24 観劇
今日は、ユーグと観劇に行く約束をしている日だ。
ユーグとの外出は初めてである。もちろん聖女である彩音の外出には侍女アンナと護衛のジルドが付いて来る。それでも彩音は朝からソワソワしていた。
「トメ様、良かったですね~。ユーグ様が観劇に誘って下さるなんて。これは進展が期待できますよ!」
アンナは浮き浮きした口調でそう言った。
「アンナ。私、頑張るわ!」
拳を握りしめる彩音。
ジルドはそんな彩音とアンナを見て苦笑している。いや、失笑か? けれど、その目は温かい。
重度のホームシックに苦しんでいた頃、アンナとジルドは本当に彩音のことを心配してくれていた。
ユーグと一緒にサクラの手作り弁当を食べるようになってから、少しずつ回復し始めた彩音を、アンナとジルドは一番近くでずっと見守ってきたのだ。それ故、二人はユーグにとても好意的だ。
ポーカーフェイスの苦手な彩音の恋心は、勿論とっくに二人にバレている。そして、アンナもジルドも彩音の恋を応援してくれているのだ。
アンナが選んでくれた観劇用のドレスは、ユーグの瞳と同じ翡翠色だった。
「ちょっと、あからさま過ぎない?」
心配になった彩音がアンナに問うと、彼女は、
「トメ様! ここは押せ押せでございます!」
と、力強く言い切る。
「アンナって、意外と果敢なタイプよね……」
「ユーグ様はヘタ……遠慮がちな殿方ですから、これくらいアピールした方が良いのです!」
今、「ヘタレ」って言いかけたよね?
ユーグが部屋まで迎えに来てくれた。
彼は彩音の姿を見ると一瞬目を瞠り、
「そのドレス、とても似合っていらっしゃいますね。お綺麗です、トメ様」
と、照れ笑いをしながら言った。
照れた? ということは、やはりドレスの色がユーグの瞳の色だって気付いたのよね? いやん、恥ずかしい!
「……ありがとうございます」
「それでは参りましょう」
「はい」
馬車に乗り、王都の中心にある劇場に向かう。
劇場に着くと、貴賓席に案内された。
え? いいの? と思ったが、考えてみれば彩音は「聖女」なのだ。一般席で他の客と隣り合って観劇するなどあり得ない立場なのである。
だとしても、貴賓席って高いよね?
つい、値段が気になる彩音。けれどユーグは貴族である。しかもブラッハー伯爵家は豊かな領地を持っていて、とても裕福らしい。貧乏貴族ではないのだ。ここで彩音が、日本人の学生感覚で「割り勘にしましょう」などと言えば、失礼になってしまう。
彩音はふと、バブル世代の自分の母親ならば、男性にデート代を全て出してもらう事に何の抵抗も無いんだろうな、と思った。
母はネックレスやら指輪やらブレスレットやら、とにかくたくさんの光りモノを持っていた。以前、彩音が、
「お母さん、それって全部お父さんに貰ったの?」
と、尋ねると、母は、
「う~ん。お父さんから貰ったモノもあるはずだけど……ほら、バブルの頃って、いろんな男の人がたくさんプレゼントをくれたから、誰から何を貰ったか分からなくなっちゃったのよ」
と、のたまった。
「私、バブルの頃にちょうど20代前半だったからね~。やたらと男の人が奢ってくれたりプレゼントをくれたりしたの」
って、自慢か!? 自慢なのか!?
彩音と大して変わらない平凡な顔立ちの母でさえ、そうだったのか!? と、衝撃を受けたものだ。恐るべし! バブル!
そんな事を思い出していたら、歌劇が始まった。
それは、非情な運命に翻弄される恋人どうしの悲恋モノだった。始まって、大して時間も経たぬうちからボロボロと泣き始め、ハンカチをぐしょぐしょにしてしまった彩音。そんな彩音にユーグは戸惑った様子だったが、
「トメ様、大丈夫ですか?」
と、心配そうに囁きながら、そっと手を握ってくれた。
結局、彩音は最後まで泣き通しだった。そしてユーグは、その間ずっと手を握っていてくれた。途中で彩音のハンカチが涙を吸収しなくなると、彼は自分のハンカチを彩音に渡してくれた。何だか、物凄く手間のかかる女みたいで恥ずかしいし、心苦しい。
歌劇が終了した後、彩音はユーグに謝った。
「ユーグさん、ごめんなさい。ご迷惑をお掛けしてしまって。本当にすみません」
「迷惑だなんて思いませんよ。それより、私がお誘いしたのに、この歌劇がこんなに悲しいストーリーだとは知らなくて――私のリサーチ不足です。申し訳ありませんでした」
「いいえ。とても素晴らしい歌劇でした。悲しいけれど美しいストーリーで感動しました。革命で二人が銃弾に倒れて、それでもお互いを求めて懸命に手を伸ばすラストシーンなんて、もう!! 私……ハッピーエンドも好きですけど、悲恋モノも結構好きなんです」
これは本当だ。
「そうですか。それなら良かった」
ユーグはホッとした表情を浮かべ、そう言った。
パウダールームでアンナにお化粧を直してもらった後、劇場を出てレストランへと向かう。
「今日は母のニホン風料理ではなく、この国の料理を出すレストランに行きましょう。とても美味しい店ですよ」
「はい」
彩音はユーグの母、サクラの手料理が一番好きだが、イタリアンに近いこの国の料理もとても美味しいのだ。
ユーグが予約してくれた店の料理は絶品だった。
「美味し~い!」
「そうでしょう?」
食事が美味しいと、自然と会話も弾む。彩音はユーグとたくさん話をして、とても楽しい時間を過ごした。




