6 美醜逆転世界!?
侍女のアンナが、やや呆れた口調で口を挟む。
「トメ様ったら、ご自分の事を『平凡』だなんて。そんな事を仰ったら、この国の女性達の反感を買ってしまいますわ。トメ様は本当にお美しいのですから、変な謙遜はなさらない方がよろしいですよ。ねぇ、ジルド様?」
アンナよ。何故、護衛のジルドに振る?
「ええ。私もそう思います。誰がどう見てもトメ様はお美しいのですから、『平凡』などと仰っては嫌味と捉えられてしまいます。お気を付けください」
えええぇ~!? この人たち本気で言ってるの!?
ここで彩音はある可能性に思い至った。
も、もしかして、ここは――美醜逆転世界!?
自分で立てた仮説に慄く彩音。
その日、アンナとジルドに王宮の中を案内してもらいながら、彩音は周囲を注意深く観察した。
この世界は美醜逆転世界なのか? いや、きっと違う――彩音の容姿はあくまで”凡庸”なだけであり、決して醜くはないはずだ。醜くはないはずだ。大事なことだから繰り返す。とにかく、確かめなければ。
先程から見ている限り、王宮にいる人間は美男美女率が異常に高い。
⦅ これって美醜逆転世界ではないって事じゃない? ⦆
彩音から見て美しい男女が多いのだ。普通に考えて王宮に不細工ばかり揃っている訳がない。つまり、彩音の感じる「美しい」と、こちらの世界の「美しい」は同じなのではなかろうか?
そんな事を考えながら歩いていると、回廊でポ~ッと頬を染めて何かを見つめている数人の若いメイドを見かけた。彼女達の視線の先をたどると、すごいイケメン騎士が警備をしている。
ふむふむ。彩音が「すごいイケメン」と感じる男性が、この世界でも女性を惹きつけている。うん、大丈夫だ。美醜逆転していない。
いや、ちょっと待て……そうだ! ラノベによっては「男性のみ美醜逆転」とか「女性のみ美醜逆転」とかいう変則的な美醜逆転世界もあったはず! う~ん、まだ安心は出来ない。
気分転換を図ろうと、彩音が「少し外を歩きたいわ」と言うと、アンナとジルドは王宮の東庭に連れ出してくれた。すると、庭の隅っこで3人の侍女が何やら揉めている。際立って美しい一人の侍女が、他の二人から詰られているようだ。彼女らは、庭にやって来た彩音達に気付いていない。
「貴女、ちょっと美人だからって、いい気にならないで!」
「私は、そんなつもりはないわ」
「ふん! 男どもにチヤホヤされて調子に乗ってるじゃないの!」
「どこが調子に乗ってるって言うの? 貴女たちは、美しい私に嫉妬してるだけじゃない! このブス!!」
「「何ですってぇー!?」」
「……ゴホンッ!」
ジルドが、わざとらしく咳払いをする。3人の侍女は一斉にこちらを見て、次の瞬間青褪めた。
「黒髪に黒眼!?」 「「聖女様!?」」 「「「失礼しましたー!!」」」
彼女達はそう叫ぶと、慌てて去って行った。
彩音はホッとした。この世界が美醜逆転世界ではないと確信できたからである。先程、彩音が「際立って美しい」と思った侍女は、どうやら美しさ故に嫉妬されている様子だった。つまり、彩音の感じる「美しい」と、こちらの世界の「美しい」は合致するということだ。
間違いない。やはり美醜逆転していない。良かったー!
きっと、この世界で彩音が「美しい」と認識されるのは、より遠い遺伝子を求める人間の生物としての本能の所為だろう――彩音は、そう結論付けた。
「トメ様、申し訳ございません。あのような見苦しい場面をお見せしてしまって。同じ王宮侍女として恥ずかしい限りでございます」
そう言って、アンナが彩音に頭を下げる。
「アンナが謝る事じゃないわ。それに女性の多い職場ではあんな事は日常茶飯事でしょう? 別に見苦しいなんて思わないわ。よくある事よ」
そう、よくある事なのだ。彩音は中・高一貫の女子校育ちだ。女子の世界はいつもゲリラ戦である。食うか食われるかなのだ。おそらくだが、きっと男子校よりもキツイと思う。
男って何だかんだ単純で可愛いとこがあるものね。
中・高と男子校に通っていた弟の学校話を聞いていても、そう感じた。
女子の世界は厳しい。ぼぉ~っと生きてたら生き残れない。女官や侍女やメイドといった女性がわんさか居る、この王宮もなかなか大変そうだ。女子校と違って男性が一緒に居る分、余計ややこしいかもしれない……。