2 不倒の理由 ~獣戦士モレク~
なにしろ俺は身体が大きい。
身体の大きさだけが自慢だった。
斧の腕前も、知恵も勇気も、腕力そのものすら、俺より上のヤツがいた。
元々巨体の持ち主であるミノタウロスの中でも、俺は一際巨大だった。
巨大なだけのウスラバカだった。
口も頭も回らない。
俺が何かを口にしようとする頃には、他の人間は全然別の話をしている。
ましてや、ひどい田舎の百姓の生まれだ。
気を抜くと、すぐにみっともないお国言葉が出てくる。
だから、黙って突っ立っていてばかりだった。
なにしろ俺は身体が大きい。
そのおかげで、それでもなんとかやっていけた。
絡んでくる奴らがいても、向こうで勝手にびびって引き下がってくれた。
そうでなくても、周囲は色々と気を使ってくれた。
そんな感じでなんとかやっていた頃。
最後の勇者様が旅立つという話を聞いた。
魔王討伐のために次々旅立った勇者達。
腕に覚えのある連中は旅の仲間となって街を出ていった。
残ったのは、女ばかりの一行だと言う。
全員美人で、1人を除いておっぱいの大きい肌も露わな格好をした女ばかりの5人組。
今にして思えば、冒険ナメてるのかと言いたくなるような連中だ。
大丈夫かねぇ。
そんな気持ちで馴染みの酒場のオヤジを見ていると。
何を思ったのか、オヤジは分かっている、みたいな仕草を返してくる。
はてな、一体どういう事だろうかとは思ってオヤジに歩み寄ると、周囲からおおっと声が上がる。
「分かってる分かってる。言わなくったってよ、全部俺に任せておけってよ」
オヤジはそんな事を言い。
周囲はわあわあと歓声を上げている。
これはやばいのではないか。
やばいんだろうな。
やばいに違いない。
そんな事を思ったが、もう遅い。
オヤジは何やら記録をつけて。
周囲の空気はもう、俺が勇者の旅の仲間に立候補した。そんな空気になっていた。
後の望みはもう、最後の勇者様というヤツが、俺を選ばない事だけだった。
アステリオスと初めて顔を合わせたのは、そんな時だった。
今ではどうしようもないエロクソガキのアステリオスだが、この当時はまだ、純真な少年の心を持っていた。
出来れば、この時既に不純なエロクソガキでいて欲しかった。
最後に旅立つ勇者様は、その黒色の瞳をキラキラ輝かせながら俺を見上げて。
大きな声で宣言する。
「キミに決めた!」
わぁっと大きな歓声が上がって。
そのまま祝賀の祭りがはじまった。
野次馬達は呑めや歌えの大騒ぎ。
女戦士達も、少し悔しそうな顔をしながら祝福の言葉を述べてくれる。
その間、俺は一言も口には出来ず。
卑屈な田舎者の仕草を見せないように胸を張って立っているのが精一杯。
女戦士が涙ぐみながら、愛用の斧を俺にくれた上、引退宣言をし始めて。
後はもう、何が何だか分からない。
とにかく旅に出ることになってしまった。
さすが、アステリオスは勇者だった。
背中を押されるように旅立って、行く先々でトラブルに見舞われた。
道を歩けば賊に襲われる商人が現れる。
街に入れば暴れ馬が走り、壁や看板が崩れ落ちる。
偉い人に会うともなると、陰謀や暗殺事件に巻き込まれる。
人里を離れれば、魔物が襲いかかってくる。
その全部に、アステリオスは首を突っ込んだ。
旅立って最初の戦いなんかは酷いものだ。
街を出てほんの1時間も歩かない内に、山賊どもが現れた。
俺はあの街に住んで数年になるが、そんな近くで山賊が悪さをしているなんて話は聞いたことも無い。
街を出る用事は何度もあったが、山賊どころかチンピラの類に逢った事すら無かった。
まあともかく、なし崩しに始まった初戦闘。
なにしろ俺は身体が大きい。
山賊どもは、目立つ俺をめがけてとにかく突っ込んできた。
俺は痛いのが嫌だから、必死になって斧を振り回して追い払う。
それで、気付くと山賊は散り散りに逃げていた。
俺が山賊の手下たちと戦っている間に、アステリオスが山賊の首領を倒していた。
これが最初でも無ければ最後でも無い事に、気付いたのは大分後になってからだった。
気付いた時には、もう遅い。
勇者様が道を歩くと厄介事がやってくる。
俺が何かを言おうとするよりもずっと早く、アステリオスは駆け出している。
そのまま死んでくれないかと、思ったことは一度じゃない。
ただ、そこで死なれると、俺も無事には済まないだろう。
勇者を見捨てておめおめ生きて帰ってきて、まともな生活が出来る訳もない。
そうでなくても、俺にだって見栄がある。
