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3 遠きスローライフ ~異世界転移者 タナカ・マコト~

 はあああああああああああああああああああああああああああああああ、と。

 2人は長い長い溜息をつく。


 牛の顔でもはっきり分かる、憂鬱そうなモレクの顔。

 アステリオスに至っては沈むくらいの勢いでテーブルに額をつけて、ぶつぶつと小さな声で何か言っている。


 ああどうも。

 田中誠三十四歳です。

 まったくこんな事になるなんて、ちょっと前まで思いもしなかった。


 私がそっちにいた頃。

 ああ、そっちというのは現代日本の事。

 もしかしたら、多少は何かが違うかもしれない。

 異世界ってヤツにも色々あるから、現代日本もパラレルワールド的な何かがあるかもしれない。


 まあともかく。その頃、私は某製薬会社に就職して、MRの仕事に就いていた。

 MRというのは分かるかな? 医局に薬剤の情報を提供する……という体裁になっている、お薬のセールスマン。

 医者相手のセールスだから、そりゃあもう色々な事がある。

 接待とかパワハラとか。まあ、この世の中、楽な仕事は無いワケだけど。


 座右の銘は『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ』。

 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。


 それでまあ、実は詳細は正直覚えていない。

 トラックに轢かれたのか、通り魔に刺されたのか。それとも過労で倒れたのか。

 その辺ははっきり思い出せないんだけども。


 気付いた時には、何もない空間にいて、何もない空間から声がした。


「ごめん、人違いだったわ」


 まさかの人違い転移だった。

 どうも、近くにいたタケナカマコトさんを転移させるはずが、間違えてタナカマコト、つまり私を選んでしまったとかなんとか。全く迷惑な話だとは思わないか。

 名前くらいちゃんと確認するものだろうにと、文句の一つも言ってやりたい。


 それで後は、お約束の通り。

 今更戻る手段は無いので、おまけ(チート)付きで転移させるので勘弁してくれと。そんな感じに頼まれた。


 私としても、ワガママで強欲なお医者様の相手をしたり、ノルマに追われる生活よりは、ファンタジーでチートでスローライフな生活ってヤツの方がずっと良い。

 1も2も無く飛びついた。

 そりゃあ、異世界は異世界で苦労もあるだろうが。

 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。


 それが間違いだった。

 間違いと気付いた時には、もう遅い。


 せめてもう少し、ゴネれば何か出たかもしれない。

 そちらの方が良かったか。

 そんな思いもあるにはあるが、なにもかもがもう遅い。


 天の声からいただいたチートは【無限ポーション】なるもの。

 似たようなものを、聞いたり読んだりはしている人も多いだろう。

 既知の任意のポーションを、好きなだけ出現させるという、実に分かりやすいヤツだ。

 後、転移者のデフォルト設定ということで、ステータスウィンドウ表示と無限アイテムボックス、それに自動翻訳もついてきた。


 ステータスウィンドウは、開けを念じて物を見ると現れる。

 普通に開くのは名前だけ。

 詳細を見たいを思って集中すると、力とか素早さとか、状態異常の有無だとかが表示される便利なもの。

 知覚範囲でありさえすれば、薄い壁越しでも、闇の中でもステータスウィンドウは出る。

 望遠鏡なんかで遠くの物のステータスを確認する事も出来る。

 ただの『壁』もしっかり見れば『レンガ』や『石』の集合体で、その中でステータスが違ったり、『罠』なんてのが混じっているのもすぐに分かる。


 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。

 3人で旅を続ける中で、これに命を救われた事は1度や2度では済まないだろう。


 無限アイテムボックスはそのまんま。

 手に持ったものを、異空間だかどっかにしまう事が出来るというもの。

