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5 そして世界は鮮やかに ~獣戦士モレク~

 腹の立つ事だが、アステリオスは賢い。かなり賢い。

 新しい事に興味を持って、知ったことをすぐに覚える。

 古くて間違った事はすぐに忘れる。


 鈍くさい田舎者の俺は、新しい事を覚えられないし、古い事をいつまでも忘れる事が出来ない。

 だから逆に、俺には見えて、アステリオスには見えない事もある。


 タナカは魔法使いだ。

 古今東西、どんな賢者も大魔道士も、見たことも聞いた事も無い魔法を使う事が出来る。


「ありゃ。私、またやっちゃいましたか」


 とタナカが呟くと、世界が一つ鮮やかになる。

 そんな魔法だ。


 タナカが仲間になってすぐの事だ。

 道々に生えている雑草を眺めて、タナカは言った。

 どんな流れでそんな事を言ったのかは忘れてしまったが、確かにこう言った。


「雑草という名の草はありませんよ」


 その瞬間だった。

 世界が一つ鮮やかになった。

 道端の緑のわさわさとした塊が。

 すべてが一緒くただった「道端の雑草」が。


 一本一本、個別に存在する草になった。

 草の緑も一様ではない。

 草の種類によって異なる緑だった。

 一本の草ですら、日の当たる場所当たらない場所、根本と葉先、そのすべてで違う緑だった。


 そのすべてが重なりあって、「道端の雑草」を形作っていた。

 そうして一つ、世界は鮮やかになって。


「ありゃ。私、またやっちゃいましたか」


 タナカはそんな事をまた呟いた。


 アステリオスは気付かない。

 賢いあいつの目に入るのは、鮮やかになった後の世界の景色だけだから。


 見たものを、一つ遅れて理解する俺は気付く事が出来た。

 その時確かに、世界が一つ鮮やかになったのだと。


 ある日、タナカが空を見上げて、こんな事をつぶやいた。


「こっちも大地は球形なんですね」


 そうして一つ、世界は鮮やかになって。


「ありゃ。私、またやっちゃいましたか」


 タナカはそんな事をまた呟いた。


 それまでの世界は、太陽や月は、どんなだったか確かに思い出す事は出来ない。

 昼には太陽が昇って、夜には沈んでいた。それは間違いない。


 だけれども、その位置や動きなんて、考えた事も無ければ、存在していたかどうかすら。

 俺は意識してすらいなかった。


 それからずっと後。

 星読みの大賢者と出会った時、タナカは言った。


「その、四つの神星は、どうして他の星々と別個に扱われるんですか?」


 世界には四つの神星がある。

 赤き戦神の星。

 青き美神の星。

 黄金の雷神の星。

 緑の豊穣神の星。


 それに月と太陽と大地が、世界を司る七柱の大神の星だった。


 それは俺でも知っていた事だった。


 だけれども、その他にも夜空に星は瞬いていて。

 なるほど確かに、四つの神星だけが特別である理由はない。


「もしかすると、軌道が別だからじゃないですかね?」


 星読みの大賢者は言った

 天空の星々は、夜空をゆっくり1年かけて一巡すると。

 四つの神星だけは、まるで別の動きをする。

 まるで惑うように。

 しかし確かな規則性をもって。


 故に『惑星』とも呼ぶと。


「……地動説か……」


 誰にも聞こえないような声で、タナカは小さくそう言って。

 そうして一つ、世界は鮮やかになって。


「ありゃ。私、またやっちゃいましたか」


 タナカはそんな事をまた呟いた。

 故に大地は不動のものでは無く。

 不動の太陽の回りを、他の神星と同じく回る星の一つであると言う。


 タナカも、星読みの大賢者もそう保証してくれた。


 タナカがいる前の世界の事はもう、確かに思い出す事は出来ない。


 下とは確かに下であったか。

 東西とは、南北とは、はたしてどのようなものであったか。