みっともなく生き延びたなんて、後ろ指をさされて生きて楽しいとは思えない。
なあに、大したことはない。
旅の仲間というのものは、途中で入れ替わる事が大半だ。
たった2人で旅をする事だって異例なのだから、途中でもっと強いヤツが仲間になってくれる。
そうしたら、神妙な顔をして、もうついて行けなくなったとかなんとか言えばいい。
そう思っていた。
そうはならなかった。
次の街で俺より強い剣士がいた。
俺の替わりに勇者様の旅の仲間になってくれと、俺は祈りを込めてそいつを見ていた。
出来れば上手いことの一つも言いたかったのだが、俺にはそんな芸当は出来なかった。
なにしろ俺は身体が大きい。
剣士は国で一番強い男だった。
どっちが強い、どっちが相応しい。そんな話がすぐに持ち上がり、そいつと決闘する事になった。
負ければお役御免だと、俺は黙って頷いた。
剣士の動きは正確で、俺は散々手足を切り裂かれた。
大振りの俺の攻撃は一発も剣士には当たらなかった。
剣士の見事な足さばきに、まったく追いつく気がしないので、俺は足を止めて腕を振り回し続けていた。
戦う内に、俺の足元に血溜まりが出来ていた。
剣士は俺の長い手足と、重い斧の一撃に攻めあぐねているようだった。
足を止める俺を中心に、剣士はぐるぐると回り続けていた。
「来い」
業を煮やして俺は言った。
なにしろ俺は身体が大きい。
手足の傷は普通なら致命傷だったかもしれないが、俺にとっては大した傷では無かった。
後で回復の魔法かポーションでも使えばなんとでもなる傷だった。
これで負けを認めるのは、さすがに八百長が過ぎるだろう。
せめて、胴にそれなりの深手が入らなければ説得力が無い。
自分が死なない程度に、さりとてまだ戦えると判断されない程度に攻撃を受けて、負けを認めてやる。
かなり痛いだろうけれど、それは我慢すればいい。
それで、勇者の旅の仲間の大任を剣士に譲る事が出来るはずだった。
それなのに、剣士はその一歩の踏み込みが出来なかった。
ちらりと防御を上げて、ここを打てと密かに剣士に合図する。
俺の意図が伝わったのか、剣士ははっとした顔をする。
意を決したように剣を構えて俺を見る。
それで斬られて、倒れて、負けを認めておしまいだ。
そう思った。
「私の負けです」
思った所で剣士は負けを認めていた。
「さすがは勇者様の第一の仲間。私ごときが相手になるはずがなかった」
そんな事まで言いだした。
結局、決闘は俺の勝ちになった。
次の街でも、その次の街でも。
同じような事が何度もあった。
その度に、俺より強い戦士達が勝手に負けを認めて身を引いた。
そのたびに、俺の名声は高まった。
勇者の第一の仲間だと。
不倒の壁だと。
雄牛の城塞だと。
そんなあだ名をつけられた。
なにしろ俺は身体が大きい。
どこに行ってもすぐに気付かれる。
そして、俺の横に勇者いる事は、誰にとっても当たり前になっていた。
アステリオスは見る間に勇者としての名を上げていた。
最後に旅立った勇者が、唯一の勇者となるのもすぐだった。
女好きのどうしようもないクソガキだが、その行動だけは勇者の中の勇者だった。
最初は純真な気持ちから。
途中からは、女にチヤホヤされたい不純な動機で。
弱きを助け強きをくじく。
正しい事をするために、一瞬たりとも躊躇はしない。
苦境も困難も、むしろ望んで飛び込んでいく。
だからどんどん名を上げる。
口下手でどんくさい俺は、毎回それに巻き込まれる。
巻き込まれて、一番の矢面に立つのは俺だ。
なにしろ俺は身体が大きい。
嫌と言う程、姿が目立つ。
とにかく、敵の攻撃が集中する。
死にたくないので手足を振り回して暴れる。
力仕事があるならば、率先してそちらに回る。
なんぞやという城塞都市に攻め込んだ時、俺の身長よりも大きい破城槌を運んだりした。
槌と言っても、丸太の先に尖った鉄の塊をつけて、荷車に載せただけのものだ。
運ぶ途中で荷車の車輪が壊れた。
仕方ないので、両手で抱えてそのまま壁に叩きつけた。
運良く一度で城塞の壁にヒビが入った。
アステリオスは城塞を守る魔物と戦っていた。
ここで引き下がる事も出来ず、壁が壊れるまで、破城槌を抱えて叩きつけた。
それを何度か繰り返したら、壁が崩れた。
それで俺は、【城塞破り】と呼ばれるようになった。
その頃から、俺に替わって勇者の旅の仲間になろうと思う者はいなくなっていた。
俺よりも有名な戦士もいなくなっていた。
