表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗戦革命  作者: 月路です
21/25

歴史戦が始まった

[歴史戦]とは、NHKや国連がしている事の意味を多くの人々に知らせて、当該機関が一般庶民の自由と幸せ向上の為に働かざるを得ないよう仕向ける戦い

 2022年1月27日夕刻、NHKは、首相官邸内に歴史戦チーム(仕事は佐渡金山の世界文化遺産推薦に反発する韓国の主張に反論できる資料等の収集)が作られる旨、報道した。


 嘗て、NHKは、数々の虚報で日本を貶めてきた。


 1980年代に吉田清治氏の証言に基づく朝日新聞社の出版物や記事で高まった世論を背景に、元慰安婦と称する人物が日本政府を東京地方裁判所に提訴したのを期に、NHKは、「従軍慰安婦」キャンペーンを展開した。

〔参考URL〕

https://ncode.syosetu.com/n8719gt/3/


 しかし、「従軍慰安婦」キャンペーンのウソは、朝日新聞(2014年12月23日朝刊37頁東京本社版)に依る記事訂正・説明で暴露された。

〔参考URL〕

https://www.asahi.com/shimbun/3rd/2014122337.html

下記は、取り消した旨を公表された記事

・1980年3月7日朝刊(川崎・横浜東部版)【連載 韓国・朝鮮人2(27) 命令忠実に実行 抵抗すれば木剣】吉田氏への取材をもとに「2回ほど朝鮮半島に出かけ、“朝鮮人狩り”に携わった」などと記述。現地で警官とともに若者100人を集め、労働力として日本へ送り、抵抗する者には暴力を使ったとする証言を紹介

 1982年9月2日朝刊(大阪本社版)【朝鮮の女性 私も連行 暴行加え無理やり】大阪市内であった集会で吉田氏が行った講演内容をまとめた。吉田氏は、直接指揮して日本に強制連行した朝鮮人は約6千人、うち950人が慰安婦だった、と説明した。

 1983年10月19日夕刊【韓国の丘に謝罪の碑 「徴用の鬼」いま建立】6千人の朝鮮人を日本に強制連行し「徴用の鬼」と呼ばれた、と吉田氏を紹介。田んぼや工場、結婚式場にまで踏み込んで若者たちを手当たり次第に駆り立てた、などと活動を説明している。

 1983年11月10日朝刊【ひと 吉田清治さん】「国家による人狩り、としかいいようのない徴用が、わずか三十数年で、歴史のヤミに葬られようとしている」などの吉田氏の発言をとり上げた。

 1983年12月24日朝刊【たった一人の謝罪 韓国で「碑」除幕式】吉田氏が韓国に建てた「謝罪の碑」の除幕式の様子を報じた。「私は戦前数多くのあなた方を強制連行した張本人」などの発言を紹介

・1984年1月17日夕刊(大阪本社版)【連載 うずく傷跡 朝鮮人強制連行の現在(1) 徴用に新郎奪われて】本文冒頭で、吉田氏が朝鮮人強制連行業務の一端に連なった、と書き、同氏が韓国・天安に建てた謝罪の碑の除幕式の様子を紹介

 1986年7月9日朝刊【アジアの戦争犠牲者を追悼 8月15日、タイと大阪で集会】吉田氏について、慰安婦を含む朝鮮人の強制連行の指揮に当たったと言及している。

 1990年6月19日朝刊(大阪本社版)【名簿を私は焼いた 知事の命令で証拠隠滅】「多くの朝鮮人女性を従軍慰安婦として連れ去ったこともあります。当時の私は、徴用の鬼、といわれて誇りに思っていました」と吉田氏の発言を記載

☆1991年5月22日朝刊(大阪本社版)【女たちの太平洋戦争 従軍慰安婦 木剣ふるい無理やり動員】吉田氏が「私が今日、最も恥ずべきこと、心を痛めている問題の一つは、従軍慰安婦を950人強制連行したことです」などと語った内容を、集会での発言を収録した本を引用して紹介

 1991年10月10日朝刊(大阪本社版)【女たちの太平洋戦争 従軍慰安婦 乳飲み子から母引き裂いた】吉田氏のインタビュー記事。慰安婦を強制連行したとして、「若い母親の手をねじ上げ、けったり殴ったりして護送車に乗せるのです」などと語っていた。

 1992年1月23日夕刊【窓 論説委員室から 従軍慰安婦】「慰安婦を戦場に運び、1年2年と監禁し、集団強姦し、そして日本軍が退却する時には戦場に放置した」などと吉田氏の発言を紹介

 1992年3月3日夕刊【窓 論説委員室から 歴史のために】吉田氏の告白に多くの投書が来たことに触れ、日本軍の残虐行為を否定する意見を紹介。知りたくない、信じたくないことがある。だが、その思いと格闘しないことには、歴史は残せない、と結んだ。

 1992年5月24日朝刊【今こそ 自ら謝りたい 連行の証言者、7月訪韓】吉田氏が韓国に謝罪の旅に出ることを報じた。「残虐行為に直接かかわった日本人が謝罪に来た、という歴史を残したい」との発言にも触れた。

 1992年8月13日朝刊【元慰安婦に謝罪 ソウルで吉田さん】吉田氏が韓国で元慰安婦に謝罪した様子を報じた。

 1994年1月25日朝刊【政治動かした調査報道】朝鮮に渡って強制的に慰安婦を送り出した元動員部長の証言に、読者から驚きの電話が何十本も届いた、と吉田氏を匿名で紹介

(注1)掲載日の冒頭に・印を付している2本は、今回新たに取り消した記事

(注2)他の13本は8月に取り消した記事

(注3)91年5月22日付朝刊の記事は著作物の引用が多く、公表の影響が大きい記事

(注4)「声」欄投稿、「論壇」寄稿、「私の紙面批評」寄稿の3本は、非公表

(注5)上記18記事について、朝日新聞の過去記事を閲覧するデータベースから削除せず、吉田清治氏の証言が虚偽だという判断を附言


 「従軍慰安婦」キャンペーンのウソが暴かれた5年後に、NHKは、詐欺的捏造ドキュメント「主戦場」の上映PRを行った。

挿絵(By みてみん)


 軍艦島やレーダー照射に関する捏造虚報の悪質さも、ブルジョア的合法性に囚われない革命手法そのものだった。

〔参考URL〕

https://ncode.syosetu.com/n8719gt/34/


 1971年10月、アルバニア決議案が可決され、中華民国が国連から追放されたときから、国連の機関は中共の手先と化した。

〔参考URL〕

https://ncode.syosetu.com/n0129gu/15/


 今、UNESCOは、中共の下僕として卑日に勤しんでいる。

挿絵(By みてみん)


 [歴史戦]とは、NHKや国連がしている事の意味を多くの人々に知らせて、当該機関が一般庶民の自由と幸せ向上の為に働かざるを得ないよう仕向ける戦いなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