 扉はどのように、壁に固定されていて、どのようにして開いたのか。

 鍵はどのようにして閉まっていたのか。

 風は何故吹くのか。

 雨は何故降るのか。


 タナカが現れて。


「ありゃ。私、またやっちゃいましたか」


 タナカがそんな事を呟いて。

 それで1つづつ、世界は鮮やかに、確かになっていった。

 俺に分かるのはそれだけだった。


「魔王と言っても、王の1人に過ぎないでしょう」


 魔王討伐の旅の途中、タナカはそんな事を言った。

 そうして一つ、世界は鮮やかになって。


「ありゃ。私、またやっちゃいましたか」


 タナカはそんな事をまた呟いた。


 魔王の麾下には四つの軍団を持つ四天王がいる。

 それぞれ数千人程の軍勢だ。


 そして魔王自身を直接守る親衛隊がいる。

 親衛隊は、四天王の軍団2個分に、少し足りないくらいだと言う。

 単独で誰かが反乱を起こしても平定できるくらいの数だ。


 つまり、数千の軍勢を6つ、食わせていくだけの領地がある。

 地べたがあるだけでは意味がない。

 そこで働く領民も、管理をする文官も、領地そのものを守る軍隊だって必要になる。


 とある国の宰相にタナカが試算を依頼した。

 四天王のそれぞれが、1国にあたる領土を有しており、魔王は複数の国家の上に立つ存在であろうと言うことだった。


 ともあれ軍があり、国があり、国は領民によって経営されている。

 魔王1人の意向が、全てを決定する世界ではない。


「魔王への反抗勢力だとかはいるでしょうね。事によっては、反乱を企てている軍人だっているかもしれません。細かいことは国の内情を見てから考えましょうかね」


 魔王は、領民からは愛されている訳でも無ければ、恐れられてもいなかった。

 領民から見た魔王は、いつまでも勝ち切れない戦争をダラダラ続ける為政者に過ぎなかった。

 戦争は金も人員もかかるというのに、それをいつまでも続けている。

 続けるのはいいが、続けてどんな利があったのか。

 これからどんな利があるのか。


 それをはっきりさせないまま、いつまでも戦争を続ける決断力の無い男。


「クビを挿げ替えられるなら、いつでも変わってもらいたいもんだ」


 立ち寄った酒場の親父は、悪びれもせずそう言った

 人類世界とほど近い街だった。

 密かに交易に来る旅人向けに、少しばかり極端な物言いだったが、地べたに這いずる一般人の本音でもあった。


「勇者と魔王の在り方ってのも変わって来ますね」


 聞いたタナカは呟いた。


 魔王とはなにか。

 魔王が王であるのなら、その侵攻が戦であるのなら。

 決着は国が、軍が行うものだ。

 そこに勇者の役割があるのだろうか。


 勇者とはなにか。

 闇に乗じ、人知れず忍び込み、個人の刃で魔王を倒す者か。

 それは”勇”ある”者”なのか。


 ひとしきり、タナカは口の中でそんな事を呟いて。


「”勇気をもたらす者”。故に”勇者”。月並みですが、そんな感じですかね」


 締めるようにそう言って。

 そうして一つ、世界は鮮やかになって。


「ありゃ。私、またやっちゃいましたか」


 タナカはそんな事をまた呟いた。


 それで転がるように事態が動き出した。


 魔王に敵対する者たちがいた。

 密かに魔王に成り代わろうとする者がいた。

 魔王を倒し、長引く戦いに終止符を打とうとする者がいた。


 四天王の3人目は、最大の軍を率いる将だった。

 広大で肥沃な領土を持っていた。

 そして、魔王がおらずとも、持った領土で領民を食わせていく事が出来た。


 四天王の4人目は、謀略と調略を得意とする女だった。

 とてつもない美人だった。

 とてつもなくおっぱいの大きい女だった。

 独自の交易網を持っていて、それをより大きく、強くしたいと考えていた。


 1人目の最強の将には息子がいた。

 父親の軍を引き継いだ、使命感溢れる若者だった。

