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13月  作者:
2/7

4の月



サツキさんとの出会いを夢と片付けてしまうには、あまりにも現実味を帯びすぎていた。当時5歳の私は、もう一度あの男の子に会えるのではないかと、毎夜必死で起きていようと頑張っていた。けれど、たった5歳の子どもが夜中の12時まで起きていられるなんてこと、そう簡単にできることではない。


それに、13月の間、毎日サツキさんが私の元に現れるわけではない。私が願っても願ってもサツキさんは現れなかった日もあったし、私が待ちきれなくて眠りこけた日に限ってサツキさんが姿を現す日もあった。そういう日は、眠る私を見て、サツキさんも一緒に眠っていた、らしい。

証拠はある。サツキさんが訪れた日は、私の机の上に書き置きを残していくれていたから。


『シィ、おなかをだして ねたら かぜをひくよ』とか、

『シィが よだれ たらしたままだったので ぬぐっておきました』だとか。


まあ、そういう訳で、小さいころはすれ違いも多かった。でも私はサツキさんの存在を疑った日などただの1日もなかった。私の中で、サツキさんの存在は日に日に大きくなっていく。

言葉を交わすことができて嬉しい。頭を撫でてくれて落ち着く。一人っ子の私にとって、正真正銘、兄のような人。

気づけば、会いたいとそう思うようになっていた。本当は毎日会いたい。けれど、それは叶わない。

13月が終わると、サツキさんとは会えなくなった。2月、3月、新しい年度を迎えても。どんなに待ってもサツキさんは13月以外の月には現れなかった。それを2回繰り返して、幼い私もようやく悟った。サツキさんと会えるのは、13月の間だけなのだと。それでも良かった。会えるなら何でも良かった。

幼い私の心の中、サツキさんの存在は一番大きかったのだ。

大好きだったのだ。



***




壁の掛け時計がぴったり12時を指す頃。

今年も窓の外から除夜の鐘が新年を祝って響き渡っている。でも、私の中では新年じゃない。

13月になる。

「13月」は彼の命名だ。サツキさんが幾度目かで私の元に訪れたとき、そう言い始めた。『シィと会うのは、僕の中では13月なんだ』って。それの意味するところは、私には分からない。でもサツキさんがそう言うならそうなのだと、おバカで単純な私は簡単に受け入れた。

一年巡って12月が終わる大晦日を越して、また私とサツキさんの逢瀬は始まるのだ。


自分の勉強机で頬杖をついて、若干襲いかかりつつある眠気を逃していると、「シィ」と、後ろからそっと、私を呼ぶ声が聞こえた。振り向けば、少しまた大人っぽくなった私の大好きな人。昨年の13月から1年ぶりの再会。私は知らず笑顔になった。


「さっちゃん!」


私は窓から目を離して、サツキさん――まだこの時は「さっちゃん」と呼んでいた――に駆け寄った。飛びついていった私を、サツキさんはいとも簡単に受け止める。


「…シィ、久しぶり」

「うん!さっちゃんも!」

「元気だったか」

「うん。シィね、また身長伸びたんだよ!」


出会った頃、サツキさんは私のことを私が言うように「シィちゃん」と呼んでいた。でも、ちょうど1年前からは少し大人っぽく「シィ」と呼ぶ。それがなんだかくすぐったくて、サツキさんに近づけたような気がして、私は猫のように身をよじった。一通り頭を撫でてから、サツキさんは身を離し私に目線を合わせた。


「シィ。8歳の誕生日、おめでとう」


そう言って、懐から小さな椿の花を取り出した。私の手の平に乗せて、目を細める。


「さっちゃん、14歳おめでとー!!」


そして私は、椿を見て、お返事を返した。1月1日――いや、13月1日。この日は、私の誕生日でもあり、サツキさんの誕生日でもあるのだ。正式には、1月1日だけど私とサツキさんの間でだけは、私たちの誕生日は13月1日。

どんな仕組みかは、私もサツキさんも分からないけれど、13月1日は必ず私とサツキさんは出会うことができる。その他の日はまばらでランダムであるのに、初日の1日は必ず会える。だから私はこの日を楽しみに1年を過ごしている。


私はようやく8歳になり、サツキさんもまた1つ年をとって14歳。さて、残念なことに私たちの差は全然埋まらない。サツキさんのいる所と、私のいる所では時間の経過は全く同じらしかった。まあ、今から思えば縮まらなくて良かったのかもしれない。もし私のいる所の時間経過がサツキさんの所よりも早すぎたら、あっという間に私は年を取って、サツキさんの年齢を追い越して、先におばあちゃんになってしまうのかも知れないのだから。それはとても恐ろしいことに思えた。


