2 鏡の中から魔法陣
文キャンの学食の”ぼっちシート”には、特筆すべき特徴があった。
仕切りがあって1人分の席がある、というのは、おそらく他大学のぼっちシートも同じだろう。だが、ここのぼっちシートのスゴイところは、何と対面が「鏡」なのだ。つまり――鏡に映る己の姿を見つめながら独りでご飯を食べる――という、実にシュールというか哲学的なシートなのである。
大学に入学したての頃、初めてこの事実を知った彩音は驚いたものだ。
一体、何の修行なのだろう? いや、苦行か?
その日も鏡に映る己の姿――特段美人でもなく不細工でもない、よく言えば愛嬌があって親しみの湧く、平たく言えば庶民的で平凡なその顔を見つめながら、彩音は一人でレディースランチセットを食べていた。
でも高校時代に比べれば、これでもずいぶん垢抜けて、それなりに綺麗になったよね――などと、自分で自分を励ましつつ……
その時だ。
突然、対面の鏡から強力な光が放たれた。
眩しい!
「な、何!?」
彩音は驚き、狼狽えた。薄目を開けて見てみると、その光は不思議な円陣を形作り、彩音の身体を包み始めているではないか!
ひぇっ!? これ、ヤバいヤツだ! ラノベだ! 召喚だ! 異世界へ飛ばされる!? まさか、こんな事が実際に起こるなんて! ていうか、ここ大学の学食だよ?
昼休憩の学食は混んでいる。周囲に大勢の人がいるのだ。
こんな目立つ場所で召喚!? あり得ないだろ!
そうこうしているうちに、光の円陣に完全に囲い込まれた彩音。
眩しくて、もう目を開けていられない。
「「「きゃー!?」」」「「「何、アレ?!」」」「「「「魔法陣だ!!」」」」
多くの学生の叫び声が聴こえる。オタクの多い文キャン民が「魔法陣だ」と言うのなら、それは本当なのだろう。
「誰か!! 助けて!!」
彩音は必死に助けを求めた。
けれど次の瞬間、彼女は意識を失ったのである。
気がつくと、彩音は広々とした部屋の大理石の床に倒れていた。
やはりというべきか、床には魔法陣らしきモノが描かれている。何やら神殿っぽい雰囲気だ。
「「「成功だ!!」」」「「聖女だ!!」」「「「召喚に成功したぞ!!」」」
何人もの男性の声がする。
聖女? 召喚? やっぱりラノベ的なヤツなの?!
上半身を起こし顔を上げると、10人くらいの白人男性が彩音を取り囲んでいた。
神官っぽい装束やら騎士っぽい制服に身を包んだ男性達――奥の方には何やら王子っぽい衣装のイケメンまでいる。しかし彼らが発した言葉は日本語だった。
何という、ご都合主義!
これは確実に異世界だ――――マジか……彩音はもう一度、気絶した。
次に目が覚めると、そこは天蓋付きの豪勢なベッドの上だった。と、いうことは……
「……うわぁ~。夢じゃなかったのかー!?」
彩音は絶望的な気持ちになった。たいていのラノベでは異世界召喚は片道通行だ。元の世界には戻れないことが基本である。
それでも一応、騒いでやろうではないか!
彩音は思いきり息を吸い込むと、大声を出した。
「いや~!! ここはどこ!? やだ! 帰りたい! 帰して!! キィ~!!」
部屋には彩音に付き添っていたらしい侍女っぽい制服姿の女性3人と、護衛だろう騎士っぽい男性3人がいた。
侍女っぽい白人女性たちが、慌てて彩音を宥めようとする。流暢な日本語で。
「聖女様! 落ち着いてください! 貴女様はこの国の宝なのです。皆、貴女様を大切にいたします。何もご心配は要りません」
いや、心配しかないだろぉ!? 勝手に召喚とかふざけんな! こっちは学食でレディースランチセットを食べてただけだっつーの!
「責任者、呼んで来て!」
「えっ?」
「アナタ達じゃ話にならないから、店長……じゃなかった、責任者を呼んで来いって言ってるの! アーユーオーケー?」
「イ、イエスです」
しばらくすると侍女っぽい女性の1人が、神官っぽいオッサンと王子っぽいイケメンを連れて戻って来た。