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妖神学園  作者: 織優幸灔
一年生
1/201

1 その少女

その日の午後は一段と騒がしかった。




 普段から賑やかな妖神ようしん学園だが今日はある事件の話題で持ちきりだった。

 それは日本のトップに立つ一族である神々(みわ)の若くして当主となり、いくつもの会社をまとめ上げる月火げっかが学園の屋上から飛び降りたというのだ。



 月火の兄で伴侶のいない月火を補佐として支える水月すいげつと、まだ学園に通う年齢の月火を学園の中から教師として支える火光かこうはずっと保健室にいる。




 学園の中には腕のいい専属の医者がいるため命に別状はないようだ。



「それと九尾が守ったのもあるだろうね」



 医者の綾奈あやなは月火の脈を紙に書き込みながら水月たちにそう伝えた。


 九尾は月火の妖心ようしん

 妖心とは妖の血を引く者にのみ操れる怪異の一種で己の主を守り、その身が尽きるまで守り続ける。



 本来ならば出し入れ可能なのだが月火の場合は小柄な体に見合わないほどの妖力があり、妖力で創られた九尾を消すと体に負荷がかかってしょっちゅう気絶するので意識のある間は常に出しているのだ。


 意識がないときは制御が出来なくなるので吸収具を両腕につけて眠っている。




 九尾自身、少し臆病な性格で自身の暴走が怖いので月火に何かあったときには必ず誰かに身振り手振りで伝える。

 妖心の言葉が分かるのは基本的に主だけだがたまに話せる妖心もいる。

 それでも極わずかだ。





 三人は静かに眠る月火を見た。




 絹糸のように細く傷みを知らない黒髪は腰の高さで切り揃えられ、白い目と同じ色の長いまつ毛は上下が交わっている。

花弁のようにきめ細やかな白い肌には無数の切り傷。


 これは今日できたものではなく、職業柄仕方なく出来るものだ。




 怪異には妖心のように首輪があるものもいれば死者の魂が怨霊となる場合もある。

 これらを祓うのが妖の血を引く妖輩者ようはいしゃだ。



 そして妖輩者を育てるのがこの妖神学園。

 サポートや医者、教師などの一般人向けのコースに行く者がほとんどだが多くの人が一度は夢見る妖輩者コース。

 いわゆるエリート揃いのコースだ。


 たとえ妖輩者でも才能と妖力がなければ入学はできない。

 逆を言えばどれだけ貧しかろうとその二つが揃っていれば特待生として迎えられる。


 過去には裕福ながら特待生として入学し、無双していた人物もいるがとにかくここで重要なのは家柄よりも本人の能力だ。


 月火は妖輩者に必要なものを全て揃えた神童なので何としてでも死なせるわけにはいかない。


 水月が月火の手を握る手に少し力を入れると九尾が現れた。


 座った水月よりも大きい白い狐だ。



「月火!」

「起きた!?」


 二人の叫び声を聞いて細く目を開けると水月の白髪と火光の朱髪が見えた。

 しかし眩しさですぐに目を閉じる。


 体中が痛い。

 

