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召喚された聖女トメ ~真名は貴方だけに~  作者: 緑谷めい


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18 ホームシック








 それは、ある日突然、彩音を襲った。


 ” 重度のホームシック ”――食事が喉を通らない。夜、眠れない。とにかく家に帰りたい。帰りたくて堪らない。頭に浮かぶのは日本の家族や友人のことばかり――

 

 彩音が異世界に召喚されてから3ヶ月が過ぎていた。

 神殿での務めに慣れ、王宮での生活にも馴染み、知人も少しずつ増えてきた――そんな頃だった。

 「慣れた頃が一番危ない」というのは、どうやら、あらゆる事に共通するようである……



 朝、睡眠不足で重たい身体を引きずるように神殿へと向かう。何とか祈りの儀を終えた後、王宮へ戻って昼食を取ろうとするが、ほんの少ししか食べられない。ちゃんと食べないと、と思うのだが、どうしても喉を通らない。その後はベッドに倒れ込み、午後はずっと起き上がれない。眠れる訳ではない。身体が怠くて、ただただ横たわっているだけだ。夕食もほとんど食べられないまま湯浴みをして再びベッドに入る。けれど眠れない。考えるのは元の世界のことばかりだ。横浜に帰りたい。家に帰りたい。家族に会いたい。友人に会いたい。大学に戻りたい――


 そんな日が続けば、当然、彩音の身体は弱ってくる。

 周囲の心配も次第に大きくなる。

 アンナは必死に彩音に食事を取らせようとするが、彩音は、

「ごめんね、アンナ。もう、食べられない」

 と、毎回申し訳程度にしか食事に手を付けない。

 体力が落ちてフラフラ歩く彩音を、ジルドが支える。

「トメ様。神殿でのお務めは、お休みされた方がよろしいのでは?」

 彩音の身体を心配してそう言うジルドに、彩音は、

「でもね。何もしないでいると、本当に一日中ベッドから起き上がれなくなりそうなの。無理にでも動かないと……」

 と、弱々しく笑った。


 彩音の異変を知った国王も王太子チェーリオも、何度も部屋に見舞いに来る。

「トメよ。さっぱりしたフルーツじゃ。これなら喉を通るやも知れん」

「トメ。たくさん花を持って来たんだ。部屋に飾れば気分も変わるぞ」

 二人とも、とても心配してくれている様子だ。

 けれど、口では「ありがとうございます。陛下」「ありがとうございます。チェーリオ殿下」と、お礼を言いながら、その実、彩音の心は冷めていた。

 ⦅ 聖女に何かあれば困るものね。聖女がいないと、この国は神の加護を授かれないのだから……陛下やチェーリオ殿下が心配してるのは、私ではなく『聖女』なんだわ―― ⦆




 夜になり、いつもの6歳男児姿のダミアンが部屋に現れた。

「トメ。お前、また痩せたな」

 顔を顰めるダミアン。

「ダミアン。こっちにおいで」

 そう言って、彩音は小さなダミアンの身体を引き寄せ、自分の膝の上に乗せた。


「言っておくが、オレは何もしてないぞ。人間の精神に干渉することは今のオレには出来ない。この国には聖女がいるからな。まぁ、お前だけど」

「分かってる。ダミアンを疑ったりしてないから」

「……お前、大丈夫か? 元いた世界に帰りたいのか?」

「うん。帰りたい。帰りたくて堪らないのよ」

「……お前、可哀想だな」

「えっ?」

「だってそうだろ? ムリヤリ召喚されて、元の世界から切り離されて……可哀想だ」

「……そうよね。私って可哀想」

「ああ、可哀想だ」

 



 その夜、彩音が浅い眠りに就くと、夢に先代聖女すみゑが現れた。

 彼女が彩音の夢に出て来るのは久しぶりだ。

 おそらく、今の彩音を心配してくれたのだろう。

「彩音さん、辛そうね……」

「ハハ……辛いです」

「気持ちは良く分かるわ」

「すみゑさん……助けて」

「彩音さん、しっかりして。明日、私の孫を彩音さんの所に行かせるから、会ってやって欲しいの」

「え? すみゑさんのお孫さんですか?」

「ええ。孫は9人いるんだけど、私の末娘の長男が王宮で文官をしてるのよ。彩音さんは会ったことはないと思うけど。彩音さんより5つ年上の26歳でね。優しくていい子なの」

「はぁ……」

「とにかく、明日、その孫と会ってみて」

「はい。分かりました」


「彩音さん。貴女は独りじゃないわ。日本に帰れなくても決して独りじゃないからね」

 すみゑはそう言って、夢の中でギュッと彩音を抱きしめた。

「彩音さん。私はいつも貴女を見守っているからね」

「はい……ありがとうございます……あの、すみゑさんは日本の匂いがしますね」

「そう? もしかしてお醤油の匂い? それならいいけど、ぬか漬けの匂いだなんて言わないでね」

「アハハ。どちらも違います。でも、何だか懐かしい匂いがするんです」




 翌日。

 彩音が神殿での祈りの儀を終え、ジルドに支えられながら王宮に戻ると、王宮文官が面会を求めて来た。

 王宮の文官?

 ⦅ 夢の中で、すみゑさんが言ってたお孫さんだわ?! ⦆


「お会いします。通して頂戴」


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