 手で持ち上げないと収納できないので、一度に収納できる大きさ重さの最大値は、私の体格と体力次第になるのが惜しい所。

 収納送料はほぼ無限と言う話。試した事は無いけれど、家の1軒は余裕で入るくらいの容量はあるみたいだ。

 これで、テントや家財道具の類を収納をして、悠々と旅が出来るという寸法だ。


 それから、自動翻訳。

 これののおかげで、日本語の通じないこの異世界でも普通に意思疎通が出来る。いわば生存のための必須能力。


 なお、一般的な人間種の言葉だけでなく、他の種族の言葉にも対応している様子で、亜人や魔物はもとより、犬猫家畜の言葉も分かる。

 屠殺場に運ばれていく豚が、困惑しながら主に話しかけているのを聞いた日には、しばらく肉を食えなかった。


 神様にとっては、人類も動物も大差はないのかもしれないね。

 まあ、タナカマコトとタケナカマコトを間違えるくらいだからそんなものだろうか。


 デフォルト設定だけでも十分な程の能力に、無限に湧き出すポーションというチート。

 こりゃあ、第二の人生もらったわ。

 ……と、思っていたがそうは問屋が卸さなかった。


 そりゃあそうだ。

 チートで出したポーションを販売しようと思っていたが、商売というのは信用が第一。

 特に、医薬品に関しては、その信用こそが重要だ。

 信用を売っていると言ってもいい。

 どこの誰が作ったとか。誰々が効果を保証しただとか。そういう保証の無い薬を、誰が買うかと言う話だ。

 まして、それを商売にするなんて、出来るワケがないだろう。


 よしんば信用を得たとしよう。

 それで大量にポーションを卸して起きるのは、価格崩壊と言うやつ。

 卸値が下がるとかそういうレベルの話じゃない。業界そのものが衰退してしまう。


 効果の高い薬が安い値段で売られていると聞いて、他の薬を使うだろうか。

 当然、皆がその薬に群がって競合他社は死に絶える事になる。

 私一人が儲かればいいだろう、と思うのは素人の浅はかさ。

 業界が潰れれば、そこにある流通経路や業界の信用自体が潰れてしまう。


 そもそもどうやって、誰がどうやって作ったのかも分からない代物に信用を与えると言うのか。

 私自身が作った事にするのなら、どうやって作ったのかを説明出来なければならないだろう。

 そんな事は出来やしない。


 そんなワケで、チートで楽に儲けるという線は早々に消えてしまった。

 それならば、現代知識チートだと思いもしたが、三十四歳ともなると、持ってる知識は歯抜けばかり。

 なんとなく、ぼんやり理屈は覚えているが、それを実現できるほどの知識はない。

 理学部生物学科卒の知識も、それほど実用的なものはない。

 大体、ウィキペディアを1字1句まで覚えているような暗記力があるならば、植物学者にでもなっているよ。


 そんな中で、現代知識チートでやっていくとすれば。

 うろ覚えの知識を元に研究を始めなければならないが、それをやる金も時間もありはしないと、そうなる。

 結局こちらも頓挫。


 幸い、商売というものがある限り、読み書き算術の需要は変わらずある。

 何より、通訳が出来るというのはこれ以上無いアドバンテージだ。

 そっちに居た頃も、三ヶ国語とか出来るヤツは色々と重宝されていたものだった。


 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。

 それからは、とある商店で働きながら、サイドビジネスに精を出して、ちょっとずつ生活を向上させていく。

 そんな感じに頑張って、ようやく生活が落ち着いた。

 そんな頃。


「いやあ、ちょっとまずいことになってねぇ。悪いんだけど助けてくれない?」


 そんな天の声が降りてきた。

 話を聞いてみると、本当に不味いことになっていた。


 この世界は、彼ら神様的存在の遊技場として作られた、らしい。

 ステータスウィンドウは浮かび上がるし、レベルやスキルも存在する。

 各自育成した勇者だとかを戦わせたり、協力してイベントクリアなんかをやらせたり。

 そういうゲームをする舞台という訳。

 タケナカマコトさんは、そのゲームの駒として召喚される予定だったんだそうだ。


