10 離婚
「母様!」
月火が切羽詰まった声でカーテンを開けるとそこには水月と点滴が繋がれた母、稜稀の姿があった。
「月火、火光も。学園はどうしたの?」
「早退してきたよ。火音があとはやってくれるって」
「何かお礼しないと」
お菓子は無理よね、と呟く稜稀の姿に少し安心する。
持病はなかったはずなので発病したのかと焦ったのだ。
もう顔色はいいし生気も戻っている。
「母様、少しやつれましたね」
「そう?」
「ダイエットじゃありませんよね。ストレス……あれですか」
「月火には敵わないわ」
痩せた手を頬に添えて困ったような笑みを浮かべると火光が出て行こうとしたので水月が慌てて止める。
こういう場合は興信所を頼った方がいい。
それでなくとも倒れた稜稀の証言があればすぐに片付く。
「浮気……なんていえばいいのかしら? 子供に聞かせたい話ではないわね」
「もともとあれの話は聞きたくないので大丈夫ですよ。どんどん話してください」
まず、今回稜稀が倒れた原因は栄養失調とストレスによるものらしい。
栄養失調になったきっかけが父の湖彗に三人から支援してもらっているお金を取られたことらしい。
毎週どこかに出かけては火光からもっと受け取れと言ってくる。
当然そんなことが出来るはずもなく、忙しい三人に迷惑をかけないように少しづつ渡しているとついには食費を含む生活費も取られるようになった。
「……そういえば前に水月の部屋に入ってたかもしれないの。はっきりとは見てないんだけど火光の部屋の奥には水月と月火の部屋しかないでしょ? 月火の部屋には鍵を付けたから……」
知らぬ間に部屋が施錠されていた。
月火がそちらに気を取られていると真っ青な顔で水月が俯いていた顔を上げる。
「月火の貯金が……。部屋にカードがあるんだけど……」
「パスワードは?」
「教えてない! でも間違えても本人証さえあればどうにかなるし……」
「月火、母さん頼んだ!」
火光は水月の手を引っ張ると近くの銀行に向かった。
通帳記入してみれば予想より大幅に減っていた。
「二千万以上あったのに……!」
「稼いでるねぇ……」
高校生で二千万など世界的に見てもすごい気がする。
しかも中二の秋に始めたばかりだ。
確かに街中に行けば月火の商品を見ない日はないが思った以上だった。
残りは四桁しかない。
「どうしよう……!?」
「静かに動いて逃げられる前に捕まえよう。まあ生きてる限りどうにでもなるよ」
火光は水月を慰めると病院に戻った。
半泣きの水月が月火に通帳を見せると月火は顔を引きつらせる。
「私の貯金だけでよかったです……。兄さんたちのと神々のは無事なんですよね……?」
「僕は大丈夫だよ。アプリで管理してるし」
「僕はどうだろ。ほとんど貯金してないけど」
「あら、そうなの?」
水月の給料はほとんど仕送りと生活費、補佐の給料は全額神々の方に入れているのだ。
「僕がいるから確認してきなよ」
月火は水月の手を引くと口座を確認しに行った。
水月は自分の通帳を見て額に青筋を浮かべる。
「神々の貯金は大丈夫でした」
「僕の全部使われてたよ。なんでかなぁ、カードは渡してないんだけど。あ~腹立つ」
とりあえず今は稜稀の回復に専念した。
翌日には病院を知衣の病院に移し、放課後には火音がやってきた。
昨日の夜中に一日分の食事は作っていたはずだが。
「足りませんでした?」
月火が率直に聞くと火音に睨まれた。
「人を食い意地張ってるみたいに言うな」
「食い意地とはかけ離れた偏食家ですよね」
拳骨を落とされた月火は頭を抱え、火光と稜稀が湖彗に関することを話した。
それを聞いた火音は壁にもたれかかり、腕を組む。
「弁護士雇って返済させたらいいでしょう。これ以上甘やかしたら神々の貯金まで使い尽くされますよ」
「弁護士かぁ……」
「借用書作るならいくらかなら貸せるけど」
火光に聞かれて月火が調べて見せると火光は眉を上げた。
「たっか」
「下手したら数百万にまで跳ね上がるぞ」
「うぇ……」
火光が水月を呼び寄せようとしていると感情を失った顔の水月が入ってきた。
ベッドに座ると上半身だけ寝転がる。
「あのくそ馬鹿……」
水月によって見せられたのは神々の通帳で、証拠のためなるべく毎日記入しようと思って今日の分を記入したら昨日の今日だ。
半額以上引き落とされている。
「なんで!? パスワードは母さんと月火しか知らないはずでしょ!? はぁ!?」
「水月、ここは病院よ」
稜稀によって口を塞がれた水月は何故火音がいるのか聞いた。
弁護士の話を聞くと手を打つ。
「そうしよう」
「水月! 軽はずみに決断しないの!」
「母様、ここは病院です」
よく似た親子だなと思いながらスマホをいじっている火光に視線を落とした。
「火光、どうした?」
「いや、湖彗から連絡が来たから」
