二人ともお疲れのようで白葉もふらふらだ。



 何を思ったのか、小さくなると水明の膝に飛び乗る。


「白葉」

『水月は五月蝿いのよ』

「失礼でしょう」

『むぅ……』


 白葉が起き上がろうとすると水明が背を撫でた。

 その手が心地よくて月火に睨まれながらも丸くなる。


「大丈夫ですよ」

「……ありがとうございます」


 力を貸してもらったのに無理やり起こすわけにもいかず、月火が折れてお礼を言うと白葉は落ち着いて眠り始めた。




 それから五分ほどすると火音が起き上がった。


「……七時」

「体内時計神ってますね」



 月火は時間を見て驚くと立ち上がると体を伸ばした。


 全員が眠り、玄智も眠り始めた。

 月火はずっと浅い睡眠のままだったが数分の熟睡と同等の眠りは取れたので大丈夫だ。



 一番凄いのは水明。

 よくあれだけ動いて寝ずにケロッとしていられるな。弟と甥は熟睡だと言うのに、やはりこの男は尋常ではない。


「月火が言えることか?」

「言ってないので大丈夫です」

「屁理屈だろ」


 火音の突然の言葉に皆は首を傾げたが月火は屁理屈で返す。



 もうまともに頭が回っていない。

 この後に始業式があって入学式の準備をし、翌日には新入生を案内、寮を説明したり担任との顔合わせを行ったり、三年生はやることが多い。


「そう言えば今年の一年担任は?」

「俺」

「念願の担任ですか。……お祝いの言葉はいらなさそうですね」


 そんな話を聞いていなかったので少し驚いたがあまり嬉しくなさそうだ。

 去年、氷麗達の代で担任になった時はしがみついていたのに今は無表情で、どちらかと言うと面倒臭そうな顔をしている。


「男子二人と女子一人だけど一人、谷影(たにかげ)の甥っ子がいる」

「あぁん……ご自愛ください」



 谷影兄弟は去年度の新米教師としてやってきたが早々に問題を起こして辞めていった。

 弟は月火の腕を折り、兄は火音の蹴りをくらった。

 良くも悪くも印象深い。


「見た限り問題は一度も起こしてないけど」

「火音、喋りすぎ」

「喋らせろ」


 学生の個人情報は郊外御法度だ。



 火音はつまらなさそうに不貞腐れると立ち上がって凪担を起こした。


 流石野宿をしていただけある。触った瞬間すぐ起きた。


「寝かせてあげてよ」

「凪担、お前一年生側に回っとけ」

「えっと……はい!」


 どうせ聞き耳を立てていたのだろう。

 目が寝ていた目ではない。


 月火も気付いているはずだ。ずっと凪担が意識の端にあった。




 火音は頬を押えて目を覚ますと月火に髪を編んでもらった。

 鏡があれば自分で出来るが鏡なしで出来るほど器用ではないのでおとなしく頼む。


 先日と同じ、二本の細い編み込みをしてもらった。

 そのまま(うなじ)の方まで編み込む。


「火音って刈り上げ似合いそう」

「絶対嫌」

「女子の髪型で好きなのは?」

「本人に似合うもの」



 イケメンだ。

 火光が男ながら感動していると月火が鏡を見ずに左右対称で編み始めた。

 最近よくやる、頭の上から編み込んで流した後ろ髪の下でまとめている。


「髪ゴムってそんなに持ってるの?」

「使ってるゴムは二本だけです。あとはピン」


 月火がポケットから髪ゴムを出すとその髪ゴムにはアメピンが五本止められ、小さな髪ゴムも四本ほど巻き付けられていた。



 何があるか分からないので最低限は常備するようにしているのだ。


「用意周到すぎるでしょ……」

「備えあれば憂いなし」



 月火はそれをポケットに戻すと水明の膝から白葉を抱き上げて火音の膝に移した。


「妖心って寝ないんじゃなかったっけ」

「疲れたので休憩程度の認識でしょう」





 それから少しすると炎夏と結月が目を覚ました。

 アラームが鳴って玄智も起きる。


「この時間のアラームは遅くない?」

「さっき掛けといたの」



 ムスッとした表情の玄智に落ち着けという意味で、白葉を撫でている火音の写真を見せると目を輝かせて火光と凪担の間から火音を覗き込んだ。


 結月と炎夏も寄ってきて、凪担を合わせて四人で覗き始めたので火光は炎夏がいた場所に移動する。




 水虎もいつの間にか起きていたようだ。

 静かすぎて気付かなかった。



 火光が手を振ると月火にばかり気を取られていた水明が肩を震わせた。


「お、起きてたんだね……」

「白葉が来たあたりから」

「うっそ」


 全く気が付かなかった。




 水明が謝り、水虎がスマホで仕事の連絡をしていると炎夏が火光を手招きした。


 なんだと思って立ち、傍によると席を取られる。


「ちょっと」

「俺の席」

「……餓鬼が」

「火光」


 水月に睨まれた火光は口を塞ぐとおとなしく元の席に戻った。



 暇なので火光も火音を覗くと睨まれた。

 それと同時に停車した。


『奥多摩駅、奥多摩駅』





 お馴染みの終点アナウンスが流れ、ドアに近いものから順に電車を降りた。


