第88話 シュタインズフォート攻城戦 事前準備
シュタイン王国の首都シュタットから出立して六日後。
シュタイン第一騎士団混合部隊が、シュタインズフォート前の大きな草原に、到着していた。
ピリス団長を総大将として、騎士団で構成された騎兵、魔術師隊、治癒師隊が千人。
冒険者で構成された歩兵隊が約二百五十人。
出立時にはトラブルもあったが、現在は結束が強まり部隊の士気も高まっていた。
士気が高い理由の一つとして、兵力の歴然とした差がある。
事前の情報では帝国軍は三百人と言う事だ。
つまり王国軍は、四倍の兵力を擁している。
戦争は、一般的に兵士の質より兵士の量によって、勝敗を左右する。
王国軍の上層部は騎士団から一人、門に向かって歩かせていた。
シュタインズフォートの現状を探る為だ。
騎士が、シュタインズフォートの門に到着する手前の場所で、門が勝手に開かれた。
そして、人が砦内から出てくるのが見える。
その人物は、シュタイン王国の警備兵が装備する鎧をつけていた。
その人物を注意深く観察すると、どうも様子がおかしい。
杖をつきながら、その半身は全く動いていない。
騎士はその警護兵に近づくと、顔を背けた。
動かない半身は、焼け爛れその機能を果たすことが出来ない。
その焼け爛れた場所には、蛆が湧き蠢いている。
肩には杖が固定され、それが足の代わりになって歩けるのがやっとの状態だ。
全身のあらゆる場所には傷があり、出血量も相当のものだったのだろう。
そして、火傷も全身に渡ってついており、生きているのが不思議なくらいだ。
警備兵は、騎士に対してひたすら謝っていた。
騎士は、警備兵の謝罪を止め、馬に乗せて運ぶ。
この様子から、砦は既に陥落、兵力は全滅しているとみて良いだろう。
警備兵は、シュタイン王国の陣に運び込まれて、状態異常回復と回復の魔法を受けた。
回復魔法で怪我は回復したが、火傷の跡は消えなかった。
この警備兵の半身は今後、動くことはないだろう。
口を開けるくらいまで回復した警備兵が、ティオール帝国の情報を伝える。
事前の情報通り、兵力は三百。しかし、連続した爆炎魔法で兵力を削られるという。
警備兵は、魔術師が多数いて、タイミングをずらして詠唱しているのではないか、と話した。
この情報に関しては精査が必要だ。
シュタイン王国宰相のコルトーは"爆炎"がいると考えていたからだ。
結局、警備兵からの情報は既知のものだけ。
新たな情報としては、シュタインズフォートが陥落していた、という喜べないものだけだった。
"爆炎"の名前は非常に有名な為、知っている騎士も多い。
しかし、どういう戦い方をしてくる、というのが全く情報がなかった。
分かっているのは、連続する爆炎魔法が放たれるという事だけ。
これでは対策の取りようがない。
結局、時間だけが過ぎ、軍議をしている天幕に騎士の声がする。
「申し上げます! 血気早った冒険者数名が砦に独断で攻め込みました!」
この報告は、軍議をしていた上層部には朗報だった。
軍議が進まなかった原因を、冒険者が排除してくれるというのだ。
ピリスはこの報告に対して、指示をだす。
「先陣を切った冒険者には、治癒師団による手厚い保護を行いなさい! 私達に出来なかった事をしてくれるのだから」
指示が治癒師団に伝えられ、冒険者が怪我をしても対応ができる状態になる。
天幕から、シュタインズフォートの門を見る。
向かっている冒険者の数は十人くらい。
見た目は筋骨隆々のパワーファイター系の冒険者達だ。
シュタインズフォートは、不気味なほどの沈黙を保っている。
冒険者達があと少しで門にたどり着こうとする時、炎が円柱状に二本立ち上がる。
数秒して火柱が消えた後に残ったのは、冒険者達と同数の炭だけだった。
それを見た、シュタイン王国軍に動揺が走る。
屈強に見えた冒険者が、一瞬で灰に変わったのだから当然だろう。
そんな中で、動きを見せる一つの冒険者パーティーがあった。
「そろそろ、オレ達の出番みたいだねー。ちょっと総指揮官の所にいってくるよー」
そう言ったのは、仲良しパーティーのリーダー、ジャックスだった。
天幕に着いたジャックスは総指揮官のピリスに提言していた。
「オレと仲間で陽動しようと思うんだー、その間に相手を分析してよー」
「それは有り難い申し出ですが、目的はなんでしょう?」
「オレ達冒険者はねー、コレが一番の報酬なんだー」
ジャックスは親指と人差し指で円を作る。
「了解しました、ジャックス様。貴方は出立時に、諍いを解決してくださったと聞いています。一人につき二百万を用意しましょう」
「おおー、総指揮官様は話が分かる方なんだねー。オレ達頑張るからねー、もし無事に帰ってこれたらデートしてよー」
「そうですね、考えておきましょう」
ピリスは笑顔で返したのだった。
ジャックスはパーティーの元に戻ると、ルシフェルを呼んだ。
「ルシフェル、オレと戦場を走り抜けようかー」
いきなりそんな事を言われてルシフェルは戸惑い気味だ。
「僕とジャックスで戦場を走る? 意味がわからない」
「ルシフェルー、爆炎魔法は、地面から火柱が立ち上がるわけではないんだー。火矢の魔法に近いものが着弾して、火柱が立ち上がるんだよー。つまり爆炎魔法は躱す事ができるんだー」
ルシフェルはそれを聞いて得心がいったようだ。
「それで走り回るっていうことか、でも二人だけだと帝国も何もしてこないじゃないか?」
ジャックスは赤褐色の拳大の石を取り出した。
「この石は火の魔法石なんだー。火のマナが石に込められているんだけど、衝撃を与えると爆発するんだよねー。こいつを門に投げつけるとーー」
「門を破壊できるということか!」
「ご名答だねー。オレとルシフェルが、二つずつ持って投げつければ、どんな頑丈な門でも破壊できるでしょー。注意点としては、これを持ったまま爆炎魔法を食らうと、何も残らないからねー」
ルシフェルは、背筋に冷たいものが流れるのを感じる。
火の中に可燃物を持って入るのは、自殺行為以外の何ものでもない。
「みんなー、ちょっと来てー」
ジャックスはパーティーメンバーに何かを言った。
そして、ルシフェルに向かって手招きをする。
「ルシフェル、行こうかー。借りを返しにー」
ルシフェルは首を傾げながら、ジャックスに付いていった。




