23 お料理教室
美味しかった。故に、物凄くたくさん食べてしまった。ユーグが隣に居るのに、はしたなかったかもしれないと、彩音は反省していた。
そこへ、デザートとして”おはぎ”が出てきた。彩音の好物である。つい先程の反省を忘れ、大口を開けてパクつく。
う~ん。程好い甘さの上品な味だわ。こし餡じゃなくて、つぶ餡なのもグーね。この餡子、この国の食材で作ってあるのよね? 一体、何から出来てるんだろう? 本物の餡子の味がする。
⦅ サクラさん、マジで神だわ! エクセレ~ント! ⦆
「トメ様は、おはぎがお好きなんですね?」
ユーグが彩音に問う。
「はい! 特につぶ餡が好きなんです。本当に美味しいです。あ、サクラさん、もう一つ頂けますか?」
あれ? また、やっちまったー!
ちらとユーグの顔を見ると、彼は嬉しそうに笑っていた。
「良かった。トメ様、これからも、どんどん我が家に遊びにいらして下さい。そんなに美味しそうに食べて頂ければ、母も料理の作り甲斐があるでしょう。ねぇ、母上?」
「ええ、本当に。私、家族以外になかなかニホン風料理を振る舞う機会がありませんの。この国の人は慣れない醤油や味噌の風味が無理みたいで。トメ様に、こんなに喜んで頂けて感激ですわ。是非これからも遊びにいらして下さい。今度は天ぷらを作りましょう。ちらし寿司もいいですわね。筑前煮も得意ですのよ。あぁ、もう少し寒くなったら、おでんに湯豆腐、すき焼きも作りましょう。ねぇ、トメ様。是非、召し上がって下さいね」
「し、幸せです~! サクラさん、一生ついて行きます!」
彩音の台詞にユーグが不満気な声で小さく呟いた。
「『一生』って、母にではなく私に……」
「ん? ユーグさん? 何ですか?」
「……いえ。母の天ぷらも、ちらし寿司も美味しいですよ。是非またいらして下さい」
「はい! 喜んで!」
その夜。
ダミアンを膝に抱き、ブラッハー伯爵家での夕食について熱く語る彩音。
「でね~。もう、メチャクチャ美味しかったのよ~。あ~、サクラさんを嫁にしたい!」
「お前、完全に胃袋を掴まれたな」
「ガッチリね!」
「お前も作れるようになれば、いいんじゃね?」
「へ?」
「だから、そのニホン風料理の作り方を、ユーグの母親に教えてもらえばいいだろ?」
「そ、そうか……。でも私、全く料理したこと無いからな~……」
「そうなのか? お前、ニホンにいた時も身分の高い令嬢だったんだな」
……言えない。平民のサラリーマン家庭の娘なのに、一切料理をしたことが無いなんて――
「ええ、そうなの。料理は屋敷(建売だけど)の料理人(母親のことね)が作ってくれていたから」
「そうか。じゃあ、時間はかかるだろうが、ユーグの母親に基本から習うこったな」
「う、うん。そうだね」
大学に入学してからも自宅通学をしていた彩音は、母親が作ってくれる食事を当然のように食べ、皿洗いすらしなかった。
専業主婦の母親は、器用で何事も手早かった。不器用な彩音は ”自分が手を出しても邪魔になるだけ” と思っていたところもある。けれど、もう子供ではないのだ。21歳の成人が料理の一つも出来ないなんて、やはり自分は甘えていたのだと彩音はつくづく感じた。今更ながら恥ずかしい。
「ダミアン! 私、頑張るわ! ユーグさんの家にちょくちょく通って、サクラさんに料理を教えてもらう!」
「おう! ガンバレよ!」
早速、翌週から、彩音はサクラにお願いして料理を習い始めた。
最初はユーグの休みに合わせてブラッハー伯爵家に行っていたが、そのうちサクラしかいない時にも通うようになった。
その日も、彩音は午後からユーグの屋敷に行く予定だった。
午前中、神殿での祈りの儀を終えた彩音は、王宮に戻り、ユーグと一緒にお弁当を食べていた。
彩音は午後は毎日フリーだが、王宮文官のユーグは夜遅くまで働いている。特に最近は重要な案件でも抱えているのか、とても忙しいようで、度々王宮に泊まり込んで仕事をしているらしい。外国への出張も急に多くなり、一緒にお弁当タイムを過ごせない日も増えていた。
「トメ様は、今日はこの後、私の家にいらっしゃる予定なのですよね?」
ユーグに問われ、彩音は、
「ええ。今日はサクラさんに”筑前煮”を教えてもらうんです」
と、答えた。
「そうですか……」
何故か、溜め息を吐くユーグ。
「あの、ごめんなさい。ユーグさんの留守に、いつも厚かましく御屋敷に上がり込んで――」
「いえ……それはいいんです。トメ様……今度の休日、母は抜きで、私と二人で出かけませんか?」
「は?」
「私と二人では、お嫌ですか?」
「い、いえ。そんな事はありません」
「では、二人で観劇に行きましょう」
「はい……」
その日の午後、ブラッハー伯爵家を訪れた彩音は、サクラにその話をした。
「ユーグさんが観劇に誘ってくれたんです。トメ、感激! な~んて」
「あらあら、ようやくユーグも本気を出してきたって事かしら?」
「そんな……そうだと嬉しいんですけど」
にやける彩音。
頻繁に屋敷を訪れて料理を習うようになってから、彩音がユーグを想っていることはサクラに知られてしまった。どうも彩音は感情が顔に出てしまうようなのだ。
「ユーグったら、いつもトメ様の話ばかりするくせに、何のアクションも起こさないから本当にヤキモキしてたんですよ。そのくせ、自分のいない時にトメ様と私が一緒に過ごすことが気に入らないらしくて――我が息子ながら、あんなに嫉妬深いとは思いませんでしたわ」
「嫉妬……ですか? サクラさんに?」
「そうです。実の母親に嫉妬するなんて笑えるでしょう? トメ様のことが好き過ぎてオカシイんですよ、あの子」
「でも一度も、その……好意を言葉にしてくれたことは無いんですよ?」
「ヘタレなんですよ。トメ様はとてもお美しくて、陛下や王太子殿下、その他の高位貴族令息や神官達からもモテモテでしょう? ユーグは自分がトメ様に相応しいと思えないのでしょう。要は自信が無いのですわ」
「はぁ……。もう、いっそ、私から告白しようかとも思ったんですけど、やっぱりユーグさんから言って欲しくて――」
「そこは、やっぱり男に言わせるべきですわ。ユーグはヘタレですけど、トメ様を観劇に誘ったのは大きな前進です。どうか見捨てずに、もう少し待ってやって下さいませ」
「はい……」
「それにしても、あの子、最近本当に仕事が立て込んでるみたいで忙しくしてますのよ。ここのところ、ずっと休日も返上で働いてるんです。外国への出張も近頃ますます増えてますし、家では仕事の話はしないのですけど、おそらく大きな案件に関わっているのでしょう」
サクラは少し心配そうに、そう言った。
そんなに忙しいのね……
なのに、ユーグは貴重な休日に、わざわざ彩音を観劇に誘ってくれたのだ。
嬉しい――彩音は素直にそう思った。