 アステリオスよりも、よほど勇者らしい、礼儀正しい若者だった。


 誰はばかる事無く魔王の勢力圏内を旅して回る内、これらの勢力が接触を試みてきた。

 恩讐を越え、共に未来を開こうとか、そんな事を言っていた。


「生贄の羊ですね」


 勇者だから魔王を倒すのか。

 魔王を倒したから勇者なのか。


 それはそれとして置いておいて。

 勇者という個人が魔王を倒してくれれば、彼らにとってこれ以上いい事はない。


 それぞれが、一つの国としてやっていける程の勢力がある。

 勇者は人類国家の紐付きだが、だからと言って勇者個人が魔王個人を殺したに過ぎない状況で、領土や権利を主張出来るはずもない。

 戦の賠償や責任は、死んだ魔王に被せて、自分は知らぬ顔をしていればいい。

 そういう計算なのだと、タナカは言った。


「一番良い手は、アステリオスを見捨てて逃げる事ですよね」


 2人きりの時、タナカはそう言うようになった。


 もう、世界はぐるりと回り始めた。

 俺達が、魔王の城下すぐにいても、誰も咎めだてもしない。

 親衛隊は先日、反乱鎮圧に出立した。

 四天王の軍隊は戦うでも無く、戦わないでもなく、いつでも動けるように待ち構えている。


 夜空を見上げると赤い月。

 あの月が落ちて、日が昇って。

 俺たちが大手をふって魔王城に向かえば、協力者どもは高らかに歌ってついてくる。


 途中、戦いや障害はあるだろう。

 しかし、城の中にすら、協力者は潜んでいる。

 魔王の玉座までは一直線だ。

 後はそう、アステリオスが魔王を倒して一件落着。


 アステリオスはその後の話ばかりする。

 豪邸を立てて女を囲って、好き放題贅沢放題暮らすのだと。


 時々旅に出て、世直しをしてやるのもいいかもしれないと。

 きっと、戦の後も野盗や山賊はいるだろう。

 むしろ増えているはずだ。

 そいつらを討伐して、村人から感謝を貰って立ち去るのだ。

 村一番の美人と、行きずりの関係を持つのもいいかもしれない。


 例えば、俺達の事を知るものがいない地に遊びに行くのもいいだろう。

 新入りを軽く見る地元の連中に、魔王を倒した力を見せつけてやるのは、さぞや気分がいいだろう。


 例えば、大地が丸い事を証明してやるのもいいだろう。


 例えば。


 例えば、


 例えば……


 軽薄な声でアステリオスがはしゃいで言って。

 その目は一つも笑っていなかった。


 そんな事にはならない事は、アステリオス自身が一番分かっていた。


「もう、お前らなんかいらないんだよ」


 俺達がいなくても、アステリオスは勇者となれる。

 魔王を倒し、永き争いに終止符を打った英雄に。

 それで、勇者アステリオスの物語はお終いだ。

 めでたし、めでたし。


 だが、アステリオス本人の命はまだまだ続く。


 まだ十代半ばの少年だ。

 その細い肩には、この世界で最も強い力と、勇者と言う名誉と呪いと。

 背負いきれない責任が載せられる。


 バカな事など出来はしない。

 勝手な事も出来はしない。

 うかつな一言だって漏らせない。

 自由に旅に出るなんて、不可能に決まっている。


「お前らなんていなくったって。ボクは、ちゃんと勇者、やれるんだよ」


 努めて憎々しげに。

 泣きそうな目で勇者が言った。


 この子と旅に出て。

 始めてこの子を勇者と思った。


 耐えられずに部屋を出た。


 部屋を出て……そうしてまた、俺はここにいた。


 月はもう沈み始めていた。


 夜空を見上げてため息をついた。

 もう、人知れず逃げる時間は残っていない。

 戻って来なければ、こんな事にはならなかったのに。


 旅に出なければ、こんな事にはならなかったのに。


 後悔しても、もう遅い。

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