13 うるさい父子
毎朝、神殿で神に祈りを捧げるようになった彩音。
祈りの儀は1時間程度で終わり、その後は本来フリーなのだが、あまり早く帰っても暇なので、彩音は自ら申し出て毎日午前中いっぱいは神官長の仕事を手伝うことにした。お昼には王宮に戻って昼食を取り、午後からはのんびりと過ごす。
「街に行ってみたいな~」
侍女のアンナに言ってみた。
「では、宰相様に届け出て、明日の午後にでも参りましょう」
「アンナは一緒に来てくれるんだよね?」
「勿論でございます。護衛のジルド様と共にお供いたします」
「わぁ~い! じゃあ、明日の午後は3人で街へお出かけね!」
こちらの世界に来てから1ヶ月半。彩音は王宮と神殿しか知らない。
明日は街へ行けると思うとワクワクして、彩音はその夜なかなか寝付けなかった――遠足に行く子供か!?
翌日。お忍び用の簡素なワンピースに身を包み、鏡の前でクルリと回ってみる。
どう見ても凡庸な容姿だ。
毎日のように、こちらの世界の人達に「美しい」「お綺麗です」と言われ、時折勘違いしそうになる彩音であったが、こうして鏡の前に立つと冷静になれる。
今、考えると、文キャンの学食の”ぼっちシート”の対面が鏡だったのは「真の自分を見失うな」というメッセージだったのかもしれない……と、思ったりする。
「うん。今日も至って平凡だね」
小さな声で呟いたのに、しっかりとアンナに聞かれてしまった。
「トメ様ったら。相変わらず、そんな風に思っていらっしゃるのですか?」
呆れたように言うアンナ。
「だって元の世界では、私は本当に”フツー”の容姿なんだもの」
「信じられませんわ!」
「こっちの世界の人の感性の方が信じられないんだってば」
「とにかく、トメ様は人目を引く美貌をお持ちなのです。今日は街に出るのですから帽子を被って下さいね」
「ほ~い」
「黒髪黒眼は、この国では目立ち過ぎます。目は隠せませんけど、黒髪は帽子の中に纏めますね」
アンナはそう言って手早く彩音の髪を纏め、つば広の帽子を被せた。
「日本人はほとんど皆、黒髪黒眼なんだけどね~」
ブツブツと呟く彩音であった。
身支度が出来て、さぁ出発! という段になって突然、彩音の部屋に国王がやって来た。
彩音は物凄く迷惑そうな顔をして、
「陛下、どうされました? 私、これから外出するんですけど」
と、言った。
「これこれ、トメよ。そのように、あからさまにイヤそうな顔をするでない。トメが外出すると聞いてな。ワシも一緒に街に行こうと思って迎えに来たのじゃ」
「陛下が一緒だと従者やら護衛やらウジャウジャ付いて来るでしょう? 私、身軽に動きたいんですよ」
「トメ~。つれない事を言うでない」
目をウルウルさせる国王。
オッサンがそんな顔しても、可愛くなんかないんだからね!
「父上!」
わぁお!? びっくりしたー!
突然、王太子チェーリオが部屋に飛び込んで来たのだ。
「チェーリオ殿下。ここは私の部屋です。ノックくらいして下さいよ!」
「あっ!? すまない、トメ。つい、気が急いてしまって――父上! トメの外出には私が付き添います! 父上はすっこんでて下さい!」
「イヤじゃ! ワシがトメとデートするのじゃ!」
「デート!? なんて厚かましいんだ!? 父上は11人の側妃のご機嫌でも取っていればいいでしょう?」
「何だ、僻んでるのか? 正妃も側妃も愛妾も婚約者も恋人すらいない童貞王太子くん!」
「違うって言ってんだろー!?」
「ワハハ。キラキラ王子様の仮面が剥がれてるぞ~。使い込んでいない方の息子よ!」
「オレを下ネタに使うなー!!」
相変わらず、低次元の諍いだ。彩音は呆れて言い放った。
「お二人ともお留守番です! それでは御機嫌よう。行くわよ。アンナ、ジルド」
彩音はアンナとジルドを連れて、サッサと部屋を出て行った。
「ワシを置いて行くな! トメよ~!」
「トメー! 待ってくれー!」
国王と王太子の悲痛な叫び声が、主の居ない彩音の部屋で木霊した。




