8 エクソシスト
彩音は元より霊感などは一切持っていない。生まれてから21年間、霊など見たことも感じたこともないのだ。
それなのに、何故、今、悪魔が見えるのか?
霊と悪魔は別物だから? いや、きっとソコじゃない。
だいたい何故、男児の姿なのに悪魔だと確信できるのか?
⦅ もしかして、私が『聖女』になったから? ⦆
今まで無かったチカラが突如として自分に芽生えたとするなら、思い当たる理由はそれしかない。おそらく彩音は「聖女」としての能力を手に入れたのだ。
ダミアンは驚いたように彩音を見つめる。だが、国王の上から退こうとはしない。怒鳴ってダメなら懐柔か?
「ル~ル~ル~ル~ルル~。怖くない、怖くない」
優しい声で呼びかけ、手招きしながら、ダミアンにゆっくりと近付く彩音。
「いらっしゃ~い。こっちにいらっしゃ~い。ほ~ら。アナタはこちらに来たくな~る。どうしても来たくな~る」
けれど、ダミアンは国王の身体の上から動かない。
「ちっ。仕方ないわね」
彩音はそう呟くと突然歩調を変え、ツカツカと国王のベッドに近寄る。
そしてダミアンの襟首を掴むとヒョイと持ち上げた。
⦅ 軽い!? ⦆
6歳くらいに見えるダミアンの身体は子猫ほどの重さもなかった。
やはり人間ではないのだ。
「窓を開けて!」
彩音の指示に、王太子の従者が慌てて部屋の窓を開ける。ちなみに、この部屋は王宮の3階だ。
「ダミアン! アバよ!」
彩音はそう言うと、窓の外にダミアンを放り投げた。ダミアンは驚愕の表情を浮かべて彩音を見ていたが、地面すれすれのところでパッとその姿を消した。
一丁上がりとばかりにパンパンと手をはたくと、彩音は皆の方を振り返った。
「陛下、もう大丈夫ですよ」
彩音の言葉を聞いても、誰も何も反応しない。部屋に居る全員がポカンとしていた。無理もない。ダミアンの姿は彩音にしか見えていなかったのだ。今、彩音が何をしたのか、誰一人理解出来ていなかった。
「えーと、あの……トメは今、何をしたんだ?」
王太子チェーリオが口を開いた。
「陛下に憑いていた悪魔を窓から放り出しました。駆逐してやりました」
「「「「「あ、悪魔~!?」」」」」 「「「「「え~っ!?」」」」」
その場に居る者全員が叫んだ。チェーリオが両手でガシッと彩音の肩を掴む。
「ト、トメ! 悪魔がいたのか?! トメには見えたのか!?」
「はい。6歳くらいの男の子の姿をしていましたが、間違いなく悪魔です。きっと、あの悪魔の所為で陛下は体調を崩されたんですよ」
「そうなのか? ……はっ?! もしかして、先代聖女が存命中は父上、いや王家に手出し出来なかった悪魔が、彼女の死に乗じて王家に害を為そうとやって来たのかもしれん」
「悪魔が王家を害そうとする理由にお心当たりがあるんですか?」
「ああ……1800年前この国を建国した初代国王は、悪魔の力を借りて多くの敵を捩じ伏せ国を興したにもかかわらず、その悪魔を裏切り魔界に追放したという伝承があるんだ。もっとも事実なのか創作なのかハッキリしていないのだが――」
「なるほどー」
「聖女は神に最も近い存在だ。神に愛される聖女が存命のうちは、悪魔は悪さが出来なかったんだな。そして先代聖女が亡くなった――トメは昨日こちらに召喚されたばかりで、まだ新聖女として神への”初見の儀”すら済ませていない。だから悪魔には、まだ新たな聖女であるトメの力が及んでいなかったのだろう。ついさっきまではな」
そうか、そうよね。
昨日召喚されたばかりの彩音のことを、悪魔ダミアンは「聖女」と認識していなかったのだろう。だから、彩音にいきなり怒鳴りつけられて、あんなに驚いた顔をしたんだな……。「誰だ、こいつ?」みたいな表情だったもんな。
王太子チェーリオは高揚した様子で言う。
「しかし、トメはスゴイな。祈りによってではなく、物理的に手で掴んで窓から悪魔を放り出すなんて――素晴らしい漢気だ!」
いえ、ちっとも嬉しくありません。その褒め言葉(?)
「えーと、次からは祈ります。今日はあくまで緊急の対処をしただけですので――」
「うん、そうだな。けれど、トメの咄嗟の判断で悪魔は祓われた。ありがとう、トメ!」
彩音の手を握りしめるチェーリオ。
イテェ~よ!