第12話
……どうして、鍵が開いてるんだ?俺は一人暮らしだし、合鍵は柚季しか持ってないはず。
それに、昨日の今日で柚季が来るとは思えない、とすれば……嫌な予感がする。
空き巣かもしれない。
俺はその場に袋を置いて、急いで扉を開け放った。
「あっ、湊君!お邪魔してます」
「おっ、湊戻ってきたー!結構待ったんだよー!」
奥の方で椎名さんが正座していた。一方の柚季は、ダッシュで俺の下まで駆け寄ってくる。俺は肩に入っていた力が抜け、妙に安心した。
と思った瞬間、柚季が理不尽過ぎる軽い腹パンを入れてきた。
脱力した体が、一瞬で硬直する。
「おっえ゛ッ、っぐ、なんだよ!」
「この前一緒にゲームした時、今度は湊の家持っていってやろうって言ったじゃん!なんで留守にするんだっ!」
「今度って、今日かよ」
「そだよ、今日だよ!」
「急過ぎるだろ!……空き巣じゃなくて安心した、荷物入れよ」
腹を抑えながら、俺は振り返った。後ろから柚季が、手伝うと言って付いて来る。
手伝うなんて言わず、普通に全部運んで欲しいけど。俺に腹パン入れたんだから。なんて思いながら玄関の扉を開けると、キョトンとした目の少女と目があった。
その時、俺は一気に心臓が縮む鼓動音を聞いた。
「で、荷物ってど…れ?」
「ま、待て、柚季まだ出ちゃ」
言う前に彼女は、外に出ていた。しかもその視線が既に、柚季の知らないだろう少女へと向いていた。
「だれ……その子」
「……ゆ、柚季。これには訳があって」
「え……湊、誘拐?」
「ばっ、な訳!」
「じゃあ何?」
彼女が俺にグッと近付いてきた。顔の距離感が、スマホの距離感とほぼ同じ。彼女の瞳に映る自分の顔に、俺は固唾を飲み込んだ。
「誘拐なの?」
「そ、それは違う」
ダメだ、言い訳を思い付けない。彼女に言われてから言い返すのがやっとだ。
「ねぇ、湊。目が泳いでる」
「んなっ」
「幻滅した……変態、警察呼ぶ」
とうとうその目は、完全に人を見下す目に変わった……弁解をする間も無くその扱いは、流石に酷過ぎないか?
「まず、事情を聞いてくれって!」
俺は身振り手振りで、必死に違うアピールした。しかし柚季は後ろを振り向き、完全に聞く耳を持っていない。
俺はどうにか弁解しようと、柚季の肩に手を掛けた。その途端、柚木の肩が妙に揺れているのに気付く。
「……っぷ、くくっ」
「はぁ?」
「っははっ、はははっ!!」
「な、何だよ」
表情を崩し、腹を抱えてはけらけら笑う柚季に、俺はやっと気付いた。
「いやいやいや、っあ〜面白い!からかうとすぐ必死になるの、昔とおんなじ」
「おま、騙したな?」
昔から、こいつは俺のことをよくからかってきた。からかっては、馬鹿にしたり、笑ったり。
いつか冗談じゃなくなるんじゃないかと焦るほどに、いっつもやられる。
俺はまた変に緊張した体を解して、柚季を睨んだ。一方の柚季は笑い涙を拭きながら、少女のもとに歩み寄った。
「っ冗談だって、理由があるんでしょ。大丈夫、ちゃんと聞くからっと、君も一緒に入ろ?」
「は、はい」
少女もされるがままに、部屋へ入っていった。手伝うとか言ったくせに、結局荷物は全部俺が運ばされた。
部屋に入ると、真っ先に椎名さんが声を掛けてきた。
「ご、ごめんね……邪魔してるよ」
俺は昨日の放課後の事より、キスをした時の感覚を思い出して、少し気不味く感じた。
玄関前の廊下にいる柚季が、後ろから動揺した声が聞こえてくる。
「あ……あぁー椎名さん、ね!早く来てたみたいで、部屋に入れました」
振り返ると、交互に椎名さんと俺を見返す彼女が居た。その、初めてみるあたふたした表情。
地味にツボだからやめてほしい、とは直接言えないけど。
「助かるよ。相談事があったからさ」
「そ、そうなんだ。ふーん」
何故だろう、そんなに気になるのだろうか?
すると、今度はじっと俺の方を見てこんな事を言った。
「……ごめん。私、今日は邪魔だった?」
そう言われると、どうしても申し訳ない気分になってしまう。お人好し、ってそう言う事なのだろうか。
「全然。ってか、いいよ。後でゲームしよう。とりま、俺の部屋行ってて」
実際のところ、俺が買ったゲームだから、普通にやりたいのもあるんだけど。
そんな事を思いつつ言葉を返すと、柚季はあからさまに喜ぶ表情を見せた。
「ふふっ、ありがとっ!じゃあ部屋で待ってるね……あっ、この子と一緒に行っていいかな?」
「あ、いや」
「?」
それは流石にまずいような気がする。椎名さんも、若干首を横に振ったように見えた。
けれど、柚季の後ろで縦に頷く少女がいる。
多分話を合わせてくれるというサインだろう。
「……何でもない。えっと、じゃあ柚季お姉ちゃんと、一緒に遊んでおいで」
「はーい」
俺の自室に、彼らは入っていった。何も起こらなければいいんだが……。
「……湊君。あの、そろそろ」
「昨日の話、ですよね」
俺は床に腰を落ち着かせて、椎名さんに向き合った。