第2話 捕まりました。
次に目を覚ましたのは暗くひんやりとした場所だった。
「いてて。頬がまだ痛い。.....どこだここ。」
初見の場所が多すぎて頭の中がぐっちゃぐちゃになりそうだ。
「てか、俺処刑されなかったんだな。」
武器を所持してこの服を来ていれば即殺されてもおかしくないんだがな...
なぜ俺は生きているのだろうか。
武器は没収されて丸腰で何も出来ない。
久々の『暇』というのを味わった。
意外とつまらないものだ。
東京から少し離れた場所に住んではいたが組織の侵攻は田舎の方まで及んでいた。
その結果が死体の山を形成した。
それに比べここは平和そのものだ。
まるで最前線では人々が毎時間殺されていることなんて知らないようだ。
もし知っていたらあんな見え見えの所でまともな武器もなしに水浴びなんてしないだろう。
もし敵に見つかったら抵抗出来ずに犯されて殺されるだけだ。
「囚人、出ろ。」
どうやら呼び出しがかかったらしい。
看守に手錠の先の鎖を引かれながら玉座のある間へと連れてこさせられた。
その脇には金属甲冑の集団が1列に並んでいた。
「囚人を連れてまいりました。」
「ご苦労下がって良い。」
「あんたがここの領主か。」
「貴様!我が主になんという口を!」
「よい。無礼者に礼儀を求める方が間違っているのだ。」
「はっ!失礼しました!」
無礼者ね...結構な言われようで。
「娘の水浴び場を覗くとはとんだ無礼者よ。」
そっちか。
領地への不法侵入じゃねぇのかよ。
「処刑するなら早くしてくれ。そちらの娘さんに殴られたせいで頭痛いんだ。」
「肝が据わってるのか状況を理解していない大馬鹿者か。」
「どっちでもいいだろ。」
「残念だが貴様を処刑することは出来ない。」
「ほう。それは運がいい。」
「貴様の身元が分からないことには処刑も出来ない。よって貴様に直接聞くことにする。」
聞かれても答えられることは少ないと思うぞ?
ストリートチルドレンみたいなもんだし。
特定の家を持たず食事は基本、組織が持っている携帯食。
あれ、バランスはいいんだが味がないから食べた気がしないんだよな。
「出身地はどこだ。」
「長野」
「歳はいくつだ。」
「知らん」
「なぜこんな所にいる。」
「迷った。」
「この武器、名はなんという。」
「『秋水』」
「嘘はないか...」
「嘘ついてどうすんだよ。」
「ふむ。人攫いか盗人かとも思ったが違うようだ。貴様何者だ。」
「だから、旅をしてるって言ってんだろうが。」
「しかしな...」
「お父様。少しお話があります。彼にも聞かせたいのでここで構いません。」
ほんとに領主の娘なのか...全裸娘が領主の娘とは世の中分からないことばかりだな。
「どうした。」
「この者の監視を私にお任せ願えないでしょうか。」
「理由は?」
「この者には最初出会った時に奴隷術を使用しました。よって彼は私には危害を加えられないのです。その方が安全ですし他の兵の方の負担も減ります。」
「しかしな...この者の身元は不明、何から何まで分からないことだらけなのだぞ。」
「例え彼が千人斬りの大罪人だとしても私には危害は加えることは出来ませんのでご安心を。」
「本当に大丈夫か?リコに何かあったら私はどうにかなりそうだ。」
ただの親バカじゃねぇか。
このオッサン、高身長・高密度筋肉というムキムキで『世界滅ぼしてくるわ☆』とか言っても普通に出来そうな気がしてならない。
「そこまで言うなら信じよう。そこの者!今日から私の娘が貴様の監視に着く。くれぐれも!変な真似はしないように!手なんか出した日には貴様をモンスターの餌にしてくれるわ!」
出さねぇよ。
てかさっきの話の通りだと出来ないだろ。
手を出そうとした瞬間死ぬなりなんなりするんだろうよ。
「分かってる。」
「では行きましょうか。」
鎖を彼女が引きそれに黙ってついていく不審者。
絵面だけ見たから完全にそういうプレイにしか見えない。
「自己紹介と行きましょう。私はリコ・シルフィード。ここの領主の娘です」
「俺は黒井龍輝。旅をしている」
このリコという少女は生まれつきなのか銀髪で水浴びしてる時なんかは光って見えた。
服の上からも分かる胸の大きさは凄い。浮世離れした容姿は見る者を魅了するだろう。
可愛いものに疎い俺ですら可愛いと自信を持って言える。
それくらい可愛いと分かる。
「なんで自分から危険な道を選んだ。」
「奴隷術を施してあるからですよ。」
「自分の状態異常くらい分かる。嘘は効かないぞ。」
「あら残念です。こっちですよ。」
「あんまり引っ張るなって。」
部屋に入るなり彼女は俺が繋がれていた手錠を解いた。
「解いていいのか?俺的には有難いがな。」
「いえいえ、これからの取引のためですよ。」
取引...ね...金持ちの取引にはいい思い出がないんだよな...
