4 夢の中で
彩音の心配は杞憂に終わった。この国の料理はイタリアンに近かった。
「美味し~い!」
部屋に運ばれた料理を美味しそうにパクパク食べる彩音の姿を見て、王太子も神官長も胸を撫で下ろす。王太子チェーリオは言った。
「先代聖女は62年前に召喚された時に我が国の食事が口に合わなかったそうだ。『コメとミソとショウユはないのか』と度々言っていたらしい」
そっかー。62年前の日本人女性にイタリアンはキツかったかもしれない。
彩音の70代後半の祖父母だってイタリアンなど食べようとはしない。先代聖女は彩音の祖父母とほぼ同世代だ。無理もない。
「わかります。私も日本人なので。米と味噌と醤油は日本食の基本なんですよ」
「やはり、トメもニホン人なのだな?」
王太子が確認するように問う。
トメ? あぁ、そうか。さっき偽名を名乗ったんだった。
自分のついた嘘を既に忘れかけていた彩音は焦った。
「そ、そうです。日本人です。日本の横浜っていう所で生まれ育ちました。先代聖女の出身地の千葉と、そう離れていません」
18歳で62年前の千葉から、いきなり異世界に召喚されて「聖女」だなんて祭り上げられて、大変だったろうな……先代聖女の苦労に思いを馳せる彩音。
⦅ イヤ、私も大変なんだけどね。現在進行形で…… ⦆
「当面トメには、ここ王宮に住んでもらう。この部屋は聖女の為に用意した部屋だ。自由に使ってくれ。専属の侍女と護衛騎士もつける」
ここって王宮だったのね。道理でいろいろと豪勢なはずだ。
それにしても専属の侍女と護衛か~。
常に自分の側に他人がいるなんて、想像するだけで鬱陶しいが、王太子がそう言うのなら必要なのだろう。彩音は仕方なく受け入れた。
「わかりました」
食事を終えたら眠くなってきた。
王太子と神官長と3人で話をしているのに、ものすごく眠い。
話しながらウツラウツラし始めた彩音を見て、王太子が、
「あぁ、すまない、トメ。召喚した当日に、こんなにいろいろ話してしまって――疲れただろう。ゆっくり休んでくれ。私たちはもう部屋を出るよ」
と、言って、気遣ってくれた。
王族なのに偉ぶったところのない爽やかなイケメン、王太子チェーリオ。
優しそうな見目をして、いかにもモテそう。
実際、この手の男にコロっと参ってしまう女子の何と多いことか。けれど彩音は知っている。世の中で優し気なイケメンほど性質の悪いモノはない、ということを。クワバラ、クワバラ――と、唱えながら、彩音はいつの間にか眠ってしまった。
夢の中で、彩音は先代聖女に会った。
先代さんは彩音に親し気に話しかけてきた。
「私は先代の聖女すみゑ。私はね、千葉の野田の出身なの」
「野田ですか? それはお醤油が恋しくなりますよね」
「そうなのよ~。わかってくれる?」
「わかりますとも!」
「この国もそんなに悪い所じゃないのよ。野田には負けるけどね」
「アハハ。地元大好きさんですね? 私も地元横浜大好きタイプですよ。でも先代さん、いえ、すみゑさんはこちらで結婚もされたって聞きました」
「うんうん。夫は若い頃、この国の騎士団団長でね。男らしくて逞しくて、とっても格好良い人だったのよ」
「ひぇ、おノロケですか?!」
悶える彩音。
「野田には帰れなかったけど、けっこう幸せに暮らしたの。米と味噌と醤油はどうしても諦められなくて、こちらにある材料で似たモノを作ったのよ。私は料理が得意でね。自信作よ。そのうち貴女も食すことになると思うわ。娘に作り方を伝授してあるの」
「えーっ! 本当ですか? 嬉しい!」
「うふふ。ねぇ、貴女。どうして『トメ』なんて偽名を名乗ったの?」
「あれ? さすが聖女。まるっとお見通しですか?」
「聖女は寿命が尽きて天に召されても聖女なの。何でも分かっちゃうのよ。あ・や・ね・さん!」
「参りました!」
「ふふ。でも彩音さんはスゴイわね。どうしてそんなに肝が据わっているのかしら? 私なんて62年前にこの世界に召喚された時、丸1ヶ月泣き暮らしたのよ。泣いて泣いて『帰りたい!』って泣き続けて……むしろ、それが普通の反応だと思うのよ。彩音さんは、どうしてそこまで落ち着いていられるの? とても不思議だわ」
「あー、えっと……62年前にはきっと無かったラノベを読んでいるせいですね。今の日本には、日本人女性が聖女として異世界へ召喚されるっていうストーリーの小説がたくさんあるんです。いろんなパターンがあって、もちろんハッピーエンドも多いんですけど、中には聖女といっても監禁されたりとか、あと勇者達とパーティーを組まされて魔王討伐に行かされた挙句『終わったら元の世界に戻れる』という説明が実は嘘で――なんていう可哀想な話もあります。散々こき使われた後に『用済みだ』と追放された聖女が怒って、自分を召喚した世界に復讐するパターンもあります」
「まぁ、酷い! 騙されて良いように使われた挙げ句に追放なんて、怒るのは当たり前だわ!」
「ええ、私もそう思います。そういう場合は”ざまぁ”展開が多いですね」
「ざまぁ? ――彩音さん、安心して。この国は聖女をとても大事にしてくれるわ。元の世界には戻れないけれど、私の時も最初からそう正直に伝えられたの。80歳で寿命を終えるまで、この国が私に嘘をついたことは一度もないわ。異世界から召喚なんて理不尽極まりないけれど、少なくともこの国の人達は自分達が理不尽なことをしていると自覚しているし、罪悪感も持っている。聖女を騙して良いように使ってポイするなんて発想はないはずよ。その点は信じて大丈夫」
「……そうなんですね。まぁ、確かに異世界召喚なんて理不尽な話ですけど――こうなってしまったからには、グチグチ言っても仕方ないですから」
「彩音さんは強いわね。でも、弱音を吐ける相手を見つけることも大切よ。どんなに貴女が強い女性でも、ずっと気を張ってはいられないもの……私とも時々こうして夢の中でお喋りしましょうね」
「ええ、ぜひ。――この夢は、すみゑさんが見せてくれてるんですか?」
「そうよ。貴女の夢に干渉しているの。私は聖女ですからね。天国に行っても、このくらいの事は出来るのよ」
「すごーい!」
「彩音さんも聖女に選ばれたのだから、素晴らしい『キセキ』のチカラを持っているはずよ」
そうなのかな? 今まで起こした「キセキ」と言えば、ずっとE判定だった第一志望の大学に受かったことくらいだけど……ああ、すみゑさんの姿が遠ざかる……眠い……ぐぅ~。