25 待っていて
ユーグは彩音を王宮まで送ってくれた。
「ユーグさん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「私もトメ様と過ごせて楽しかったです。また、お誘いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
「……では、お休みなさい」
「お休みなさい、ユーグさん」
彩音がそう言って、自分の部屋に向かおうとすると、
「トメ様!」
と、ユーグに呼び止められた。
「はい?」
振り向く彩音。
「あの……もう少し待ってください」
「へ?」
何を? と尋ねるのはヤボな気がした。
「もう少し時間がかかるんです。けれど必ず――とにかく、私を信じて待っていてくれませんか?」
ユーグには、きっと何か考えがあるのだろう。
ユーグが「信じてくれ」と言うのなら信じる。「待っていてくれ」と言うのなら待つ。
彩音はユーグを愛しているのだ。何も迷いはない。
「はい。待ちます」
その夜。彩音の部屋にて。
♪ 苦しめば○しむほど~ 愛は○は深まる~ るるるるる~ ♪
歌って踊る彩音を眺めながら、呆れている悪魔ダミアンがいた。
「何だ? 今日観た歌劇のマネか?」
「そうなの~。良かったわ~。悲恋モノなんだけど、すごーく良かったの!」
「へぇー」
心底、興味がなさそうなダミアン。
「ねぇ、ダミアン。私、思ったんだけど、ユーグさんは根回しをしてるんじゃないかしら?」
「根回し?」
「うん。ほら、私って一応”聖女”っていう大層な立場でしょ? だから簡単に私に『お付き合いしましょう』なんて、彼の立場では言えないんだと思うのよ。そこら辺を何とかする為に、根回しのような事をしてるんじゃないかな~って」
「……まぁ、そうかもしれないな。先代聖女の結婚の時は、夫となった騎士団団長が力業で周囲を黙らせたけど、ユーグは文官だからな。頭と人脈を使って何とかするつもりだろう」
「あ、そうか! ダミアンは10万666歳だから、先代聖女のすみゑさんの若い頃から知ってるのね?」
「ああ。オレは昔からこの国にちょくちょく遊びに来てたからな」
「もしかして、すみゑさんにも可愛がられたの?」
「まさか。悪魔を構いたがる聖女なんて、トメだけだぞ」
「そうなの? 照れるなー」
「別に褒めたつもりは無いんだがな」
ある日、アンナが興奮気味に教えてくれた。
「トメ様! 陛下が第2側妃様を正妃として迎えられるそうです!」
「えーっ?!」
「今朝から王宮はその話題で持ち切りです。正式発表はまだですけど、近いうちに公になるみたいですよ」
「そうなのー!?」
驚いた。
けれど、例の第1側妃メリッサがやらかしたお茶会媚薬事件の後、「こんな事が起きるのも、後宮を仕切る正妃の座が空いたままだからだ」という声が上がっていたらしい。
王太子チェーリオの実母である正妃が亡くなったのは10年前だ。
側妃が11人もいるのに、それを抑える正妃が長年不在というのは確かにマズイ状況だろう。
「10年経って、ついに陛下も重い腰を上げたという事かしらね?」
彩音がそう言うと、アンナは、
「『第2側妃様を正妃に』と、宰相様を始めとした重臣方がかなり強力に推されたそうですよ。ウワサでは、第2側妃様の実父である侯爵様が、いろいろと手を尽くして重臣方を味方に付けたとか。おまけにトメ様を陛下に取られたくない王太子殿下が、この機に乗じて重臣方に加担されたらしくて、陛下は外堀を埋められたということでしょう」
と、言った。
「へぇ~。なるほどね」
彩音は、親子ほど年の離れた国王が自分を本気で口説いていると感じたことは一度もなかったが、周りはそうは思っていない。だからこそ、彩音は第1側妃メリッサに睨まれて、あんな事件まで起きたのだ。それを考えると、国王が正妃を迎えることは、彩音にとっても朗報に違いない。
「おめでたい事だわ。正式に発表されたら陛下にお祝いを申し上げなきゃね」
数日後、国王が第2側妃を正妃に迎えるという発表が正式になされた。