 ただ、ここで暮らすのは自由意志を持った生き物でもある。

 虎の子の勇者であっても、直接動かす事は出来ない。

 そこが難しくもあり面白い。そういうものらしい。


 それで現在、数百年に一度の一大イベントが実施中。

 地方の街から現れた勇者様が、世界の果てから侵略してくる魔王と戦い討ち果たす。

 それにまつわる群像劇。

 みたいなのをやっていた。


 ところが当の勇者様は、予定よりも1週間も早く旅立ってしまい。

 しかも、本来共に旅立つべき本当の仲間を放っておいって、たまたまそこに居合わせたミノタウロスと旅立った。


 そんな訳で、シナリオの修正に大わらわであるらしい。


「それで、私に何をしろと?」

「2人だと流石に戦力不足なんだよね。チートを生かしてなんとか助けてもらいたいんだよ」


 とまあ、そんな指令が降りてきた。

 頼む言葉はやんわりだが、拒否権は無い事は分かっている。


 相手は、運命も世界の在り方も思うように変えられる。

 今この時、シナリオの修正に追われていても、落ち着いたら何をされるか分からない。

 強い者には尻尾を振らないと生きていけないのが世の常だ。


「しかし役に立つのですかね。私なんかが」

「むしろ、キミだから助かるんだよ。タケナカマコトくん」


 私の名前は田中誠だと。

 修正する気にもなりはしない。


 先程言ったとおりだが、この世界にはレベルとかステータスというものがある。

 住民達は直接見る事は出来ないが、感覚的には分かっているらしい。


 強い敵を倒すほど、肉体が強化されていく。


 それはこの世界の常識だ。

 腕に覚えのある人間ならば、数十キログラムもありそうな巨大な武器を振り回したり、百キログラムを優に超えるような金属鎧を装着してマラソンなんかも出来るだろう。


 それが常識の世界だが、私はこの世界の住民ではない。

 なので、レベルも無ければステータスも表示されない。

 体力はひ弱な現代人そのままだ。

 試しに魔物狩りに同行してみたが、レベルアップをする様子も無かった。


 だから、戦闘の役に立つ事は無いと思っていたし、実際に直接戦闘で役に立った事はない。


 だがしかし。

 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。

 大暴れするモレクの背中に隠れて、ひたすらポーションを投げつける。

 私の役割はそれだけで済んだ。


 殆どはモレクの回復のため。

 他にも、状態異常やら毒やら酸やら、そういうものを投げつけて、敵の動きを牽制するために。


 私の取り出すポーションは神の作った最高品質のポーションだ。

 即死さえしなければ、一瞬でヒットポイントを全快させるラストエリクサーみたいな代物だ。


 そしてモレクは、どんな状況でも、どんな相手でも、即死だけは絶対にしない。

 背中をつけて倒れることも、引き下がって後退する事もない。

 まさにタンク役の鑑だ。


 だから、モレクは不壊不倒の壁として立ちはだかってくれる。


 アステリオスは雷撃の恩寵(ギフト)を授かった本物の勇者で、広範囲に即死攻撃をバラ撒ける。

 攻撃がモレクに集中する限り、それが延々と続くのだ。


 だからまあ、戦力的に困る事は無い。


 困る事が無いのが困った所だ。


 私のポーションによって、私達はどんな敵にも安定して勝てるようになった。

 かなりの格上の相手ですら、まともに戦えば普通に勝てる程だった。


 明らかに負けイベントが発生した事がある。

 魔王麾下5将軍だったかの1人が現れた。

 旅はまだまだ半ばも過ぎていない頃。

 敵は5将軍でも個人戦闘力にかけては最強を豪語する武人。

 雷撃を吸収して魔力に変える鎧を身に纏い、防御を無力化するドリルみたいな槍を持った恐るべき強敵。


 どう考えても勝てない相手。

 誇り高い武人は、実力を見に来たとかなんとか言っていたから、まあそういう事なんだと思っていた。


 が、勝ってしまった。


 困ったことに勝ってしまった。


 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。

 勝ってしまったのには理由がいくつか。


