20 お弁当
翌日から、ユーグは毎日、お昼になると彩音の部屋にお弁当を届けてくれるようになった。
「せっかくだから、ユーグさんもここで一緒に食べましょうよ」
彩音の誘いを最初は固辞していたユーグだが、結局は、
「一人で食べるより二人で一緒に食べた方が美味しいに決まってるわ。食欲も湧くと思うんです。ねぇ、お願い。ユーグさん」
と、言いながら彼の袖を引く彩音に負けた。
何せ、この世界では彩音は大変な美人なのだ。
その彩音の上目遣いのお願いに抗える男はそうそういない。
そうして、彩音とユーグは毎日一緒にお昼のお弁当を食べるようになった。
ユーグの母の作ってくれるお弁当は、本当に日本のお弁当そのものだった。
最初の頃は食の細っていた彩音に配慮してくれたのであろう、胃に優しいおかずばかりだったが、少しずつ彩音の食欲が戻るにつれて、牛肉と蒟蒻の甘辛煮・鶏の照り焼き・さわらの味噌焼き・だし巻き卵・小松菜の胡麻和え・具沢山の煮ヒジキ・なます――[のモドキたち]と、いろいろなおかずが入るようになってきた。どれもとても美味しい。そして懐かしい味がする。ご飯はたいてい俵結びにしてあり、海苔が巻かれていたり刻んだワカメや黄な粉[しつこいようだが全てモドキである]が、まぶされている日もある。
「美味しい! ホントに美味しいです!」
彩音は今日もそう言いながら、お弁当を食べていた。
「それは良かった」
ユーグは、食欲の戻ってきた彩音を嬉しそうに見つめる。
祖母である先代聖女が日本人なのだからユーグはクオーターなのだが、彼はブラウンの髪に翡翠色の瞳をしていた。顔の造作も肌の色も、どう見ても白人にしか見えない。
「ユーグさんには日本人の特徴がほぼ見当たりませんね~」
ユーグの顔をマジマジと見ながら彩音がそう言うと、ユーグは苦笑いをしながら答えた。
「ハハハ。よく言われます。背があまり高くないところくらいですね。もっとも、男としては余り嬉しくないですが。私の母はハーフですから、もう少しニホン人っぽいですよ。髪はブラウンですが、瞳が黒いんです」
「まぁ、そうなんですか?」
毎日、二人でお喋りしながら一緒にお弁当を食べていれば、自然と距離は近くなる。
彩音とユーグはいつの間にか、ずいぶんと親しくなっていた。
実を言うと、ユーグの見目は彩音にとって、とても好ましいものだった。
平たく言うと、いわゆる「どストライク」というヤツである。
整った顔立ちではあるが、特にイケメンという程ではなく丁度良いカッコ良さ。
背はさほど高くなく、けれど程良く筋肉のついた身体。
全体的に、いい塩梅に安心感のある容姿なのだ。
そして何より、ユーグは文官らしく落ち着きのある、穏やかで思慮深い男性だった。
ユーグと過ごすお昼の時間は、次第に彩音にとって何にも代えがたい大切な時間になっていった。
ユーグは先代聖女の孫であるが故に、「聖女」の孤独を誰よりもきちんと理解してくれていた。
「祖母とはずっと同居していたのですが、晩年になっても時折、ニホンの歌を一人で口遊んだりしていました。そういう時の祖母は、とても寂しそうな目をしていたんです。おそらく故郷を思い出していたのでしょう」
「そう……こちらで結婚して子供や孫に囲まれたすみゑさんでさえ、そうだったのね……」
「ええ。祖母は騎士団団長だった祖父と大恋愛の末に結ばれました。結婚後も祖父は祖母をとても大切にして、孫の私から見ても、晩年までずっと非常に仲の良い夫婦でした。3人の娘に恵まれ孫も9人出来て、他人から見れば ”幸せ” に見えたと思います。事実、祖母自身もそう言っていました。いつも『私は恵まれている。とても幸せだ』と。けれど、家族だけは分かっていたんです。祖母は18歳で、突然こちらに召喚されて聖女としての役割を担わされ、二度と故郷に帰ることは出来なかった。祖母は生まれ育ったチバのノダを愛していました。家族のことも――祖母には両親と兄と妹がいたそうですが――とても愛していたんです。その大切な家族にも、仲の良かった友人にも、二度と会うことは叶わなかった――――辛くないはずがない」
ユーグは祖母の話をしている。
だが、同時に彼は彩音に語り掛けているのだ。
――貴女の孤独を理解します――と……
彩音の目から涙が溢れる。
「ごめんなさい。どうしよう……涙が止まらない」
「トメ様……」
ユーグはそっと彩音を抱き寄せた。
部屋に控えているアンナもジルドも制止しない。
アンナは泣き続ける彩音を見て、自身もポロポロと涙を零していた。
ジルドは唇を噛み、必死に涙を堪えた。




