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サイカソシエ  作者: エクラ
2/3

#1世界機密

ーー目の前にはカフェの大盛りミートソーススパゲティ。


「うーん、仕事後に食べるべきじゃないね」


 人の血肉を見たあとにミートソース……これは完全な選択ミスである。いくら、いつも食べている美味しいスパゲティだと言っても、トマトとミート、ましてや大盛り。大食いと自他共に認める私の脳も拒否気味だ。



 私の仕事はサイカソシエ。魔法使いである。魔法使いといっても、炎や氷を出したり何かを封印するわけではなく人の体内に宿る悪霊を天に還す、という何処か胡散臭い宗教じみた魔法だ。しかし、この魔法は国家の政策から生まれたものでれっきとした公務員業。


 まず、そもそもサイカとは、天に背こうとする人間に宿る悪霊のようなものだ。サイカには何段階か階級があり、それが高くなるほど人間から離れなくなる。階級が高く、離れなくなったサイカは一度取り憑いてしまったが最後。死ぬまで離れない。

 そしてサイカには取り憑いた人間の悪心を鼓舞する力がある。欲と悪心を肥大させ、終いには人を殺させるのだ。階級の高いサイカが取り憑いたせいで大量虐殺が起きたケースもある。


  サイカソシエはサイカが離れなくなった人間を罪を犯す前に殺し、行き場の無くなったサイカを天へと還す仕事だ。還す、といってもどこから来たのかなど詳しい研究はなされていないので天へと還っていったものだという仮説でしかない。私の仕事は元居た場所へ還らせるという導きの魔法をサイカにかけるだけ。


 そんな人を殺めるという大きな仕事をやっているにも関わらず、世界には知っている人が少ない。何故か? それは元々この世界では魔女や魔法使いの迫害が酷く、魔女イコール悪という概念が染み付いているからだ。魔女狩りなどが横行し、魔法使いのイメージは悪い。


 なので、魔法使いへの偏見が多い世界からの批判をさける為に、政府はサイカソシエという職業を世界機密とした。




 もぐ、とミートソーススパゲティを口に入れた。この塩味とトマトの風味、お肉がゴロゴロと大きく、歯ごたえと食べごたえがある。やっぱり美味しいじゃん。オレンジジュースと一緒に流し込んであげると……もう幸せ! それから大きな口を開けてもぐ。もぐもぐ。もぐもぐ。


 夢中で食べていると暗い茶色の髪の毛にソースがついてしまった。このぱっつんセミロングの髪型も飽きたなあ、なんて思いながら紙ナプキンで髪を拭き、耳にかけた。

 そして、また食べる。食べる食べる……はふはふ。大口開けてるけど周りの目なんか気にしてたら三人前スパゲティなんて食べてらんないよ。へへ。



「あら、そんな大口開けて恥ずかしくないのかしら」


 はあ、うるさいな。私、今とっても幸せなのに、と詰め込んだ口の代わりに目で訴える。


 そこには同期のグラシュがいた。腰まである明るい金髪をポニーテールにして、目はアクアマリンの瞳。全体的にすらっとした美人だった。これみよがしにその長い脚をショートパンツで強調している。脚を膝丈スカートで隠している私への当てつけだろうか。

 彼女は同期であるものの、かなり優秀でわずか一年で中級ソシエまで登り詰めている。私は下級ソシエの下の下の方なので、彼女に馬鹿にされるのが日課だった。でも、彼女は馬鹿にしてくるものの毎日のように話しかけてくれるので、私の方は友達だと勝手に認識している。


「まあいいわ。それより聞いた?」

「なにを?」


咀嚼し終わったあと、ごくん、と飲み込んでグラシュに問う。


「このコンバル国で行われる国王様達のお茶会のことよ」

「え、聞いてないよ」


 小声で私達は話した。何故小声なのかは知らないが、なんとなく、彼女に合わせて。


 国王様達のお茶会……。年に何回か行われる、国の最高責任者たちの会合だ。この世界には三つの国があるとされ、過去には戦争もしたものの、今は穏やかな関係を保っていた。

 コンバル国というのは、私が今いる国だ。私の故郷であり、育ったところでもある。ということは、この国がお茶会のホスト国であるということか。

 お茶会があると、招待国はお祭り騒ぎで国王達を拝みに行ったり、その前は街中でお出迎えの準備をするのが恒例なのだが、その雰囲気は全くもって感じられない。


「なんでだろう……?」


 私が首を傾げると、グラシュはふふふ、と不敵に笑った。ぞわ、と肌が粟立つ。


「その秘密が、会議のテーマにあるのよ」

「テーマ?」


 フォークを置いて、身を乗り出す。なんだか傍から見たら怪しい取引をする危ない人たちみたいに見えるだろう。


「そ、なんでも、サイカソシエのことをテーマにするらしいの」


……だからか。世界機密のサイカソシエ。それがテーマなら水面下で話が進んでいるのも当然だろう。というか、グラシュの情報収集力はすごいと思う。そこらの主婦や記者よりも耳が早い。

 しかし、いつも冷静なグラシュがこんなに熱くなっているのは他に何か理由があると思う。彼女と一年一緒にいる私の勘だ。


「そこで、優秀なソシエを招いて国王様の御前でお話をするの」


うん。これは、多分。


「チャンスとしか思えないわ……!」


 グラシュは地位に貪欲で、いつも昇進のことを考えている。今回も、何か昇進のために企みがあるのだろう。


 この場を借りてソシエの階級のことを説明すると、ソシエの階級は下級中級上級、とグループ分けが成されていた。グラシュのいる中級でも優秀なソシエであることには違いない。実際、下級から中級に上がる際、難関の魔法試験がある。

 まず、サイカを還す魔法があるのが最低限のソシエのラインだ。その後、取り憑かれた人間を殺す魔法を手に入れる。それが中級ソシエになるためのライン。


 下級ソシエは自分の手で殺す。それが嫌で、殺人魔法を習得しようと頑張る下級ソシエがほとんどだ。私は就職してから一年の間、その魔法を手に入れるために頑張っているのだが、素質が無いのか、全然習得することができなかった。


 上級ソシエは神のような存在として崇められる。しかし、ほとんど姿を見たことがないので私も彼らがどんな魔法を使っているか分からなかった。



「とりあえず次の定期試験に向けて特訓あるのみ、ね」

「……え?」


グラシュの言葉からなにか引っかかる。……次の試験?


「次の定期試験で優秀だった者が国王様の御前でお話ができると睨んでるの。

国王様に認められちゃったら上級ソシエになるに違いないわ」


「え?」


皿に持っていたフォークが落ちる。冷や汗がぶわっと吹き出してきて、顔がひきつった。


「どうしたの?」

「ちょっと勉強してくる!!」


スパゲティを残さずお腹に入れて、カフェを飛び出す。私、全然試験の勉強してない! 前の試験で最低評価を貰い、上司に「次最低評価ならクビ」とまで言われていたのに!


これは人生最大の危機かもしれない……。

私はコートを着ながら、枯れ葉舞い散る街の中を走っていくのだった。

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