私は、サツキさんにもらった椿の花を大切に持って机の方まで行った。そこには、水を薄く張った浅いお皿がある。サツキさんは毎年私の誕生日にお花をくれるから、すぐにお水をあげられるように、毎年それを用意するようになった。そして私は、もらったお花を毎年押し花にして大事に保管している。

サツキさんとのことは、本当に夢じゃないってそう思いたいから。


「さっちゃん」


私は机の引き出しから一枚の紙を引っ張り出した。それを持ってペタペタと裸足の足でサツキさんのところまで戻る。


「私からは、ハイ。これ」


背の高いサツキさんに決まって差し出すのは、いつも1枚の紙。サツキさんは笑顔でそれを受け取って、静かに広げる。


「…綺麗だな、相変わらず」


画用紙に私が書いたのは、青い空。ただの、空。

私は毎年(といってもまだ数回だけど)サツキさんに青い空を描いて渡す。だって、私たちはお昼間には会えないし、気分だけでもと思って、私はサツキさんにその絵を渡すのだ。サツキさんは下手くそな絵でも、綺麗だと言って笑ってくれる。そして、柔らかく頭を撫でてくれる。それが私には堪らなく嬉しくて、心臓がきゅうと締め付けられる。とても愛おしい感覚だった。


その日は、プレゼントを渡し合ってそのまま眠りについた。


サツキさんがその次に現れたのは、3日後。3日待ってサツキさんに会えるというのに、私はうつらうつらと机に突っ伏して眠ってしまっていて、身体を抱え上げられ、ベッドに寝かされ、そして、髪を梳かれる感触で目を覚ました。


「さっちゃ…?」

「こんばんは。シィ」


見上げると、1年前よりもあどけなさが抜けたサツキさんが私を見降ろしていて。何と嬉しいことに膝枕までしてくれていた。嬉しいけれど、その時は恥かしさが勝ってすぐに起き上がってしまった。この日は時計を見ればもう夜中の2時を過ぎていて、結局その日はそのまま眠ることにした。


「ごめんね…さっちゃん、せっかく来てくれた、のに…」


「ほら、寝た寝た」とサツキさんに急かされて、私は仕方なく布団の中に身を潜り込ませた。私がきちんと布団を被ったのを確認すると、サツキさんはポンポンと布団の上から優しく叩いてくれた。目線の高さにサツキさんがいて、眠そうに言葉を紡いだ私にくすっと笑いかけた。


「珍しく、気を遣うね。シィじゃないみたいだ」

「な、何それ!」

「ほら、眠いんでしょ?また会いに来るから。寝た寝た」


前髪を優しく撫でてくれて、3日ぶりのサツキさんの感触に安心して私は目を閉じた。


実際、まだ幼い私にとって、この時間に起き続けていることは容易くない。そして、私がおずおずと布団から手を覗かせると心得ていたかのようにその指先をきゅっと握りしめてくれる。サツキさんの指先は、優しくて繊細で、確かに温かかった。


「おやすみ、シィ」

「…おや、す…み…」


耳元でくすりとサツキさんの笑う声がする。大好きなサツキさんの存在に包まれて眠ることも、サツキさんとおしゃべりする位大好きなことだった。


そんな風にして13月を過ごしていた私は、ひとつ、能力を身に着けた。私には、“サツキさん予知能力”が備わっているのだ。サツキさんが来そうな夜は、何故かそれが分かるのだ。

それはふとした瞬間に。

たとえば学校の授業中でも、友達と遊んでる時でも、夕食中でも、“あ、今日さっちゃん来そうだな”と直感する。

どんなに願っても自分自身でサツキさんの元へ行けない私にとって、この能力は何ともありがたい。今のところ百発百中だし、それが分かれば私は夜中に向けて備えることができる。


今日は、学校からの帰り道に“それ”がきた。ふと頭の中に突然サツキさんの顔が浮かぶ。私を「シィ」と呼んで見下ろしてくる時の優しい顔。私は友達と公園で遊ぶ約束を断って一目散に家まで帰り、夕食の時間まで惰眠を貪った。夜中に眠らないための備えのためだ。そうしないと、夜中まで起きておくことは難しい。


そして、13月の間は大体日付が変わる30分くらい前にサツキさんは現れる。いつものように勉強机に肘をついて足をブラブラさせていた背後から、笑みを含んだ声が聞こえた。