皆でそれを覗き込めば火光に対する罵詈雑言の言葉とともに稜稀か月火を帰らせて家事をさせろと書かれていた。
火光以外の三人が火音に深々と頭を下げる。
「倍にして返すので借用書を作って貸してください」
「貸しますし倍はいりませんが条件を一つ」
その三日後、弁護士を交えて本家に帰った。
もちろん肩代わり人の火音を連れて。
あれから三日間、水月が金の使い道を探るために興信所を雇って毎日全通長に記入を続けてくれたそうなんでたとえ家族といえど盗難になり、その手口もあっさり喋った。
まず皆がよく通うATMの防犯カメラを地位と権力で買い、手元が見えるようにセッティングしたら完了。
あとはカードを盗むだけで下ろし放題だ。
使っていた先は稜稀の証言通りの不倫相手。それと月火と同い年で数人は月火と友達だった女子高校生のパパ活。
「は? 私の金を私の友人に渡したんですか? 貴方が? 持ち主でもない泥棒の貴方が?」
にわかにも信じられず、何度も聞き直してしまったがそういえば高級アクセを買ったという友人が何人かいた気がする。
月火はこの歳でこの実力なので潜入任務が多く、そこで出来た友人が多いのだ。
なので前の時も慣れていた。
しかし受け入れたのもつかの間、信じられない物を見つけた。
月火と火光が同時に手を伸ばし、弁護士は少し不思議そうに首を傾げた。
「待って……、これ、噓でしょ?」
「どうかしましたか?」
「ねぇ、これどういうこと?」
怒りを堪えた火光が一枚の写真を湖彗の前に置いた。
湖彗と湖彗に肩を抱かれた月火ほどの少女が嫌そうに顔を背けている様子を上から撮られている。
「なんで俺の元婚約者に手、出してんの?」
その少女は火光が十六まで婚約していた元恋人だった。
本当なら彼女が二十歳になった時点で結婚すると全員が了承した話だったのに湖彗の却下で結婚どころか婚約を解消する羽目になったのだ。
その理由が彼女が湖彗に口答えしたから。
ご立派な想像力で被害妄想を膨らませ、二人の仲を引き裂いた本人が何故。
あれだけ醜女だの躾が出来てないだの暴言を吐き捨てた挙句、上層部勤めだった両親を当主の許可なく解雇したくせに何故彼女に手を出したのか。
「自分が何したか分かってんの? 仮にも息子の元婚約者でお前が追い出したんだろ?」
「そ、それは……あ、あの女が自分で! 俺に言い寄ってきたんだ! だから仕方なく……!」
「手を出したんですね。たとえパパ活でも未成年と成人のそういった関係は駄目ですよ?」
月火が言質を取ると湖彗は息詰まった。
「ぶ……部外者が俺に楯突くな! 血の繋がりもないくせにたいした稼ぎもないお前が……!」
瞬間、水月が手を伸ばしたがそれを火音が止めた。
離せと言う前に湖彗の方を見るように言われ、そちらを見ると月火が机に手と膝を突き、向かいにいる湖彗の胸倉を掴んでいた。
「部外者はお前だろ。そんなに血の繋がりが大事なら今すぐ家系図持ってこい。御三家はどっかしらで繋がってんだよ。底辺の出のお前を母様のお情けで借金肩代わりしたこと忘れてんじゃねぇだろうな? 親が死んだらチャラになるわけじゃねぇぞ。働きもせずまだ学生の歳の子供に毎月養ってもらってんの忘れんなよ。お前が毎日遊び歩いた金は全額返せ。金輪際この家族に近付くな」
月火は手を離すとそのまま立ち上がった。
「それと勿論ですが母様とは離婚してもらいます。親権は母様に。どれだけ借金背負ったとしても養育費は支払ってもらいます。私の会社で貸してあげましょうか? 無限に貸してあげますよ。何人か妖輩者がいるので地獄の果てまで借金取りに来てもらえます」
妖心と言うのはあの世とこの世の境目を超えやすい。
炎夏の妖心が分かりやすいが今はどうでもいい。
「こっ、子供が親の離婚を決めるな! それにお前にだって父親は必要……」
「離婚は条件です。それに私に必要な父親は家族のために懸命に働くいい父親です。お前みたいな子供の金をせびる親、母親でもいらねぇよ」
月火が顔をしかめて舌打ちをすると湖彗は黙り込んだ。
湖彗が一番溺愛していたのは月火だ。
将来が決まっているのもあったのかもしれないが血の繋がった金も立場もある可愛い女の子。
湖彗が最も望む人材。
月火に手が伸びる前に離婚出来てよかった。
二人が離婚の話し合いをしている間、月火は写真に写っていた友達を全員ブロックしておく。
パパ活をするような人とは付き合いたくない。
それから離婚が成立し、今回のことは湖彗が全面的に悪いということで慰謝料、貯金の返済で月火の脳内計算が正しければ湖彗は一日にして九桁近くの借金をすることになった。
神々の貯金を使い果たしていなかったからいいもののあの貯金と月火の貯金を全て使い話していたら借金は末代まで残るだろう。
いや、あれに兄弟はいないのであれが末代になるだろう。
「まぁあのぐらいの額は二週間あったら稼げるんですけどね!」
浪費癖も遺伝する。