 まず第一に、その将軍ですら一撃でモレクを即死させられなかった事。

 ヒットポイントをミリで残して。モレクは根性で立ち続けた。


 第二に私のポーション。

 残りがミリだろうがなんだろうが、浴びればヒットポイントは全快する。


 第三に、モレクとアステリオスのレベルが高くなりすぎていた事。

 魔物を倒して得られる経験値は、仲間で等分される事になる。

 モレクもアステリオスも、私と合流するまでは二人旅を続けていた。

 私が合流した後も、レベル制度のない私には経験値は分配される事はなかった。


 本来なら、6人に配分される経験値が、2人に集中した訳だ。

 レベルは想定の倍くらいにはなっていた。


 そう言う訳で、鳴り物入りで現れた5将軍最強の男と我々は大激戦を繰り広げる事になる。

 アステリオスも雷撃が対策されているならと、敵の武器を破壊したり、電熱で熱した剣を叩きつけたりしはじめる。

 モレクは決して倒れる事は無く、力づくで将軍を押さえつけ、体力が尽きるまで組み合った。


 結局半日程も戦いは続き、疲れ果てて力尽きた将軍の首をモレクが折って勝利した。


 凄い戦いだったし、達成感もあった。

 普段は口汚く罵り合う2人だが、戦いの時には以心伝心通い合っていた。

 肩を寄せ合い、お互いを支え合い。

 勝利の凱歌を高らかに歌って。


 思えばそれが間違いだった。


 最強の敵を倒した、最強の3人と讃えられた。

 そう、最強の勇者パーティの1人として私も数えられる事になってしまった。


 この世界の事を何も知らないというのに、賢者だ何だと讃えられる。

 うっかり、現代知識をひけらかそうものなら、さすが賢者と大騒ぎ。

 ただの薬売りだと自称しても、謙虚な方だと褒められる。


 考えてみればだ。

 私もモレクもイレギュラーな存在だ。


 王道勇者の物語に、がっつりと食い込んだイレギュラー。

 そんな美味しい存在を、ゲームを楽しむ連中が見逃すはずもありはしない。


 気付いた時にはもう遅い。


 上手いこと、逃げる算段をしてみても、偶然や強制力が発動して企みはすべて潰えてしまう。

 そんな事をしている間に、イベントはどんどんと進行していく。


 アステリオスは最後に残った勇者となった。

 モレクは名実ともに最高レベルを有する戦士と化した。

 そんな2人についていく私に成り代わろうと言う人間は、とっくの昔にいなくなっていた。


 何度かメンバーを増やそうという話になった。


 攻撃力はアステリオス1人いればなんとかなる。

 防御力はモレクが1人で支える事が出来る。

 回復や状態異常、その他細々したものは、私がなんとでも出来た。

 つまり足りないのは。


「魔法でしょ」

「斥候」

「役割がかぶっても、人数は多いに越したことは無いと思いますよ」


 必要な役割の同意は得られなかったが、たった一つ意見が一致した事がある。


「おっぱいが大きい子がいい」

「おっぱい」

「おっぱいですよね」


 おっぱいの大きい娘で、私達の旅について来れる人間はいなかった。

 だが、そこを外す事は出来なかった。


 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。

 罠の発見も、不意打ちの感知も、私のステータスオープンがあれば事足りてしまったし。

 罠や扉の解除も、酸や爆発のポーションで仕掛けごと破壊してしまえばよかった。


 大体、この世界の冶金技術はガバガバなので、割と力づくでなんとでもなった。


 むしろ、なんというか。

 縛りプレイみたいな感じがあった。

 限定された状況下で、知恵を絞って突破する。

 そんなゲームを楽しんでいる。そんな雰囲気まで出てきた。


 大抵の事は工夫でなんとでもなるものだ。

 その結果がこの有様だ。


 遊戯を楽しむ神々は、その工夫の方を楽しみにしはじめた。


 だから、私が役割を降りることはもうない。

 魔王討伐の旅も最終局面に差し掛かった今、今更降りる事など出来ない。


 後悔しても、もう遅い。

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