「あ、今日は起きてるね」


ぱっと振り向くと、中央のラグの上に薄い浴衣を着たサツキさんが立っている。この寒いのに、えらく薄着だった。


「こんばんは、シィ」

「こんばんは…寒くないの?」

「ん?いつもシィの部屋は暖かいからね」


平気、と言うサツキさんに近づいた。そっと日に焼けた、でも繊細な手を取る。自分の頬までそれを持って行くと、ひんやりと指先の冷たさが伝わる。


「…でも、やっぱ冷たい」

「寒いの、好きだから。暑いのよりも余程」


そうやって目を伏せるサツキさんが随分大人びて見えて、私は何だか急に恥かしくなった。ぱっとサツキさんの手を離してラグの上に座り込む。どうしたのだろう、いつもなら「もっと撫でて!」と私から言っているのに、この時初めて、サツキさんに触れて「恥ずかしい」と思ってしまった。


「…そ、そうだ」


誤魔化すように下手くそな咳払いをして大人ぶって、私は傍にあったランドセルを引き寄せた。


「さっちゃんに見てもらいたいものが、あるの」

「何?」


返事をしながら私の前に座り込むサツキさんは、やっぱりどこか大人だ。私も背が伸びているはずなのに、年々サツキさんと視線が合わせづらくなる。妙にドキドキする心臓を無視して、ランドセルの中身をひっくり返す。


「こらこら」


いくらサツキさんが呆れた顔をしても無視だ。だって、まともにサツキさんの顔を見ることが出来ない。この時ばかりは、サツキさんが物凄い勢いで背が伸びてくれて良かったと、そんなことを思った。こんな風に思うのは、初めてだった。


「あ、あった!」


私は丁寧に畳んでいた用紙を教科書の間から取り出した。


「これ!」


それを開いて、自慢げにサツキさんに見せた。用紙の上の方に書かれた数字に、サツキさんは「ほう」と声を漏らす。


「…この様子じゃ、シィがまた1番?」

「ふふ、当たり!」


サツキさんに自慢げに見せたものは、算数のテスト用紙。名前の横には100の文字。そして、“よくできました”のハンコ。まだお母さんにも見せていないそれを、サツキさんに1番に見せようと綺麗に畳んでランドセルの中にしまっておいたのだ。


テストではいつでもいい点が取れるように頑張っている。皆にすごいって目で見てもらえるし、お母さんは夕飯後のデザートを奮発してくれるし、何よりサツキさんに褒めてもらえる。それが何より嬉しい。今は冬休み中だけど、そのテストは学期末に行われた総まとめのテストだから、余計に力は入っていた。大切になくさないように、ランドセルにしまっておいたテスト用紙。


「シィはすごいな。いつも1番で、僕も鼻が高い」


くしゃっとかき混ぜるように頭を撫でる。本当に嬉しそうにそうしてくれるから、私はサツキさんが大好きなのだ。


「さっちゃんは?これ分かる?」

「残念、分からない。僕の得意科目は体育だからな。剣道とか」

「けんどう!!」


あの刀みたいな棒を持って、お面を付けて戦うやつだと、その時の私はそういう認識をしていた。お面をつけて、渋い和服を着て剣道をしているサツキさんを想像して目を輝かせた。何てカッコイイんだろう!


「見たい!!」

「ハハ。今は無理。防具も竹刀もないしね」


それにここで暴れられないでしょ、とサツキさんは苦笑した。私がむぅと頬を膨らませていると、空気を抜くみたいにツンと突かれる。口からぷすっと空気が抜けるのを見て、また笑ってる。まあ、無理だとは何となく分かっていたけど。何でも我儘を言いたい年頃だったのだ。


それから友達のゆうちゃんのこととか、意地悪くからかってくるしょうくんのことを話している内に、ふあ、と無意識に欠伸がでた。


「眠くなった?」

「…ねむくない」

「シィがそう言う時は、大体図星なんだよな…ほら、おいで」


立ちあがったサツキさんが私の両手を取る。上に引っ張られて私は仕方なく立ち上がり、導かれるままにベットの方へと歩いて行く。サツキさんがベットの布団を捲るので、大人しくその中に入って目を擦る。


「ほら、おやすみ」

「さっちゃんも…」

「僕が入ったら狭くなるよ?以前シィに足蹴られたんだから」

「さっちゃんも」


「話聞いてる?」と言うサツキさんの手を引っ張って、無理矢理ベットの中に引きずり込んだ。この年齢だからできた。男の人を自分のベッドに誘うなんて、こんな大胆なマネ。

サツキさんのぬくもりを間近に感じて、私はにへらと笑った。抱き枕よろしく、サツキさんの身体に手足を巻きつける。


「シィ、今日は甘えたの日?」

「―――…」

「寝てる…」


サツキさんの嘆くような声も、すっかり夢の中な私には届かない。髪を梳かれて、それが心地よくて、恥ずかしくてもやっぱりサツキさんが大好きだと思った。心底幸福だったのだ。


翌朝、朝一でお母さんに「剣道を習いたい!」と言ってお母さんのド肝を抜かせたのは、また別の話だ。



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