14 街歩き
彩音たちは馬車に乗って王都の中心街にやって来た。
彩音の想像していた通り、街の風景は中世ヨーロッパ風であった。
馬車を降り、アンナとジルドを供に従え街を歩く。
「ホントにラノベの世界だわ」
思わず、そんな言葉を漏らす彩音。
「え? トメ様、『ラノベ』とは何ですか?」
アンナが尋ねる。
「う~んとね。私の住んでいた日本で主に若いコに読まれている小説よ。そこに書かれている異世界の様子が、この国とよく似ているの」
「へぇ~。不思議ですね」
実はラノベには聖女召喚モノも多いのよ――おっと、これは信心深いこの国の人には言わない方がいいかな?
この国では珍しい黒髪は、つば広の帽子の中に纏められ目立たないはずだ。それなのに、彩音は街を行き交う多くの人からの視線を感じていた。
「ねぇ、アンナ。みんな見てる。やっぱり黒い目が珍しいのかな?」
「それもあると思いますが、トメ様が際立ってお美しいからですよ」
「……」
またソレだ。
いっそ「ドッキリ!」と書かれた看板を手にした人が飛び出て来てくれた方が納得できる気がする。
「どぉも~! ドッキリ企画『もしも平凡な貴女のことを周囲が”絶世の美女”扱いし始めたら!?』でしたー!」
と、言われれば、彩音は、
「やだ、もう! ちょっと勘違いしそうになっちゃったじゃないですか~!」
と、言って笑うだろう。そして”やっぱりね”と、腑に落ちるはずだ。
そうこうしているうちに、アンナお勧めのスイーツ店に着いた。
ナンデモ最近出来た新しいお店で、王宮侍女達の間で「美味しい」と評判になっているそうだ。王宮侍女は基本的に貴族令嬢である場合がほとんどだ。舌の肥えているはずの彼女達が美味しいと感じるのなら確かだろう。
店はとても混んでいた。だが、アンナが予約をしてくれていたので、すぐに奥まった静かな席へと案内された。
3人で来ているが、アンナは侍女でジルドは護衛だ。2人は本来、彩音と同じテーブルに着くことは出来ない。けれど日本人の庶民である彩音は、自分一人が食べるなんて居たたまれない。彩音は、
「ね! 3人で一緒に食べよ! バレやしないって! もしバレても『知らぬ存ぜぬ』で押し通せばいいんだから!」
と、2人を説得し、やや強引に席に座らせた。
彩音はこの店の看板メニューであるフルーツケーキを頼んだ。アンナは紅茶シフォン、ジルドはチーズケーキを注文したが、どれも美味しそうだ。
そういえば……
「ねぇねぇ、知ってる? 友達が食べてるモノを、横から『美味しそう! 私にも一口頂戴!」って言って強請る女って、平気で友達の彼氏を寝取るんだってー。その話を聞いた時は、なるほどな~ってスゴク納得したの。食べ物を前にした時って、その人の本来の性質が顔を出すって事よね」
聖女としては、ちょっとどうよ? という下品な話題を振る彩音。
「トメ様……ここは夜の酒場ではありません。昼間からスイーツ店で『寝取る』だなどと――」
アンナが眉を顰める。
「アンナは真面目ね~。そんなコト言ったら、王族なのに陛下もチェーリオ殿下も昼間っから下ネタぶっこんでくるじゃん」
「それはその……殿方は女性とは、また違いますから」
チッチッチと、彩音は人差し指を振る。
「アンナ。男性なら許されて女性は許されないなんて古いわよ。あ~、2年生の時に大学で取っていた『セクシュアリティの社会学』の講義を聞かせてあげたいわ。目から鱗よ!」
「はぁ……(何だ、ソレ?)」
遠い目をするアンナ。
ジルドは護衛らしく辺りを警戒しながらも、あっという間にチーズケーキを平らげていた。
そして彼はボソッと言ったのだ。
「美しい女性が下品な事を口にするというギャップも、男にとっては掻き立てられるモノがあります。トメ様はお気を付けになった方がよろしいと思います」
「……お、おう」
撃沈する彩音――
スイーツ店を出た彩音たちは、ブラブラと街を歩いた。
趣のある中世ヨーロッパ風の街並みを眺めているだけでも楽しい。何だか日本から海外に観光旅行に来ているような錯覚に陥る。
あー、これが本当に、ただの夏休みの海外旅行だったら良かったのに――
けれど、ここはヨーロッパのようで、そうではない。
紛うことなき異世界なのだ。
その後、彩音は幾つかの店に入り、神殿に持って行く通勤用(?)バッグや非常用のペタンコ靴を購入した。
「トメ様。『非常用』とは?」
アンナが訝し気に尋ねる。
「アンナ。地震なんかの災害が起こった時に、パンプスやヒールしか持っていなかったら身動きが取れないわ。靴って大事なのよ。ああ、そうだ。台風や大雨に備えて長靴も買っておいた方がいいわね」
「トメ様。ここ王都は、滅多に自然災害など起きません」
「甘いわね、アンナ。『滅多に起きない』は『絶対に起きない』とは違うのよ。備えあれば憂いなし!」
「はぁ~。トメ様は普段大雑把に見えますのに、意外と用心深いところが、お有りなのですね」
「日本は災害の多い国だったからね。日本人は皆、こんなもんだと思うよ」
無事に長靴も購入し、満足した彩音であった。