護衛を頼まれた時の内容なんて女児の人身売買だったからな。
部屋が依頼人の血で血まみれになる程度で済んだけど。
「で、取引の内容は?」
「その前にこれは貴方の物ですよね。お返しします。」
手錠を解くだけでなく武器まで返すとはいよいよ分からなくなってきたぞ。
「簡単な話です。私をここから連れ出して欲しいのです。」
「誘拐ってことか?」
「話が早くて助かります。私は今まで不自由な生活をしたことがありません。旅行だって行ったことはありません。いつも見る景色はこの窓から見える景色のみ。1度でいいから外の世界を見てみたい。そう思ったのです。」
「外の世界なんてお前が思うほど綺麗なもんじゃない。社会の上層部にいるお前達には分からない苦労を目にするかもしれない、お前の地位に逆上した奴がお前を殺すかもしれない。ここにいるよりは死というものが身近になるという事だぞ。」
「はい。それでも構いません。それにただ外に出たいからというだけではありません。」
「他に理由があると?」
「気の進まない縁談をしなければいけないのです。」
「そんなに相手に問題が?」
「お相手はお顔立ちは非常にいいと聞いていますし学問も運動の方も出来ると聞いています。周りからも悪い噂は一切出てきていません。」
「それならなんで。」
そんな好物件ならみすみす逃すことも無いだろうに。
そいつとくっついた方が色々安全だろうに。
「私だって年頃の乙女ですよ?結婚はやっぱり好きな相手としたいじゃないですか。」
「お、おう。」
意外と乙女な理由でビックリしてるぜ。
「お前の理由はわかった。だが貴族と追いかけっこなんてゴメンだ。」
「ご安心を一先ずは友人に会いに行くという名目でこの屋敷を出ます。先刻、父に噓をついたのはこのためです。奴隷術が効いていると思っているでしょうから。」
「そうなると、俺が護衛役ということになるのか...普通に面倒だな。」
「そうでもしないと貴方はこの屋敷から出られませんよ?」
「お前、強行突破っていうのは知っているか?」
「それでも不可能です。父の私兵である、ジャンは貴方くらいの強さだと思います。」
「俺の強さを知らないのによく言えるな。」
「いえいえ、貴方の手のたこを見れば努力を窺い知ることはできますから。」
『努力』=『結果』
この方程式が当てはまらないのは世の常である。
それを知らないとはいくらお嬢様でもどうなんだ?そんな奴を外に出すのは出来ればやりたくない。
「どうしますか?私と外に出ますか?それともここで処刑しますか?」
死と生の選択。
駆け引きという面では正解だ。
ただそれは死というものを恐れる者だけに限られる。
「俺はお前を連れていかない。俺は1人で旅を続ける。」
だいたい、なんで敵である組織の人間を連れなきゃいけないんだ。
お嬢様の細腕じゃ武器全般振れないだろうし、銃なんて強反動な武器なんて論外だ。
そんな足手まといを連れて行くなんて御免だ。
「そうですか。残念です。ジャンを出口に配置しましょう。」
「やれるもんならやってみろ...皆殺しだ。」
「話は聞かせてもらったぞ!」
「「.........」」
「む、どうしたというのだ、罪人が自ら死を選んだのだろう?なら早速ジャンを呼んで...」
「違いますよ。お父様?私は凄く怒っています。」
「どうした!まさかこの者に辱めを...」
「お父様がずっと娘の部屋の前で聞き耳を立てていたことですよ。」
「あ、えっと...さあ!ジャンを呼びに行こう!」
オッサンが勢いよく飛び出してから数分後、広い庭の真ん中に甲冑姿のジャンと一対一で向き合っていた。