旅は続いて、魔王の手下の魔物と戦う事が多くなった。
連中は容赦というものが無かった。
倒れた者には我先にと群がって、確実にとどめを刺してくる。
なにしろ俺は身体が大きい。
集まってくる魔物の数も半端では無い。
背中をついて倒れたが最期だ。
だから、絶対に倒れる訳にはいかなかった。
巨人がいた。
100人の軍勢がいた。
ドラゴンすらいた。
そんな奴らに腹を見せて倒れたら、たちまちの内に殺される。
俺は痛いのも苦しいのも嫌だ。
なにより死ぬのはもっと嫌だ。
必死になって歯を食いしばって、倒れないように足を踏ん張る。
そうしていると、アステリオスが雷撃を降らして相手を倒してくれる。
だから、それまでなんとか耐えてきた。
最初は毎夜、受けた傷が疼いて眠れなかった。
いつだったか忘れてしまったが、タナカが仲間になってから、そういう事も無くなった。
そう、タナカだ。
タナカは賢者だ。
本人は薬売りを自称している。
時々、驚く程に何も知らない事がある。
だが、俺の知るどんな賢者よりも頭がいい。それだけは間違いない。
書を読めば、すぐにその本質を理解する。
何かの仕組みを見れば、それがどういう理屈で動いているかが分かる。
分からない事があったとしても、それを分けて、調べて、理解する。
そんな本質的な賢さをタナカは持っている。
そして、その頭の良さに加えて、何か分からない力を持っている。
多分、神様かなんかから授かった力だ。
まず、人や物の居所が分かる。
ちょっと見ただけで、藪の中だろうが、闇の中だろうが、壁の向こうだろうが分かるらしい。
そして、見た物が何なのか、どんな状態なのかが分かる。
ある時、死にかかっている貴族の娘がいた。
衰弱しきって、重湯も飲み込む事が出来ない有様だった。
医者も司祭も何かの呪いか病によるものと思っていた。
それをタナカは、ひと目見ただけで毒によるものだと言った。
メイドの1人が暗殺者で、ゆっくりと時間をかけて娘を殺そうとしていたのだった。
それから、どこかに大量の荷物を隠す事が出来る。
背負い袋も何も無く、懐からポンポンと何でも取り出してくる。
野営のためのテントも、炊事の道具も全部タナカが持って歩いている。
大量の荷物を入れる事が出来る魔法の道具があると言うから、それをどこかに隠し持っているのかもしれない。
そんな、凄い力をタナカは持っている。
俺と違って、最初から勇者の仲間になるために神様から遣わされた男なのだろう。
戦いとなると、タナカは溜め込んでいたポーションを俺に投げつける。
効き目がすこぶる良いヤツだ。
魔王の手下の凄い強い戦士とか言うのと戦った時の事だ。
そいつの一撃で、俺の身体に大穴が開く。そんな凄い強いヤツだった。
しかし、なにしろ俺は身体が大きい。
一撃では俺を即死させる事は出来なかった。
そして、俺が一撃を受けるたび、タナカは俺にポーションをぶっかける。
それで、傷は見る間に塞がった。
結局魔王の手下は、疲れ果てるまで戦って。最後は俺がそいつの首の骨を折った。
それほどの効き目のあるポーションを、タナカは湯水のように俺に使う。
だから、大怪我をしたとか言って旅の仲間を離脱する事も出来なくなった。
なにしろ、怪我なんかはすぐに治る。
毒も呪いも病気も、回復されるポーションがいくらでも出てくる。
何よりタナカに仮病は通じない。
タナカが仲間になる前だったら、そんな言い訳も出来ただろうが。
今となっては、もう遅い。
とにかく俺は、頭の回りが遅い。
どうしようかと考えて、決断する頃には、なにもかもがもう遅い。
俺は戦いが怖い。
怖いと思わなかった事は一度もない。
痛いのも、苦しいのも嫌だ。
出来ればいますぐ、どこぞの土地で畑でも拓いて暮らしたい。
出来れば嫁がいると嬉しい。
美人とは言わないから。
気立てがいいとか、働き者だとか、わがままは言わない。
出来ればおっぱいは大きいほうがいい。
そんな話すら、もう迂闊には出来ない。
俺は唯一無二で、人類世界最強の獣戦士。
勇者を守る生ける城塞。
【城塞破り】。
【首刈り斧】。
ついた異名は山のようにある。
なにしろ俺は身体が大きい。
勇者との旅を放棄して逃げれば、すぐにバレてしまうだろう。
旅を離脱する適当な理由も、どこにもない。
もっと早く決断していたら。
もっと早く離脱する理由を思いついていたら。
そんな事ばかりを考える。
考えていてもどうにもならない。
何もかもが、もう遅い。