 月火は白葉を抱き上げるとマスクを付ける火音を待って、一緒に降りる。

 バラけたら確実に囲まれる場所だ。


 が、離れなくても囲まれた。




「あれ神々月火じゃね!?」

「うっわちょー美人!」


 男や流行大好きの女子達に囲まれ、水月と火光に仕方なさそうな顔をされた。

 そんな顔をされても不可抗力なのでどうにも出来ない。



 月火が掴んでくる手を振り払っていると火音に手を掴まれた。


「笑ってるからいつまでも寄ってくるんだよ」

「外聞は大事なんですよ」

「外聞より時間を大事にしろ」


 指を絡めて手を繋ぎ、皆の元に駆け寄る。




 後ろから絶叫系アトラクション並の絶叫が聞こえてくるが無視無視。

 いちいち謝っていたらキリがない。


 月火が囲まれかけている水月と火光を呼ぶと二人は安心したように駆け寄ってきた。



「早めに帰ってきて良かった」

「走るぞ」


 後ろから月火目当ての何十人を連れて走ってきている。



 階段の中で人をかき分けて駆け上がり、たまたま見付けた晦に声をかけると美男美女は走って先に帰って行った。


 後から数十人の老若男女が追いかけていく。



「人気すぎるでしょ」

「月火だからな」


 水明のように話し掛けられても掴まれても問答無用で無視して振り払っておけばいいものを、優しすぎるから駄目なのだ。



 炎夏がそう呟くと水虎に頬をつねられた。


「炎夏はもっと優しくね」

「……いつもは優しいです」

「凪担君いじめたら駄目だよ」


 炎夏は頷くと頬をさすった。

 水虎に頭を撫でられ、少し笑っていると電話がかかってくる。



 先日、落として画面の割れたスマホを見ると月火からだった。


「どうした」

『す、水虎さんか……! 水明さんを……屋敷に……! なるはやで……!』


 荒い息の中そう言われ、水虎を見上げると炎夏を水明に任せて自分はまた駅に入って行った。



 水明は少し不安そうに何度か振り返ったが、水虎なら大丈夫と言い聞かせて炎夏と話し始めた。





 学園に着き、皆で中に入ると既に顔面偏差値高い組が始業式の準備を終わらせてくれていたようで、到着早々始業式が始まる。




 前から妖輩コース学年順、補佐コース学年順、情報、医療、教師、教員となっているが戦いに駆り出されていた妖輩は全員寝た。


 戦いに呼ばれなかった暒夏の姿は見えず、進行役の晦もあくびを噛み殺した様子で司会を務める。






 始業式が終わったら入学式準備だ。


 火光がマイクを持って入口向かいからバランスを伝え、皆で入学おめでとうの使い回し看板をステージに吊るす。



 去年、増築した時にステージも広くしたので圧倒的に看板が小さいが作り直す費用が勿体無いと麗蘭がケチったのでこうなった。


 花でなんとかバランスを誤魔化す。




 皆がぺたぺたと貼り付けて火光を見下ろすと、火光はしゃがんで半目で見上げていた。



『僕さー、こういうバランスって分からないんだよね』


 マイクの反響した声で火光の低い声が響き、脚立に乗っていた月火は脱力した。

 向かいには玄智がいる。


 二人とも脚立の一番上に立っているのでかなり怖い。

 玄智に関しては元高所恐怖症だ。




 月火が火音と代われと指示するとおとなしく代わってくれたが火音からは何をしろとと聞かれた。


 とりあえずバランスと色、左右の量を見ておけば問題ない。

 頑張れ神絵師。


『……玄智側の赤が多い。月火側は外に広がりすぎてる』


 外して色を替えた方がいいだろうか。


 月火が外側の花を取って下にいる凪担に落とすと綺麗に全てキャッチしてくれた。


『玄智側だけ替えたらいい。月火の方は十分』


 月火は脚立から飛び降りると玄智と代わってもらった。

 意思疎通が出来る二人の方が早い。



 赤が多すぎるので三個に一個の赤を取って白に貼り付ける。

 そうなると白が多すぎるらしいのでいくつかを赤に貼り直した。



 内側で会話しながら月火が付け替えていると火音の目が麻痺してきて何が正しいか分からなくなってきた。


 月火とバトンタッチして月火の的確などこの赤を白に替えろというものに従い、手早く済ませる。




「共鳴って便利だね」

「思考が伝わるのが嫌だと言ったのはどこの誰でしたっけ?」


 月火は結構根に持つ方だ。

 小さく拍手しながら近寄ってきた水月を睨むと戻ってきた火音に頭を撫でられた。


「まぁまぁ。手のひら返すのは人間の本能だから」

「フォローしきれてないよ……」

「ごめん」


 助ける気のない火音は適当に謝ると人が掃けた状態でバランスを確認した。

 もう入学おめでとうが負けているがバランスは完璧だ。


 流石月火。



 月火の後ろから首に腕を回し、抱き寄せていると今年度も嫌な声が聞こえてきた。

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