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アラサーニート、家を探す

「いや、でもねぇ。無職っていうのがやっぱりねぇ」


 丸メガネの位置を直しながら、不動産屋のおじさんは困り果てたような顔で呟く。


「ですから、つい先月までは働いてたんですって」


「うーん君それさっきから何度も言ってるけどねぇ。最近は厳しいのよ、審査。昔だったら前年度の収入証明でなんとかなったんだけど、最近はそういう訳にもいかなくてねぇ」


 諭すようにそう言われたが、ここで引き下がるわけにはいかない。社会人としてのプライドよりも、今はとにかく物件確保が最優先だ。


「6年もブラック企業で働いたっていうのに、そこを辞めてもこんな仕打ちを受けるなんて、酷すぎます。頼みますからなんとかしてくださいよぉ」



 俺は新川空(シンカワソラ)、29歳。新卒から6年働いたブラック企業を先月退職した、新人ニートである。

 ニートになったのは計画的なものではなく、2ヶ月前にストレスによる胃潰瘍で胃に穴が空き、入院したことから急遽退職を決めた。

 無計画な退職だったことから、当然次の就職先も決まっていない。そもそもストレスによる退職なのですぐに働くつもりもない。

 しかし世間は世知辛いもので、人間生きて行くにはそれなりの費用がかかるというものだ。前職はブラック企業ではあったものの、給料は悪くなかったため、今現在住んでいる家はそこそこ家賃が張る物件である。そのため、俺は早く今よりも安い家に引っ越そうと思っていたのだった。


「そんなことを言われてもねぇ。とりあえずここは審査落ちだったから諦めてもらって。ほら、そんな顔しないで煎餅でも食べて」


 そう言うと目の前に座るおじさんは木製の器に入った菓子の中から煎餅を差し出す。


「はぁ⋯⋯」


 俺はため息を吐くと差し出された煎餅の袋を開ける。

 正直、この物件の審査が通らないとなると、あとはもう希望とは相当かけ離れた物件しかないのだろう。これでも今の家からするとかなりハードルを下げたというのに。


「あーこの築45年、3畳一間、風呂なしの物件なら審査も通りそうなんだけど、どうかね」


 世間はニートに風呂も与えてくれないのか。このおじさん、仏のような顔してなかなかに厳しい現実を突きつけてくるな。

 

 俺はおじさんの問いかけに無言で首を横に振る。


「うーん。なかなか難しいねぇ」


 

 おじさんは小首を掲げながら難しい顔をしている。


 ボリボリボリ。


 静かな店内に俺が煎餅を噛む音だけが鳴り響く。


 

 ボリボリボリ。ボリボリボリ。

 

 もう他の不動産屋を当たってみるか。俺は煎餅を食べながらそう考えていた。


 すると突然、おじさんが何かを思いついたように俺に声をかける。


「君、直近で就職する予定はあるかい?」


 おじさんの何かを思いついたかのような表情から、良い物件の情報が得られるのかと期待したが、全く期待外れのセリフに俺は落胆する。


「いえ、残念ながらしばらくは無職のつもりです」


 明らかにさっきよりもトーンの落ちた声で答える。やはり仕事が見つからないとダメなのだろうか。とは言ってもこれまでずっとブラック企業に勤めていて、胃に穴まで空けたのだ。数ヶ月くらい無職でいても、バチは当たらないはずだ。


 八方塞がりとも言える状況にもうだめだ、と途方に暮れていると、その答えを聞いたおじさんは目を輝かせながら俺の予想とは真逆の言葉を口にした。


「あるよ、いい物件が!」


 そう言うと、すぐさまスマホを取り出しどこかに電話をかけ始める。


「ああ、もしもし。藤光不動産の藤光ですー。いつもお世話になっておりますー。あの、今からちょっとそっちに入居希望者連れて行きたいんだけど、彼、いるかな?」


 まだ間取りすら教えてもらってもいないのに勝手に入居希望者にするなよ、と言いかけたが、審査落ちしている現実を考えて、ひとまず俺は黙っていることにした。


「あー本当に? 丁度よかった。じゃあすぐ向かいますわ」


 おじさんは電話を切るとさっと立ち上がりジャケットを羽織る。


「さ、もう君ここしかないと思うからね、とりあえずこれから見に行こう」


「事故物件とか2畳一間、風呂トイレなし、とかじゃないですよね?」


 強引に話を進めるおじさんに不信感を抱きつつそう尋ねる。


「いやいや、それどころか超優良物件だよ! さ、行きますよ」


 超優良物件って。さっきまで築45年、3畳一間、風呂なしの物件を勧めてきたくせに。

 やたらとハキハキし始めたおじさんを見ながらそう思ったが、とりあえず今の俺に選択肢は一つしかない。

 ソファから腰をあげると、俺はおじさんの後を追うように店を出た。




 おじさんの運転する車に揺られること約15分。


 かなり入り組んだ道の先にその物件は現れた。


 3階建てのそのマンションは一面オフホワイトの外観に、入り口にはヨーロピアンな鉄製の門、まるで西洋の建物のようなお洒落さだ。デザインとしてはアンティーク調であるが、そう古くは見えない。立地はやや入り組んだ場所にあるため便利さには欠けるものの、就職予定のないニートが入居審査に通るとは到底思えない建物だった。


「あの、ここですか?」


「うん。ここここ。あ、駐車場は裏だからちょっと回るよ」


 そう言っておじさんはアクセルを踏む。


「あんな物件絶対高いと思うんですけど、希望金額言いましたよね?」


「なーに、心配ご無用。あそこね、タダで住めるから」


 タダだと!?


 俺は心の中でそう叫ぶ。

 あんなにお洒落で小綺麗な物件がタダだなんて、一体どういうことだろう。

 さっきの話では、事故物件ではないと言っていたし、外観からしてもとんでもない部屋ではなさそうだ。いくら立地の悪さを加味しても、流石にタダにはなるはずはない。


「あの、なんでタダなんですか?」


 恐る恐る俺は尋ねる。


「ま、それはついてからね」


 そう言って車を停めると、おじさんは車から降り、マンションの方へと歩き出した。

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