22 お呼ばれ
次の週、ユーグの休みに合わせて彩音はブラッハー伯爵家を訪れた。
ユーグは王宮の文官なので、特別な事が無い限り週末は休みである。
以前、一緒にお弁当を食べながら、ユーグは自身が文官であることについて、自嘲気味にこう話したことがある。
「私の祖父は騎士団団長を務めました。婿入りした父は現在は領地経営に専念していますが、元軍人で中将まで出世した男です。けれど私は、どうにも騎士団だの軍だのという武骨な組織には馴染めそうになくて……。祖父も父も『自分の進みたい道を行けば良い』と言ってくれて王宮文官になったのですが、周囲の貴族達からは散々言われました。『武門の誉れ高いブラッハー家の跡取り息子が、文官などという軟弱な職に就くとは』ってね」
「まぁ! 何て失礼な! 騎士や軍人だけで国が回っているわけじゃないでしょう? 文官の仕事は国家の屋台骨を支えて国の未来を具体的に形作る重要な仕事なのに!」
彩音が腹立たし気にそう言うと、ユーグは一瞬驚いた顔をした。そして、
「トメ様、ありがとうございます。私は文官の仕事に誇りを持っていますが、貴女に認めてもらえることが、こんなに嬉しいとは……」
と、言って、照れたように笑った。
彩音がユーグのその笑顔に心臓を撃ち抜かれ、息も絶え絶えになったことは内緒である。
「トメ様。ようこそいらっしゃいました。ユーグの母のサクラ・ブラッハーと申します」
「トメです。今日はお招き頂き、ありがとうございます」
「トメ様にお会い出来て、とても光栄ですわ」
「毎日、私の分までお弁当を作って下さって、ありがとうございます。いつも、とても美味しいです。ぜひ直接お会いして、お礼を言いたいと思っていたんです」
「まぁ! 喜んで頂けて嬉しいですわ!」
「あの……『サクラ』さんのお名前は、先代聖女様が命名されたのですね?」
「はい。母がつけてくれました。やはりトメ様も『サクラ』をご存知なのですね?」
「ええ。桜は日本の花ですから。春に咲く、とても綺麗な花です」
「母もそう言っておりました。私はサクラを見たことはありませんが、母がいつもサクラの美しさを話してくれたんですよ」
ユーグの母親は、温かく家庭的な雰囲気の女性だった。
ブラウンの髪に黒い瞳。顔の造作は西洋風だが、肌は白人よりもやや黄色人種寄りの色だ。やはりクオーターのユーグよりもずっと日本人の血を感じる。
彩音は自然と肩の力が抜けた。
ユーグの父親は今は領地に滞在しているそうで、ユーグとサクラと彩音の三人で談笑する。先代聖女のことや日本のこと等、話題は尽きない。
やがて、サクラが席を立った。
「腕によりをかけて夕食を用意しますね。トメ様、楽しみになさってお待ち下さいませ」
と、言って。
客間で二人になったユーグと彩音。もちろん、アンナもジルドもこの家の使用人もいるのだが、空気のように控えている。プロだ。
「いつもお母様が料理をされるんですか?」
「ニホン風料理を作る時は母が一人で全て作るんです。祖母の味を忠実に守りたいらしくて。ただ、弁当は毎日母が作っていますが、夕食は週に1~2度です。他の日は、うちの料理人がこの国の料理を作っています」
貴族の夫人は普通は自ら料理などしない。
いつかユーグが言っていたように、サクラは元々料理好きなのだろう。そして、それ以上に、サクラの母である先代聖女すみゑが懸命に再現した日本風料理の味を、守りたいという思いも強いのではなかろうか?
サクラが毎日作ってくれるお弁当は、いつも本当に美味しい。夕食が楽しみ過ぎて、ヨダレが出そうな彩音であった。
「お待たせしました、トメ様。さぁ、召し上がれ」
案内されて食堂に足を運んだ彩音は、テーブルの上に並べられた料理を見て、息を呑んだ。
「に、肉じゃがだぁ~!?」
肉じゃが・茶碗蒸し・キノコの味噌汁・ほうれん草のお浸し・タコときゅうりの酢の物・糠漬け、そして白いご飯……の、ように見える料理が並んでいる。
「うふふ。トメ様は肉じゃがはお好きかしら?」
「はい! 大好きです! 嬉し~い!」
「材料はこの国にあるモノで代用しているので、本当のニホンの料理とは違いますけど、でも私の母が長年試行錯誤を繰り返して完成させたレシピで作っておりますのよ。ぜひ味わってみて下さいませ」
「はい! いただきます!」
それは、まさしく肉じゃがそのものだった。しっかりお醤油の味がしみ込んでいて、スゴク美味しい。
「美味しいです。本当に美味しい……」
食べながら、自然に涙が彩音の頬を伝う。
隣の席に居るユーグが心配そうに彩音の顔を覗き、そっとハンカチを渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。ユーグさん」
ふと気付くと、サクラも泣いているではないか?!
もらい泣き?
サクラの母、すみゑも日本から召喚された聖女だったのだ。自分の母親と同じ境遇の彩音の涙を見て、感じるところがあったのかもしれない。
ただ、これだけは、ちゃんとサクラに伝えなければ――
「あの、肉じゃがのお替わりをください。あ、あと、お味噌汁も」