「……どこですかここ」


 月火が小さなかすれた声で聞くと水月は少し安心したように眉尻を下げた。


「保健室だよ。屋上から飛び降りたって……」


 水月がそういうと月火は飛び起きた。


 綾奈が慌てて支え、九尾は月火の手の下に潜り込む。


 月火が撫でると嬉しそうに日本の尻尾を振った。


 真の姿は九尾なのだがそれだとかなり目立つのだ。

 一本の方がいいのだが美容オタクによれば二本の方がバランスが良いらしい。


「あの子どうなりましたか!? 私と飛び降りた子!」


 月火が綾奈を見上げると綾奈は小さく頷いた。


「大丈夫。後遺症も残らないよ」


 月火が安心して寝転がろうとすると壁に頭をぶつけ、起き上がると九尾とぶつかった。


「痛い……」

「いつも通りで安心したよ」


 月火は所々抜けているところがあるのだ。


 たしかに頭脳明晰だが少々危なっかしいところがあるのでいつもハラハラする。


 ちなみに先日は子供の風船が木に引っかかっていたので取ってあげていたが降りるときに落ちて九尾の上に落ちていた。


 よく落ちる人だ。


 月火が九尾の頭を撫でていると保健室の扉が開いて幼馴染で同じクラスの玄智げんち炎夏えんかが入ってきた。


「月火! 屋上から落ちたって聞いたけど大丈夫?」

「どうやったら屋上から落ちんだよ」


 小さな身長の玄智は亜麻色の髪をさらりと揺らし、薄水色の髪の炎夏は月火を呆れた目で見た。


 月火は眉を寄せると勘違いしている二人に訂正した。


「自分で飛び降りたんです」

「そっちの方が心配なんですけど!?」

「相変わらず突拍子もないことを……」


 月火は自殺を迫られている子を助けただけだ。

 いじめのせいで自殺者が出てしまえば学園の評価が下がってしまう。


 皆の憧れとなる妖神学園に汚点を付けるわけにはいかない。


 月火がそういうと皆に怪訝そうな目で見られた。


「良心で助けたんじゃないの?」


 火光が聞けば月火は不思議そうな顔で首を傾げた。


「何故無関係の人を助けるのですか?」

「妖輩者にあるまじき発言だね」


 苦笑いを零した水月は月火の頭を撫でた。

 九尾も頭を押し付けてくるので頭を撫でる。


 すると音もなく玄智の叔父である火音ひおとが入ってきた。

 火光とよく似た容姿で赤髪に紫の目をしている。


 火光は今は神々だがずっと幼いころは火神ひがみだったのだ。

 出生届を出されず、放置されていた火光を火音が水月に預け、神々の実子として迎えられた。


 それでも火音は火光を可愛がっているのだ。

 常に無表情というが仏頂面だが。


 ちなみに伴侶のいない月火に婿入りする可能性が最も高いのも火音だ。

 年齢的にも立場的にも一番適役なのだ。


 何度もお見合いしているが二人とものらりくらりとかわしている。


 そんな火音がなんの用か。


「どうしたの火音」

「火光、午後の授業サボったろ」

「月火が心配だったんだよ」

「俺が掛け持ちしたんだぞ?」


 火光も火音も数学教員なので火音が両クラスを担当したらしい。


 二人とも二十一歳と二十二歳だが高校を飛び級して大学を飛び級して教員免許を取ったのでこの若さで教師になっている。


 ちなみに火音は妖輩の科目も担当している。

 これはここの高校の卒業時点で試験を受けて受かったら持てるそうだ。


 妖神学園は幼稚部から大学部まで揃っているので英才教育の飛び級制度がある。


 ちなみに月火は幼稚部にいる六歳で中等部の卒業試験を突破したらしい。

 あまり覚えていないが小学三年生の時に計算式を出されたら普通に解けた。


 今は大学部の卒業試験の申請をしている最中だ。


「ごめんね」


 火光が少し凹んだように笑えば火音は仕方なさそうに口角を下げた。


 すると保健室の扉がまた開いた。


 今度は国語教師の(つごもり)が顔を出す。


「水神君と火神君いる?」

「何ですか?」

「前のテストの成績が悪かったから補習だって言ったでしょ」


 晦は月火に軽く会釈をすると嫌がる二人を引きずって保健室を出て行った。


 入れ替わりで三毛猫が入ってくる。

 ただの猫ではない。尾が二本ある猫又だ。


 その猫が月火の膝の上に乗ると同時に予想通りの顔が見えた。


「失礼しま〜す」


 深い青の髪を肩の高さで切り揃えた男は濃い桃色の目を細めながら中に入ってきた。

 火音はあからさまに嫌悪感を示す。


「月火ちゃん、大丈夫?」

「はい。お久しぶりです暒夏(せいか)さん」

「久しぶり〜。全然会えなくて寂しかったよ〜」


 暒夏は炎夏の兄で今は大学一年生として通っている。

 同じ妖神学園の生徒なら校舎は自由に出入り可能だ。


 暒夏は水月達とは反対の椅子に座ると猫又を抱き上げた。


「遠慮の欠片もねぇな」


 火音が鼻で笑うと暒夏は額に青筋を浮かべた。


 火音は月火の伴侶相手に最も有力な候補だがそれに興味はない。


 暒夏はその逆で月火を心から切望しているにも関わらず自分の水神(みずかみ)家次期当主という立場と火音という存在がいることによって候補からはかなり遠いのだ。


 先日、大々的に次期当主の座は炎夏に譲ると発表したのだが親が火音がいる限り無理だと拒否しているので対立している状態だ。


 ちなみに火音は長男だが姉の夫が既に家督を継いでいるので出来損ないと言われてるが裏切ったのは親の方だ。

 それを火音が言えば元々あまり良くなかった火神の評判は仕事の質と相まってガタ落ちしている。


「何故いるのですか? 弟を連れて出て行けばいいでしょう」

「お前が月火連れて出て行けよ。たいした怪我じゃねぇだろ」

「月火ちゃんに無理させようとしないで下さい!」

「火光を引き離そうとすんな!」


 二人が威嚇し合っていると呆れた水月と火光が二人を連れて出て行った。


 猫又は静かにそれを追いかける。


「賑やかね」

「面白い人達ですよね」


 月火は綾奈と顔を見合わせて小さく笑うと暇そうに毛ずくろいしている九尾にブラシをかけてやった。


 暒夏と火音が一戦交えたことを知ったのは保健室生活が終わって少ししてからだった。

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