17 罠
そして迎えたお茶会当日。
彩音は、6歳男児姿のダミアンを連れて王宮の南庭園へとやって来た。
「庭園で茶会か――なるほど、イヤガラセをするには屋内よりもやり易そうだな。トメ。敵は必ず仕掛けて来るぞ。気を抜くなよ」
ダミアンが囁く。
「ええ、分かったわ」
「じゃあ、オレは会場を見回って何か企んでそうなヤツをマークする」
「頼んだわよ」
「任せろ」
一見和やかに、お茶会は始まった。
まず主催者である国王の第1側妃メリッサが挨拶に立ち、彼女に紹介される形でお茶会初参加の彩音も出席者に向けて挨拶をした。
その後は歓談タイムである。
彩音の席はメリッサの隣に用意されていた。
「今日は御招き頂き、ありがとうございます」
相手は国王の側妃だ。彩音は警戒しつつも礼を言う。
メリッサとは王宮の中で何度か顔を合わせているが、いつも挨拶だけできちんと話したことは一度も無い。ただ、毎回物凄い目で睨まれる……
「おほほ。トメ様が出席して下さって嬉しいですわ。何せ御自慢の美貌を武器に、陛下もチェーリオ殿下も誑かそうとする節操のない『 性女 』様は、皆の注目の的ですもの」
随分とストレートに喧嘩を売ってきたもんだ。
メリッサの物言いに彩音は驚いた。王族や貴族って、もっと遠回しに上手いことイヤミを言うものだと思っていたのに――それとも、メリッサが特別頭が悪いのだろうか?
彩音はワザとらしく首を傾げて言った。
「仰る意味がよく分かりませんわ。私は日々、聖リリュバリ神に祈りを捧げる神聖な身。男女の事には疎くて……」
処女じゃないけどねー。
メリッサは彩音を睨み付けて言う。
「まぁ、白々しい。今に、その化けの皮を剥いでやりますわよ!」
ここまで敵意剥き出しだと逆に楽しくなってくる。
彩音は心の中で舌舐めずりをした。
今まで21年の人生において口喧嘩で負けた事は一度も無い。
そして、彩音がメリッサに言い返そうとした、その時――突然、テーブルの下からダミアンが現れ、彩音のドレスの袖をクイクイと引っ張るではないか!?
「うゎ、びっくりした!? ちょっとダミアン。今、いいところなのよ。これからメリッサに私の ”必殺悪口倍返し後悔するがいいスペシャル” をお見舞いしてやるところなの」
「トメ! それどころじゃない! お前のティーカップにさっき媚薬が盛られた。絶対、飲むなよ! メイドに命じたのはメリッサだ。今からメリッサのカップとスリ替えるからな」
えっ? えぇーっ!? 媚薬!?
その直後、メリッサと彩音の向かい側に座っている第4側妃が、手に持っていたティーカップを突然落とした。手が滑った? いや、違う。彩音にはハッキリ見えた。6歳男児姿のダミアンの小さな可愛い手が、ティーカップを持っている第4側妃の右手をチョップしたのだ。
悪魔のくせに物理攻撃?!
唖然とする彩音。
あ、そうか。そう言えば聖女がいると魔力で人を害せないって言ってたっけ?
ガッシャーン!! 「キャー?!」
落ちたティーカップが派手な音を立てて割れ、第4側妃が悲鳴を上げる。
皆の視線がそちらに向く。
もちろん、メリッサの視線も――
その瞬間、テーブルの下からダミアンが這い出て来て、メリッサのカップと彩音のカップを素早くスリ替えた。器用な子……。
「申し訳ございません。失礼致しました」
第4側妃が同席者に謝罪し、メイドが割れたカップを片付けた。
”ヤレヤレ” という空気が流れる。
「さぁ、皆様。気を取り直して美味しい紅茶を頂きましょう」
会場の招待客にそう言ったのはメリッサだ。
そして、彼女は彩音に向かって言った。
「トメ様。この紅茶の茶葉は、私の実家の領地の名産品ですの。ぜひ、ご賞味下さいませ」
彩音はメリッサの瞳の奥に愉悦の感情を読み取った。
「まぁ、そうですの? もちろん、頂きますわ」
メリッサに見せつけるように、ワザとゆっくり紅茶を飲む。
「メリッサ様。本当に美味しい紅茶ですね」
にっこり微笑む彩音をジッと見つめるメリッサ。
「え、ええ、そうでしょう?……」
どこか狼狽えた様子のメリッサは、気持ちを落ち着かせようとしたのか、目の前のティーカップを手に取り、自らも紅茶を飲んだ。
そして――ほんの1分程が経った後のことだ。
「あ、熱い……熱い……誰か……」
突然、メリッサが胸を掻きむしり自分の手でドレスの胸元を引っ張り、あられもない姿を晒した。
「キャー!?」 「メリッサ様!?」 「一体、どうなさったの!?」
他の出席者達から悲鳴が上がる。
メリッサは顔を真っ赤に染め、目を潤ませ、明らかに情欲に飲み込まれている様子だ。慌てて駆け寄ってきた自分付きの侍女を突き飛ばし、その後ろに控えていた護衛の騎士にしがみつく。驚いた騎士が引き剝がそうとするも、メリッサは「いやぁ~ん」と嬌声を上げながら腰をくねらせ騎士に身体を擦り付ける。
目も当てられない醜態だ。
会場は騒然となった。
結局、メリッサは護衛騎士2人に引きずられて退場し、当然、お茶会はそのままお開きとなった。
自室に戻った彩音はダミアンを抱きしめた。
「ダミアン、ありがとう。おかげで助かったわ」
「へへ……トメが無事で良かった」
「あんな強力な媚薬があるのね。びっくりしたー」
もしも、あの媚薬を自分が飲んでいたら……と、考えるだけでゾッとする。
「あんな醜態を晒して、メリッサはこのまま後宮に居られるかしら?」
「うーん。人前で自ら着衣を乱して男に絡みついたからなー。国王が許さないんじゃないか?」
「……そうよね……それにしても、あんな薬を盛られるほど私って嫌われてるのね。それがショックだわ」
「『聖女を害そうとすれば、企んだヤツにそのまま害が跳ね返って来る』っていうウワサを流してやるよ。メリッサで実証されてるからな。抑止効果は高いと思うぞ」
「なるほど! ダミアン、頭いいね~」
彩音は「ヨシヨシ」とダミアンの頭を撫でる。
「子供扱いするな!」
「だって、可愛いんだもん」
「くそっ!」
「ダミアン」
「何だ?」
「今日は本当にありがとう」
「……トメのことはオレが守る」
「キャッ! 男前!」
チュッチュッとダミアンの頬にキスをする彩音。
6歳男児姿の悪魔は真っ赤になってダウンした。
「く、くそっ! 聖女め! これも悪魔祓いの一種なのか!? 覚えてろよ!」




